フワライドタクシーは今日も運行中
「またお迎えが来てますよ。……今日はマツバさんじゃなくてあの子の方」
同僚がニヤニヤしながら私に耳打ちしてきたと思ったら、夕映えの茜色に染まるコガネ百貨店の関係者出入口付近で一体のポケモンが佇んでいた。
私の姿を見るなりその子は「ぷわわ~♪」と嬉しそうに鳴き声を上げながらこちらにふわふわと近付いてくる。それも随分と見慣れた光景だった。
「……マツバさんたら、一人で帰れると何度も言ってるのに……。ご自分が来れない時は決まってこの子を寄越すんだからなぁ……」
ふよふよ漂いながら私に近付いて来たポケモンはマツバさんのフワライドであった。
マツバさんの手持ちの中でこの子は確かに「そらをとぶ」が使えるけど、コガネシティに住んでいる私にとってコガネ百貨店から帰るのは、徒歩圏内な訳であり言ってしまえばお迎えなんて必要ないのだ。
しかし、幼馴染であるマツバさんは「夜道を女の子の一人歩きは危ないよ」とご自身だって忙しいのに、ほぼ毎日私の帰りを待ち、そして家まで送り届けてくれるのだった。
そんなマツバさんだが、ご自身が迎えに来れない時だって勿論ある。その時はこの子……フワライドがマツバさんの代わりに私の帰りを待っているのだった。
「……幾らトレーナーからの頼みだからって……君も嫌じゃないの?」
「ぷわわ?」
私の言葉にフワライドは不思議そうな顔をする。
どうやら嫌がってはいないみたいだ。
マツバさんの手持ちは幸いな事に私にも懐いてくれている
が、それはこの子も例外ではない。
頭をよしよし撫でていると、フワライドはご機嫌になっていく。そして「早く乗って!」と言わんばかりにをふわふわと身体を動かして私を誘うのだった。
「それじゃ……お疲れ様です」
「はーい、お疲れ様でーす!愛されて羨ましいですなぁ、うふふ!」
フワライドに乗りながら同僚に退勤の挨拶を交わすと、彼女はさも楽しげに笑いながら言葉を返す。
愛されているというのは、語弊があると思うが……何か言葉を言う前に既にフワライドがゆっくりと身体を浮かせてふわふわと空へと舞い上がっていく。
「……ねぇ、今日こそは私の家に届けてくれるのかな?」
「ぷわわ~!」
「あ、やっぱりエンジュシティに向かうんだ……」
……マツバさん本人が迎えに来てくれる時は、そのまま自宅まで送り届けてくれるけど、フワライドがお迎えの時は何故か自宅じゃなくて、一度エンジュシティに向かうのがお決まりだった。
フワライドはご機嫌な様子を崩す事なく、風を切って宙を駆け巡る。美しいオレンジ色の夕焼けの中に黒い絵の具を零したかのように夜空が滲んでいく中、私はエンジュシティのとある家の前に辿り着いた。
「……お仕事お疲れ様、おかえり」
「……お疲れ様です、ただいま」
空を飛んでいたフワライドがエンジュシティに向かうとなれば、目的地は一つしか無いだろう。地上にゆっくりと下降していくフワライドと私を月明かりのような眩しい金髪の人物が出迎えてくれた。
「……今日はジムの挑戦者が多くてね。君の迎えに行けそうに無かったんだ。フワライド、いつも助かるよ。ありがとう」
「ぷわわ~!」
私達を出迎えた人物……その人こそ、このエンジュシティのジムリーダーであり私の幼馴染でもあるマツバさんであった。
マツバさんはフワライドに労いの言葉を掛けながらボールにへと戻す。その際にフワライドが「またね」というノリで私に手を振っていたが、その姿は純粋に可愛いと思った。
だけど、それとこれとは話しは別だ。私はにこやかに微笑むマツバさんに向かって溜息を零しながら口を開く。
「……マツバさん、何度も言ってるじゃないですか。私は一人で帰れますし、遅くなったらタクシーでも使うと……」
「今日も使ってたじゃないか。お馴染みのフワライドタクシーを」
「フワライドタクシーって……。必ずエンジュシティに連れてきちゃうじゃないですか」
「うん。フワライドタクシーは僕と君以外は乗れないし、行先も僕が決めてるからね」
「いや、何故私を毎回エンジュシティに連れてくるんですか?私の自宅はとうの昔にご存知ですよね?」
「それはね、君に会いたいからだよ」
「……ほぼ毎日、私達お会いしてますよね?」
「うん、そうだね。それが何か問題でもあるかな?」
……マツバさんは、面倒見が良くてとても優しい人だけど、ちょっと過保護な一面があるんじゃないかなと思う。
元々コガネシティとエンジュシティはそんなに遠くないから会う事は然程難しくないけど、それでも毎日顔を合わせるなんて中々大変なんじゃないかと思う。
……主にマツバさんの方が。
だって、フワライドタクシーがエンジュシティに向かったら、そこから帰る際、コガネシティの私の自宅までを結局マツバさんが送り届けてくれる事になっているのだ。
この工程が二度手間というか……マツバさんの負担なんじゃないかなと思い何度もお迎えを遠慮しても彼は「君と少しでも長く居たい」とか「夜道を君と歩くこの時間が好きなんだ」とか言って引いてはくれる事は無かったので、私もとやかく言う事を止めたぐらいである。
……まぁ、私だって幼馴染であるマツバさんと会うのが嫌な訳じゃない。マツバさんと話す時間も、マツバさんのポケモン達と触れ合うのも仕事尽くしな私にとっては良い息抜きの一つになっているのは事実でもある。
もちろん家に帰ったら、自分の相棒達とも触れ合うけど。
そんな答えの出ている事を悶々と考え込んでいたら、マツバさんが楽しそうに私に声を掛けた。
「ほら、見てご覧。今日はとても月が綺麗だね……まるで君の瞳のようだ」
彼の言葉に、私も空を仰ぎ見れば、実に美しい月が夜空を照らしていたのだった。
「マツバさんの髪の色みたいでもありますね。とても眩しい夜です」
「ありがとう、今日も君に会えて凄く良い夜だなと僕は思うよ」
「……それならほぼ毎日、良い夜って事になりますね」
「それもそうだね」
そんな二人の会話を煌めく月星が静かに見守っていた。
◇
君は何度も「迎えは要りませんよ」と言うけれど、僕はいつだって君に会いたいし、君の顔が見たいんだ。
だって、恋心を抱く相手と毎日会いたいと思うのは男の性として当然の事でしょ?
彼女を無事に自宅にへと送り届けながら、僕は月明かりに照らされながら自身も帰路に向かいながらふと、そんな事を考える。
今はまだ、彼女は僕の事を「大切な幼馴染」としてしか意識してくれていないだろう。……でもね、僕は出会った頃から君の事を一人の女の子として見ていたんだよ。
君は将来、僕のお嫁さんになる子だと思っているから、コガネだけじゃなくてエンジュシシティという土地にも慣れて欲しいと思っている。
まぁ、君なら全然この地に嫁いで来ても問題ないと思うけど。何せ、僕達は今ですら仲が良いんだ。きっとおしどり夫婦になれると思うよ。
「……本当に今日は月が綺麗な夜だ。まるであの子みたいに」
闇夜を好むゴーストタイプ達も、こんなに優しい月光ならきっと喜ぶだろう。例えるなら、僕の手持ちが君に懐いているように、ね。
二人でいる時間はいつもあっという間に過ぎ去ってしまう。
帰り道、見上げた十六夜月は孤独な僕を照らした。
そんな闇の空にある数多の星屑の中に、僕の恋心の欠片をばら蒔いても紛れる事はないだろう。
「いつか……いや、近いうちに。僕はそろそろ君に想いを告げたいなと考えているよ。その時は良い返事を頂戴ね?誰よりも大好きだよ。……君の事を愛しているんだ」
ポツリと呟いた言葉は、静かな空間に溶けていく。
僕には視える。君と寄り添う未来が。
それを叶える為に、僕は日々この恋心を色鮮やかなものにへと紡いでいくのだった。
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