Dear Mr.Night Blue 第一章(了)
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ポーラータング号が点検の為にドックに入渠した。
内部の点検を疎かにしてトラブルに見舞われた過去を省みて定期的にメンテナンスをすることに決めたのである。
外装の補修や内部点検を含めたメンテナンスは丸一日かかるとのことで、一行は久しぶりに陸で一夜を明かすことになった。
それを聞いたナマエは何故か大喜びだ。理由を尋ねると、夜の街を出てから初めての陸地での一夜だという。ナマエは海で過ごす夜も好きだが陸地で過ごす夜も好きらしい。
そんなナマエは「でも、皆と一緒だったらどこでも楽しいよ」等と健気なことを言って発言を締めたので、ペンギンは涙ぐみ、シャチはこどもの頭をぐしゃぐしゃにしたし、その後ナマエはベポに抱き上げられくるくると回っていた。そのふわっふわに浮かれた様子をローは止めなかったので、どうやら彼も満更でも無いらしい。
「おれせっかくだからデカい風呂に入りたい!」
「最高かよ」
「ごはんが美味しいところがいい!」
「タタミがいい!布団引いて皆で枕投げる!」
「投げるな」
皆の夢は膨らむばかりである。
ところが。
「甘く見てた。宿屋が無ェ」
景色が美しいということで名の通ったこの島は、観光シーズンとのことで良い意味で中途半端の宿屋やホテルは全て埋まっていたのだ。
空室がありそうなのは、この街が見渡せる高台にある超高級ホテルかお姉さんの如何わしいサービスのある場末の宿屋か。両極端なそれは、まるでこの世の縮図のようだ。そもそも彼らは若い男であるので如何わしいサービスはあっても構わないのだが、果たしてそれはこどもの情操教育上良いのか。とはいえども、海賊をしておきながら今更情操教育もへったくれも無いか。
どうするべきか思案しているうちに雨まで降ってきて踏んだり蹴ったりである。ぽつぽつ、と肌を跳ねる雨を視界の隅に映しながらローを筆頭に一同は路地裏に潜った。
超高級ホテルに泊まる金も勿体ないし、物理的にもここから遠い。だったらもう選択肢は一つしかないのだ。
同じような建物が立ち並ぶ道すがらで目敏く宿屋が付いていそうなパブを見つけると、全員脇目も振らずに転がり込んだ。雨はどんどん強くなってきていて、被っていた帽子が重くなっているような気がする。ローが帽子を取って水分を払おうとしていると、薄暗い店内で受付の女主人が声をかけてきた。恰幅の良い中年の女性だ。
「いらっしゃい。四人?」
「五人です」
ローの後からひょっこりと顔を出したナマエはそう訂正した。この場所に似つかわしくないこどもの登場に受付の女主人は面食らったようだが、それも一瞬ですぐに笑顔になった。プロの仕事である。
「知ってるだろうけど、ここはそういう店じゃないよ」
笑顔のままで窘めるのだから、数々の修羅場を潜り抜けて来たのだろう。ただの宿屋として一晩泊まらせて貰うのは一筋縄ではいかない様である。常識的に考えてここがどのような店か理解できていないこどもなど入店お断りだろう。そして当のお子様はここが完全に宿屋だと思っている。
「まあそうだろうな」
「どこも泊まるところが無いんです!泊めてください!」
ローがどう攻略しようか考えを巡らせていると、女主人に詰め寄ったナマエが必死に懇願をした。いやいや正攻法すぎるだろ、キャプテンに任せとけよおれたち絶対そういうのに向いてないから!とペンギンとシャチは思ったが、事は予想外の展開に進んだ。腹の探り合いよりも、真っ向からのこどもの真剣な願いが通じたのか女主人は暫く悩んだ末に言ったのだ。
「四人部屋が空いてるね。あと一人部屋」
「ありがとうございます!!」
ナマエは勢いよく頭を下げた。それに倣ってシャチとペンギン、ベポも軽くお辞儀をする。ローは流石に頭は下げなかったが礼を言った。ナマエとベポを除いた三人は四人部屋の意味については考えないことにした。これは絶対に深入りしてはいけない案件だ。うっかり深入りしそうになったシャチが雑念を追い払っていると、ぐうっと間の抜けた音がした。音の発信源はナマエの腹である。顔を真っ赤にして俯くこどもに女主人はくすりと笑った。そして今度の微笑みは仕事上の作り笑いではなく素のそれだった。
「その前にご飯かな。おいで」
五人は先導する女主人についていき、店内に入って行った。店内は広いワンホールになっていたが、時間も早かったので客は誰もいない。店内のお姉さま方は本日一番最初の客に愛想良く声をかけようとしたが、皆驚いたようでその言葉は途中でぶっつりと途切れた。女主人の続いて入ってきた若い男三人は分かる。一番先頭の青年は滅多に見ないほど顔が整っているのでこれは久々の上客である。金は無さそうだけど、これだけ良い男なら文句は無い。後の二人も初々しくて可愛らしい。悪くない。しかし。続いて入って来たのは大きな白くまである。そして最後を締めるのは10歳くらいのこどもだ。物珍しげにきょろきょろと辺りを見渡していたこどもは、自分が注目されていることに気付くと人好きのする笑みを浮かべて「お世話になります!」と頭を下げた。なんだこの集団は。
お姉さま方が目で会話をしているとわざとらしい咳払いが聞こえた。女主人である。それに我に返った彼女達は困惑を滲ませながら「いらっしゃい」と声を絞り出した。それでもその作り笑いは美しかったので、彼女たちもやはりプロであった。
◇
ナマエのファインプレー(?)のおかげで一晩の宿どころか夕飯にありつけることになった面々であるが、シャチは理不尽さを噛みしめていた。
ナマエが仲間になってからこういう雰囲気の店はご無沙汰だが、ローがお姉さま方からモーションをかけられるのは毎度のことなので、どうとも思わないし寧ろ誇りたい感もある。が。
「あいつが一番モテてんじゃん」
机に突っ伏したシャチがちらりと横目でカウンターに座るリコを見た。ナマエは足が着かない程高い椅子に座って、オムライスを頬張っている。そしてそのオムライスにはご丁寧に旗まで差してあるのだ。カウンターに頬杖をついて数人の女性たちは、ナマエがオムライスを食べている様子を微笑ましく見守っている。ナマエは基本的に人見知りはしないので、会話もめちゃくちゃ弾んでいた。「へーナマエちゃん海賊なんだー」「はい!」「戦ったりするの?危なくない?」「やられる前にやるから大丈夫です!私けっこう強いんですよ!」「そうなんだ、格好良いね」話の内容は割と物騒であるが。
「ナマエちゃん、アイス食べる?」
「わぁ、食べたいです!」
瞳を輝かせて喜ぶナマエの頭を、細く美しい指が優しく撫でる。ナマエはくすぐったそうに笑っていた。ナマエとお姉さま方がいる空間はふんわりしていて、ここは如何わしいお店の筈なのにとても和やかだった。
こういった店は男は沢山来るだろうが、こどもなど全く見ないに違いない。加えてナマエは外見だけなら可愛らしいし、反応も素直なこどものそれなので予想外にチヤホヤされている。解せぬ。
◇
「ベッドだ!!ふかふか!」
「飛ぶなナマエ」
部屋に入るなり勢いよくベッドにダイブしたナマエはそのまま器用に前転をして、ベッドの上で跳ね上がった。ペンギンが窘めると素直なこどもはすぐに止めたが、そこであることに気付いてきょとんと首を傾げた。
「あれ?キャプテンは?」
「……さ、さぁ?」
「なんで?」
ペンギンの記憶が確かだと、ローは綺麗なお姉さまに腕を絡められながら奥の部屋に消えて行ったような気がする。
「この階の奥の部屋だな。四人部屋と一人部屋しか空いてないってお前も聞いてただろ」
くりくりした大きな瞳でじっと見てくるこどもをどう誤魔化そうかと頭を悩ませていると、後からシャチのアシストが入った。シャチはこういう場面ではペンギンよりも気が回るのである。
「そっか。残念だけどしょうがないね」
確かに四人と一人なら必然的にローが一人部屋になるだろう。ナマエは納得したようだった。ペンギンはシャチに感謝のアイコンタクトを送ると、彼からは力強いサムズアップが帰って来た。
なんてやりとりをしていると、興味が別のところに移ったのかナマエは抱えるくらいの大きな枕を掴んでいる。期待していた枕投げは部屋の構造上難しかったので、枕でキャッチボールを始めたのである。勿論相手はベポだ。このお子様は何してやがる。
「お前らやめっ、ぐは!回転かけるな!いてェだろ!!」
被害が出ないうちに注意して止めさせようとしたシャチだったが、鳩尾に枕がクリーンヒットしたため、報復のために自分の枕を掴むとナマエの方にブン投げた。まさかの枕投げ大会の開催である。
ばたばたと煩くなってきたので、見かねたペンギンは電気を消すと一喝した。
「いいから寝ろ!!」
「ハイ」
三人は飛んで行った枕をそれぞれ回収し、すごすごと布団に潜った。そして早寝早起きお休み三秒のナマエはすぐに静かになった。
◇
翌朝、いつも通り早朝に起きたナマエはシャコシャコと歯を磨きながら、寝ぼけ眼でベランダに出てみた。夜の間ずっと降っていた雨は止み、空気はどこかひんやりとしていて眠気が消えていくのを感じる。そしてだんだんと目が冴えてきたナマエは“ある物”を見て一瞬で覚醒した。
「虹だ」
遠くに綺麗な虹が出ていたのである。これはローにも教えてやらねば。ナマエは急いで部屋に戻るとそのまま廊下に出ようとして、丁度起きてきたシャチとすれ違う。
「ナマエ、お前どこ行く、ってそっちはダメだ!」
ナマエが向かうところなど一つである。そしてシャチの記憶が正しければ、ローは一人で部屋に戻っていないような気がする。つまり、事後だ。それは流石に不味い。もの凄く不味い。慌ててシャチはナマエの後を追った。
「キャプテン虹!虹が出てるよ!」
しかし、シャチの制止は間に合わなかった。あっという間にローがいるであろう部屋に辿り着いたナマエは勢いよく扉を開けるとそう言い放った。基本的にこのこどもはノックをしないのである。騒がしい来訪者に叩き起こされたローは、ぼんやりとした頭でノックを義務付ければ良かったと思ったがそんなのものは後の祭りである。
「キャプテン?あれ?そのお姉さん、」
誰?と続く言葉を言わせずに、部屋に乱入してきたシャチはナマエの襟首をむんずと掴むと撤収した。その間僅か一秒である。
「馬鹿、ばっか、ナマエ!邪魔すんなよ出てくぞ、失礼しましたー!」
ずるずるとナマエを引き摺って部屋まで戻ってきたシャチはナマエの両肩を掴んで目線を合わせた。
「だからお前、なんでもキャプテンに報告すんなよ、犬か!」
対するナマエは納得いかない様子で口を尖らせている。
「でも、いいもの見つけたらキャプテンに教えてあげたいじゃん」
「……それは分からなくもないけどな」
ナマエは感動したもの、良いと思ったもの等自分の琴線に触れたものは全てローに報告しなきゃ死ぬ病気でも患っているのかと思うほど、何でもローに話をしていた。こどもと彼の温度差は物凄いのだが、それについては一周回って微笑ましく思えてきた面々だった。彼らもかなり末期である。
ともあれ、そんなナマエは見つけた綺麗な貝殻や美味しいお菓子等をローの部屋に持ち込むので、そのおかげか味気の無かったローの部屋は賑やかなことになっていた。最初は拒否していたローだったが、ナマエの純度100%の好意に抗うのが面倒臭くなったのかもう好きにさせている。彼は無駄なことには労力を割かない主義なのだ。きっと綺麗な花とか飾られるのは時間の問題だろう。こどもの駄々漏れの好意に完全に絆されている。
「そういえばキャプテン、何でお姉さんと一緒に寝てたの?」
「なんでだろうなー?」
こればっかりは上手い誤魔化し方が思い浮かばずシャチはわざとらしく首を傾げてみせた。ナマエは暫くシャチの目を見ていたが、答えが出てこないことを察して諦めたようだった。しかし、それはあくまでシャチに対して諦めただけであるので、99%の確立でこのこどもは直接ローに尋ねるだろう。きっとローなら適当に誤魔化してくれるに違いない。シャチは心の中で合掌し、本人に丸投げをした。
内部の点検を疎かにしてトラブルに見舞われた過去を省みて定期的にメンテナンスをすることに決めたのである。
外装の補修や内部点検を含めたメンテナンスは丸一日かかるとのことで、一行は久しぶりに陸で一夜を明かすことになった。
それを聞いたナマエは何故か大喜びだ。理由を尋ねると、夜の街を出てから初めての陸地での一夜だという。ナマエは海で過ごす夜も好きだが陸地で過ごす夜も好きらしい。
そんなナマエは「でも、皆と一緒だったらどこでも楽しいよ」等と健気なことを言って発言を締めたので、ペンギンは涙ぐみ、シャチはこどもの頭をぐしゃぐしゃにしたし、その後ナマエはベポに抱き上げられくるくると回っていた。そのふわっふわに浮かれた様子をローは止めなかったので、どうやら彼も満更でも無いらしい。
「おれせっかくだからデカい風呂に入りたい!」
「最高かよ」
「ごはんが美味しいところがいい!」
「タタミがいい!布団引いて皆で枕投げる!」
「投げるな」
皆の夢は膨らむばかりである。
ところが。
「甘く見てた。宿屋が無ェ」
景色が美しいということで名の通ったこの島は、観光シーズンとのことで良い意味で中途半端の宿屋やホテルは全て埋まっていたのだ。
空室がありそうなのは、この街が見渡せる高台にある超高級ホテルかお姉さんの如何わしいサービスのある場末の宿屋か。両極端なそれは、まるでこの世の縮図のようだ。そもそも彼らは若い男であるので如何わしいサービスはあっても構わないのだが、果たしてそれはこどもの情操教育上良いのか。とはいえども、海賊をしておきながら今更情操教育もへったくれも無いか。
どうするべきか思案しているうちに雨まで降ってきて踏んだり蹴ったりである。ぽつぽつ、と肌を跳ねる雨を視界の隅に映しながらローを筆頭に一同は路地裏に潜った。
超高級ホテルに泊まる金も勿体ないし、物理的にもここから遠い。だったらもう選択肢は一つしかないのだ。
同じような建物が立ち並ぶ道すがらで目敏く宿屋が付いていそうなパブを見つけると、全員脇目も振らずに転がり込んだ。雨はどんどん強くなってきていて、被っていた帽子が重くなっているような気がする。ローが帽子を取って水分を払おうとしていると、薄暗い店内で受付の女主人が声をかけてきた。恰幅の良い中年の女性だ。
「いらっしゃい。四人?」
「五人です」
ローの後からひょっこりと顔を出したナマエはそう訂正した。この場所に似つかわしくないこどもの登場に受付の女主人は面食らったようだが、それも一瞬ですぐに笑顔になった。プロの仕事である。
「知ってるだろうけど、ここはそういう店じゃないよ」
笑顔のままで窘めるのだから、数々の修羅場を潜り抜けて来たのだろう。ただの宿屋として一晩泊まらせて貰うのは一筋縄ではいかない様である。常識的に考えてここがどのような店か理解できていないこどもなど入店お断りだろう。そして当のお子様はここが完全に宿屋だと思っている。
「まあそうだろうな」
「どこも泊まるところが無いんです!泊めてください!」
ローがどう攻略しようか考えを巡らせていると、女主人に詰め寄ったナマエが必死に懇願をした。いやいや正攻法すぎるだろ、キャプテンに任せとけよおれたち絶対そういうのに向いてないから!とペンギンとシャチは思ったが、事は予想外の展開に進んだ。腹の探り合いよりも、真っ向からのこどもの真剣な願いが通じたのか女主人は暫く悩んだ末に言ったのだ。
「四人部屋が空いてるね。あと一人部屋」
「ありがとうございます!!」
ナマエは勢いよく頭を下げた。それに倣ってシャチとペンギン、ベポも軽くお辞儀をする。ローは流石に頭は下げなかったが礼を言った。ナマエとベポを除いた三人は四人部屋の意味については考えないことにした。これは絶対に深入りしてはいけない案件だ。うっかり深入りしそうになったシャチが雑念を追い払っていると、ぐうっと間の抜けた音がした。音の発信源はナマエの腹である。顔を真っ赤にして俯くこどもに女主人はくすりと笑った。そして今度の微笑みは仕事上の作り笑いではなく素のそれだった。
「その前にご飯かな。おいで」
五人は先導する女主人についていき、店内に入って行った。店内は広いワンホールになっていたが、時間も早かったので客は誰もいない。店内のお姉さま方は本日一番最初の客に愛想良く声をかけようとしたが、皆驚いたようでその言葉は途中でぶっつりと途切れた。女主人の続いて入ってきた若い男三人は分かる。一番先頭の青年は滅多に見ないほど顔が整っているのでこれは久々の上客である。金は無さそうだけど、これだけ良い男なら文句は無い。後の二人も初々しくて可愛らしい。悪くない。しかし。続いて入って来たのは大きな白くまである。そして最後を締めるのは10歳くらいのこどもだ。物珍しげにきょろきょろと辺りを見渡していたこどもは、自分が注目されていることに気付くと人好きのする笑みを浮かべて「お世話になります!」と頭を下げた。なんだこの集団は。
お姉さま方が目で会話をしているとわざとらしい咳払いが聞こえた。女主人である。それに我に返った彼女達は困惑を滲ませながら「いらっしゃい」と声を絞り出した。それでもその作り笑いは美しかったので、彼女たちもやはりプロであった。
◇
ナマエのファインプレー(?)のおかげで一晩の宿どころか夕飯にありつけることになった面々であるが、シャチは理不尽さを噛みしめていた。
ナマエが仲間になってからこういう雰囲気の店はご無沙汰だが、ローがお姉さま方からモーションをかけられるのは毎度のことなので、どうとも思わないし寧ろ誇りたい感もある。が。
「あいつが一番モテてんじゃん」
机に突っ伏したシャチがちらりと横目でカウンターに座るリコを見た。ナマエは足が着かない程高い椅子に座って、オムライスを頬張っている。そしてそのオムライスにはご丁寧に旗まで差してあるのだ。カウンターに頬杖をついて数人の女性たちは、ナマエがオムライスを食べている様子を微笑ましく見守っている。ナマエは基本的に人見知りはしないので、会話もめちゃくちゃ弾んでいた。「へーナマエちゃん海賊なんだー」「はい!」「戦ったりするの?危なくない?」「やられる前にやるから大丈夫です!私けっこう強いんですよ!」「そうなんだ、格好良いね」話の内容は割と物騒であるが。
「ナマエちゃん、アイス食べる?」
「わぁ、食べたいです!」
瞳を輝かせて喜ぶナマエの頭を、細く美しい指が優しく撫でる。ナマエはくすぐったそうに笑っていた。ナマエとお姉さま方がいる空間はふんわりしていて、ここは如何わしいお店の筈なのにとても和やかだった。
こういった店は男は沢山来るだろうが、こどもなど全く見ないに違いない。加えてナマエは外見だけなら可愛らしいし、反応も素直なこどものそれなので予想外にチヤホヤされている。解せぬ。
◇
「ベッドだ!!ふかふか!」
「飛ぶなナマエ」
部屋に入るなり勢いよくベッドにダイブしたナマエはそのまま器用に前転をして、ベッドの上で跳ね上がった。ペンギンが窘めると素直なこどもはすぐに止めたが、そこであることに気付いてきょとんと首を傾げた。
「あれ?キャプテンは?」
「……さ、さぁ?」
「なんで?」
ペンギンの記憶が確かだと、ローは綺麗なお姉さまに腕を絡められながら奥の部屋に消えて行ったような気がする。
「この階の奥の部屋だな。四人部屋と一人部屋しか空いてないってお前も聞いてただろ」
くりくりした大きな瞳でじっと見てくるこどもをどう誤魔化そうかと頭を悩ませていると、後からシャチのアシストが入った。シャチはこういう場面ではペンギンよりも気が回るのである。
「そっか。残念だけどしょうがないね」
確かに四人と一人なら必然的にローが一人部屋になるだろう。ナマエは納得したようだった。ペンギンはシャチに感謝のアイコンタクトを送ると、彼からは力強いサムズアップが帰って来た。
なんてやりとりをしていると、興味が別のところに移ったのかナマエは抱えるくらいの大きな枕を掴んでいる。期待していた枕投げは部屋の構造上難しかったので、枕でキャッチボールを始めたのである。勿論相手はベポだ。このお子様は何してやがる。
「お前らやめっ、ぐは!回転かけるな!いてェだろ!!」
被害が出ないうちに注意して止めさせようとしたシャチだったが、鳩尾に枕がクリーンヒットしたため、報復のために自分の枕を掴むとナマエの方にブン投げた。まさかの枕投げ大会の開催である。
ばたばたと煩くなってきたので、見かねたペンギンは電気を消すと一喝した。
「いいから寝ろ!!」
「ハイ」
三人は飛んで行った枕をそれぞれ回収し、すごすごと布団に潜った。そして早寝早起きお休み三秒のナマエはすぐに静かになった。
◇
翌朝、いつも通り早朝に起きたナマエはシャコシャコと歯を磨きながら、寝ぼけ眼でベランダに出てみた。夜の間ずっと降っていた雨は止み、空気はどこかひんやりとしていて眠気が消えていくのを感じる。そしてだんだんと目が冴えてきたナマエは“ある物”を見て一瞬で覚醒した。
「虹だ」
遠くに綺麗な虹が出ていたのである。これはローにも教えてやらねば。ナマエは急いで部屋に戻るとそのまま廊下に出ようとして、丁度起きてきたシャチとすれ違う。
「ナマエ、お前どこ行く、ってそっちはダメだ!」
ナマエが向かうところなど一つである。そしてシャチの記憶が正しければ、ローは一人で部屋に戻っていないような気がする。つまり、事後だ。それは流石に不味い。もの凄く不味い。慌ててシャチはナマエの後を追った。
「キャプテン虹!虹が出てるよ!」
しかし、シャチの制止は間に合わなかった。あっという間にローがいるであろう部屋に辿り着いたナマエは勢いよく扉を開けるとそう言い放った。基本的にこのこどもはノックをしないのである。騒がしい来訪者に叩き起こされたローは、ぼんやりとした頭でノックを義務付ければ良かったと思ったがそんなのものは後の祭りである。
「キャプテン?あれ?そのお姉さん、」
誰?と続く言葉を言わせずに、部屋に乱入してきたシャチはナマエの襟首をむんずと掴むと撤収した。その間僅か一秒である。
「馬鹿、ばっか、ナマエ!邪魔すんなよ出てくぞ、失礼しましたー!」
ずるずるとナマエを引き摺って部屋まで戻ってきたシャチはナマエの両肩を掴んで目線を合わせた。
「だからお前、なんでもキャプテンに報告すんなよ、犬か!」
対するナマエは納得いかない様子で口を尖らせている。
「でも、いいもの見つけたらキャプテンに教えてあげたいじゃん」
「……それは分からなくもないけどな」
ナマエは感動したもの、良いと思ったもの等自分の琴線に触れたものは全てローに報告しなきゃ死ぬ病気でも患っているのかと思うほど、何でもローに話をしていた。こどもと彼の温度差は物凄いのだが、それについては一周回って微笑ましく思えてきた面々だった。彼らもかなり末期である。
ともあれ、そんなナマエは見つけた綺麗な貝殻や美味しいお菓子等をローの部屋に持ち込むので、そのおかげか味気の無かったローの部屋は賑やかなことになっていた。最初は拒否していたローだったが、ナマエの純度100%の好意に抗うのが面倒臭くなったのかもう好きにさせている。彼は無駄なことには労力を割かない主義なのだ。きっと綺麗な花とか飾られるのは時間の問題だろう。こどもの駄々漏れの好意に完全に絆されている。
「そういえばキャプテン、何でお姉さんと一緒に寝てたの?」
「なんでだろうなー?」
こればっかりは上手い誤魔化し方が思い浮かばずシャチはわざとらしく首を傾げてみせた。ナマエは暫くシャチの目を見ていたが、答えが出てこないことを察して諦めたようだった。しかし、それはあくまでシャチに対して諦めただけであるので、99%の確立でこのこどもは直接ローに尋ねるだろう。きっとローなら適当に誤魔化してくれるに違いない。シャチは心の中で合掌し、本人に丸投げをした。