拍手お礼

月が青白く澄んだ夜だった。花鳥風月を愛でる気持ちがあるのは鋼の心を持ったロボットでも同じようで、月を眺めながら酒を飲む者たちがいた。
メタルマンとシャドーマンは開けた屋上に座してロボット用の酒を酌み交わしていた。ただ黙って朱塗りの盃を傾ける。その沈黙を破る客が現れた。

「シャドー、いる?明日の買い出しに付いてきて欲しいんだけど……」

この基地で唯一、人間嫌いのワイリー博士の傍に居られる人間の女であった。掃除洗濯料理といった家事全般をこなし、博士の身の回りの世話を率先して行っている。最近はナンバーズの仕事の手伝いや、メンテナンスの手伝いまで行うようになってきている。本人はただのハウスキーパーを名乗ってはいるが、秘書や助手と言われた方がしっくりくる。
彼女が街まで買い出しに行く際には護衛兼荷物持ちとしてナンバーズが同行することになっているが、諜報・潜入任務を得意とするシャドーマンはそういった任務があるとき以外は比較的手が空いているので、必然的に同行することが多かった。
 今回もまたシャドーマンに同行を依頼しに来たが、一緒に居るメタルマンを見て動揺して動きが止まった。初対面の時に“真っ二つ”にされかけて以来どうにも苦手意識が抜けず、お互いギクシャクしていた。

「あら、邪魔してごめんなさい」
「ちょうどいい、シャドーの盃に酒をつげ」

酌をすることは別に構わないが、それよりもそれをメタルマンが提案してきたことに驚く。

「拙者は手酌でかまわぬ」

 シャドーマンも目を見開いてメタルマンを見ている。彼女とメタルマンの仲は当然シャドーマンも知っている。

「ではお前も酒もってこい」

再び驚くことになった。いったいどういった風の吹き回しだろうか。顔を見るなり皮肉の応酬をしていた相手が、相好を崩し共に酒を飲もうと誘ってくる。
シャドーマンはメタルマンの言うことは気にせず去れば良いとは言ってくれるが、その言葉に甘えて良いものか。いやここはメタルマンと腹を割って話すいい機会かもしれない。彼との間には初対面の時からの確執がある。いっそここで酒の力を借りて胸の内をさらけ出してしまえばスッキリするだろう。シャドーマンもいるし、もし喧嘩になりそうなときは仲裁してくれるだろう。
くじ引きで当たった缶チューハイが飲むタイミングをなくしたまま冷蔵庫に入っているのを引っ張り出し、改めて乾杯する。

そんな折、フラッシュマンが顔を出した。どうやら仕事のこと聞きに来たようだ。

「あちゃータイミング悪かったな……」
「なんだフラッシュ、聞きたいことがあるなら聞けばいい」
「いや、いい。邪魔したな」

フラッシュマンばつの悪そうな顔でそそくさと戻っていく。
去り際にこっそりと耳打ちをする。

「あんたも早いとこ退散した方がいいぞ」
「え?」
「メタルの兄貴、酒癖わりぃんだ」

メタルマンの様子はというと、普段の彼とは打って変わって穏やかな様子だ。これで酒癖が悪いとはどういうことだろう。酒は人生の潤滑油と言う人もいるが、今のメタルマンであればいやにギスギスせず話し合えるだろう。そう思って話しかけた矢先だった。

「ねぇ、メタルマン」
「お兄ちゃんだ」
「え」
「お兄ちゃんと呼びなさい」

「おにい……?!もしかして壊れた?!」
「こら!お兄ちゃんに向かってなんてことを言うんだ!お説教です」

胡坐をかいた膝の上をぽんぽんと叩く。

「お兄ちゃんのお膝の上に来なさい」

(酒癖悪いってこういう事?)

「私は妹じゃ無いんですけどね」
「ひとつ屋根の下に住んでいるのだから家族みたいなものだろう」
「他のナンバーズも同じ基地内に居ますけど」
「じゃあみんな弟だ」

素知らぬ顔で盃に口をつけていたシャドーマンが、ギョッとした顔でこちらを見る。まさか自分にも飛び火するとは思わなかったのだろう。

「メタル殿、今日は少し飲みすぎではござらんか?」

傍観に徹していたシャドーマンも慌てて話題をそらす。

「シャドー、メタルマンって酔うといつもこうなの?」
「いや、普段はこうはならない。ただ……」

言い澱むシャドーマン。何か思い当たる節があるようだ。

「他のセカンドナンバーズとも飲んだ時に……」

以前宴会でセカンドナンバーズとサードナンバーズそろってロボ酒を飲んだことがあったらしい。その時に飲みすぎたメタルマンがエアーマン以下弟機に対し“お兄ちゃん”を自称することがあったそうだ。サードナンバーズにはいつも通りの応対をしていたので、セカンドナンバーズ限定なのだろう。普段セカンドナンバーズのまとめ役として弟機達に仕事の指示を出しているが、人間の家族でいう兄らしい仕草をするところなど見たことがなかったが、酔った時限定の“家族ごっこ”はセカンドナンバーズからすこぶる不評だったそうだ。

「こら、シャドーとばかりお話するんじゃない。お兄ちゃん寂しいだろ」

よくヒートマンがするように口をとがらせてみせるメタルマン。
人は酒を飲むと本性が出るとは言うが、ロボットはどうなのだろうか。ロボ酒は特殊な化学物質でロボットのセンサーに作用し酩酊感をもたらすだけのはずである。このお兄ちゃんを自称するロボットが彼の本性なのだとは思いたくない。何かの不具合で起きていると考えるのが彼の名誉の為でもあろう。
本人の精神衛生の為にも、次の日に記憶が残っていないことを願うばかりである。

玉山崩るは慈兄の如し

 メタルマンが酔いつぶれて機能停止するまで茶番は続いた。