第1話
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私は不幸な事故で一度死に、科学の力によって蘇った。
本当かどうかわからないけど、少なくとも目覚めたときに会った白衣の男はそう言っていた。
事故についてはおろか、それ以前の記憶は無い。
白い部屋、白衣の男。それが私の最初の記憶だ。
その時、私が生まれたのだとしても納得できるかもしれない。
“死んだ”私のことは憶えていないのだから。
毎日与えられるのは大量の薬と、同じくらい味気のない食事。
ベッドと机以外何もない白い部屋の中でうずくまっていた。死篭り卵のように。
それはある日突然破られた。
ちょうど検査のためと言われ研究員につれられて部屋の外に出たときのことだった。
「侵入者発見!侵入者発見!総員直チニ戦闘配備セヨ!!」
狂ったように繰り返す警報。
我先にと逃げる研究員とすれ違うように走っていく警備兵を、回る警戒ランプが赤く照らす。
研究員が私を部屋に戻そうとしていたが、パニックを起こして走ってくる他の研究員にぶつかられ転んでいた隙に逃げ出した。
たびたび検査や入浴などで部屋の外には出たことはあるが、研究員に連れられて近くの部屋へ行くだけだし、自由に歩き回ることは許されなかったので、この施設が大規模な研究施設であることは理解していたが非常口の方向すら知らなかった。
研究員達が出口へ向かっているならその流れに乗じて外へ出るのが良いのだろうが、研究員達は施設最奥のシェルターへ避難しているらしい。
整然と、しかし迷路のように曲がりくねった通路の陰を利用しながら、走っていく警備兵達をやり過ごしていく。
今のうちになんとか逃げなくては、警備兵ましてや正体不明の侵入者と武器のない状態で戦いたくはない。
さっきまで数ブロック先の通路からレーザーガンの銃声と金属音が聞こえていたが、少し離れた別の場所から怒声と悲鳴が聞こえてきた。
どうやら侵入者は警備兵を倒して移動したらしい。
倒された警備兵からなにか使えそうな武器を拾えないだろうか、そう思って戦闘音のしていた通路にやってきた。
遠くで聞こえる爆発音以外聞こえる音は無く、硝煙と鉄の臭いが鼻腔を刺激する。
白い廊下一面に飛び散った液体は考えるまでもなく血だろう。
警備兵は皆強化アーマーを着ているが、その比較的柔らかな隙間、首や関節をなにか鋭利な刃物で切り裂かれていた。
侵入者がまだそこにいないか、生き残った警備兵がいないか、警戒しつつ慎重に、動かない警備兵の横にしゃがみ込んだ。
背後で金属のこすれあうような微かな音、嫌な予感が背筋を駆け上る。振り向くことなく瞬発的に横に跳ねる。
さっきも遠くで聞こえていた、唸るような金属音とともに円形ノコギリが足元に突き刺さる。
「ほう・・・俺のメタルブレードをかわすとは、驚きだな」
感心、よりは見下したような声。
振り向いた視界に映る、深紅の鎧が見慣れた警備兵ではないと主張する。
あの円形ノコギリが警備兵達を屠った武器で間違いないだろう。
「あなたが侵入者?私はここの研究員とかじゃ無い、見逃してくれない?」
「それはできない。全て殺せと命令されている」
「そう、それは残念」
床を蹴り、一気に距離を詰める。
相手が武器を構える前に打ち伏せる、はずだった。
「なかなか素早いな、人間。しかし……これで終わりだ」
渾身の一撃はかわされ、がら空きの腹部に円形ノコギリを叩き込まれる。
「……っ!!」
とっさに身をよじり軌道から逸れたが、バランスを崩し倒れこむ。
真っ二つにはならずにすんだが、掠ったようだ。
脇腹から焼けつくような鋭い痛みが溢れ出す。
メタルマンは今度はナナシの首を狙い、メタルブレードを振り下ろそうとした。
だがその瞬間メタルマンとナナシの間で発煙弾が炸裂し煙が視界を閉ざす。
さっき警備兵の死体から拝借した物だ。
「……煙幕か!!」
相手が怯んだ一瞬の隙を突き、近くにあったダストシュートに身を滑り込ませる。
(焼却炉が作動してないといいな)
自動的にゴミを運び出すトラックに潜り込み、研究所から遠く離れたスクラップ置き場に着いたころには、疲労と出血で動くことすら間々ならなくなっていた。
鈍色の空から幾千の灰白色の雨が降り注ぐ。
槍のように突き刺さるそれは容赦なく彼女の体温を奪っていった。
かじかんだ脚はわずかに震えるだけで体重を支えることを拒否していた。
脇腹に押し当てた指の隙間からは血が滲んでいる。血溜りは雨に洗い流され、消えていく。ナナシは廃車にもたれ天を見上げた。
過去も今も奪われて、未来などあるのだろうか。
廃棄されたロボットのアイカメラの溝に雨水が伝う。
永遠に動かぬスクラップ達に囲まれて、彼女は目を瞑った。
※ ※ ※
気が付くとベッドに寝かされていた。
(ここは……?)
無機質なコンクリートの壁と剥き出しの蛍光 灯、家具は白いベッドと小さな机だけの部屋。
今までいた研究所と違っていたのは、白い陽光が大きな窓から差し込んでいるところだ。
「気が付いたようじゃな」
見ると部屋の入口に白衣の初老の男性が立っていた。
頭は大きく禿げ上がり、残った髪の毛も口ひげも白かったが、そこまで歳ではないだろう。
神経質そうな目は油断なくこちらを見ていた。
「あなたは……?」
「人に名を尋ねるときは、まず自ら名乗るもの じゃろうて」
「失礼しました。私は……ナナシと 申します。あなたが助けてくださったのですか?」
「そうじゃ、ワシはお主の命の恩人じゃ。Dr.ワイリーの名はもちろん知っておるじゃろう?」
どこかで聞いたような気がするが、ナナシはどうしても思い出せなかった。
「……すみません」
「何?!ワシを知らんと言うか!この世紀の大天才、アルバート・W・ワイリーを……?!」
自尊心を傷つけられたようで、失望と怒りがみてとれた。
どうやら有名な人らしい。
「今まで世間の情報がまったく入らない所にいたもので……」
「フン……!さてはお前田舎者じゃな?ならば憶えておくがいい、新たなる世界の王 、Dr.ワイリーとはワシのことじゃ!」
「新たなる世界の王?」
「そうじゃ、ロボットの為の世界を創るため世界を征服する、それがワシの野望じゃ!」
人間に虐げられる哀れなロボット達に権利を与えるため、まずは愚かな人間達を独裁により支配することを目的としているらしい。
正直(仮にも命の恩人に対して失礼だが)イカれてる、と思った。
まあ、私の経歴も人のこと言えたものじゃないが。
とりあえず研究所の奴らではなさそうなので安心した。
しかしまだ警戒を解くことはできない。
「素晴らしい夢ですね!そんな偉大な科学者とは知りもせず、失礼いたしました」
そうじゃろ、と笑う彼は、多少は機嫌を直したようだった。
どうやらこの男、虚栄心と自尊心が強く、他人に貶されるのは嫌いだが、お世辞を言われるのは好きなようだ。
「時に、ナナシとやら、お前は何であんなところに倒れてたんじゃ?」
あぁ、そういえば私はスクラップ置き場にいたんだっけ。
「えぇ、実は……借金とりに追われてまして、なんとか逃げきることはできたのですが、途中事故でひどい手傷を負い、お金もないので病院にも行けず、行き倒れになりました」
とりあえず嘘八百並べ立てておいた。
我ながら苦しい嘘だが、私は研究所でモルモットやってて、どさくさに紛れて逃げだしました、なんて言えるはずもない。
「その歳で借金か、録でもないな」
ははは、と乾いた笑いでごまかす。
「治療費はここで働いて返せばいい。怪我が治ったらこき使ってやるからな。ワシは人間が大嫌いじゃから、本当はすぐにでも追い出してやりたいのじゃが、ワシは心優しいのじゃ。死にかけの女を放り出すようなことはせんよ」
いつの間にか、ここで働かされることになっていたが、他に行く当てもないし、まぁいいか、と思う。
「Dr.ワイリー」
「なんじゃい」
「ありがとうございます」
Dr.ワイリーはナナシを一瞥し、フンっと鼻を鳴らすと部屋から出ていった。
※ ※ ※
「借金取り、か。ワシのロボットはそんな生易しいもんじゃないわい。のう、メタル?」
ワイリーは自身の研究室で椅子にふんぞり返って座り、すぐ隣には研究施設を襲撃したあの紅いヒューマノイド、メタルマンが控えていた。
「博士、何故あの女を生かしておかれるのですか?反ロボット派の組織の人間など……」
ロボットの台頭による雇用の悪化に不満を持つ者、兵器としてのロボットに友や家族を奪われた者、ただ漠然とロボットに不信感を抱く者。
ロボットに反感を持つ者は少なくないが、その中でもロボットを排除し人間だけの社会を作ろうとするテロ組織まがいの民間団体があった。
今回メタルマンが反ロボット組織の違法な実験施設を襲撃したのは、ロボットの為の世界を主張するDr.ワイリーとは正反対の組織への威嚇と牽制であり、同時にその技術を強奪することであった。
「お前が盗んだ研究資料にちょいと興味深いことが書かれておってな。しばらく手元において様子をみることにしたのじゃ」
「しかし記憶が無いとはいえ、いつ博士を裏切るか……」
「心配いらんわい。その時のためにお主がおるのじゃろ?」
Dr.ワイリーは口角を歪め意味深に笑いかける。
メタルマンは自らの創造主のためなら、命を捨てる覚悟もあった。
その主の盾となり剣となることに至上の喜びを覚えている。
Dr.ワイリーの目的のために邪魔となるものはすべて排除する、それが彼の生まれた理由であった。
もし彼女がDr.ワイリーの邪魔をするならば、そのときは……。
「それに彼奴がお前の顔を見て、どんな反応をするか、楽しみじゃわい。驚き慌てふためくか、しらを切りとおすか、見物じゃな」
ワイリーは意地悪く、にやりと笑った。
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