過剰摂取と消化不良
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ここ数週間博士は自身の研究室に引きこもり、次の世界征服に向けて新たなロボットの開発に専念している。
製作中ならば工具の派手な音が一日中昼も夜も鳴り響くことになるが、まだ設計の段階なのか研究室からはほとんど物音が聞こえず、博士がいつ起きていつ寝ているのか分からない。
ナナシは博士の邪魔をしないようなるべく声をかけないようにしているが、食事を運んできた旨をドア越しに伝えても返ってくるのは気の無い生返事のみで、ここ数日は姿すら見ていない。
こういった時の博士は寝食忘れて研究に没頭しているので、食事を乗せたトレイをドアの横に置いて数時間後、すっかり冷めた料理がそのままで置いてあるのはざらである。
なるべく冷めても美味しい料理や、片手でも食べやすいようなサンドイッチのような軽食を用意し、いつでも食べられるようにはしているが、偏食気味の博士は器用に嫌いな物だけを残しているので、バランスよく栄養が取れているかというと疑問である。
また、いつ起きていつ寝ているか分からないので、ひょっとしたらまともに寝ていないんじゃないかという心配もある。
ナナシだけじゃなくDr.ワイリーの息子同然の存在であるナンバーズ達も、例え態度に示さなくても心配している。
スパークマンは何か手伝えることは無いかと聞きに行き、ウッドマンは博士の部屋に花を活ける。
バブルマンは興味がないように振る舞っているが、ナナシや他のナンバーズが博士の様子を話すのを黙って聞いている。
メタルマンは日に数度、ナナシのところへやってきては、博士の体調に問題は無いか、ちゃんと栄養は摂取できているのか、などと聞いてくる。
自分で様子を見に行けばいい話なのだが、用もないのに押しかけるのは気が引けるらしい。
マグネットマンも博士の健康を気に掛ける一人である。
そもそも彼がロボットなのに健康に気を使いだしたのは博士の身を案じてのことだった。
以前もこんな風に博士が新しいナンバーズの開発に専念していた時、疲れた様子の博士の為に見様見真似で肩をもんであげたのがきっかけだそうだ。
その後も博士の為に何かできることはないかと、人間の健康について勉強しているうちに詳しくなったらしい。
ただ、おおざっぱな性格のせいかその知識は時に曖昧で、彼自身がロボットであるせいか、人間なら常識的に間違いだと気が付けるようなことでも分からないことがある。
迷信に近いような民間療法や効果もあるかわからない怪しげな健康グッツなんかも博士に試そうとし、害があるようなら他のナンバーズが止める為に奔走する羽目になる、とニードルマンがぼやいていた。
そんな彼がキッチンで“変なこと”をしていると聞いてナナシは様子を見に来たのだが、教えてくれたスネークマンに詳しく聞いても“変なこと”とは何か教えてくれなかった。
他人に興味のないスネークマンがわざわざ兄弟機の異変を教えに来たことに嫌な予感はしていたがキッチンに足を踏み入れた瞬間、嫌な予感は確信に変わった。
トマト、にんじん、キャベツ、ごぼう、しそ、ごま、ホウレンソウ、りんご、オレンジ、レモン、生姜、納豆、セロリ、アシタバ、アセロラ、グアバ、アサイー、それと市販の豆乳、青汁、その他名前も知らない食べものがいっぱい。
普段よく口にする野菜から巷で話題の健康食品、得体の知れない何かまで、数々の“材料”が並べられたキッチンテーブル。
その中心に置かれたミキサーには、これまた得体の知れない泡立ち濁った禍々しい色の液体が入っている。
マグネットマンはマスクで表情は分かりにくいがおそらく神妙な顔で、そろそろ容量の限界を超えるミキサーに追加する材料を選んでいる。
何も見なかったことにして声もかけずに引き返そうかと思ったが、ふと顔を上げたマグネットマンと目があってしまった。
「あ、ナナシ!丁度良いところに……」
「絶対イヤ」
「まだ何も言ってないぞ!」
間髪入れずに拒絶し後退るナナシにマグネットマンは、そんなに怯えなくてもいいじゃないか、と困ったような笑顔で近寄ってくる。
「のど乾いてないか?」
「かわいてない」
「じゃあ腹は減って……」
「ない」
警戒心むき出しのナナシ、笑顔でじりじりとにじり寄るマグネットマン。
傍から見れば野良猫とそれを手懐けようとする猫好きを連想するかもしれないが、壁際へ追いつめられたナナシの心境としては猫に狙われた鼠の気持ちであった。
ナナシはマグネットマンの一挙一動から目を離さず、視界の隅でキッチンの出入り口までの距離を測る。
マグネットマンはナナシを出口から遠ざけるようにそろりそろりと回り込む。
「野菜ジュースを作ったから飲んでみないか?」
「絶対イヤっ!!」
ナナシは弾かれた様に逃げ出そうとしたが、人間と戦闘用ロボット、どっちが速いかなんて分かりきったことで、ナナシの目の前で勢いよく壁へと突き出されたマグネットマンの腕によって退路は塞がれ、反対側へ逃げようにもそちらも腕が伸び、ナナシはちょうどマグネットマンの腕の中にすっぽりと納まっているような形となった。
せめてもの抵抗と顔をそらそうとしたが、マグネットマンの真剣な目に思わず見つめ返してしまう。
野菜ジュースか毒物か判別できない半流動体を飲まされそうになっているという状況でなければときめいていたかもしれない。
「……っ、近い!いいかげん離れてよ!」
「こうしないと、逃げるだろ……?」
耳元で吐息交じりにささやかれ、甘いしびれが背筋を走ったような気がしたが、実際はただの悪寒である。
焦り怯えるナナシを腕に閉じ込め、その顔を満足そうに見下ろすマグネットマンの眼差しは嗜虐的な笑みすら浮かんでいるようにも見える。
もっとも、事情を知らない第三者が見れば、という脚注が付くが。
「博士の為に野菜ジュースを作ったんだけど、俺達ロボットは飲めないから、ナナシに味見して欲しいんだ。」
「味見?名状しがたい色の液体を?毒見の間違いじゃなくて?」
「ただの野菜ジュースだって!食べられないものは入れてないぞ!」
当たり前だ。食べられない物で作ったジュースを博士に飲まそうとしていたなら正気を疑う。
行動プログラムに問題ありとメンテナンス室送りにしていただろう。
しかし食べられるものだけで作ったとしても、どうしてこんな冒涜的で混沌としたものになるのだろうか。
ミキサーからゆっくりと流れ出す玉虫色のドロドロした流動体は、真っ白な布巾に同じ色の染みを作りながら濾され、少しだけ濁りの無くなった液体だけがガラスのピッチャーに滴り落ちていく。
そうしてナナシの目の前のグラスに注がれた液体は、やはりどう見ても野菜ジュースには見えなかった。
「ボナペティ(召し上がれ)」
ああ、殴りたい。
気取ってフランス語なんて使ってきた赤マスクの顔面に右ストレートをお見舞いしたい。
殴ったところでこの男の体力ゲージはは1目盛も減らないだろうし、こっちのこぶしにダメージが入るだけだからやらないが。
ニコニコしているマグネットマンを心底嫌そうな顔で睨みつけてから、グラスを手に取る。
臭いは……嗅ぐのはやめておこう。
こういうのは息を止めて一気に飲むに限る。
グラスに口をつけ、軽く傾ける。
粘性の高い液体が、ゆっくりとグラスの壁を伝わる。
唇に触れたぬるい感触。
覚悟を決め、一口飲み込んだ。
「…………」
「ああ、うん、何も言わなくていい」
私の渋い顔を見て察したようだ。
やっぱりダメか、と小さくつぶやいたのを聞き逃さなかった。
どう見てもダメだったと思うし、ダメだと思うようなものを人に飲ませるべきではない。
今すぐミキサーの中身を破棄するようマグネットマンに忠告したが、せっかく作ったのに捨てるのはもったいないと渋る。
だったらなぜもっと少ない分量で作らなかったのか。
いや、それをこの男に言ったところで無駄だろう。
分量など量らずに思いつくままに材料をミキサーに放り込んだに違いない。
「うーん……バナナを入れれば多少まろやかにならないかな?」
「これ以上何を入れても無駄だと思うけど」
苦いのか甘いのか、それすら分からなくなるほど(食材に対して)冒涜的な味だった。
黒に何色の絵の具を混ぜたところで黒のままであるように、そこにバナナを足したところで混沌は混沌のままだろう。
「どうにかならないかな……せっかく作ったから博士に飲んでほしいからなぁ……」
マグネットマンはうんうん唸りながらミキサーにバナナやらリンゴやらを追加している。
ただ液体の量が増加するだけだろうに。
それを指摘してまた味見させられるような藪蛇は避けたいので黙っていることにした。
ああ、可哀そうなドクター。
胃薬と下痢止めを用意しないと。
彼のことだから可愛い息子が自分の身を案じて作ってくれたドリンクを飲み干してくれるだろう。
「ところで、これだけの材料いったいどこで……」
「健康に良い食べ物をいくつか買って、あとは冷蔵庫に入っていたのを適当に使った」
「冷蔵庫のは今日の夕飯……って、すっからかん!」
「え、そうだったのか、スマン勝手に使ってしまった」
ナナシは慌ててまだ使えそうな食材を回収する。
冷凍庫に残された食材を見て脳内で献立を必死に考える。
「お肉はあるから……夕飯と夜食はこれを……朝食は……ああ野菜が足りない!」
「野菜ジュースならたくさんあるぞ!」
「なんでも腹に入れば同じってわけじゃないのよ?」
過剰摂取と消化不良
結局、マグネットマン特製野菜ジュースをすべて飲み切った博士がおなかを壊して数日間おかゆしか食べられなくなったので、しばらく食材を買い足す必要はなくなったのだが、メタルマンに何故止めなかったと恐ろしい形相で睨まれた。
しかしそれ以来博士は研究が忙しくてもナンバーズに余計な心配をかけないよう食事はきちんととるようになったので結果オーライだと考えたい。
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