運命の人


生まれた時から僕はこの土地で秘密の修行をしてきた。
その結果、普通の人には見えないものが視えるようになった訳だが。
人はそれを「千里眼」と呼んでいる。
千里眼とは簡単に纏めると遠くの場所の状況や、まだ起きていない未来の出来事、人の心の奥底に眠る秘密などを直接見たり、感じ取ったりする力だ。
僕がそんな不思議な力を持っている事はエンジュシティのみならず、ジョウト地方に住む者ならば周知の事柄だろう。
もちろんそれは、僕が恋焦がれて止まない彼女だって知っている事なのだった。

「マツバさんの千里眼で私の事を見たら、やっぱり色んな事がお見通しなんでしょうか?」

通い慣れた喫茶店の中、自分の対面に座る彼女がふとそんな事を問い掛ける。彼女からしたらほんの雑談のつもりで話題を振ったのだと思うけど、僕の内心は一瞬だけなんて答えようかと焦りにも似た感情が揺らめいた。
そりゃあもう、千里眼があってもなくても四六時中君の事を考えては自身の中に抱き続ける想いに浸っているのだ。
色ん意味で「いつも君の事をみているよ」が彼女の問に対する僕の正直な答えなのだけど、流石に直球でそう告げる訳にはいかない。

「……千里眼を使わなくとも、君の事は大体知ってると思うけど」
「まあ、確かにそうですね」

自分の気持ちを曖昧に濁しながらそう答えると、彼女は「それもそうですね」なんて呑気に言葉を返すのだった。
僕と彼女の付き合いはけっして浅いものではない。
何なら古くからの交流がある分、他の人達よりも互いの事をよく知っている仲だと思っているがそれはあながち間違いではないだろう。
ちょうどそんな風に答えて会話が一瞬だけ途切れた瞬間に、二人が頼んでいた飲み物が運ばれて来る。
僕が頼んだのは無難にホットコーヒーだったけど、彼女は季節限定のメニューを頼んでいた。コーヒーの香りの中に混じる甘い香りから、彼女の飲み物にはチョコレートがたっぷりと使われているんだなという事が伝わってくる。

「……相変わらず好きなんだね、チョコレートが」
「えぇ。今日もこの季節限定のチョコラテを絶対に飲むぞと私は既に決めてきたんですよ」
「……変わらないなぁ、君は」
「それを言うならマツバさんだってそうですよ。二人とも昔と比べて大きくて変わった事って無いように思えます」
「それもそうかもね」

そう互いに言葉を交わして各々飲み物に口を付ける。
その間も僕は彼女の様子をこっそりと見つめ続けるのだった。
チョコラテをゆっくりと口に含んでごくりと一口飲み込んだ直後に、彼女はホッとしたかのような安堵の面持ちと共に何処か満たされたような表情も浮べる。
そんな彼女を静かに、そして心穏やかに見つめているこちらも思わず頬が緩んでしまう。
これはありふれた日常の一コマにしか過ぎない時間だけど、それすらも彼女と共に過ごすのならば特別なひとときへと変わっていくのだった。彼女は先程「二人とも昔と比べて大きく変わった事はない」と話したけど、それは確かにそうだと思う。
彼女の言葉の通り僕が君に抱き続けているこの感情だって未だ変わる事はないのだから。

僕は出会った頃から、彼女に心惹かれていた。
だからこそ彼女の事を刻みつけるように見つめ続けているのだ。……勿論、千里眼を使った事も何度もある。だけど、この想いが成就する未来はまだ見えそうに無いのが現状だった。
もう少しで叶いそうなのに、あとほんの少しだけ彼女との距離が足りないのだ。それの原因が何なのかも僕はもう既に分かっている。

僕は彼女の事を最初から一人の女の子として見ている訳だけど、肝心の彼女の方は中々僕の事を男だとしては見てくれていない。あくまで僕の事は仲の良い古くからの友人の一人だと思っているのだ。確かに仲は良いけどさ、良いけど……そろそろ僕の事を異性として見てくれてもいいんじゃないのかなとは常々思ってしまう。
これが古くからの友人じゃなくて、青年となった今出会っていたらもう少し違う形になっていたのかなとたまに考えてしまう事もある。
……だけど、出会った頃から今まで共に過ごしてきた時間だって僕にとってはかけがえのないもの大切なものなのだ。
やはり、あの時に彼女に出会わなければ良かったという選択肢は僕の中には存在してはいない。

友人として育んだ時間も大切だけど、早く君の恋人になりたいな。それでゆくゆくは身も心も結ばれたい。
そんな事を思いながら自分も少しだけ冷めたコーヒーに口をつけていると、ふと、彼女が何かを思い出したかのように口を開いた。

「そういえば、私たまにふと思うんですけど……」

いつもどちらかと言うと物静かで落ち着い佇まいの彼女が、今はまるで子どもが持ちうる無邪気さをほんのりと纏うような笑みを浮かべていたのが僕には印象的で、彼女の言葉に耳を傾けていく。

「さっきの千里眼の話に戻るんですけど……もしも私に千里眼を使ったら視えたりしますかね?」
「……何を?」
「それは、私の運命の人とか……なんちゃって」

ここまで言って彼女は即座に「冗談ですよ」とふわりと微笑むも、僕にとっては彼女の言葉は簡単に終わらせて良い発言では無かった。君の運命の人なんて、千里眼を使うまでも無くもう既に出会っているし、なんなら……今、君の目の前にいる男だよ?僕にとっての運命の相手が君なんだ。ならば逆も然りな訳であり……君の運命の人だって僕になるんだよ?

「マツバさんの神聖な力をそんな事に使っちゃだめですよね。これは冗談ですので……」

彼女の方はそう言い、カップに残っていたチョコラテを全て飲み干したけど僕の方はそんな簡単に片付けて良い話じゃない。ただの冗談なんかで終わらせたくない。

「……君の運命の人か」
「あ、本当にちょっとした冗談だったので……お気を悪くされたのならすみません」
「いや、全然そういうのじゃないんだけど……。それに、僕には視えるよ。君の運命の人とやらが」
「……え?」

なんて切り替えそうか一瞬黙り込んだ僕が気分害したと思ったのか、彼女は申し訳なさそうに謝罪を口にするも、僕はそれを望んではいないし、勿論彼女の発言に対して怒ってもいない。
ただここからの言葉選びは今後の彼女との関係の発展においての重要なターニングポイントになるかも知れない。
だからこちらだって真剣にならざる得ない訳だ。

「……それにしても、君の口からそういう話題が出るとはね。正直驚いたよ。だけどもうそろそろ結婚だって視野に入れる年齢だもんね、おかしな話ではないか」
「え、え。結婚だなんて……私は今のところそんな予定はまるで無いのですが……仕事に身を捧げる事で精一杯ですよ。もしや私の運命の人というか添い遂げる相手って仕事だったりします?」
「そんな訳ないだろ。だいたい君は働きすぎだよ。仕事が楽しい気持ちも分かるけど休息だって大事なんだからさ。……とにかく、君の添い遂げる相手は仕事じゃないからね」
「じゃあ一体……どなたなんですか?私の運命の人は一体何処にいらっしゃるのでしょうか?」

そう言って彼女が検討もつかないと考え込んだので、僕は思わず溜息を小さく零してしまった。そもそも恋愛という事に疎く仕事が大好きな彼女らしいと言えばそうかも知れないが、
ここまで僕の事を意識してくれていないなんてね……。
僕はいつだって君との満ち足りた未来の訪れを今か今かと待ちわびて信じ続けているのに。

……でも、これだけ待ったんだ。
そろそろ友人という彼女の中の線引きを越えさせて貰っても良いだろう。僕はある意味での覚悟を決めて、未だ考え込んでいる彼女を瞳に映しながら極めて優しい声で告げる。

「……君の運命の相手はもうずっと昔から出会っているんだよ」
「え?本当ですか?」
「君に嘘をついても仕方がないだろ?そう、もうずっと前から出会ってるし……なんなら今君の近くにいるよ」
「……え?」

僕の言葉に流石に彼女も察したのか、驚いたような表情で僕の顔を見つめる。そのまま硬直してしまった彼女に僕はすかさずトドメの一言を告げるのだった。

「君の運命の人は、今……君の目の前にいる人間だよ」

僕の言葉にまるでこおり状態のようにフリーズしていた彼女だったが、暫くしてからハッと我に帰ったかのように慌てて言葉を振り絞り始める。

「や、いやあの、マツバさんたら……冗談に冗談で返すなんて…」
「冗談なんかじゃないよ。本気で僕にはそういう未来が視えているんだから」
「だって、……だって、それってつまり……あの、……そういう事じゃないですか……え?マツバさんってあやしいひかりが使えたりするんですか?私今……こんらん状態なんですが。技使いましたよね?」
「残念ながら、僕にあやしいひかりは使えないなぁ。というか事実を述べただけだよ?」

淡々と話す僕とは違いに彼女の方はえらく戸惑っている。
まぁ、それも無理はないかなと思いつつ僕はそんな彼女に言葉を続けていく。

「という訳で……そういう仲って事で今後ともよろしくね」
「と、突然すぎます……マツバさん……」
「突然なんかじゃないよ。僕は出会った頃から君との未来を信じ続けていたんだから。勿論……叶えてくれるよね?僕の幸せな夢をさ?」
「うぅ……」
「……答えは急いでないけど出来れば、はい又はイエスのどちらかでお願いしたいね」
「もうそれって実質一択じゃないですか……」
「うん、そうなるね」

僕の言葉に白い頬を耳まで真っ赤に染めて何も言えなくなった彼女の反応が愛しくて堪らないと感じると共に、彼女の反応からして今後の二人の距離感に確かな手応えを感じるのだった。
すっかり冷めてしまったコーヒーとは裏腹に、ここから長年燻っていた恋の炎が熱く燃え盛っていくのだと思うと僕はそんな日々の訪れが楽しみで仕方がなかった。

どうせなら……今日の帰り道、ちょっと強引に手でも繋いじゃおうかな?もう僕の気持ちは彼女に伝わった訳だし、あとは責めに回るのも悪くはないよね。そんな事を思いながら僕は未だに顔を真っ赤に染めている彼女を愛しげに見つめるのだった。

















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