大輪の華は夜空に咲く
「マツバさん。ほら、見てくださいよ。とても綺麗な夜空ですね」
「うん、そうだね」
「これなら織姫と彦星も無事に会えるでしょうね、良かった」
そう言って彼女は微笑み、また空を見上げる。
僕はそれを真似て星空を見るふりをしながら、隣の彼女の事ばかりを視界に映してしまうのだった。
今日は七夕。エンジュシティではそれにちなんだお祭りが開催されていた。
人々と屋台が賑わっている中、この日の為に用意された大きな笹に老若男女の様々な短冊が飾られている。
夏も訪れる七夕祭りとあってか浴衣姿な人が多く見受けられていく。
それには自分と隣に居る彼女も当てはまり、今日は二人とも浴衣姿といういつもの二人とは違う装いだった。
「久しぶりに着ましたよ、浴衣」
「……君らしい落ち着いた色合いが、とても似合っているよ」
「マツバさんこそ……何だか着慣れてる感がありますね。良くお似合いですよ」
彼女はそう言いながら微笑む。
その姿は実に艶やかで僕は今日、彼女の姿を目にした時からずっとこの胸を高鳴らせていたのだった。
浴衣に合わせて結い上げた髪の毛も新鮮だし、普段はあまり目にする事の無い白いうなじが顕になっている事にもやけに胸がドキドキとしてしまう。
いつも彼女の事は可愛いと思っているけど、今日の彼女は美しいと感じるような色香が僕をくらりとさせていく。
そんな彼女の事ばかり盗み見ているから、実の所あんまり星空を見れて無いけど、仕方がないよね。
今の僕の隣には、幾千の星々にも負けないくらいに美しく煌めく存在がいるのだから。うん、これはしょうがないね。
「……そういえばマツバさんは短冊、書きました?」
そんな事を考えていると、今まで夜空を見上げていた彼女がふと僕の方を見つめながら口を開いた。
「短冊かぁ。……書いたよ」
「そうですか。じゃあ、あの大きな笹にマツバさんのお願い事も飾られているんですね」
「……そういう君は書いたの?」
「勿論、書きましたよ」
……ここで「どんな事を願ったの?」なんて聞くのは野暮だろう。だけど彼女の短冊の内容が気になるのは本音である。
どうやって聞き出そうかなーと思考を巡らせていても、こういう時に限って中々名案というものは思い付かないものだ。
むしろ、彼女の方から「マツバさんはなんて書いたんですか?」なんて聞いて欲しいな。
そうしたら話の流れで「君はなんて書いたの?」と聞き返す事も出来たのに。
でも、彼女は奥ゆかしい性格だから多分内容の詮索はしないだろう。そんな一面も僕は大変好んでいるんだけどね。
「……マツバさん?」
そんな事を思っていたら、いつの間にか口数が少なくなっていた僕の顔を不思議そうな表情を浮かべながら彼女が覗き込んだ。
身長差もあって上目遣いな彼女に見つめられて、僕の恋心は淡い想いと共に蕩けていく。
高鳴る心音は、賑やかな人々の往来の中で上手く誤魔化されてくれているものの、火がついた恋心は今日もまた炎炎と燃え盛っていくのを感じ取る。
「……あぁ、ごめんごめん。ちょっと考え事をしちゃってたよ」
「そうなんですか。……私、てっきりマツバさんもそろそろお腹が空いたのかな?なんて思ってしまいましたよ」
「……そろそろ何か食べる?」
「是非、食べましょう」
今にも飛び火しそうな恋の炎を何とか抑えて、僕がそう言うと彼女は待ってましたと言わんばかりに僕の提案に乗るのだった。
◇
「マツバさんは何を食べます?良かったら、出来るものは二人で半分こにしませんか?」
「うん、良いよ。君は何を食べたいの?」
「うーん……。悩みますね。たこ焼きに焼きそばに……チョコバナナはデザートとして、でもりんご飴も捨てがたいし……」
「あはは、相変わらずよく食べるね。僕は美味しそうに食べる君の姿を見ているのが好きだよ」
食べている姿だけじゃなくて……君の姿ならどんなものでも僕は大好きなんだけどね。
そう告げる事が出来たら、今の僕達は友達じゃなくてもっと進んだ関係……恋人同士だったのかなぁ、なんて思うと時たま無性に虚しくなってしまう。
僕達は誰からどう見ても仲睦まじいと思われるし、実際にその通りだ。
……だけど、それはあくまで幼馴染という間柄であって決して恋人では無い。彼女の方はその関係のままで満足しているけど、僕にとってはそれだけじゃ全然足りないんだよ。
はっきり言うと、僕は彼女の事が一人の女性として好きなのだ。
好きで好きで、どうしようもなく好きで……苦しくなる程に愛している。
でも、この幼馴染という関係だからこそ今のように彼女の傍に僕が在り続ける事が出来るというのもまた、変わらぬ事実であるのだった。
行き交う人々の中に僕達二人が紛れたら、きっと恋人同士のように見えるだろう。だけど、今の僕は君の手すら繋げないなんて、誰よりも近くにいるのに何処か遠い存在……それが彼女なのだと思うとこの胸が張り裂けそうになる。
一年に一度しか会えなくても、互いに愛し合う織姫と彦星を羨ましいとすら思ってしまう程に、僕は彼女からの愛を渇望している。
それが僕の長年抱き続けた内なる望みであり、求める事も叶わずに……。
短冊に書かなくとも、ずっと昔から……。
只管にただ願い続けては、想いすらも未だ言えずに増す熱量だけを感じていく。
いつもいつも、どうしたら彼女と結ばれるかを考えてしまうのだ。
……僕のこの想いを煩悩と呼ぶ人もいるだろう。
だけど、これはれっきとした彼女への愛情なのだ。
愛がなければ、命が誕生する事は無いと僕は考えている。
愛の行く末に人は生まれて来たのだ。
ならば、それが巡り巡っていくのもこの世の理だと思っている。
だから僕はこの愛を、誠の愛を今さら捨て去るつもりなんて無い。むしろ彼女と愛し合う悦びを分かち合いたいとすら思っている。
それが、自身の願いでもあり、彼女と二人で辿る未来でもあると僕は信じているのだった。
◇
「マツバさん、見てください。とても綺麗です……」
一頻り屋台を練り歩き、色々食べ終えた彼女がふと、空を見上げたタイミングで花火が打ち上がっていく。
鮮やかに空に咲いて、刹那に消え去っていく儚さに、人々は心を奪われるのかも知れない。だけど、僕の隣にいる子はそんな花火にも負けないくらいに綺麗だなと心の底から思っているのだよ。
打ち上がる花火の音に紛れてこっそりと呟いた「好きだよ」の一言もきっと彼女の耳には他の音に妨害されて届かないだろう。
あぁ……やはり例え一晩だけしか会えなくても、愛し合う二人が羨ましいよ。そう思ってしまうほどに募る思い出の数だけ、追い込まれて刻まれていく胸の傷。
彼女を愛すれば愛する程、その傷は切なさと痛みを僕に与えていく。
この傷を癒す事が出来るのも織姫でも彦星でもなく、この世でたった一人、君という存在だけなのに、中々気付いてはくれないなんて、僕は結構難儀な恋をしちゃったのかもなぁ、なんて思うけど、その分叶ったら喜びも大きいよねって事にしておこう。
「今年もエンジュの七夕祭りをマツバさんとご一緒出来て嬉しいです。……来年はミナキさんも来れたら良いですね」
「きっとミナキ君もどこかでこの花火を見ているよ。……ねぇ、来年もまた一緒に来ようね、約束だよ」
「勿論ですよ、是非」
来年の七夕は、友達じゃなくて君と恋人同士になって迎えたいな。織姫と彦星に負けないくらいに、愛し合う二人にへとなっていますように。僕の願いがどうか叶う未来でありますように……。空に咲き誇る花火を彼女と共にこの瞳に焼き付けながら、そう静かに、だけど一際強くそう思った。
まぁ……叶うといいな、じゃなくて叶えてみせるんだけどね。
刹那に消えていく花火とは違い、僕の心を彩る美しくも痛々しい花は消える事も枯れる事もなく、彼女からの愛を求めては狂い咲くのだった。
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