世界は二人を望んだ
私とマツバさんは幼い頃にミナキさんの紹介で出会った古くから付き合いのある友人同士である。
それは大人になった今でも変わらないと思う。ミナキさんとマツバさんが親友であるように、私もまた彼等と親友であると思っている。よく男女間の友情は成立しないとか巷ではそんな事を言う人も存在するが、私はそうは思わない。
私達三人は……親友同士。
ミナキさんもマツバさんも私にとっては大切な人。それは、何年経っても、何歳になっても変わらない。
なので、それ以上の関係を私は望む事は無い。
むしろ……この関係が不変であって欲しいとすら願っている。
移りゆく景色と共に紡いだ思い出達が、今でも瞼から色褪せないように。私達三人はこのまま仲良く歳を重ねながら、互いの道を歩んでいけると良いな……それが私の望みであった。
しかし、ここ最近……マツバさんの様子がおかしい事が多々あるように思う。なんというか、上手く言えないけど彼は私の動向を把握したがるようになったし、自分を優先して欲しいとの言動を取るようになっている。それは前々からもあった事だが、ここ最近は特に顕著に現れているのだった。
「……ねぇ、昨日君は仕事が休みだったよね?なんで僕に教えてくれなかったの?」
「昨日は確かに休みでしたが……予定が入っていたので」
「……最近出来たカフェに行って随分と話が盛り上がっていたようだね。その後は買い物をしていたみたいだけど、相手は同僚?……いや、違うな。君よりも歳下に見えた」
「マツバさん、また千里眼で私を視ていたんですか?その通りですけど……ちなみに一緒に行った子は後輩ですよ」
「……なんで君の貴重な休日を僕じゃなくてその子に費やしたの?」
「マツバさんにお声掛けする前よりも先に後輩から誘われたんですよ」
「……それでも僕を優先して欲しかった」
「たまには良いじゃないですか。マツバさんだって私とばかりじゃなくて自分の為や他の人との時間を過ごすのも良いと思いますよ?」
「……全然良くないよ、僕は君が良いんだ」
先程からこんなやり取りを交わしているが、今のマツバさんは露骨に機嫌を損ねている様子だった。世間的なイメージだとマツバさんは「穏やかで優しい」という認識だと思う。実際の人柄もその通りで彼は温厚で優しい人である。そんな人でも機嫌が悪い時もあるだろう、彼だって人間だもの。しかしマツバさんはあまりそういった感情を表立って出さない節がある。
だが、それもあくまで余所行きの姿とでも例えさせて貰おう。付き合いの浅い人には感情の起伏を見せる事は少ないものの、彼に近しい存在となると話は別だ。
マツバさんの交流関係で深い付き合いとなると、真っ先に名が上がるのはミナキさんだろう。次いで私という所だろうか。
しかし、ミナキさんはスイクンを追い求める旅に出ているのでジョウトに常に留まっている訳では無い。となると……一番マツバさんの近くにいる付き合いの長い人物と言えば必然的に私という事になる。そんな訳でマツバさんが頻繁に接する事の出来る親友は私のみというのが現状である。
それを加味して度々考える事があるのだが、マツバさんは私に依存しているのでは無いかと思ってしまうのだった。
現に今の彼が機嫌を損ねているのも、自分ではなくて私が後輩との予定を優先したからだろう。マツバさんからの言動からもそれは伝わるし本人も隠すつもりもないので、露骨な態度を取っているのだ。マツバさんと私は親友という関係であると思っているが、単なる友達同士にしては彼が私に向ける感情は何処か湿り気のようなものを感じてしまう。
まぁ、女の子同士の友情関係でも嫉妬やら独占欲やらが生じるケースもあるし、そういった類の感情の亜種なのだろうと私は思う事にしている。それにマツバさんは何処か閉鎖的な環境の中で育った上に、今も尚厳しい修行に明け暮れる日々を送っているに加えてジムリーダー業も担っている人だ。
そんな生活の中で心が疲労を覚えない事も無いだろう。そんな時は誰だって愚痴のひとつでも零したくなるし、そうじゃなくても話をしたり何処かに気晴らしに出掛けたくもなると思う。
そういう時にマツバさんにとって気兼ねなく誘えて、気を遣わなくても良い相手が、私なんじゃないかなと感じるのだった。
大人になった今はともかく……。先述した通り、マツバさんが過ごしてきた世界は随分と狭いものだったんじゃないかなと勝手ながら私は思うのだ。自分よりも歳上の大人達に囲まれて修行に励む日々を送ってきた彼の交流関係は実に狭いものだったんじゃないかな。だからこそ、マツバさんにはもっと世界は広いものなんだと知って欲しいと私は思っている。
色んな人と交流を持って、触れ合って……彼の世界が広がって欲しいなとお節介ながらそう願ってしまうのだった。
私自身の考えが休暇が取れれば色んな地方に行きたいし、色んな人やポケモン達と触れ合いたいと思っているからこそ、余計にこんな事を考えてしまうのだろうなと。
マツバさんは私なんかに依存しなくても、もっと自由に生きて良い人なのだ。だからその事に気付いてくれれば良いなと思っている。
貴方はきっと常に隣に私がいなくても大空を舞う鳥達のように飛べる筈だ。そして飛ぶ事に疲れたら、たまに寄り添えるような……そういう存在で私は在りたい。
いっそ、マツバさんに彼女でも出来たら……良い意味で私への独占欲も薄れるのだろうか。そう思った事が以前もあったので、その時に私の女友達を紹介しましょうか?と勧めて見たがマツバさんにその提案は即答でお断りされてしまった。
そのやり取りを経てまだまだ暫く彼の依存先は変わらないだろうと私は思い知るのであった。
こういう時、ミナキさんならどうするのかな。でも、マツバさんはミナキさんには私に向けるじめっとした感情を向けているようには見えない。個人的主観だと、二人の仲は爽やかでさっぱりとしていて、どこか晴れ晴れとしているようなものだと感じる。
私と違ってミナキさんは常にマツバさんの傍にいないから、そう見えるだけなのかな?むしろ私が少し距離を置いたらマツバさんの私への執着も薄れるのだろうか?
でも、今のマツバさんにそう告げたら、険しい顔で私の提案を拒絶するだろう。マツバさんは私にとって大切な親友、それは変わらない。だからこそ、マツバさんにとってより良い未来を紡ぐお手伝いが出来れば良いなと思い続けているのは、ずっと昔から変わらないのである。
とりあえず、マツバさんには私断ちをしてもらい、もっと色んな人と触れ合って欲しい。そこから始めていこうと思うが……私の計画が上手くいくかはまだまだ分からないのであった。
◇
君は僕の事を「友達」とか「親友」だと言うけれど、悪いけど僕は出会った頃から君の事を一度もそんな風に思った事は無いよ。君は僕の親友なんかじゃない。そもそも友達という区分に君は入っていないんだ。じゃあ、どんな存在かと問われればそれに対する答えはとうの昔に出ている。
……君は僕にとって恋しくて止まない存在。それは友達という関係では生じぬ感情だ。僕はずっと前から……それこそ出会った頃から君に恋心を抱いているんだ。その想いは大人になった今も尚、僕の胸の中で激しく燃え盛っているのである。
そんな訳で僕は彼女の事が大好きなんだけど……そんな風に思える子を独占したいって思うのは、男なら当然の感情でしょ?
男ならというか、誰かを愛した人ならこの感情だって共感出来る筈だ。恋しくて仕方がない存在を身近に置いておきたい、傍にいて欲しい。僕は常日頃からそう思っているのだった。
……だけど、残念な事に彼女の方は僕のこの激しい恋心には気付いてくれないのが現状でありそれが僕を酷く悩ませている。
それもこれも彼女の僕に対する「親友」という概念があの子の瞳を曇らせているのだと僕は思うのであった。
僕にとってミナキ君は親友だけど、君は親友じゃない。だからいい加減にそうじゃない事実に気づいて欲しい。
友達とかそういう認識じゃなくて一人の男として僕の事を意識して欲しいと、僕はずっと前から願っているのに……中々その望みは叶ってはくれないのが、腹立たしいし、虚しくもなる。
君をこの手にするのは、マツバという男だけなんだ。
君は僕のものになる為に生まれてきた存在なんだと僕は信じているのだよ。現にもう僕の自認は「彼女は自分のもの」なんだけど、なんで君は分かってくれないかなぁ?と常々不満を抱いてしまう事もあるのだ。
僕のものである彼女が、僕を優先しないのはおかしい話だろ?だから機嫌だって悪くなっちゃうけど、君はこの違和感にすらも気付かないまま、少しだけ困ったように眉を下げて僕を宥めようとするばかり。
傍から見たら僕の君に対する好意ってダダ漏れだし、僕はストレートに愛情を伝えているのに、なんで君は分かってくれないんだろうね。まぁ、長年の付き合いから彼女が色恋沙汰に興味が無いのも分かっているし、そういう子だと知っているけどさ。それでも鈍すぎる彼女に僕の煮えたぎる感情はそろそろオーバーヒートしそうになってしまうのだ。
……流石の鈍い彼女でも、僕が君に依存している事には気付いているみたいだけどさ。僕は君が相手だから依存もするし独占欲だって湧くんだよ?だって君をこの世で一番……誰よりも愛しているから。
愛しているからこそ、君を心の底から欲して手を伸ばし続けているのに、君は伸ばしている手の存在すらに気付こうとしてはくれない。あぁ、なんて虚しくて悲しい話だ。
悲しいのに、涙すらも出そうに無い。悲哀に酔いしれる前に業火の如き恋情がこの身を焦がしていく。
僕は誰よりも何よりも、君という存在が良い。君じゃなきゃこの湧き上がる乾きにも似た感情は満たされる事は無い。
こんなに君の事が好きなんだ、早く僕の想いに気付いてよ。じゃないと僕は狂ってしまいそうなんだ。
……いや、今更だな。とうの昔から僕の心に君への想いが棲みついて狂い咲いていたんだ。
ここまで我慢を強いられるとね、正直……倫理観に反した事を行いそうで自分でも時たま怖くなるよ。でも……そうなったとしても僕をここまで狂わせた君が悪いんだし、長年の僕の想いを知らない君の罪のせいだと思っている面もあるんだ。
僕の世界には君が必要不可欠。君が僕の元から万が一離れようとしても、絶対に逃がしてなんかあげないから。
僕は例えこの命が尽きても、君を独占し続ける。
だから、早く君も気付いてよ。
僕のこの、激しい愛情にさ。早く気付いてよ。ねぇ。早く早く早く……。急いでよ。僕が我慢できなくなって無理やりにでも、君に触れる前にさ。
君だって、強引にそうなる事は望んでないだろ?だから、早く僕の事だけを見てくれよ。そうなれば、全ては丸く収まるんだから。僕の理性が決壊する前に……ね。
「……君以外は全部誰かにあげるから、君だけは僕のものだよ」
静かに呟いた切なる望みは、誰の耳に届く事も無く空間に溶け込むように、消えていった。
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