逆トリナンバーズ
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「あ~生き返るぅ~」
「こら、年頃の娘がそんな格好をするんじゃない」
ナナシはエアーマンの前に座り込みセーラー服の前をあけて風を送り込んでいる。
健康的な肌は上気し汗ばみ、扇情的にも思えるが、胡座をかいてスカートをばたつかせ、おやじのような声を出しては色気もへったくれもない。
「いーじゃん、こっちは炎天下の中学校行ってきたんだよ」
夏休みなのに補習なんて嫌になる、とぼやくナナシ。
真面目に勉強してなかったからだろ、とエアーマン。
「学生の本分は勉学だ。遊んでばかりいないで宿題でもやりなさい」
「ふーんだ。遊ばないヤツはつまんない大人になるんだよ」
「勉強しない子供もろくな大人にならんぞ」
「子供じゃないもーん」
「大人でもないだろ」
頬をふくらませるナナシ。
もちろん本気で拗ねてるわけではない。
すぐに満面の笑みで、
「そうだ、海行きたい海!ここ山ばっかでつまんない」
などと言い出した。
「ここから何時間かかると思っているんだ。子供だけで行くには不安がある」
「子供じゃないってば。そんなに心配ならエアーも一緒に来てよ」
「馬鹿者。こんなロボットが外を歩いていたら騒ぎになるぞ」
「だよねー、扇風機おばけだもんねー」
“こちら”の世界に飛ばされてきたエアーマンをナナシが始めて見たときも扇風機おばけと言い放った。
悪く言えばデリカシーの無い娘だが、歯に衣着せぬ物言いはエアーマンを不快にさせるものではなかった。
むしろ嘘もお世辞も無い言葉はエアーマンにとって気楽なものであった。
「でもわたし、エアーとどっか遊びに行きたいよ」
子供の様に頬をふくらまし唇を尖らせる。
「エアー、夏が終わったら“むこう”に帰っちゃうんでしょ?」
数日前、博士から連絡があった。
元の世界と今エアーマンがいる世界をほんの数秒間だけだが繋ぐことが出来たらしい。
かろうじて音声だけ送られてきた通信では、兄弟機たちのエアーマンを心配する声と、一週間後には音声だけでなくエアーマン自身を送り返すことができるとの知らせだった。
「そのまえに思い出たくさん作っておきたいよ…」
うつむいたナナシの声は畳の上でかぼそく消えていった。
帰らなければならない。
主と仲間の待つ世界へ。
偶然に偶然が重なり飛ばされてきたこの世界に別れを告げて。
ナナシの生きるこの世界は、エアーマンにとって暮らしにくかったが、そう悪いものでもなかった。
しかし一度戻れば来ることは、もう。
蚊取り線香の煙が庭へ流されていく。
さっきまで五月蝿く鳴いていたはずの蝉まで静まり返っている。
山裾を滑る風が軒先に吊るされた風鈴を、りん、と鳴らして通り抜けた。
「……また、会いに来よう」
「……」
「すぐには無理だが、いつか必ず来てやろう。海でも何でも行けば良い」
「……うん」
やっと顔を上げたナナシが、ふにゃり、と笑う。
「約束だよ?」
夏が終わるその日まで、その気の抜けたような笑みを見ていたいと思えた。
風に揺れる陽射し
おわらない宿題
かなわない約束
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