Dear Mr.Night Blue 第一章(了)
Name Change
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「あんたたち、本当にありがとう」
そう言って造船所の女はロー達に頭を下げた。隣には若い娘がいる。その娘に見覚えがあると思ったら、あの時海賊に絡まれナマエに助けられていた娘だった。どうやらこの女の妹だったらしい。
「あの、ナマエちゃんは」
おずおずと少女の容体を尋ねる娘のおかげで、ローは初めてあのこどもが“ナマエ”という名前だということを知った。確かに言われてみればオーナーの男にもそう呼ばれていた気がする。
娘はどうやらナマエのことを気にしているようだった。聞けば、何度もナマエに助けて貰っていたが、自分は一切助けてやることができないことを悔いていたという。あれ一回じゃないのか。自分のことでいっぱいいっぱいだった筈なのに、あのこどもはどこまでお人好しなのだろう。呆れを通り越して感動すら覚える。
「疲労が溜まっているだけだろう。直に目が覚める」
別にナマエは大怪我をしたわけでは無い。命にだって別状は無い。ただの打撲や擦り傷だ。そもそもナマエを昏倒させたのはローだが、不可抗力だし面倒なことになることは火を見るより明らかだったので、負傷の原因は黙秘を貫いていた。医者だと名乗ったローが断言するので、娘は安心したように頬を綻ばせた。
「船は?」
「ちゃんと整備しておいたよ。お代はいらないよ」
「……当然だ」
そんなつもりは無かったが、これだけ働いたのだ。慈善事業では無いのだから、それくらいの見返りがないと困る。そろそろ近隣の島の海軍基地から事件を聞きつけた海軍がやってくるだろう。船が直ったのなら、さっさと出航するに限る。
造船所の姉妹に見送られながら、ポーラータング号は久々(といっても二日と経っていないが)に海の底へと潜って行った。
船が安定した航路についたことを見届けると、ローは自室に向かった。自室の扉を開くと、部屋の奥のベッドにナマエが横たわっていた。何故このこどもがローの部屋にいるのかというと、単純にローの自室のベッドが一番大きかったのが理由だ。
泥のように眠るナマエを寝かす場所が必要だったとき、ベポやペンギンたちの部屋にはまだ数人分のベッドスペースがあるがマットレスや布団が無かった。
どうせ小さなこどもだ。場所も大してとらない。考えるのも面倒だったので、ローは自室のベットの上にナマエを転がした。
ローがベットに転がしたときは真ん中で大の字になっていたのに、戻ってきたら隅に丸くなって寝ていた。こいつは犬猫か。呆れたローはがナマエの顔を覗きこむと、こどもの顔色はだいぶ良くなっていた。元々外傷は大して無かったので、もう心配無いだろう。
そう思ったら何だか眠くなってきた。よくよく考えたら丸一日ずっと起きていた。読書や勉強で徹夜等はザラにあることだが、やれ賭け事やら仲間が売られかけるとかこどもを拾うだとか如何せん疲れることが多すぎた。
ちらりとソファを見てから、ローはベッドに潜り込んだ。そもそもここは自分のベッドであるので、重病人でもないこどもに遠慮する謂れは無い。
ただ、あまりにも隅に寄りすぎてベッドから転げ落ちそうになっていたのが気になり、ベッドの中央、つまり自分の方ににナマエを転がした。
それから欠伸を一つすると、ローは電気を消して眠りについた。やはり疲れていたのか、すぐに意識が夢の中へと潜って行った。夢の内容は覚えていないが、ただ、不思議と温かかった。
◇
そのとき、ナマエの心臓は止まった。と、いうのは当然比喩的な表現であるが、本人はそのくらいショックだった。
自分は自由を諦めた筈だった。筈だったのだ。しかし今はどうだ。あの部屋とは比べるのも失礼な程に寝心地の良いベッド。ペラッペラではなく温かい布団。目が覚めた瞬間、ここは天国かと思った。でもあれだけ酷いことをしてきた自分が天国にいけると思うほどナマエは楽天家ではなかった。
では、ここはどこだ。
そこでナマエははたと自分の目の前に何か硬いものがあることに気付いた。ぼんやりとした頭で考える。こんなところに仕切りがある訳無いし。なんか温かいし。そしてゆっくりと視線を巡らすと、息を飲んだ。
そして冒頭に戻る。
目が覚めたら、恩人のベッドで図々しく寝ていた。さぁっと自分でも顔から血の気が引いていくのが分かった。きっと今自分はめちゃくちゃ面白い顔をしている自信がある。
混乱したナマエは、一つの答えを弾き出した。
よし、そうだ。逃げよう。逃げるしかない。
名実ともに現実逃避である。相手を起こさないようにゆっくりと布団から抜け出し、そろりと泥棒のように慎重に歩いてドアに手をかけた。そのときだ。
「どこに行く」
ナマエの抜き足など意味が無かったらしい。しっかり起こしてしまったようだ。寝起き独特の掠れた青年の声にナマエは文字通り飛び上がって驚いた。そして脱兎の如く部屋を飛び出した。
「おい、待て!」
恩人は慌てたようだったが、ナマエは気にせず走り出した。とにかく逃げねば。慌ただしく走っていると、通りがかった部屋から一人の男がひょっこりと顔を覗かせた。白いツナギを着て、キャスケット帽を被った若い男だ。
「キャプテン、何走ってるんですっうわぁ!」
ナマエは条件反射で顔を覗かせた男の腕を掴み、見事な背負い投げを決めた。
そのとき、ナマエがギリギリ入る程度の青白いドーム状のサークルが出現した。そういえば、このサークルは見たことがある。ナマエがそう思ったとき、一瞬にして景色が変わる。遠くで「痛っ」という小さな悲鳴が聞こえたような気がした。
「え」
先程まで廊下を走っていた筈だったのに、一瞬で元にいた部屋まで戻ってきてしまった。しかも着地点はご丁寧にも先程寝ていたベッドの上だ。
乱暴に投げ出されたナマエは間抜けな悲鳴を上げながらべしゃっとベッドに突っ伏した。いや、これはこうなることを見越した相手の気遣いなのでは。予想外の出来事に受け身をとれず、思いっきり顔面を強打したが床に叩きつけられるよりはマシだった。
「なんで逃げた」
頭の上から落ち着いた青年の声がする。怒ってはいないようだが、その声音には若干の呆れが含まれていた。
「……吃驚したから」
突っ伏したままナマエはくぐもった声で答えた。
「私、死んだのかと思ってた」
「別にあれは斬られても死なねェ」
「でも、もう死んでも良い、と思ってたの。疲れちゃったから」
ナマエはぽつりと呟いた。自分の気持ちを整理するように、少しずつ。ローはただ、静かに聞いていた。
「だけどね、母様が言ってたの。“どんなときも、誇りを持って気高く足掻きなさい”って」
「……“生きる”じゃねえのか」
「私もそう思った。だからそう聞いたの。そうしたら、足掻くってただ生きるよりもよっぽど力が必要で難しいことなんだって」
段々とナマエの声が湿っぽくなり、嗚咽が滲んできた。しかし、それは不思議と弱々しくなく、寧ろなにかを固く決意した様にも聞こえた。
そこでナマエは初めて顔を上げた。涙でぐちゃぐちゃになったこどもらしいその顔は、それでも真っ直ぐにローの瞳を見ていた。そのひたむきさは、ローにとってはとても眩い。柄にもないが、ペリドットのように輝くそれを、綺麗だと思った。
「だから、どんなどん底でも、私はまだ足掻くことにする」
そうして、ナマエはへにゃりと破顔した。やっぱりそれも、こどもらしい、気の抜けた笑顔だった。
「助けてくれて、ありがとう」
ナマエは深く、それこそベッドに額をこすりつけるようにしてローに頭を下げた。
「貴方に刃物を向けたけど、私、貴方に恩を返したい」
「別にそんなもの必要ない。おれが勝手にお前を連れてきただけだ。あと、おれもお前を斬ったんだから、お互い様だ」
それでもナマエは頭を上げない。なんだかんだで筋金入りに頑固なこのこどもは、このままだとずっと頭を下げ続けるだろう。ローはがしがしと頭を掻くと深く溜息を吐いた。
「勝手にしろ。ナマエ、お前はもう自由なんだから」
そもそも連れて来たからには、早々に船を放り出すつもりは無かった。落ち着いたところで今後を選ばせる筈だったのに。選択が早すぎる。
「どうした」
そういえばやけに静かだと思ってナマエの方を見ると、顔を上げたこどもは目を丸くしてこちらを見ていた。
「私の名前」
「ああ、お前が助けていた女から聞いた」
確かに名乗った覚えが無いのに、急に名前を呼ばれたら驚くだろう。ローが説明すると、ナマエは納得したように頷く。が、すぐにハッとしたように顔を上げた。その顔は真っ青だ。面白いくらいコロコロ表情が変わるこどもである。
「たいへんなことに気付いた」
「?」
「私、貴方の名前を知らない」
なんだ、そんなことか。この世の終わりのような顔をするからどんなヤバイことかと思った。少し愉快な気になって、ローは口角を上げた。そうして自身の名を紡ぐ。
「トラファルガー・ローだ」
そう言って造船所の女はロー達に頭を下げた。隣には若い娘がいる。その娘に見覚えがあると思ったら、あの時海賊に絡まれナマエに助けられていた娘だった。どうやらこの女の妹だったらしい。
「あの、ナマエちゃんは」
おずおずと少女の容体を尋ねる娘のおかげで、ローは初めてあのこどもが“ナマエ”という名前だということを知った。確かに言われてみればオーナーの男にもそう呼ばれていた気がする。
娘はどうやらナマエのことを気にしているようだった。聞けば、何度もナマエに助けて貰っていたが、自分は一切助けてやることができないことを悔いていたという。あれ一回じゃないのか。自分のことでいっぱいいっぱいだった筈なのに、あのこどもはどこまでお人好しなのだろう。呆れを通り越して感動すら覚える。
「疲労が溜まっているだけだろう。直に目が覚める」
別にナマエは大怪我をしたわけでは無い。命にだって別状は無い。ただの打撲や擦り傷だ。そもそもナマエを昏倒させたのはローだが、不可抗力だし面倒なことになることは火を見るより明らかだったので、負傷の原因は黙秘を貫いていた。医者だと名乗ったローが断言するので、娘は安心したように頬を綻ばせた。
「船は?」
「ちゃんと整備しておいたよ。お代はいらないよ」
「……当然だ」
そんなつもりは無かったが、これだけ働いたのだ。慈善事業では無いのだから、それくらいの見返りがないと困る。そろそろ近隣の島の海軍基地から事件を聞きつけた海軍がやってくるだろう。船が直ったのなら、さっさと出航するに限る。
造船所の姉妹に見送られながら、ポーラータング号は久々(といっても二日と経っていないが)に海の底へと潜って行った。
船が安定した航路についたことを見届けると、ローは自室に向かった。自室の扉を開くと、部屋の奥のベッドにナマエが横たわっていた。何故このこどもがローの部屋にいるのかというと、単純にローの自室のベッドが一番大きかったのが理由だ。
泥のように眠るナマエを寝かす場所が必要だったとき、ベポやペンギンたちの部屋にはまだ数人分のベッドスペースがあるがマットレスや布団が無かった。
どうせ小さなこどもだ。場所も大してとらない。考えるのも面倒だったので、ローは自室のベットの上にナマエを転がした。
ローがベットに転がしたときは真ん中で大の字になっていたのに、戻ってきたら隅に丸くなって寝ていた。こいつは犬猫か。呆れたローはがナマエの顔を覗きこむと、こどもの顔色はだいぶ良くなっていた。元々外傷は大して無かったので、もう心配無いだろう。
そう思ったら何だか眠くなってきた。よくよく考えたら丸一日ずっと起きていた。読書や勉強で徹夜等はザラにあることだが、やれ賭け事やら仲間が売られかけるとかこどもを拾うだとか如何せん疲れることが多すぎた。
ちらりとソファを見てから、ローはベッドに潜り込んだ。そもそもここは自分のベッドであるので、重病人でもないこどもに遠慮する謂れは無い。
ただ、あまりにも隅に寄りすぎてベッドから転げ落ちそうになっていたのが気になり、ベッドの中央、つまり自分の方ににナマエを転がした。
それから欠伸を一つすると、ローは電気を消して眠りについた。やはり疲れていたのか、すぐに意識が夢の中へと潜って行った。夢の内容は覚えていないが、ただ、不思議と温かかった。
◇
そのとき、ナマエの心臓は止まった。と、いうのは当然比喩的な表現であるが、本人はそのくらいショックだった。
自分は自由を諦めた筈だった。筈だったのだ。しかし今はどうだ。あの部屋とは比べるのも失礼な程に寝心地の良いベッド。ペラッペラではなく温かい布団。目が覚めた瞬間、ここは天国かと思った。でもあれだけ酷いことをしてきた自分が天国にいけると思うほどナマエは楽天家ではなかった。
では、ここはどこだ。
そこでナマエははたと自分の目の前に何か硬いものがあることに気付いた。ぼんやりとした頭で考える。こんなところに仕切りがある訳無いし。なんか温かいし。そしてゆっくりと視線を巡らすと、息を飲んだ。
そして冒頭に戻る。
目が覚めたら、恩人のベッドで図々しく寝ていた。さぁっと自分でも顔から血の気が引いていくのが分かった。きっと今自分はめちゃくちゃ面白い顔をしている自信がある。
混乱したナマエは、一つの答えを弾き出した。
よし、そうだ。逃げよう。逃げるしかない。
名実ともに現実逃避である。相手を起こさないようにゆっくりと布団から抜け出し、そろりと泥棒のように慎重に歩いてドアに手をかけた。そのときだ。
「どこに行く」
ナマエの抜き足など意味が無かったらしい。しっかり起こしてしまったようだ。寝起き独特の掠れた青年の声にナマエは文字通り飛び上がって驚いた。そして脱兎の如く部屋を飛び出した。
「おい、待て!」
恩人は慌てたようだったが、ナマエは気にせず走り出した。とにかく逃げねば。慌ただしく走っていると、通りがかった部屋から一人の男がひょっこりと顔を覗かせた。白いツナギを着て、キャスケット帽を被った若い男だ。
「キャプテン、何走ってるんですっうわぁ!」
ナマエは条件反射で顔を覗かせた男の腕を掴み、見事な背負い投げを決めた。
そのとき、ナマエがギリギリ入る程度の青白いドーム状のサークルが出現した。そういえば、このサークルは見たことがある。ナマエがそう思ったとき、一瞬にして景色が変わる。遠くで「痛っ」という小さな悲鳴が聞こえたような気がした。
「え」
先程まで廊下を走っていた筈だったのに、一瞬で元にいた部屋まで戻ってきてしまった。しかも着地点はご丁寧にも先程寝ていたベッドの上だ。
乱暴に投げ出されたナマエは間抜けな悲鳴を上げながらべしゃっとベッドに突っ伏した。いや、これはこうなることを見越した相手の気遣いなのでは。予想外の出来事に受け身をとれず、思いっきり顔面を強打したが床に叩きつけられるよりはマシだった。
「なんで逃げた」
頭の上から落ち着いた青年の声がする。怒ってはいないようだが、その声音には若干の呆れが含まれていた。
「……吃驚したから」
突っ伏したままナマエはくぐもった声で答えた。
「私、死んだのかと思ってた」
「別にあれは斬られても死なねェ」
「でも、もう死んでも良い、と思ってたの。疲れちゃったから」
ナマエはぽつりと呟いた。自分の気持ちを整理するように、少しずつ。ローはただ、静かに聞いていた。
「だけどね、母様が言ってたの。“どんなときも、誇りを持って気高く足掻きなさい”って」
「……“生きる”じゃねえのか」
「私もそう思った。だからそう聞いたの。そうしたら、足掻くってただ生きるよりもよっぽど力が必要で難しいことなんだって」
段々とナマエの声が湿っぽくなり、嗚咽が滲んできた。しかし、それは不思議と弱々しくなく、寧ろなにかを固く決意した様にも聞こえた。
そこでナマエは初めて顔を上げた。涙でぐちゃぐちゃになったこどもらしいその顔は、それでも真っ直ぐにローの瞳を見ていた。そのひたむきさは、ローにとってはとても眩い。柄にもないが、ペリドットのように輝くそれを、綺麗だと思った。
「だから、どんなどん底でも、私はまだ足掻くことにする」
そうして、ナマエはへにゃりと破顔した。やっぱりそれも、こどもらしい、気の抜けた笑顔だった。
「助けてくれて、ありがとう」
ナマエは深く、それこそベッドに額をこすりつけるようにしてローに頭を下げた。
「貴方に刃物を向けたけど、私、貴方に恩を返したい」
「別にそんなもの必要ない。おれが勝手にお前を連れてきただけだ。あと、おれもお前を斬ったんだから、お互い様だ」
それでもナマエは頭を上げない。なんだかんだで筋金入りに頑固なこのこどもは、このままだとずっと頭を下げ続けるだろう。ローはがしがしと頭を掻くと深く溜息を吐いた。
「勝手にしろ。ナマエ、お前はもう自由なんだから」
そもそも連れて来たからには、早々に船を放り出すつもりは無かった。落ち着いたところで今後を選ばせる筈だったのに。選択が早すぎる。
「どうした」
そういえばやけに静かだと思ってナマエの方を見ると、顔を上げたこどもは目を丸くしてこちらを見ていた。
「私の名前」
「ああ、お前が助けていた女から聞いた」
確かに名乗った覚えが無いのに、急に名前を呼ばれたら驚くだろう。ローが説明すると、ナマエは納得したように頷く。が、すぐにハッとしたように顔を上げた。その顔は真っ青だ。面白いくらいコロコロ表情が変わるこどもである。
「たいへんなことに気付いた」
「?」
「私、貴方の名前を知らない」
なんだ、そんなことか。この世の終わりのような顔をするからどんなヤバイことかと思った。少し愉快な気になって、ローは口角を上げた。そうして自身の名を紡ぐ。
「トラファルガー・ローだ」