赤い糸
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蛍光灯だけが照らす室内。
窓も無い部屋で換気扇が断続的に低く唸っている。
キーボードを叩く音と時おり椅子の軋む音がする以外は、ほぼ無音である。
機能性のみを重視したデスクの上に山と積み上がる大量の書類。
今にも崩れそうなそれらは絶妙なバランスで崩壊をせずに済んでいる。
この殺風景な仕事場にこもってから何時間くらいになるだろうか。
時計すらない地下室では夜が明けたかすら確かめるすべは無い。
この基地の主な住人であるロボット達には体内時計がセットされているため必要ないが、眠気や空腹で大まかな時間を知るしかないナナシには不便で仕方がない。
パソコンのツールバーに表示される時刻によれば、そろそろ夜が明けるころだ。
冷めて不味くなったコーヒーをすする。
しかしカフェインでもこの睡魔には勝てなかったようだ。
ナナシはこっくりこっくり船を漕ぎ始めてしまった。
「少し休んだらどうだ?」
デスクの向こうに座り、同じ仕事をしていたマグネットマンが見かねて声をかける。
「あなたが添い寝してくれるなら」
「……お前、完全に寝惚けてるだろ」
「よく分かったわね」
焦点の合わない、とろんとした目で答えるナナシに、マグネットマンは盛大なため息をついた。
「自覚があるなら早く仮眠をとれ。俺はこれが片付いたら休憩する」
「あなたが働いてるのに、わたし一人休めないわ」
「俺は機械だがお前は人間だ。機械はエネルギーが持続するかぎりは半永久的に起動し続けられる」
「でもロボットにだって休息は必要よ。人間と同じで、ずっと働いてれば疲れちゃうわ」
「だが疲労による機能や作業効率の低下、変調をきたす恐れは人間より……」
今度はナナシがため息をついた。
「つべこべ言わず休むわよ」
おもむろに腰を上げたナナシはマグネットマンの手をつかみ、無理矢理立たせようとする。
もちろんナナシのか細い腕では、重量の違いすぎるマグネットの腕を持ち上げることすらできない。
駄々をこねる少女のようなことをし始めたナナシを休ませるため、マグネットマンも仕方なく立ち上がる。
狭い仮眠用ベッドに二人で横になる。
マグネットマンの胸に頭をもたれ寝息をたて始めたナナシ。
マグネットマンはいつもは強気な彼女にも、こんなところがあるのだな、とマスクの下で幽かに笑みを浮かべる。
三十分で起きるようにタイマーをセットしてマグネットマンはスリープモードに移行した。
目を覚ましたマグネットマンは腕の中で眠るナナシを確認すると、起こさないよう、そっと起き上がる。
そろそろと忍び足でベッドから離れようとした。
が、己の手から糸がのびているのに気が付いたときには遅かった。
「……!?」
いつの間にか左手に結びつけられていた毛糸がピンっと張り、もう一端に繋がっているナナシの手が引っ張られた。
「……言ったでしょ、あなたが働いてるのに、わたし一人では休めない、って」
もぞもぞと体を起こすナナシは毛糸を手繰りよせる。
「まったく、いつの間に……」
マグネットマンは自分の手に結ばれた糸をほどこうとしたが、できなかった。
お互いの左手の小指にくくりつけられた糸は、
赤色だった。
「これなら気付かれても、ほどかれないと思ったの」
ナナシの唇の端が上がる。
イタズラに成功した子供のような顔をしていた。
赤い糸
つながれたいとはそのままに
もういちど、おやすみなさい
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