Dear Mr.Night Blue 第一章(了)
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「おれ、カジノって初めて」
落ち着かない様子でベポは辺りをキョロキョロと見回した。
あの後造船所の女の言われた通りの道を進むと、年季の入った掘っ建て小屋があった。カジノと聞いてギラギラピカピカした建物だと思い込んでいた一同が、随分ショボくない?と拍子抜けしたのは言うまでもない。
しかし、それもどうやら見かけだけのようだ。
恐る恐る小屋の扉を開けると、小屋の中には家具等の調度品はなにもなく、ただ地下に続く階段があるだけだった。ベポは立ち止まり、ペンギンとシャチは顔を見合わせたが、彼らの頼れるキャプテンは一切怯む様子も無く階段に消えて行ったので、三人は慌てて後を追った。
「この階段めっちゃ長くないですか?」
申し訳程度に足元に灯されたランプを頼りに四人は階段を降りていく。階段は緩やかな螺旋状になっており、反響する足音に加えてペンギンの声も反響した。
「なんか寒くなってきた……」
「ベポ、お前毛皮着てんだから一番あったかいだろ」
ぶるりと身震いするベポにペンギンは呆れたように言った。
「螺旋とか止めてまっすぐ階段作れよ」
二人の前を一段飛ばしで階段を降りるシャチは理不尽な文句をボヤく。その数段先を下っていたローは立ち止まった。
「着いたみたいだぞ」
階段を降りきると、そこには鈍く輝く重厚な扉があった。先程と同様に全く躊躇を見せないローが扉を開けると、鮮烈な光が目に刺さった。暗闇に慣れた目には痛すぎる。一瞬固く瞑った両目を開くと、そこにはエントランスホールが広がっていた。白く輝く大理石でできた壁、美しい絵画が描かれた天井。宝石を散りばめたような豪奢で美しいシャンデリアにベポは感嘆の溜息を吐いた。
真紅のベルベットのカーペットが敷かれた床をお世辞にも綺麗とは言えない無骨なブーツで踏み荒らしながら、シャチは言った。
「正装とかしなくて大丈夫なのか」
早くもこの上品な空間に完全に気圧されているようだ。
「でもおれ達スーツなんか持ってねェだろ」
シャチよりは幾分冷静なペンギンはすかさずツッコみを入れた。ツナギのみが詰め込まれた潔い洋服棚を忘れてはならない。寧ろ誇るべきだ。
さて、そんな優雅なエントランスホールであるが、その最奥にカウンターがあった。まるで高級ホテルのような、シンプルだが洗練されたそこには二人の黒服の男が立っている。初老の男と若い男だ。二人とも戦闘などからっきしの風体だったが、どう見ても堅気の人間に見えない四人に怯む様子は無いので、日頃からロー達同様にガラの悪い海賊を相手にしているようだった。
どうやら、カウンターで換金や景品との交換ができるらしい。カウンター上に置かれた景品リストを全員で覗きこむ。
「目当ての竜の目は……」
「コイン六万枚」
「コインって一枚いくらなの?」
「百ベリー」
「……」
「結局六百万じゃねーか!!」
思わずシャチは吠えた。
「中でも換金できますが、ここでしていきますか?」
シャチの魂の叫びなど意に介さず、カウンターの若い方の男が声をかけてきた。
「じゃあ頼む」
ローはズボンのポケットから折れ曲がった紙幣を数枚、残りの三人はコインをジャラジャラとテーブルに置いた。ちなみに硬貨での最高額である五百ベリー硬貨は一枚も無い。
男はざっとカウンターの上に乱雑に置かれた金額を確認し、コインを換金してくれた。
換金してもらったコインを手に遊ばせながらロー達は賭場に繋がる通路を進む。
「資本はコイン二百枚か。思ったより無かったな」
「一枚で五十枚分にしてもらったから四枚ですけどね」
「じゃあ一人一枚だね」
ローは一人に一枚ずつコインを渡すと、声を低くして三人に念を押した。
「いいか、ゲームに使う時は両替してバラせよ。一気に使うな。負けそうになったら即止めろ」
「アイアイ!」
ベポの緊張感の無い返事には一抹の不安を感じたが、ローは手の中のコインを握りしめて賭場に繋がる扉を開けた。
薄暗い闇と目に痛い人工的な灯りが混ざり合うその先はまるで夜の繁華街のようだった。
「なるほど、夜の街とはよく言ったもんだ」
「とりあえず、何からやります?」
換金ついでにカウンターで貰った場内の案内を灯りに照らしながらペンギンは言う。
「ここから一番近いのはテーブルゲームですね。いや、どう考えてもおれたちにテーブルゲームは無理だな」
「その奥にスロットコーナーがあるな。よし、スロットにしよう、スロット。運の方が何とかなりそうだ。キャプテンはテーブルゲームにしてください」
「……理由を聞いていいか」
「なんか格好良くないですか?キャプテンにピッタリだと思います」
IQ3の答えである。まあ、運任せのスロットよりもテーブルゲームの方が楽かもしれない。最悪能力を使えば良い。ローはこっそりと気づかれないようこのフロアにサークルを展開した。
ペンギンとシャチを見送り、ローは適当なテーブルに腰を降ろし、持っていた刀をテーブルに立てかけた。
「キャプテン、おれちょっと他のテーブル見てくる!」
物珍しいのか、ベポはふらりと別のテーブルを見に行った。変なところで好奇心を発揮する白くまである。
「おい、ベポ待て!」
あっという間に視界から消えていくベポに慌ててローは立ち上がろうとしたが、そこまで過保護になる必要は無いだろう、と思い直して椅子に座り直した。ローが座ったテーブルには既に三人の客がいた。中年の男が二人、若いがローよりは年上であろう男が一人。
「こちらのテーブルはポーカーですが、参加されますか?」
ローがテーブルに座ったことを確認したディーラーの女性が声をかけてくる。丁度1ゲームが終わったところらしい。
「ああ」
頷くと、テーブルの上に五十枚分のコインを置いてディーラーに両替を頼む。
「十枚ずつ」
彼の指示通りにディーラーはコインを5枚にして再びテーブルに置いた。ローはその内の三枚のコインをテーブルの中央に置いた。このゲームの参加料だ。
ディーラーがジョーカーを除いた五十二枚のトランプカードをよく切り、左隣から順に表向きに一枚ずつ流れるような動作で配っていく。これは公平にこのゲームの親を決める為だ。順番に配っていき、最初にJを配られた者がこのゲームの親となるのだ。
五巡したところで、初めてクローバーのJが出た。配られたのは若い男性だった。針金細工のようなシルエットのやたらと細いその男は、青白い手で一人に二枚ずつの手札を裏返して配っていき、最後にテーブル中央に表にしたカードを五枚並べる。場札と呼ばれるこの5枚と、配られた二枚のカードを使い、一番強い手札を作った者がこのゲームの勝者になる。
場札をざっと流し見たローが裏返しになっている自分の手札を確認しようとした瞬間だった。
パリン、と硝子が割れる甲高い音が響く。
「おい、この店イカサマじゃねぇのか!」
それと同時に唸るような男の声がする。ローが素早く視線を巡らすと、赤ら顔の男が机から立ち上がり、従業員の娘に掴みかかっていた。娘は給仕だったらしく、辺りには彼女が運んでいたグラスやボトルが転がっていた。その殆どが割れ、硝子や赤黒い液体が飛び散った大理石の床はなんとも悲惨なことになっている。
「お客様、やめてください……」
大柄な男に胸倉を掴まれて、かろうじて爪先立ちをしているその娘は目元を潤ませて震えながら弱々しい声を絞り出す。
「うるせぇこのアマ!」
男が丸太のような右腕を振りかざしたところで、ばしゃりっと男の頭上に水がかけられた。ぴたり、と動きを止めた男が、ぎぎっと錆びた玩具のようにぎこちなく後ろを振り返る。
そこには、空になった硝子ボトルを持った少女が立っている。こんな場所とは不似合いな幼いこどもだった。こどもは男の後頭部に冷水を浴びせ、尚且つ彼をねめつけて言った。
「おじさん、ちょっと頭冷やしたらどうかな」
そのこどもは屈強な男にとんと怯むことなく、視線を逸らすこともしない。
「なんだ、このガキ!」
当然のように男は逆上した。掴みかかっていた娘を放り投げ、今度はこどもの胸倉を掴んで持ち上げた。身長差から完全にこどもは宙に浮いている。
体をバタつかせることもなく、されるがままのこどもは尚も男から目を逸らさなかった。幼い容姿に不釣り合いなその異様な形相に怯んだ男は気味の悪いものを見たようにこどもを地面に叩きつけた。
「うぐっ」
「ガキが、生意気なんだよ!」
勢いよく叩きつけられた反動でこどもはゴロゴロと弾むように転がり、丁度ローの足元で止まった。男は弱った獲物を追いかけるような嗜虐的な視線でこどもを追う。ローと同じテーブルに座っていた人間は厄介ごとに巻き込まれるのはご免だ、といった様子で蜘蛛の子を散らす様に逃げて行った。しかし、立ち上がるのが面倒だし逃げるようで嫌だったのでローだけは椅子に座ったまま、自身の足元に転がったこどもをじっと見ていた。
「どけ、おれはこのガキに用がある」
巨体を揺らしながらやってきた男はローを見下ろして言った。その息はだいぶ酒臭く、たった一言話しかけられただけでもうんざりする。こんな大したことない男に見下ろされるのは不愉快だったので、ローはにべも無く断った。
「断る。おれに命令するな」
「なんだと、この若造が」
青筋を立てながら、良い大人が面白みの無い三下のようなことを言う。付き合うのも馬鹿らしくなったローは組んでいた足を解くと、足を組み直す体で座ったまま男の腹を蹴り上げた。男は巨体を揺らして吹っ飛んでいく。途中で割れた硝子に突っ込んでいったが、それは間接的に男自身が割ったものであり自業自得であるので血だらけになっていようとどうとも思わない。
「あの、ありがとう」
地面に転がったまま大きな瞳を丸くして男が吹っ飛んで行くのを見送ったこどもは、のっそりと起き上がると、恐る恐るローに礼を言った。
新緑色の瞳が印象的な少女だった。
「別に」
素っ気なくローは言葉を返したが、こどもは破顔して何度もぺこぺこ頭を下げて去って行った。
気に障ったから蹴り飛ばしただけで、彼は善人では無いので助けるような意図は無かった。しかし、そうも感謝されるとむず痒い。
「キャプテン格好良いーー」
去っていくこどもを目で追っていると、ふいに声をかけられた。茶化す様に言ってきたのはシャチである。声のした方を見ると、テーブルを挟んだ向こうにシャチとペンギンがニヤニヤしながら立っていた。
「お前らいつからそこにいた」
「キャプテンがあの子を庇ったときからですかね」
「庇ってない」
呆れたようなローの言葉を無視してペンギンは強制的に話題を変えた。
「あ、そうそう。おれ達でちょこっとだけど資本を増やしました!」
誇らしげなペンギンとシャチは各々ツナギのポケットから金色のコインを五枚取り出した。その金色のコインは一枚で百枚分のコインだ。つまり二人合わせてコイン一万枚分。先は長いが千里の道も一歩からだ。
「でかした。そんなに悠長にやってられないけどな」
「キャプテンはどんな塩梅ですか」
「さっきの阿呆のせいでゲームが強制終了になったからまだ増えてねェ」
始まったばかりのゲームは先程の酔っ払いのせいで強制終了になったが、例えそのまま始まっていても負ける気はしなかった。
「そういえば、ベポは?」
「別のテーブルにいる筈だ。まあ、負けそうになったら戻ってくるだろ」
「あ、戻って来た」
噂をすればなんとやら。ベポが猛スピードでロー達のテーブルに戻って来た。しかし、その雰囲気は尋常ではない。
「キャプテン、どうしよう、おれ」
「?」
「おい、逃げるなこの熊!」
「熊ですみません……」
緊張感も無く、相変わらずの撃たれ弱さを発揮するベポを背の後に回し、立ち上がったローはベポを追いかけてきた黒服の男を見下ろした。サングラスをかけた男はそれでも動じないようだった。
「こいつはおれの船の仲間だ。用があるならおれを通せ」
大抵の人物なら怯むであろうローの迫力に気圧されることなく男は言った。こいつは機械か何かか。
「この方はゲームに負け続けて負債を負ったから、その負債額を返してもらうだけです」
「いくらだ」
「一千万」
黒服の男の言葉に流石のローも絶句した。
「ごめん、キャプテン。途中まで凄く勝ってたんだ」
ビギナーズラックを装って相手の気を緩ませる詐欺の典型的な常套手段じゃねぇか。ローは唇を噛みしめた。そして、賢い彼は全てを悟った。畜生、やられた。
「払えないのでしたら、仕方ありませんね。この負債は、ご本人に払って貰いましょう」
黒服の男がそう言うと、彼の後から四人の男達が出てきた。何れも体格に恵まれた男たちだ。彼等はあっという間にベポを取り囲んでしまった。
「え、ちょっと、何するんだよ!」
そして、二人がベポの巨体の両脇に体を滑り込ませ、残りの二人はベポの背をぐいぐいと押していく。
「ベポを離せ!」
シャチとペンギンは遠ざかるベポを追いかけ、彼のツナギを掴むと反対側に引っ張った。
「痛い!絞まる!キャプテン、助けてー!」
古の拷問方法のように別々の方向から引っ張られ、尚且つ首が絞まって悲鳴を上げる白くまに、それを見かねたローは二人の襟首を掴んでベポから引きはがした。
連行するのを邪魔されていた四人はこれがチャンスと言わんばかりに力を込めてベポを連れて行く。みるみる距離が開くのを目の当たりにしたペンギンとシャチは暴れた。いくらキャプテンの命令でも仲間を見捨てることなどできるわけがない。
「キャプテン、何するんだよ!」
「ベポが連れて行かれてかれちまう!」
「落着け」
今にも掴みかかって来そうな二人であったが、ローの冷静な様子は彼らを次第に落ち着かせ、二人は静かになった。
二人に戦意が無くなったことを読み取ったローはそっと襟首から手を離して言った。
「おい、お前ら。ここはカジノなんかじゃねェ」
「へ?」
「人身売買組織だ。それから、多分造船所の女も共犯だ」
「……つまり?」
「造船所の女が支払えねェような法外な金額をふっかける。それで、ここに来るように誘導する。誘導された奴の金品を巻き上げて、最終的には本人も売り飛ばす。こんなこと言いたかねェが、俺らの中でベポが一番価値がある」
ペンギンもシャチも「ついでに一番チョロそうですよね」と思ったが、その言葉を飲み込んだ。不謹慎だ。
「じゃあおれたち、ベポの負債額を払うしか……」
シャチが狼狽えていると、ふいに声がかけられた。このテーブルに戻って来たディーラーの女だ。
「この賭場には一発で大金を稼ぐ術がありますよ」
彼女はにこりと微笑んだ。場違いな笑顔に違和感を感じ取ったシャチとペンギンの背筋がぞっと凍る。
「何だよ、それは」
念の為聞いてみると、女は言った。
「コロシアムですよ」
そのとき、二人はその違和感に気が付いた。目がどんよりとして、口角だけ吊り上げたその表情は造船所の女の顔にそっくりだった。
「悪いが遠慮する。ペンギン、シャチ。こっちに来い」
今まで黙っていたローはテーブルから離れると、二人を呼んだ。二人は困惑した様子でローの元までやってきた。
「あいつの話に耳を貸すな。芋づる式におれ達も嵌めるつもりだ」
「じゃあ、どうすれば……」
「おれがベポを探してくる。お前たちはここで待ってろ」
そう言い残すと、二人を置いてローはベポが連れて行かれた方向に去って行った。
落ち着かない様子でベポは辺りをキョロキョロと見回した。
あの後造船所の女の言われた通りの道を進むと、年季の入った掘っ建て小屋があった。カジノと聞いてギラギラピカピカした建物だと思い込んでいた一同が、随分ショボくない?と拍子抜けしたのは言うまでもない。
しかし、それもどうやら見かけだけのようだ。
恐る恐る小屋の扉を開けると、小屋の中には家具等の調度品はなにもなく、ただ地下に続く階段があるだけだった。ベポは立ち止まり、ペンギンとシャチは顔を見合わせたが、彼らの頼れるキャプテンは一切怯む様子も無く階段に消えて行ったので、三人は慌てて後を追った。
「この階段めっちゃ長くないですか?」
申し訳程度に足元に灯されたランプを頼りに四人は階段を降りていく。階段は緩やかな螺旋状になっており、反響する足音に加えてペンギンの声も反響した。
「なんか寒くなってきた……」
「ベポ、お前毛皮着てんだから一番あったかいだろ」
ぶるりと身震いするベポにペンギンは呆れたように言った。
「螺旋とか止めてまっすぐ階段作れよ」
二人の前を一段飛ばしで階段を降りるシャチは理不尽な文句をボヤく。その数段先を下っていたローは立ち止まった。
「着いたみたいだぞ」
階段を降りきると、そこには鈍く輝く重厚な扉があった。先程と同様に全く躊躇を見せないローが扉を開けると、鮮烈な光が目に刺さった。暗闇に慣れた目には痛すぎる。一瞬固く瞑った両目を開くと、そこにはエントランスホールが広がっていた。白く輝く大理石でできた壁、美しい絵画が描かれた天井。宝石を散りばめたような豪奢で美しいシャンデリアにベポは感嘆の溜息を吐いた。
真紅のベルベットのカーペットが敷かれた床をお世辞にも綺麗とは言えない無骨なブーツで踏み荒らしながら、シャチは言った。
「正装とかしなくて大丈夫なのか」
早くもこの上品な空間に完全に気圧されているようだ。
「でもおれ達スーツなんか持ってねェだろ」
シャチよりは幾分冷静なペンギンはすかさずツッコみを入れた。ツナギのみが詰め込まれた潔い洋服棚を忘れてはならない。寧ろ誇るべきだ。
さて、そんな優雅なエントランスホールであるが、その最奥にカウンターがあった。まるで高級ホテルのような、シンプルだが洗練されたそこには二人の黒服の男が立っている。初老の男と若い男だ。二人とも戦闘などからっきしの風体だったが、どう見ても堅気の人間に見えない四人に怯む様子は無いので、日頃からロー達同様にガラの悪い海賊を相手にしているようだった。
どうやら、カウンターで換金や景品との交換ができるらしい。カウンター上に置かれた景品リストを全員で覗きこむ。
「目当ての竜の目は……」
「コイン六万枚」
「コインって一枚いくらなの?」
「百ベリー」
「……」
「結局六百万じゃねーか!!」
思わずシャチは吠えた。
「中でも換金できますが、ここでしていきますか?」
シャチの魂の叫びなど意に介さず、カウンターの若い方の男が声をかけてきた。
「じゃあ頼む」
ローはズボンのポケットから折れ曲がった紙幣を数枚、残りの三人はコインをジャラジャラとテーブルに置いた。ちなみに硬貨での最高額である五百ベリー硬貨は一枚も無い。
男はざっとカウンターの上に乱雑に置かれた金額を確認し、コインを換金してくれた。
換金してもらったコインを手に遊ばせながらロー達は賭場に繋がる通路を進む。
「資本はコイン二百枚か。思ったより無かったな」
「一枚で五十枚分にしてもらったから四枚ですけどね」
「じゃあ一人一枚だね」
ローは一人に一枚ずつコインを渡すと、声を低くして三人に念を押した。
「いいか、ゲームに使う時は両替してバラせよ。一気に使うな。負けそうになったら即止めろ」
「アイアイ!」
ベポの緊張感の無い返事には一抹の不安を感じたが、ローは手の中のコインを握りしめて賭場に繋がる扉を開けた。
薄暗い闇と目に痛い人工的な灯りが混ざり合うその先はまるで夜の繁華街のようだった。
「なるほど、夜の街とはよく言ったもんだ」
「とりあえず、何からやります?」
換金ついでにカウンターで貰った場内の案内を灯りに照らしながらペンギンは言う。
「ここから一番近いのはテーブルゲームですね。いや、どう考えてもおれたちにテーブルゲームは無理だな」
「その奥にスロットコーナーがあるな。よし、スロットにしよう、スロット。運の方が何とかなりそうだ。キャプテンはテーブルゲームにしてください」
「……理由を聞いていいか」
「なんか格好良くないですか?キャプテンにピッタリだと思います」
IQ3の答えである。まあ、運任せのスロットよりもテーブルゲームの方が楽かもしれない。最悪能力を使えば良い。ローはこっそりと気づかれないようこのフロアにサークルを展開した。
ペンギンとシャチを見送り、ローは適当なテーブルに腰を降ろし、持っていた刀をテーブルに立てかけた。
「キャプテン、おれちょっと他のテーブル見てくる!」
物珍しいのか、ベポはふらりと別のテーブルを見に行った。変なところで好奇心を発揮する白くまである。
「おい、ベポ待て!」
あっという間に視界から消えていくベポに慌ててローは立ち上がろうとしたが、そこまで過保護になる必要は無いだろう、と思い直して椅子に座り直した。ローが座ったテーブルには既に三人の客がいた。中年の男が二人、若いがローよりは年上であろう男が一人。
「こちらのテーブルはポーカーですが、参加されますか?」
ローがテーブルに座ったことを確認したディーラーの女性が声をかけてくる。丁度1ゲームが終わったところらしい。
「ああ」
頷くと、テーブルの上に五十枚分のコインを置いてディーラーに両替を頼む。
「十枚ずつ」
彼の指示通りにディーラーはコインを5枚にして再びテーブルに置いた。ローはその内の三枚のコインをテーブルの中央に置いた。このゲームの参加料だ。
ディーラーがジョーカーを除いた五十二枚のトランプカードをよく切り、左隣から順に表向きに一枚ずつ流れるような動作で配っていく。これは公平にこのゲームの親を決める為だ。順番に配っていき、最初にJを配られた者がこのゲームの親となるのだ。
五巡したところで、初めてクローバーのJが出た。配られたのは若い男性だった。針金細工のようなシルエットのやたらと細いその男は、青白い手で一人に二枚ずつの手札を裏返して配っていき、最後にテーブル中央に表にしたカードを五枚並べる。場札と呼ばれるこの5枚と、配られた二枚のカードを使い、一番強い手札を作った者がこのゲームの勝者になる。
場札をざっと流し見たローが裏返しになっている自分の手札を確認しようとした瞬間だった。
パリン、と硝子が割れる甲高い音が響く。
「おい、この店イカサマじゃねぇのか!」
それと同時に唸るような男の声がする。ローが素早く視線を巡らすと、赤ら顔の男が机から立ち上がり、従業員の娘に掴みかかっていた。娘は給仕だったらしく、辺りには彼女が運んでいたグラスやボトルが転がっていた。その殆どが割れ、硝子や赤黒い液体が飛び散った大理石の床はなんとも悲惨なことになっている。
「お客様、やめてください……」
大柄な男に胸倉を掴まれて、かろうじて爪先立ちをしているその娘は目元を潤ませて震えながら弱々しい声を絞り出す。
「うるせぇこのアマ!」
男が丸太のような右腕を振りかざしたところで、ばしゃりっと男の頭上に水がかけられた。ぴたり、と動きを止めた男が、ぎぎっと錆びた玩具のようにぎこちなく後ろを振り返る。
そこには、空になった硝子ボトルを持った少女が立っている。こんな場所とは不似合いな幼いこどもだった。こどもは男の後頭部に冷水を浴びせ、尚且つ彼をねめつけて言った。
「おじさん、ちょっと頭冷やしたらどうかな」
そのこどもは屈強な男にとんと怯むことなく、視線を逸らすこともしない。
「なんだ、このガキ!」
当然のように男は逆上した。掴みかかっていた娘を放り投げ、今度はこどもの胸倉を掴んで持ち上げた。身長差から完全にこどもは宙に浮いている。
体をバタつかせることもなく、されるがままのこどもは尚も男から目を逸らさなかった。幼い容姿に不釣り合いなその異様な形相に怯んだ男は気味の悪いものを見たようにこどもを地面に叩きつけた。
「うぐっ」
「ガキが、生意気なんだよ!」
勢いよく叩きつけられた反動でこどもはゴロゴロと弾むように転がり、丁度ローの足元で止まった。男は弱った獲物を追いかけるような嗜虐的な視線でこどもを追う。ローと同じテーブルに座っていた人間は厄介ごとに巻き込まれるのはご免だ、といった様子で蜘蛛の子を散らす様に逃げて行った。しかし、立ち上がるのが面倒だし逃げるようで嫌だったのでローだけは椅子に座ったまま、自身の足元に転がったこどもをじっと見ていた。
「どけ、おれはこのガキに用がある」
巨体を揺らしながらやってきた男はローを見下ろして言った。その息はだいぶ酒臭く、たった一言話しかけられただけでもうんざりする。こんな大したことない男に見下ろされるのは不愉快だったので、ローはにべも無く断った。
「断る。おれに命令するな」
「なんだと、この若造が」
青筋を立てながら、良い大人が面白みの無い三下のようなことを言う。付き合うのも馬鹿らしくなったローは組んでいた足を解くと、足を組み直す体で座ったまま男の腹を蹴り上げた。男は巨体を揺らして吹っ飛んでいく。途中で割れた硝子に突っ込んでいったが、それは間接的に男自身が割ったものであり自業自得であるので血だらけになっていようとどうとも思わない。
「あの、ありがとう」
地面に転がったまま大きな瞳を丸くして男が吹っ飛んで行くのを見送ったこどもは、のっそりと起き上がると、恐る恐るローに礼を言った。
新緑色の瞳が印象的な少女だった。
「別に」
素っ気なくローは言葉を返したが、こどもは破顔して何度もぺこぺこ頭を下げて去って行った。
気に障ったから蹴り飛ばしただけで、彼は善人では無いので助けるような意図は無かった。しかし、そうも感謝されるとむず痒い。
「キャプテン格好良いーー」
去っていくこどもを目で追っていると、ふいに声をかけられた。茶化す様に言ってきたのはシャチである。声のした方を見ると、テーブルを挟んだ向こうにシャチとペンギンがニヤニヤしながら立っていた。
「お前らいつからそこにいた」
「キャプテンがあの子を庇ったときからですかね」
「庇ってない」
呆れたようなローの言葉を無視してペンギンは強制的に話題を変えた。
「あ、そうそう。おれ達でちょこっとだけど資本を増やしました!」
誇らしげなペンギンとシャチは各々ツナギのポケットから金色のコインを五枚取り出した。その金色のコインは一枚で百枚分のコインだ。つまり二人合わせてコイン一万枚分。先は長いが千里の道も一歩からだ。
「でかした。そんなに悠長にやってられないけどな」
「キャプテンはどんな塩梅ですか」
「さっきの阿呆のせいでゲームが強制終了になったからまだ増えてねェ」
始まったばかりのゲームは先程の酔っ払いのせいで強制終了になったが、例えそのまま始まっていても負ける気はしなかった。
「そういえば、ベポは?」
「別のテーブルにいる筈だ。まあ、負けそうになったら戻ってくるだろ」
「あ、戻って来た」
噂をすればなんとやら。ベポが猛スピードでロー達のテーブルに戻って来た。しかし、その雰囲気は尋常ではない。
「キャプテン、どうしよう、おれ」
「?」
「おい、逃げるなこの熊!」
「熊ですみません……」
緊張感も無く、相変わらずの撃たれ弱さを発揮するベポを背の後に回し、立ち上がったローはベポを追いかけてきた黒服の男を見下ろした。サングラスをかけた男はそれでも動じないようだった。
「こいつはおれの船の仲間だ。用があるならおれを通せ」
大抵の人物なら怯むであろうローの迫力に気圧されることなく男は言った。こいつは機械か何かか。
「この方はゲームに負け続けて負債を負ったから、その負債額を返してもらうだけです」
「いくらだ」
「一千万」
黒服の男の言葉に流石のローも絶句した。
「ごめん、キャプテン。途中まで凄く勝ってたんだ」
ビギナーズラックを装って相手の気を緩ませる詐欺の典型的な常套手段じゃねぇか。ローは唇を噛みしめた。そして、賢い彼は全てを悟った。畜生、やられた。
「払えないのでしたら、仕方ありませんね。この負債は、ご本人に払って貰いましょう」
黒服の男がそう言うと、彼の後から四人の男達が出てきた。何れも体格に恵まれた男たちだ。彼等はあっという間にベポを取り囲んでしまった。
「え、ちょっと、何するんだよ!」
そして、二人がベポの巨体の両脇に体を滑り込ませ、残りの二人はベポの背をぐいぐいと押していく。
「ベポを離せ!」
シャチとペンギンは遠ざかるベポを追いかけ、彼のツナギを掴むと反対側に引っ張った。
「痛い!絞まる!キャプテン、助けてー!」
古の拷問方法のように別々の方向から引っ張られ、尚且つ首が絞まって悲鳴を上げる白くまに、それを見かねたローは二人の襟首を掴んでベポから引きはがした。
連行するのを邪魔されていた四人はこれがチャンスと言わんばかりに力を込めてベポを連れて行く。みるみる距離が開くのを目の当たりにしたペンギンとシャチは暴れた。いくらキャプテンの命令でも仲間を見捨てることなどできるわけがない。
「キャプテン、何するんだよ!」
「ベポが連れて行かれてかれちまう!」
「落着け」
今にも掴みかかって来そうな二人であったが、ローの冷静な様子は彼らを次第に落ち着かせ、二人は静かになった。
二人に戦意が無くなったことを読み取ったローはそっと襟首から手を離して言った。
「おい、お前ら。ここはカジノなんかじゃねェ」
「へ?」
「人身売買組織だ。それから、多分造船所の女も共犯だ」
「……つまり?」
「造船所の女が支払えねェような法外な金額をふっかける。それで、ここに来るように誘導する。誘導された奴の金品を巻き上げて、最終的には本人も売り飛ばす。こんなこと言いたかねェが、俺らの中でベポが一番価値がある」
ペンギンもシャチも「ついでに一番チョロそうですよね」と思ったが、その言葉を飲み込んだ。不謹慎だ。
「じゃあおれたち、ベポの負債額を払うしか……」
シャチが狼狽えていると、ふいに声がかけられた。このテーブルに戻って来たディーラーの女だ。
「この賭場には一発で大金を稼ぐ術がありますよ」
彼女はにこりと微笑んだ。場違いな笑顔に違和感を感じ取ったシャチとペンギンの背筋がぞっと凍る。
「何だよ、それは」
念の為聞いてみると、女は言った。
「コロシアムですよ」
そのとき、二人はその違和感に気が付いた。目がどんよりとして、口角だけ吊り上げたその表情は造船所の女の顔にそっくりだった。
「悪いが遠慮する。ペンギン、シャチ。こっちに来い」
今まで黙っていたローはテーブルから離れると、二人を呼んだ。二人は困惑した様子でローの元までやってきた。
「あいつの話に耳を貸すな。芋づる式におれ達も嵌めるつもりだ」
「じゃあ、どうすれば……」
「おれがベポを探してくる。お前たちはここで待ってろ」
そう言い残すと、二人を置いてローはベポが連れて行かれた方向に去って行った。