Dear Mr.Night Blue 第一章(了)
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あの“夜の街”でローが拾ってきたこどもは、何というか色々と規格外であった。
そのこどもは、ローが大切なものを全て失いこの世の終わりを知ったときと同じ年の頃だった。それでも、劣悪な環境の中でその瞳は曇りなくただ前を見ていた。
自分が味わった地獄と人の味わった地獄の大きさを比べるなんて傲慢な真似をローはしないが、故郷も大切な人を奪われたそのこどもに少しだけ自分に近い何かを感じたのは否定できない。しかし、それは間違いだった。
こどもは決定的な絶望を味わったとき、ローを気遣って微笑んで見せた。次元の低い海賊の相手をするのが嫌で取った行動が、たまたまこどもを助けただけのほぼ他人である自分に対して。
あのときのローは、全てを信じることをやめた。全てを壊したいという衝動に身を任せて、ただ暗い瞳で世界を見ていた。他人など、どうでも良かった。
自分は恩人であるコラソンが命を懸けて気付かせてくれたが、絶望に面したときに本来の自分が姿を現す。
だからこどもの精一杯の微笑みを見たとき、ローは悟った。多分このこどもはコラソンと同等の人種なのだろう。そう考えてしまうと、ローはそのこどもを放っておくことができなかった。
船に乗せた当初はしおらしく遠慮が見られたが、本来は物怖じしない人懐こい性格なのかあっという間にこの海賊団に溶け込んでいった。一時シャチと一悶着あったようだが、今は友人、強いては兄妹のように毎日笑い合っている。煩いのは好きではないのだが、不思議とその騒がしさは気にならない。
◇
自室のソファに座りながらローはゆったりと本を読んでいた。
ぱらぱらと数頁程捲ったところで、彼はふと手を止めて読んでいた本から視線を動かすと、本棚の中段を見た。
味気の無いローの部屋で、かつて唯一賑わいを見せていた本棚には指を挟む隙間の無い程本が詰め込まれていた。当然中段にもびっしりと詰められていたのだが、今は中段に本は何も入っていない。その代わりに沢山のガラクタが詰め込まれている。勿論、犯人は言わずもがなナマエである。
真珠のように輝く貝殻、雲を閉じ込めたような真っ白な石、宝石のように綺麗な色の氷砂糖が入ったガラス瓶。
ナマエは自分の物差しで“素敵なもの”と判断すると何でもそれをローの元に持ってきて輝く瞳で彼にもお裾分けをしようとしてくる。ローが何度「いらねェ。持って帰れ」と跳ね除けても懲りずに押し付けてくるので断るのが面倒になり、今ではもう好きにさせていた。
当初ナマエが持ってきたものは机の片隅に転がしていたのだが、段々と数が増えて作業をするのに邪魔になってきたのでどこか置き場を考えなければいけなくなった。そこで選ばれたのが本棚の中段だった。ちなみに下段だとガラクタを突っ込む度に屈まなければいけないのが億劫だし、上段には取りやすい位置によく読む本を入れておきたいので、ただの消去法だ。
ローは何故自分がこんなことをしなければならないのかと苦々しく思いながら、本棚を整理して中段を空けてそこにガラクタを収納したのである。
本棚の中段は丁度こどもの目線の高さであるので、自分があげた“宝物”を置くスペースができていたことに気付いたこどもは頬を紅潮させて抱き着いてきた。ぐりぐりと丸く小さな頭部を押し付けてくるナマエに『こいつは人ではなく犬なのでは?』とローは思った。しかし剥がそうとは思えなかったので、自分も相当毒されていると溜息を吐くしかなかった。
そして、先日とうとう部屋に花を飾られた。
葡萄ジュースが入っていた瓶に一輪だけ活けてあるその花は、骨董市で入手したナマエの刀の鍔に彫られていたものだった。
立ち寄った島で「刀と同じ花売ってた!」とこどもが満面の笑みでローの部屋に見せに来たのである。後ろ手に水の入った硝子瓶を持っていたことに気付いたローは物凄く嫌な予感がしたのだが、案の定それはバッチリと的中した。ナマエは瓶にその花を生けると、一仕事終えたとばかりに満足した様子で戻って行った。ローに言わせると何一つ良い仕事をしていないのだが、そんなことナマエにはお構いなしである。『綺麗だから見せたかった』それ以上でもそれ以下でもない。きっとそこに深い理由は無いのだろうから、考えるだけ無駄に決まっている。溜息を吐きながらナマエを見送ると、入れ替わりでシャチがやって来た。
部屋に入ってきたシャチは目敏く竜胆の花を見つけると、「とうとうやったか……」と笑いを堪えたのがとても腹立たしかった。意趣返しとばかりに手元に置いていた刀に視線を移せば、斬られると勘違いしたシャチは直立不動で謝罪してきた。その後どうなったのかはシャチのみぞ知る。
これだけ遠慮無くやりたい放題の真似をしておきながら、このこどもは一番重要なことに遠慮して、しかもそれに気付いていなかった。
普段は年相応に元気で能天気なこのこどもも、戦うときは鋭い刃となる。その切れ味は幼いこどもには不釣り合いな程に研がれていた。しかし、それは敵をも傷付け、本人をも傷付ける諸刃の剣だった。
ローを、仲間を守ろうとするくせに自分が傷付くのは厭わない。痛みなど感じないように振る舞う。残酷なのは、そうやって守られた者がどう思うのかという想像力が致命的に欠如していたことだ。
各言うローも自分の“痛み”に鈍感だった。あのとき、コラソンは彼が気付かなかったその痛みに涙を流してくれた。痛いと思うこと、それを伝えることは罪ではない。逆に、仲間ならそれを黙っていることの方が罪だ。
それからは他の三人には気まずい思いをさせて申し訳無かったとは思う。ナマエの怪我が良くなるまで暫くの間は診察以外ではこどもを傍に置かなかったし、言葉も必要最低限だった。ローも人の子であるので、それなりに最低限の良心は持ち合わせている。目を腫らして塞ぎ込むナマエに思うことが無かったかというと嘘になる。
そんな絶望的な状態であったが、ナマエは無事に正解に辿り着いた。だから今は怪我をすれば素直に「痛い」と口にするようになったし、自分の身を軽んじるような戦い方はしなくなった。
体当たりでヒントを与えたのは、ナマエが悩みすぎて知恵熱を出したときにローと交代で看病を買って出たベポではないかとローは予測しているが、多分それは間違いではないだろう。その真っ直ぐさはローには無いものだ。その眩しさを羨ましいとは思わないが、大事にしてやりたいとは思う。そもそも自分がそんな態度を取ると考えただけで寒気がする。ローはげんなりとしながらソファの背もたれに体重を預けた。
らしくないと言えば、ナマエが海に落ちたときのことだ。ローは何故後先も考えずにそのまま飛び込んでしまったのか。
例えば、シャチやペンギン、ベポが落ちたら自分はあんな行動に出ただろうか。断言する。絶対にそんなことはしない。それは付き合いがナマエよりも長い分、彼らが泳げることを知っているし、それくらいで大事になる訳が無いとある種の信頼があるからだ。そんな残念な想定に信頼なんて言葉を使うのは不本意ではあるが。
しかしよくよく考えたら、あれだけ身体能力の優れたこどもが泳げない訳が無いのだ。現に、非常に遺憾なことにローはナマエに助けられた。
三人とナマエの違いを考えてみると、答えは簡単だ。三人に比べると圧倒的に小さく幼いのだ。当然だ。子供なのだから。船に“仲間”として乗せたからには、一部を除いて子供扱いをしているつもりはないのだが、心の奥底ではそう思っていたのかもしれない。ともすれその“一部”が身体的な条件であるので、今回はそれが適用されたのだということにしておく。
少しの違和感を感じながらそんなことを考えていると、外の廊下を走る慌ただしい足音がした。噂をすればなんとやら、だ。ローが視線を部屋の入り口に移すと、間髪入れずにその扉が勢いよく開く。
「キャプテン!海賊船を見つけたよ」
そう言いながら、ナマエは興奮した様子でローの部屋に転がりこんできた。腰にはローが渡した刀を誇らしげに差しているので、戦闘準備は万端というところだろう。
「分かった、今行く」
傍らにあった刀を握ると、ローは立ち上がって堂々とした足取りで部屋を出ていった。そのすぐ後ろをナマエが歩く。その新緑色の瞳は夜空の星のように輝いていた。
了
そのこどもは、ローが大切なものを全て失いこの世の終わりを知ったときと同じ年の頃だった。それでも、劣悪な環境の中でその瞳は曇りなくただ前を見ていた。
自分が味わった地獄と人の味わった地獄の大きさを比べるなんて傲慢な真似をローはしないが、故郷も大切な人を奪われたそのこどもに少しだけ自分に近い何かを感じたのは否定できない。しかし、それは間違いだった。
こどもは決定的な絶望を味わったとき、ローを気遣って微笑んで見せた。次元の低い海賊の相手をするのが嫌で取った行動が、たまたまこどもを助けただけのほぼ他人である自分に対して。
あのときのローは、全てを信じることをやめた。全てを壊したいという衝動に身を任せて、ただ暗い瞳で世界を見ていた。他人など、どうでも良かった。
自分は恩人であるコラソンが命を懸けて気付かせてくれたが、絶望に面したときに本来の自分が姿を現す。
だからこどもの精一杯の微笑みを見たとき、ローは悟った。多分このこどもはコラソンと同等の人種なのだろう。そう考えてしまうと、ローはそのこどもを放っておくことができなかった。
船に乗せた当初はしおらしく遠慮が見られたが、本来は物怖じしない人懐こい性格なのかあっという間にこの海賊団に溶け込んでいった。一時シャチと一悶着あったようだが、今は友人、強いては兄妹のように毎日笑い合っている。煩いのは好きではないのだが、不思議とその騒がしさは気にならない。
◇
自室のソファに座りながらローはゆったりと本を読んでいた。
ぱらぱらと数頁程捲ったところで、彼はふと手を止めて読んでいた本から視線を動かすと、本棚の中段を見た。
味気の無いローの部屋で、かつて唯一賑わいを見せていた本棚には指を挟む隙間の無い程本が詰め込まれていた。当然中段にもびっしりと詰められていたのだが、今は中段に本は何も入っていない。その代わりに沢山のガラクタが詰め込まれている。勿論、犯人は言わずもがなナマエである。
真珠のように輝く貝殻、雲を閉じ込めたような真っ白な石、宝石のように綺麗な色の氷砂糖が入ったガラス瓶。
ナマエは自分の物差しで“素敵なもの”と判断すると何でもそれをローの元に持ってきて輝く瞳で彼にもお裾分けをしようとしてくる。ローが何度「いらねェ。持って帰れ」と跳ね除けても懲りずに押し付けてくるので断るのが面倒になり、今ではもう好きにさせていた。
当初ナマエが持ってきたものは机の片隅に転がしていたのだが、段々と数が増えて作業をするのに邪魔になってきたのでどこか置き場を考えなければいけなくなった。そこで選ばれたのが本棚の中段だった。ちなみに下段だとガラクタを突っ込む度に屈まなければいけないのが億劫だし、上段には取りやすい位置によく読む本を入れておきたいので、ただの消去法だ。
ローは何故自分がこんなことをしなければならないのかと苦々しく思いながら、本棚を整理して中段を空けてそこにガラクタを収納したのである。
本棚の中段は丁度こどもの目線の高さであるので、自分があげた“宝物”を置くスペースができていたことに気付いたこどもは頬を紅潮させて抱き着いてきた。ぐりぐりと丸く小さな頭部を押し付けてくるナマエに『こいつは人ではなく犬なのでは?』とローは思った。しかし剥がそうとは思えなかったので、自分も相当毒されていると溜息を吐くしかなかった。
そして、先日とうとう部屋に花を飾られた。
葡萄ジュースが入っていた瓶に一輪だけ活けてあるその花は、骨董市で入手したナマエの刀の鍔に彫られていたものだった。
立ち寄った島で「刀と同じ花売ってた!」とこどもが満面の笑みでローの部屋に見せに来たのである。後ろ手に水の入った硝子瓶を持っていたことに気付いたローは物凄く嫌な予感がしたのだが、案の定それはバッチリと的中した。ナマエは瓶にその花を生けると、一仕事終えたとばかりに満足した様子で戻って行った。ローに言わせると何一つ良い仕事をしていないのだが、そんなことナマエにはお構いなしである。『綺麗だから見せたかった』それ以上でもそれ以下でもない。きっとそこに深い理由は無いのだろうから、考えるだけ無駄に決まっている。溜息を吐きながらナマエを見送ると、入れ替わりでシャチがやって来た。
部屋に入ってきたシャチは目敏く竜胆の花を見つけると、「とうとうやったか……」と笑いを堪えたのがとても腹立たしかった。意趣返しとばかりに手元に置いていた刀に視線を移せば、斬られると勘違いしたシャチは直立不動で謝罪してきた。その後どうなったのかはシャチのみぞ知る。
これだけ遠慮無くやりたい放題の真似をしておきながら、このこどもは一番重要なことに遠慮して、しかもそれに気付いていなかった。
普段は年相応に元気で能天気なこのこどもも、戦うときは鋭い刃となる。その切れ味は幼いこどもには不釣り合いな程に研がれていた。しかし、それは敵をも傷付け、本人をも傷付ける諸刃の剣だった。
ローを、仲間を守ろうとするくせに自分が傷付くのは厭わない。痛みなど感じないように振る舞う。残酷なのは、そうやって守られた者がどう思うのかという想像力が致命的に欠如していたことだ。
各言うローも自分の“痛み”に鈍感だった。あのとき、コラソンは彼が気付かなかったその痛みに涙を流してくれた。痛いと思うこと、それを伝えることは罪ではない。逆に、仲間ならそれを黙っていることの方が罪だ。
それからは他の三人には気まずい思いをさせて申し訳無かったとは思う。ナマエの怪我が良くなるまで暫くの間は診察以外ではこどもを傍に置かなかったし、言葉も必要最低限だった。ローも人の子であるので、それなりに最低限の良心は持ち合わせている。目を腫らして塞ぎ込むナマエに思うことが無かったかというと嘘になる。
そんな絶望的な状態であったが、ナマエは無事に正解に辿り着いた。だから今は怪我をすれば素直に「痛い」と口にするようになったし、自分の身を軽んじるような戦い方はしなくなった。
体当たりでヒントを与えたのは、ナマエが悩みすぎて知恵熱を出したときにローと交代で看病を買って出たベポではないかとローは予測しているが、多分それは間違いではないだろう。その真っ直ぐさはローには無いものだ。その眩しさを羨ましいとは思わないが、大事にしてやりたいとは思う。そもそも自分がそんな態度を取ると考えただけで寒気がする。ローはげんなりとしながらソファの背もたれに体重を預けた。
らしくないと言えば、ナマエが海に落ちたときのことだ。ローは何故後先も考えずにそのまま飛び込んでしまったのか。
例えば、シャチやペンギン、ベポが落ちたら自分はあんな行動に出ただろうか。断言する。絶対にそんなことはしない。それは付き合いがナマエよりも長い分、彼らが泳げることを知っているし、それくらいで大事になる訳が無いとある種の信頼があるからだ。そんな残念な想定に信頼なんて言葉を使うのは不本意ではあるが。
しかしよくよく考えたら、あれだけ身体能力の優れたこどもが泳げない訳が無いのだ。現に、非常に遺憾なことにローはナマエに助けられた。
三人とナマエの違いを考えてみると、答えは簡単だ。三人に比べると圧倒的に小さく幼いのだ。当然だ。子供なのだから。船に“仲間”として乗せたからには、一部を除いて子供扱いをしているつもりはないのだが、心の奥底ではそう思っていたのかもしれない。ともすれその“一部”が身体的な条件であるので、今回はそれが適用されたのだということにしておく。
少しの違和感を感じながらそんなことを考えていると、外の廊下を走る慌ただしい足音がした。噂をすればなんとやら、だ。ローが視線を部屋の入り口に移すと、間髪入れずにその扉が勢いよく開く。
「キャプテン!海賊船を見つけたよ」
そう言いながら、ナマエは興奮した様子でローの部屋に転がりこんできた。腰にはローが渡した刀を誇らしげに差しているので、戦闘準備は万端というところだろう。
「分かった、今行く」
傍らにあった刀を握ると、ローは立ち上がって堂々とした足取りで部屋を出ていった。そのすぐ後ろをナマエが歩く。その新緑色の瞳は夜空の星のように輝いていた。
了
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