交わらぬ視線
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「よしっ、洗濯物終わり!」
ナナシは落下防止の柵もないコンクリートの屋上で、白いシーツが風に翻るのを満足げに見る。
汗ばむ体温が夏の訪れを予感させる季節。
研究所の掃除は少し休憩してからにしよう。
この秘密基地では数少ない大きな窓の開いた部屋、ナナシのお気に入りの部屋には低い机とソファーがある。
以前この部屋で床に座っていたナナシを見かねたナンバーズが置いてくれたものだ。
偶然拾った物だと言っていたが、拾ったにしてはずいぶん綺麗で、ソファーには可愛らしいカバーまで付いていた。
気遣いに礼を言えば不機嫌な仏頂面で、拾ったものだから礼は要らない、というような事をぶっきらぼうに言われた。
背けたヘッドパーツの人工皮膚が赤くなっていたのは見間違いでは無いだろう。
それ以降休憩時にありがたく使わせてもらっている。
キッチンから持ってきた麦茶を机に置き、ソファーに腰掛ける。
麦茶を一口、一息つく。
音も気配も無く、赤い機体が目の間に居た。
クイックマンはいつもの無表情で机を挟んだ向かいに座る。
彼がここに来るのは珍しいな、と思いつつ彼が何を考えているのか分からないのはいつものことなので、私も何も言わずに座っている。
クイックマンは青白く光るホログラムディスプレイを睨みつけている。
私にはとうてい理解できそうにない数字とアルファベットの羅列の向こう、幽かに青白い真剣な顔が見える。
Dr.ワイリーが心血を注いだというその造形に、つい見惚れてしまう。
彼が見ているのは画面なのだけれど、こうして座っていると見つめ合っているようにも思えてくる。
そう思うと、なんだか落ち着かなくなる。
「何の用だ」
クイックマンが口を開く。
あまりにも唐突すぎて、その言葉が自分に向けられたものだと気がつくのがワンテンポ遅れた。
「あまり見られると気が散る」
顔を見つめていたことに気がつかれていたようだ。
「あ、いや、何の資料を見てるのかなーって……」
焦って余計なことを口走った。
彼らの“仕事”について口を出すのはもちろん、話題にすること自体、タブーであるかのように口にしないのが暗黙の了解になっていた。
「次に侵入する研究所の資料だ」
「そんな重要なもの、ここで見て大丈夫なの?」
「たいした資料じゃない。問題ない」
そう言ったきりまた資料に集中し始めた。
ナナシはかすかに気まずさを感じながら、ぬるくなった麦茶を飲み干した。
手持ち無沙汰になり、また顔を見てしまう。
「そんなに気になるか」
クイックマンがどさりと音を立ててナナシの横に座ると、おもむろにホログラムマッピングを展開する。
青白い光の線がクイックマンとナナシの顔を照らす。
「これが研究所の見取り図。一足先に潜入捜査してきたスネークがマッピングしたものなんだがな、ほら、ここ。変な空洞がある」
「ちょ……ちょっと待って!本当に私に見せて大丈夫なの、これ?」
「は?お前が見たところで何も問題ないだろ?」
怪訝そうな視線を向けられる。
端正な顔が先よりも近くにある。
そう意識するとナナシの頬が赤くなるのを感じる。
ホログラムの光の青さで気が付かれないことを祈った。
幸いクイックマンはナナシの顔から視線を外し、またホログラムディスプレイに向き合っていた。
「それでここに制御装置があるんじゃないかってフラッシュが」
ナナシにはあまり関係のない任務の内容をペラペラと話し始めるクイックマン。
ナナシはただ、うん、うんと頷きながら聞いているしかなかった。
正面から見つめ合う形じゃなくなって良かったと安堵しつつ、この状況をどうしようかと思案していた。
交わらぬ視線
(にらめっこに耐えきれなくなったのは双方同じ)
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