あやまち


全部酔いのせいだと、そういう言い訳なら幾らでも出来きる。
でも、それをしたとしても……あの夜の出来事は無かった事にはならない。私が今までの変わらぬ関係を望んだとしても、一度一線を超えてしまったら、あの人は幼馴染では無く男と女の関係を私に強いるのだった。

あの夜、過ちを犯してしまった私達は、表面上は普通に接していた。
だけどそれはあくまで周囲の目がある時のみ。
二人きりになったらマツバさんはまるで私と恋人のように振る舞うし、私にもそれを強制するのだった。
なので、マツバさんは肉体関係を私に強く求めた。
当然初めはそれを拒絶したものの……私がその意志を告げるとマツバさんは薄く笑いながら言葉を口にしていく。

「……ふーん。この後に及んで僕を拒むんだ?なら僕も好きにさせて貰おうかな?」
「それは……どういう事ですか?」
「僕と君の関係を誰かに話したってそれは僕の自由だろ?……そうだね、例えばミナキ君が知ったらびっくりするだろうなぁ」
「っ!?」

こんな関係になってしまった事なんて誰にも知られたくないのに、その相手がミナキさんだというならばその思いはより強さを増していく。明らさまに狼狽えた私を見て、マツバさんは少し顔を歪ませて問い掛けた。

「何、その反応。ミナキ君の事が好きなの?」
「……ミナキさんは大事な友達です。マツバさんだってそうなんじゃないんですか?」
「うん、そうだよ」
「そう思うのなら……私はこんな事をミナキさんには知られたくないです……!」
「こんな事、か……。そっか、じゃあこれは二人だけの秘密にしようね。ミナキ君には勿論、誰にも言わないよ」

そう告げたマツバさんに少しだけ安堵しかけたものの、その後に彼が放った言葉に私は目を見開く事となる。

「皆には内緒……秘密の関係って事でこれからも宜しくね」
「……は?」
「僕とあんな事しておいて、元の関係に戻れるとでも思ったの?そんな訳ないだろ」
「え、でも……マツバさんと私は友達同士じゃ……」
「あのさぁ、流石にそれは無理があるよ。僕は戻るつもりなんてないし」
「そんな……」
「僕達、友達同士じゃ無くなったんだしどうせならもっと二人で愉しもうよ?……君だって満更でも無い反応してたしね」

マツバさんの物言いに思わず肌を重ねてしまった夜の事を思い出し、かぁっと頬が熱くなっていく。
これ以上、もう何も聞きたくは無かった。
マツバさんを前にしてただ押し黙る事しか出来ずにいる私に向けて、彼は残酷なまでに優しい微笑みを浮かべるのだった。

私はマツバさんの事は幼馴染でもあり大事な友人だと思っていた。だけど、マツバさんの方はそうじゃ……無かったんだ。
男女の友情はあると今まで信じていたのに、その心にヒビが入ってボロボロと形を残さず崩れ去っていく。
私はあんな事、もうしたくないのに、マツバさんは違ったんだ……。
そう思うと、今まで共に紡ぎあげて来た美しい思い出達に真っ黒な絵の具を零されて、それがじわじわと侵食していくような……そんな光景が脳裏に広がると同時に胸が抉られるかのような痛みが広がっていく。

もう二人の関係は対等では無い。秘密を握られている限り私はマツバさんを拒絶する事は許されない。
……私の身体なのに、もはやこの身はマツバさんのものなのだ。
どう足掻いても、あの頃には戻れない。そう思った瞬間に涙がじわじわと滲んできたが、それをマツバさんは優しく指で拭うのだった。

今の私は、マツバさんの玩具、人形なのだ。そう思うとまるで自分の事が心無くした空の躯のように思える。
自由が許されないのなら、せめて暗所で一人で美しい思い出の欠片を抱き締め、回想に浸りながら涙と共に眠る事だけは許して欲しいなと思うのであった

◇

彼女はきっと、あの夜を過ごした後も今まで通りの関係を強く望むのだろうと分かっていた。あくまで二人はただの友人という均等な関係を。だけど、一晩でも君は僕のものになったんだ。たった一夜でも男女の関係になったのに、今更友人同士になんて戻れる訳が無いだろと思うのが本音である。
……何せ、一夜を共にした相手は僕が長年恋焦がれ続けた君なのだ。一度でもこのマツバという男に抱かれた君を、みすみす逃がしたりなんてしない。
そういう訳で僕は彼女に肉体関係を持った事を秘密にする事を条件とし、僕の言う事を聞いてもらう約束を取り付けた。
その約束の内容は僕に求められたら応じる事……ただ、それだけ。
これだけだが、僕と以前の関係に戻りたいであろう彼女にとっては、この条件は大変な心の負荷を与えるだろう。
現に彼女は泣きそうな……いや、涙を零すくらいに、この約束に拒絶感を示していた。
本来ならば、僕の焦がれた君を、誰よりも愛している君を泣かせてしまうなんて事を僕自身が許さなかっただろう。
だけど、今回の場合……話は別だ。
どれだけ近くにいても僕に振り向いてくれなかった彼女が、こんな口約束だけで手に入ったのだ。その事実に僕の心は歓喜に震える。

……約束なんかしなくても僕は誰にも彼女との事を口外するつもりは無い。だけど、利用出来るものは使わせて貰おうと思ったのだ。それは僕と彼女の共通の友人であるミナキ君ですらもその対象にあてはまる。彼女は少なくとも僕との関係をミナキ君にだけは知られたくないと思っていたからね。

どうやらその憶測は当たっていたらしく、ミナキ君の名前を出した途端に彼女は血の気を失ったかのような呆然とした表情を浮かべたからね。そのぐらい大切に思われているミナキ君に一瞬だけ嫉妬しちゃったけど、その焔も直ぐに鎮火していった。

だって、彼女と一晩過ごせただけでも僕にとっては夢のような出来事だったのに、その夢の続きがまだまだ愉しめそうだなんて。あの夜の事を思い出すだけで、劣情が膨れ上がり、今にも弾けてしまいそうになる。
……あぁ、あの柔らかくて、すべらかな美しい肌が忘れられない。しかも、嬉しい事に……彼女は所謂そういう経験が無かったであろう。それは一度目の事を終えた後に僅かに彼女の太腿を伝った赤い液体から、分かった。
いや、恐らく処女だとは思っていたが……彼女の初めての男になれた喜びは計り知れないものだった。

僕が貰い受けた処女は、最後まで大事にしてあげるよ。
彼女の初めての男は僕だし、それと同時に最後の男も自分であるのだ。もはや、これはその身を貰い受けたる事と同然である。実に歪な形で僕の初恋は成就したのだった。

今後は、仮初でも良いから恋人同士になって、そのままエンジュに嫁いで来れば良い。このまま順調にいけばその未来を向かえる事が出来るだろう。何なら、避妊はしないで彼女には僕との子を孕んで貰うのもありだな。うん、それなら早めに結婚も出来るね。

……自分がなんておぞましい計画を立てて、実行に移しているかなんて事ぐらいは流石に分かっている。
僕の想いは実に独り善がりなものであり、彼女の心を傷付けている事も、友人であるミナキ君を利用した事だって……どれだけ醜い行いなのかも理解している。
僕は恐らく……いや確かに、最低な男だろう。

だけど誰に罵られても、彼女という存在が手に入るのならもう何もかもどうだって良いんだよ、と思ってしまうのもまた誤魔化しようの無い事実であるのだ。

誰が僕をこんな風にさせたのか?と問われれば僕は彼女の名前を答えるだろう。酔っていたとはいえ、君から僕の心に揺さぶりをかけたんだ。その責任を取るのは自分自身だろ?
僕は自分に都合が良いからこんな事を言ってるのでは無くて、君を愛しているからこその言動なんだよ。

身体は既に手に入れた、後残すは心のみ。

こんな事を企て、実行に移した僕は何とも罪深い存在だろう。
犯した罪の償いで地獄に堕ちても構わない。
だけど、その時も僕は君の手を絶対に離しはしないから。
二人揃って堕ちたら、地の獄だって涅槃寂静になりえるよ。
僕はそう、信じては止まない。



夜の訪れを待ち侘びながら、僕は強くそう思うのだった。

「今夜も沢山、愛し合おうね」

そう言って僕は涙を流す彼女を抱き締めて、笑った。




















2/2ページ