口出し不要
マツバさんに女性ファンが多いのは昔から知っていた。
確かに格好良いし性格も穏やかで優しくて、エンジュシティのジムリーダーという肩書きも合ってそんな彼に憧れる女性は数多といるだろう。そんなマツバさんと私は言わば幼馴染という関係だ。決して誤解されるようなものではないのだが、どうやらそう思わない人も居るらしいと、私は今、目の前に座る女性を見つめながらそんな事を思ったのだった。
「ここの名物店員さんに話があるんですけど!」
来店されているお客様にご案内をしていたら突然、周囲に響き渡る大きな声が耳に入る。何だ何だ?と騒めくお客様と従業員達が眺める方向へ私も視線を向けると、どうやら支配人に女性……恐らくエリートトレーナーであろう方が詰め寄っている光景が目に入った。
「あの……お客様。一体どうされましたか……?」
「どうもこうも!あの店員さんにお話があるんです!」
「ええと……その店員が何か不愉快な思いをさせてしまったとかでしょうか?」
「そういう訳じゃないんです!でも会わせて下さい!」
ここ、コガネ百貨店の名物店員と女性は話していたが、それは恐らく私の事だろう。しかし、最近接客したお客様にあの方は居なかったような気がするし、話の内容的にクレームでも無さそうだ。兎に角……見たところ彼女は私と話がしたいと言って引く様子は無い。このままでは周囲のお客様も支配人も困ってしまうのでは無いかと思い、私は彼女の元へ足を運んだ。
「……あの、お客様?どうされました?」
「あ!そう!この人!この人に用事があってきたのよ!」
私が視界に入った事で、彼女は更にヒートアップしていく。
このままここで話を続けるのは、得策ではないと判断して私と彼女は応接間に場所をへと場所を移す事にした。
「……ええと、何か飲まれます?」
「別に良いわよ!そんなもの!兎に角さっさと話をしましょう!貴方には聞きたい事が沢山あるの!」
「……分かりました」
珈琲でも用意した方が良いかなと思っていたが、どうやら彼女は一刻も早く私と話がしたい様子で、対面のソファーに座る事を急かした。正直、女性に詰め寄られる心当たりは全くないし、疚しい事もしていないので私は何を話すべきか検討が付かなかったが……とりあえず促されたようにソファーへと腰掛け、彼女と見つめ合う形にへとなる。
一瞬ヒリついた緊張感にも似た沈黙がこの場を支配したが、それを破ったのは彼女の方からだった。
「率直にお尋ねしますけど……貴方ってマツバ様とどんな関係なのかしら!?」
「……えっ?」
険しい顔をして話す彼女の口から出た名前は、随分と親しみ慣れた人のものだった。なんでこの場でいきなりマツバさんの名が出てきたのだろうか?予想していなかった話題に思わず固まる私とは裏腹に、彼女は熱量のある声で思いを吐き出すように吐露していく。
「……先ず、マツバ様のファンクラブがあるのはご存知かしら?」
「え、そんなものがあるんですか?」
「そんなもの呼びとは失礼ね!私もそのファンクラブの一員なのよ!」
「失礼致しました。……それで、そのマツバさんのファンクラブ?の方が私に何か御用なのでしょうか?」
「んもー!鈍いわね!そういうあざとさで純粋なマツバ様を翻弄しているの?!」
「そんなつもりは一切ないのですが……」
確かにマツバさんは女性に好意を寄せられる事が多いと思う。それは付き合いの長さで分かっていた事だが、しかし……ファンクラブまであるとは知らなかった。どうやら私の想像以上にマツバさんってエンジュのみならずジョウト地方で人気がある人のようだ。まあ、マツバさんが異性に好かれるのは何となく分かる。顔立ちも整っており、性格も穏やかで優しいし……正直、彼を嫌う要素が思い浮かばないと感じるぐらいの人格者だと思う。そんな彼の魅力に心を奪われている数多の人間の一人が、目の前の女性なのだろう。
「私達ファンクラブのメンバーはマツバ様を推すにあたって、様々なルールを決めているのだけど……その中に抜け駆けは厳禁!というものがあるの!それなのに貴方はファンクラブ会員でも無いのにマツバ様に随分と馴れ馴れしいんじゃない?」
「え、そうでしょうか……?」
「そうよ!そもそも!さっきも聞いたけど……貴方とマツバ様ってどういった関係なの!?まさか……彼女だなんて言い出さないわよね!?そんなの許さないんだから!」
マツバさんのファンクラブ活動というものが良く分からないけど、どうやら結構この方は過激なファンなのでは無いかと思う。確かにマツバさんと私は近しい関係ではあるものの、彼女が疑うような付き合いではない。私とマツバさんはあくまで幼馴染であり、強いて言うなら……親友というものが正しい表現であるだろう。その事を言葉にしてはっきり伝えれば、ヒートアップしている彼女も少しは落ち着きを取り戻してくれると思い私はゆっくりと口を開いた。
「……私とマツバさんは確かに親しい仲ではあります。ですが貴方の仰るような関係ではありませんよ」
「……親しい関係なのは認めるのね?」
「ええ、マツバさんとは幼馴染です。ですがそれ以下でもそれ以上の関係では無いです」
「……幼馴染……。そう、そうよね!マツバ様と貴方じゃ釣り合いが取れないもの!あー、心配して損したわ!」
「誤解が解けたようでしたら幸いです」
「でも、幼馴染にしても距離感を考えて頂きたいものね!マツバ様だって付き纏われるとご迷惑されると思うけど?あ、貴方なら今マツバ様がフリーかどうかも分かるでしょ?そこら辺はどうなのよ?」
「……私が思うにマツバさんは特定の方とお付き合いはされていないとは思いますよ?」
「なら私にもチャンスがあるって事ね!あー、良かった!ずっとモヤモヤしていたからスッキリしたわ!じゃあもう貴方に聞きたい事は無いから私は帰るわね。まぁ、今後は貴方もファンクラブ活動の妨げになるような真似は慎みなさいね!」
彼女はそう矢継ぎ早に告げて、ご機嫌な様子でソファーから立ち上がる。そんな彼女を私は出口までご案内してから、ご迷惑を掛けてしまった従業員の皆に謝罪をした後業務にへと戻るのだった。
マツバさんってファンクラブがあるんだ……と何だかしみじみ思いながらも、出る杭は打たれるというし何回もこういう事があっては堪らない。この出来事をキッカケに私はマツバさんとの付き合い方を今一度見つめ直した方が良いのかな?と考えるのであった。
マツバさんは仕事帰りの私をほぼ毎日迎えに来てくれているが、こんな事が合った訳だし今後はそれを控えて貰おう。
そもそもコガネシティに住む私にとってコガネ百貨店は徒歩圏内であるし、お迎えに来て頂かなくても大丈夫なのだ。だが、マツバさんは「夜道は危ないからね」と言ってわざわざ迎えに来てくれていたのだが、こういう行為が誤解を招くんだと思い、今日の出来事を伝えて今後は一人で帰れるという旨を伝えようと思う。
とりあえずお昼休みにマツバさんへ「今後はお迎えに来て頂かなくて大丈夫です」と一言メッセージを送っておいた。
これを見たらきっとマツバさんもわざわざ迎えには来ないだろう。これで私も一安心だ。マツバさんも私に割く時間をもっと有意義なことに当てて欲しいとずっと前から思っていたし、ある意味今日の出来事は良いキッカケになったのかも知れない。
そんな事を思いながら、お昼ご飯を済ませた私は午後の分の仕事にへと戻るのであった。
◇
本日は定時で仕事が終わる事が出来た。同僚達と着替えながら今日あった出来事を話ながら私は帰り支度を進めていく。
同僚達は「びっくりしたね~!ドラマみたい!」と言っていたが、私は苦笑を浮かべる事しか出来なかった。
でも彼女の誤解が晴れた事で、恐らくファンクラブ内にこの話は広がるだろう。もう今日みたいに乗り込んで来られるのは正直、業務に支障をきたすしゴリゴリなので今後は無いといいな。そんな事を思いつつ、従業員出口から同僚と一緒に一帰ろうとしていた私を呼び止める声が響いた。
「……お疲れ様」
声の主は、私を待ち受けていたかのようにこちらにへと視線を向ける。
「……マツバさん……」
沈みゆく夕日の中で、夜の訪れを告るかのようにその人は私にへと近付き、腕を掴んだ。決してこの場には居ないであろうと思っていた人が現れた事で私は驚きを隠す事が出来なかった。
「……昼間のメッセージ、あれ何?」
そう尋ねるマツバさんの声色にはいつも伝わる温もりのようなものは感じられず、逆に研ぎ澄まされた鋼のように冷たい印象を受けたので、私は若干戸惑ってしまう。だが、メッセージの事を問われたのでとりあえずは返事をする事にした。
「……内容の通りです。わざわざお忙しい合間を縫って私に時間を使って頂くのが申し訳ないなと思いまして……」
「それは前々から言ってるじゃないか。僕がしたくてしてる事なんだって。なんで今更あんな事言うの?」
「それは……」
「……ねぇ、僕に隠し事は出来ないって分かってるだろ?何かあったんだよね?教えてよ。それとも僕には言えない事なの?」
私を問い詰めるかのような物言いに、思わず怯んでしまったがそれを見兼ねた同僚が慌てて今日の出来事をマツバさんに話してくれたのだった。
同僚から話を聞いたマツバさんは「なるほどね」と一言呟いて何かを考え込むかのように黙り込む。しかし私の腕はまだ掴まれたばかりで、それを見た同僚はどうやらこの話が長期戦になると察し一足先に「お疲れ様~!」とさっさと帰ってしまったのだった。夕闇が佇む中で、取り残された二人の間には重たい沈黙が流れていく。こんな場面をそれこそ、マツバさんのファンクラブの人に見られたらややこしい話になると危惧した私はとりあえず腕を離して貰えないかとマツバさんに懇願し、それを聞いた彼は渋々といった感じで私の腕を解放するのだった。
「……そういう訳で、誤解を生まないようにお迎えには来て頂かなくても大丈夫だとお伝えしたんです」
「……言っておくけど、僕公認じゃないからね?よく分からないけど……そのファンクラブとやらは」
「え、そうなんです?」
「そもそも僕はそういうのに興味が無いからね」
「ですが……また今日みたいに乗り込んで来られたら困ってしまんです。なのでお迎えもですが……今後のマツバさんとの付き合い方を私も考えようと思いまして……きゃっ!?」
私がここまで言った瞬間、マツバさんは乱暴に私の手首を掴んで建物の壁に背を押し付けさせる。そしてそのまま私の顔を覗き込むかのように、目線を合わせた。その眼差しは、凍える程に冷たい瞳であった。
「……今後の付き合い方も考えるって……どういう事?」
吐き出された声は、どこか怒りの感情が滲み出ていたように思えたのは私の考え過ぎだろうか。いや……これは恐らく勘違いではない。今のマツバさんが機嫌を損ねているのは確かだろう。
マツバさんの豹変具合に息を飲んで黙り込んでしまった私に対して、彼は言葉を吐き捨てるように続けていく。
「なんで僕達の関係に他人が口を挟むの?なんで君もそれを聞き入れちゃうかなー?」
「……だって……誤解されたら困るのはお互い様でしょう……?」
「僕は別に困らないけど?」
「……え?」
「いや、誤解されても全然構わないって。そうだ、僕本人からファンクラブだっけ?その人達に言ってあげるよ。二人の事に口出ししないでくれって。あと職場に乗り込んで来ないとも言ってあげる。……そうすれば別に距離を置かなくても大丈夫だろ?」
「……それは有難いですけど……でも、」
「でも?……何か言いたい事でもあるの?無いだろ?……僕はね、君と築き上げてきたものを手放すつもり、今の距離感を変えるつもりもないよ」
マツバさんの言葉の圧に私は何も言えなくなり、押し黙るのみ。しかし、本当にこれで良いのかな……と思う気持ちと、まるで誤解されるのが本望だとでも言わんばかりのマツバさんの態度を見て心の中でざわめきと暗雲が立ち込めていくのであった。
「……じゃあ、そういう事で。明日も明後日もそれ以降も……僕は君に対する態度を変えないし、今まで通り迎えに来るから。……そろそろ帰ろうか、送るよ」
先程まで無表情に近かったマツバさんは、そう言ってようやく笑ったがその笑みには何とも言えぬ翳りがあった。
◇
自分のファンクラブか何だか知らないけど、僕と彼女の関係に水を差すような真似をする存在は誰であっても許し難い事であった。僕が彼女と今の心地よい関係になるまでに、どのぐらいに激しい想いを注いできたか。それを見ず知らずの他人に口出しされるなんて随分と腹立たしい事だったし、何よりも彼女がその部外者の言葉を真に受けて僕から少しでも遠ざかってしまう選択を取りかねない事は、許容出来なかったのだ。
本音を言うと今の関係ですら、心地良さはあるものの僕にとっては物足りないのというのに。僕は今以上の関係を切に求めては止まないのだ。僕と彼女は共通の友人であるミナキ君を通して知り合った。その時から彼女は僕の中でとても大切な人となり、そして初恋の女の子という存在になり得たのだった。
それは大人になった今も尚、その想いは変わる事は無い。
そんな僕が愛して止まない彼女だが……残念な事に彼女の方は僕のこの内なる想いに中々気付いてくれていないのが現状であった。そんな鈍い一面すらも彼女なら可愛らしいと感じるのは、惚れた弱みだなと良く自嘲したものだ。彼女にとって僕はあくまで幼馴染、言い換えれば親友という立場だと認識しているのだろう。だけど、良く考えて欲しい。
傍から見ても、僕達は友人としては親密すぎる関係なのだ。
そりゃ二人の中を疑われてもおかしくは無いだろう。コガネ百貨店に乗り込んできた女性も、わりと本気で僕達の関係が男女の関係であると思っていたと僕は考える。
彼女は誤解だと言ったけど、もしも僕がそう問われたのならばその噂に僕は感謝の念を抱きながら笑みを浮かべていただろう。「お好きなように捉えて貰って構わないよ」なんて余韻を残した言葉を送っていたに違いない。
少なくとも誤解だとバッサリ切り捨てるような悪手はしなかったのになぁ。乗り込むならコガネ百貨店じゃなくてエンジュジムにしてもらえれば話は早かったのに、等と思ったものだ。
とりあえず彼女が誤解だと言ってしまったので、その場は沈静化するものの、僕は今まで通り彼女に接していく。
そこで「やはり二人は……」なんて噂が瞬く間に流れてくれる事を願うばかりだ。
改めて思うに、彼女はヤドン並に僕の想いに鈍感すぎるなぁと思い知る。いくら幼馴染であるからって僕がここまで尽くしている事に、そろそろ親友フィルターを外して欲しいものだ。そもそも彼女はずっと前から勘違いしている。僕は君の親友なんかじゃない……恋人になる男なんだ。そこら辺の違いに早く気付いて欲しいと何度思った事やら。
このまま穏やかな時間を過ごしていくのも良いけど、僕の方はそろそろ進展をしたい。彼女と一刻も早く身も心も結ばれたいとずっと昔から抱いていた願いが成就しても良いんじゃないかな?なんて常々考えているのだった。
そんな愛し止まない彼女から距離を置きたいなんて旨を言われたら……流石の僕だって黙ってられない。そんな事……許せる訳が無いだろ?だから少々手荒になってしまったけど、彼女に言い聞かせるようにして、二人の距離感を強引にでも保つ事にするのだった。彼女の方は不安げというか、何とも言えない顔をしていたけど、僕は敢えて見ないふりを決め込む。……まぁ、君だって僕の想いに気付かないし、そこはおあいこだよね?なんて思ったり。
あの出来事があっても僕はこれまで通り、いや……もっと彼女と密接に接していくと決めた。そうやってどんどん周囲が誤解を深めていけば、いずれ彼女が気付いた時にはもう時既に遅し……という訳になる。それで良いじゃないか、むしろ早くそうなるべきであるとすら思っている。
僕を慕ってくれているらしいファンクラブ?の人達には申し訳ないけど、僕は初めからあの子しか見えてないし、それ以外の女の子にはまるで興味が無いんだよね。だから、悪いけど自分が僕に選ばれるんじゃないかという期待すらも抱いて欲しくはないね。だって、それはどう考えても有り得ない事だから。
それ程までに僕の中には彼女しかいないのだ。
なので僕達の周囲の皆様にはどんどん二人の仲を誤解して欲しいものだね。それがいつかは誤解ではなく誠の話になり得る訳だしね。そんな事を僕は強く願うのであった。
◇
「あの……!マツバ様!お聞きしたい事があるのですが、今お時間大丈夫でしょうか?」
「うん、大丈夫だけど……何かな?」
「有難うございます!……それで、マツバ様には幼馴染がいらっしゃると存じているのですが……そちらってコガネ百貨店の店員の方でお間違いないですか?」
「そうだね。それがどうかしたのかい?」
「……その、幼馴染にしてはマツバ様と随分親しくなされていると思うのですが……、本当にただの幼馴染なのでしょうか?」
「……そこは、ご想像にお任せするよ。ただ、僕にとってはかけがえの無い人なんだ。彼女を困らせるような事は慎んで欲しいのが僕の願いだよ」
後日、エンジュのポケモンセンターで女性に話し掛けられたので、僕は笑顔で上記の内容を答えておいた。僕の言葉を聞いた女性は顔を歪ませたが人の絶望した顔って、あんな感じなんだなーと他人事ながらそんな事を思った。
そして誤解がまた一歩、逃れられない鎖となって彼女に忍び寄る気配を感じ取り、僕の心は少しだけ満たされていくのであった。
確かに格好良いし性格も穏やかで優しくて、エンジュシティのジムリーダーという肩書きも合ってそんな彼に憧れる女性は数多といるだろう。そんなマツバさんと私は言わば幼馴染という関係だ。決して誤解されるようなものではないのだが、どうやらそう思わない人も居るらしいと、私は今、目の前に座る女性を見つめながらそんな事を思ったのだった。
「ここの名物店員さんに話があるんですけど!」
来店されているお客様にご案内をしていたら突然、周囲に響き渡る大きな声が耳に入る。何だ何だ?と騒めくお客様と従業員達が眺める方向へ私も視線を向けると、どうやら支配人に女性……恐らくエリートトレーナーであろう方が詰め寄っている光景が目に入った。
「あの……お客様。一体どうされましたか……?」
「どうもこうも!あの店員さんにお話があるんです!」
「ええと……その店員が何か不愉快な思いをさせてしまったとかでしょうか?」
「そういう訳じゃないんです!でも会わせて下さい!」
ここ、コガネ百貨店の名物店員と女性は話していたが、それは恐らく私の事だろう。しかし、最近接客したお客様にあの方は居なかったような気がするし、話の内容的にクレームでも無さそうだ。兎に角……見たところ彼女は私と話がしたいと言って引く様子は無い。このままでは周囲のお客様も支配人も困ってしまうのでは無いかと思い、私は彼女の元へ足を運んだ。
「……あの、お客様?どうされました?」
「あ!そう!この人!この人に用事があってきたのよ!」
私が視界に入った事で、彼女は更にヒートアップしていく。
このままここで話を続けるのは、得策ではないと判断して私と彼女は応接間に場所をへと場所を移す事にした。
「……ええと、何か飲まれます?」
「別に良いわよ!そんなもの!兎に角さっさと話をしましょう!貴方には聞きたい事が沢山あるの!」
「……分かりました」
珈琲でも用意した方が良いかなと思っていたが、どうやら彼女は一刻も早く私と話がしたい様子で、対面のソファーに座る事を急かした。正直、女性に詰め寄られる心当たりは全くないし、疚しい事もしていないので私は何を話すべきか検討が付かなかったが……とりあえず促されたようにソファーへと腰掛け、彼女と見つめ合う形にへとなる。
一瞬ヒリついた緊張感にも似た沈黙がこの場を支配したが、それを破ったのは彼女の方からだった。
「率直にお尋ねしますけど……貴方ってマツバ様とどんな関係なのかしら!?」
「……えっ?」
険しい顔をして話す彼女の口から出た名前は、随分と親しみ慣れた人のものだった。なんでこの場でいきなりマツバさんの名が出てきたのだろうか?予想していなかった話題に思わず固まる私とは裏腹に、彼女は熱量のある声で思いを吐き出すように吐露していく。
「……先ず、マツバ様のファンクラブがあるのはご存知かしら?」
「え、そんなものがあるんですか?」
「そんなもの呼びとは失礼ね!私もそのファンクラブの一員なのよ!」
「失礼致しました。……それで、そのマツバさんのファンクラブ?の方が私に何か御用なのでしょうか?」
「んもー!鈍いわね!そういうあざとさで純粋なマツバ様を翻弄しているの?!」
「そんなつもりは一切ないのですが……」
確かにマツバさんは女性に好意を寄せられる事が多いと思う。それは付き合いの長さで分かっていた事だが、しかし……ファンクラブまであるとは知らなかった。どうやら私の想像以上にマツバさんってエンジュのみならずジョウト地方で人気がある人のようだ。まあ、マツバさんが異性に好かれるのは何となく分かる。顔立ちも整っており、性格も穏やかで優しいし……正直、彼を嫌う要素が思い浮かばないと感じるぐらいの人格者だと思う。そんな彼の魅力に心を奪われている数多の人間の一人が、目の前の女性なのだろう。
「私達ファンクラブのメンバーはマツバ様を推すにあたって、様々なルールを決めているのだけど……その中に抜け駆けは厳禁!というものがあるの!それなのに貴方はファンクラブ会員でも無いのにマツバ様に随分と馴れ馴れしいんじゃない?」
「え、そうでしょうか……?」
「そうよ!そもそも!さっきも聞いたけど……貴方とマツバ様ってどういった関係なの!?まさか……彼女だなんて言い出さないわよね!?そんなの許さないんだから!」
マツバさんのファンクラブ活動というものが良く分からないけど、どうやら結構この方は過激なファンなのでは無いかと思う。確かにマツバさんと私は近しい関係ではあるものの、彼女が疑うような付き合いではない。私とマツバさんはあくまで幼馴染であり、強いて言うなら……親友というものが正しい表現であるだろう。その事を言葉にしてはっきり伝えれば、ヒートアップしている彼女も少しは落ち着きを取り戻してくれると思い私はゆっくりと口を開いた。
「……私とマツバさんは確かに親しい仲ではあります。ですが貴方の仰るような関係ではありませんよ」
「……親しい関係なのは認めるのね?」
「ええ、マツバさんとは幼馴染です。ですがそれ以下でもそれ以上の関係では無いです」
「……幼馴染……。そう、そうよね!マツバ様と貴方じゃ釣り合いが取れないもの!あー、心配して損したわ!」
「誤解が解けたようでしたら幸いです」
「でも、幼馴染にしても距離感を考えて頂きたいものね!マツバ様だって付き纏われるとご迷惑されると思うけど?あ、貴方なら今マツバ様がフリーかどうかも分かるでしょ?そこら辺はどうなのよ?」
「……私が思うにマツバさんは特定の方とお付き合いはされていないとは思いますよ?」
「なら私にもチャンスがあるって事ね!あー、良かった!ずっとモヤモヤしていたからスッキリしたわ!じゃあもう貴方に聞きたい事は無いから私は帰るわね。まぁ、今後は貴方もファンクラブ活動の妨げになるような真似は慎みなさいね!」
彼女はそう矢継ぎ早に告げて、ご機嫌な様子でソファーから立ち上がる。そんな彼女を私は出口までご案内してから、ご迷惑を掛けてしまった従業員の皆に謝罪をした後業務にへと戻るのだった。
マツバさんってファンクラブがあるんだ……と何だかしみじみ思いながらも、出る杭は打たれるというし何回もこういう事があっては堪らない。この出来事をキッカケに私はマツバさんとの付き合い方を今一度見つめ直した方が良いのかな?と考えるのであった。
マツバさんは仕事帰りの私をほぼ毎日迎えに来てくれているが、こんな事が合った訳だし今後はそれを控えて貰おう。
そもそもコガネシティに住む私にとってコガネ百貨店は徒歩圏内であるし、お迎えに来て頂かなくても大丈夫なのだ。だが、マツバさんは「夜道は危ないからね」と言ってわざわざ迎えに来てくれていたのだが、こういう行為が誤解を招くんだと思い、今日の出来事を伝えて今後は一人で帰れるという旨を伝えようと思う。
とりあえずお昼休みにマツバさんへ「今後はお迎えに来て頂かなくて大丈夫です」と一言メッセージを送っておいた。
これを見たらきっとマツバさんもわざわざ迎えには来ないだろう。これで私も一安心だ。マツバさんも私に割く時間をもっと有意義なことに当てて欲しいとずっと前から思っていたし、ある意味今日の出来事は良いキッカケになったのかも知れない。
そんな事を思いながら、お昼ご飯を済ませた私は午後の分の仕事にへと戻るのであった。
◇
本日は定時で仕事が終わる事が出来た。同僚達と着替えながら今日あった出来事を話ながら私は帰り支度を進めていく。
同僚達は「びっくりしたね~!ドラマみたい!」と言っていたが、私は苦笑を浮かべる事しか出来なかった。
でも彼女の誤解が晴れた事で、恐らくファンクラブ内にこの話は広がるだろう。もう今日みたいに乗り込んで来られるのは正直、業務に支障をきたすしゴリゴリなので今後は無いといいな。そんな事を思いつつ、従業員出口から同僚と一緒に一帰ろうとしていた私を呼び止める声が響いた。
「……お疲れ様」
声の主は、私を待ち受けていたかのようにこちらにへと視線を向ける。
「……マツバさん……」
沈みゆく夕日の中で、夜の訪れを告るかのようにその人は私にへと近付き、腕を掴んだ。決してこの場には居ないであろうと思っていた人が現れた事で私は驚きを隠す事が出来なかった。
「……昼間のメッセージ、あれ何?」
そう尋ねるマツバさんの声色にはいつも伝わる温もりのようなものは感じられず、逆に研ぎ澄まされた鋼のように冷たい印象を受けたので、私は若干戸惑ってしまう。だが、メッセージの事を問われたのでとりあえずは返事をする事にした。
「……内容の通りです。わざわざお忙しい合間を縫って私に時間を使って頂くのが申し訳ないなと思いまして……」
「それは前々から言ってるじゃないか。僕がしたくてしてる事なんだって。なんで今更あんな事言うの?」
「それは……」
「……ねぇ、僕に隠し事は出来ないって分かってるだろ?何かあったんだよね?教えてよ。それとも僕には言えない事なの?」
私を問い詰めるかのような物言いに、思わず怯んでしまったがそれを見兼ねた同僚が慌てて今日の出来事をマツバさんに話してくれたのだった。
同僚から話を聞いたマツバさんは「なるほどね」と一言呟いて何かを考え込むかのように黙り込む。しかし私の腕はまだ掴まれたばかりで、それを見た同僚はどうやらこの話が長期戦になると察し一足先に「お疲れ様~!」とさっさと帰ってしまったのだった。夕闇が佇む中で、取り残された二人の間には重たい沈黙が流れていく。こんな場面をそれこそ、マツバさんのファンクラブの人に見られたらややこしい話になると危惧した私はとりあえず腕を離して貰えないかとマツバさんに懇願し、それを聞いた彼は渋々といった感じで私の腕を解放するのだった。
「……そういう訳で、誤解を生まないようにお迎えには来て頂かなくても大丈夫だとお伝えしたんです」
「……言っておくけど、僕公認じゃないからね?よく分からないけど……そのファンクラブとやらは」
「え、そうなんです?」
「そもそも僕はそういうのに興味が無いからね」
「ですが……また今日みたいに乗り込んで来られたら困ってしまんです。なのでお迎えもですが……今後のマツバさんとの付き合い方を私も考えようと思いまして……きゃっ!?」
私がここまで言った瞬間、マツバさんは乱暴に私の手首を掴んで建物の壁に背を押し付けさせる。そしてそのまま私の顔を覗き込むかのように、目線を合わせた。その眼差しは、凍える程に冷たい瞳であった。
「……今後の付き合い方も考えるって……どういう事?」
吐き出された声は、どこか怒りの感情が滲み出ていたように思えたのは私の考え過ぎだろうか。いや……これは恐らく勘違いではない。今のマツバさんが機嫌を損ねているのは確かだろう。
マツバさんの豹変具合に息を飲んで黙り込んでしまった私に対して、彼は言葉を吐き捨てるように続けていく。
「なんで僕達の関係に他人が口を挟むの?なんで君もそれを聞き入れちゃうかなー?」
「……だって……誤解されたら困るのはお互い様でしょう……?」
「僕は別に困らないけど?」
「……え?」
「いや、誤解されても全然構わないって。そうだ、僕本人からファンクラブだっけ?その人達に言ってあげるよ。二人の事に口出ししないでくれって。あと職場に乗り込んで来ないとも言ってあげる。……そうすれば別に距離を置かなくても大丈夫だろ?」
「……それは有難いですけど……でも、」
「でも?……何か言いたい事でもあるの?無いだろ?……僕はね、君と築き上げてきたものを手放すつもり、今の距離感を変えるつもりもないよ」
マツバさんの言葉の圧に私は何も言えなくなり、押し黙るのみ。しかし、本当にこれで良いのかな……と思う気持ちと、まるで誤解されるのが本望だとでも言わんばかりのマツバさんの態度を見て心の中でざわめきと暗雲が立ち込めていくのであった。
「……じゃあ、そういう事で。明日も明後日もそれ以降も……僕は君に対する態度を変えないし、今まで通り迎えに来るから。……そろそろ帰ろうか、送るよ」
先程まで無表情に近かったマツバさんは、そう言ってようやく笑ったがその笑みには何とも言えぬ翳りがあった。
◇
自分のファンクラブか何だか知らないけど、僕と彼女の関係に水を差すような真似をする存在は誰であっても許し難い事であった。僕が彼女と今の心地よい関係になるまでに、どのぐらいに激しい想いを注いできたか。それを見ず知らずの他人に口出しされるなんて随分と腹立たしい事だったし、何よりも彼女がその部外者の言葉を真に受けて僕から少しでも遠ざかってしまう選択を取りかねない事は、許容出来なかったのだ。
本音を言うと今の関係ですら、心地良さはあるものの僕にとっては物足りないのというのに。僕は今以上の関係を切に求めては止まないのだ。僕と彼女は共通の友人であるミナキ君を通して知り合った。その時から彼女は僕の中でとても大切な人となり、そして初恋の女の子という存在になり得たのだった。
それは大人になった今も尚、その想いは変わる事は無い。
そんな僕が愛して止まない彼女だが……残念な事に彼女の方は僕のこの内なる想いに中々気付いてくれていないのが現状であった。そんな鈍い一面すらも彼女なら可愛らしいと感じるのは、惚れた弱みだなと良く自嘲したものだ。彼女にとって僕はあくまで幼馴染、言い換えれば親友という立場だと認識しているのだろう。だけど、良く考えて欲しい。
傍から見ても、僕達は友人としては親密すぎる関係なのだ。
そりゃ二人の中を疑われてもおかしくは無いだろう。コガネ百貨店に乗り込んできた女性も、わりと本気で僕達の関係が男女の関係であると思っていたと僕は考える。
彼女は誤解だと言ったけど、もしも僕がそう問われたのならばその噂に僕は感謝の念を抱きながら笑みを浮かべていただろう。「お好きなように捉えて貰って構わないよ」なんて余韻を残した言葉を送っていたに違いない。
少なくとも誤解だとバッサリ切り捨てるような悪手はしなかったのになぁ。乗り込むならコガネ百貨店じゃなくてエンジュジムにしてもらえれば話は早かったのに、等と思ったものだ。
とりあえず彼女が誤解だと言ってしまったので、その場は沈静化するものの、僕は今まで通り彼女に接していく。
そこで「やはり二人は……」なんて噂が瞬く間に流れてくれる事を願うばかりだ。
改めて思うに、彼女はヤドン並に僕の想いに鈍感すぎるなぁと思い知る。いくら幼馴染であるからって僕がここまで尽くしている事に、そろそろ親友フィルターを外して欲しいものだ。そもそも彼女はずっと前から勘違いしている。僕は君の親友なんかじゃない……恋人になる男なんだ。そこら辺の違いに早く気付いて欲しいと何度思った事やら。
このまま穏やかな時間を過ごしていくのも良いけど、僕の方はそろそろ進展をしたい。彼女と一刻も早く身も心も結ばれたいとずっと昔から抱いていた願いが成就しても良いんじゃないかな?なんて常々考えているのだった。
そんな愛し止まない彼女から距離を置きたいなんて旨を言われたら……流石の僕だって黙ってられない。そんな事……許せる訳が無いだろ?だから少々手荒になってしまったけど、彼女に言い聞かせるようにして、二人の距離感を強引にでも保つ事にするのだった。彼女の方は不安げというか、何とも言えない顔をしていたけど、僕は敢えて見ないふりを決め込む。……まぁ、君だって僕の想いに気付かないし、そこはおあいこだよね?なんて思ったり。
あの出来事があっても僕はこれまで通り、いや……もっと彼女と密接に接していくと決めた。そうやってどんどん周囲が誤解を深めていけば、いずれ彼女が気付いた時にはもう時既に遅し……という訳になる。それで良いじゃないか、むしろ早くそうなるべきであるとすら思っている。
僕を慕ってくれているらしいファンクラブ?の人達には申し訳ないけど、僕は初めからあの子しか見えてないし、それ以外の女の子にはまるで興味が無いんだよね。だから、悪いけど自分が僕に選ばれるんじゃないかという期待すらも抱いて欲しくはないね。だって、それはどう考えても有り得ない事だから。
それ程までに僕の中には彼女しかいないのだ。
なので僕達の周囲の皆様にはどんどん二人の仲を誤解して欲しいものだね。それがいつかは誤解ではなく誠の話になり得る訳だしね。そんな事を僕は強く願うのであった。
◇
「あの……!マツバ様!お聞きしたい事があるのですが、今お時間大丈夫でしょうか?」
「うん、大丈夫だけど……何かな?」
「有難うございます!……それで、マツバ様には幼馴染がいらっしゃると存じているのですが……そちらってコガネ百貨店の店員の方でお間違いないですか?」
「そうだね。それがどうかしたのかい?」
「……その、幼馴染にしてはマツバ様と随分親しくなされていると思うのですが……、本当にただの幼馴染なのでしょうか?」
「……そこは、ご想像にお任せするよ。ただ、僕にとってはかけがえの無い人なんだ。彼女を困らせるような事は慎んで欲しいのが僕の願いだよ」
後日、エンジュのポケモンセンターで女性に話し掛けられたので、僕は笑顔で上記の内容を答えておいた。僕の言葉を聞いた女性は顔を歪ませたが人の絶望した顔って、あんな感じなんだなーと他人事ながらそんな事を思った。
そして誤解がまた一歩、逃れられない鎖となって彼女に忍び寄る気配を感じ取り、僕の心は少しだけ満たされていくのであった。
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