言霊


「言葉」というものはとても強い力を持っているものだと自身は考える。心の中に留めておくだけではなく、思いを声に出して発する事でそれは更なる真価を発揮するだろう。
言わば「言霊」とでも言うのだろうか。今は現実じゃなくてもいずれは僕の言葉は事実になるんだと信じて、今日もまたあの子の話を周囲の人間の耳に入るように話し続けるのだった。

「マツバ君、今日も愛しのあの子にお土産買うて帰るん?」

定期的に行われるジムリーダーの会合も今日はここまで。
帰り支度をしているとコガネシティのジムリーダーであるアカネちゃんに話し掛けられた。
アカネちゃんの言葉に、同じく帰ろうとしていたジムリーダーの数人達も足を止めて僕と彼女の会話に聞き耳を立てているようだったが、僕はそんな事にはお構い無しに軽く微笑んでから言葉を返す。

「勿論、そのつもりだよ」
「やっぱりそうやんな!ならウチが激推ししてるお菓子があるねん!それを教えたろう思てな!確かあの子甘いもの……チョコレート系が好きやんな?」
「そうだけど……よく覚えてたね」
「んもー!そんなのマツバ君が会う度に惚気けるからやん!耳にタコならぬオクタンが出来るくらいにあの子の話ばかりしてるやんね!なー!ミカンちゃん!」
「ええ、そうですね。アカネさんの言う通り……お話を聞いてる私達まであの方の好みが薄らとでも把握出来るくらいには詳しくなっていますよ」

アカネちゃんに話を振られたミカンちゃんもそう言って強く頷く。彼女達が会話に上げている存在は僕の古くからの友人であった。幼馴染といえばそうなのかは定かではないが、少なくとも昔から交流がある人物であるのは確かだった。
……ただの「友人」だと思っているのは、実は僕の方だけなんだけどね。

僕は出会った頃から、あの子に心奪われていた。
それは青年と呼ばれる年頃になっても変わる事は無い。
今尚あの子の虜にさせられている訳だが、これは一方的な感情なのだ。彼女の方は僕の事を大切に思ってくれているんだなって事は十分に伝わるけど、それはあくまで友人としてだった。僕が長年抱き続けた想いには未だに気付く素振りを見せてくれないなんて、こっちは凄く焦れったくて堪らないよ……本当に。

僕はこの想いをなんとしてでも成就させたい。彼女と身も心もいち早く結ばれたいと強く思っているしその日の訪れを切々と願っているのだ。だが、願うだけでは叶いそうに無いと過去の経験からそれは分かりきっている。だから僕はとある手段を取ることにした。

それは、兎に角……他者の耳に入るように彼女の話をする事だった。男の口から特定の異性の話が出れば、それを聞いた周囲の者達は少なくとも何かを感じ取るだろう。
しかも僕は面識のない人間の話をしている訳じゃないし、彼女との仲が良好な事を敢えて全面に押し出している。
それを重ねていくうちに僕とあの子がただの友人関係では無いと勘繰る人も出てくるだろう。
それこそが、僕の狙いなのだ。話す度に自身の想いは明かされていく訳だが、それを恥じらうような年齢はとうに過ぎている。
むしろ、この恋心が周囲の人間にバレても構わないと思っているので、自分にとっては彼女の話をしてもノーダメなんだよね。

僕の話を聞いたジョウトのジムリーダー達の間では現に僕とあの子はとても仲良しで、唯の友人という枠を超えた特別な関係……言わば恋人同士だと認識されているだろう。
そう思っているからこそ、アカネちゃんは先述のような物言いをしたのだと僕は考える。
まぁ、言葉の通り僕にとっては本当に愛しいあの子なんだけどね。

これはあくまで僕だけの想いが発信されている、ただの所詮噂にしか過ぎないものだという自覚はある。
しかし、人の噂というものは侮れないものだ。
今は嘘でも貫き続けていればいつかは誠の愛が手に入るんじゃないかと僕は確かに信じている。

そんな僕のしている行為も抱いている考え方も、実に狡猾で独りよがりだと非難する人も出て来るかも知れない。
だけど、そんなそれに傷つかない程度には理性は既にひび割れ、持ちうる倫理観すらも凌駕してみせるくらいには喉から手が出る程にどうしても自らの手に入れたい存在がこの世には確かに存在しているのだ。
たった一人の人間にここまで心を狂わせるなんて、本当に恋という感情は激しく恐ろしいものだとふと、自分でも思う時がある。だけど、この恋情は例えこの世界が終わる時を迎えたとしても消える事は無いだろう。

ジムリーダーの中で噂になっているのなら、ジムのトレーナー達にだって僕達の話が耳に入っていてもおかしな事では無い。母体は大きい方がいいからね、皆にはこの事を積極的に話して欲しいものだ。それでどんどんと噂が膨れ上がっていった行く末に僕があの子を手に入れる事が出来れば良い。
きっと、そんな未来を望んでいるのは今のところ僕だけだけど、噂が真実になった暁には僕が責任をもって誰よりも彼女の事を幸せにしてあげるからさ。

だから……早く僕のものになってよ。
ねぇ?君にだってこの話はもうきっと届いている筈なんだからさ。
いつか美しい恋と咲き誇るように…どうか夢の終わりまで僕の傍にいると君に誓って欲しいんだ。

そんな想いを、ずっと胸の中で僕は温め続けているのだった。

◇

「はい、これお土産」
「わぁ……!いつもいつも有難うございます、マツバさん。これ最近気になってたんですが、中々探し当てられなくて……」

あの後、アカネちゃんからオススメされたお菓子を購入し彼女に会った際に渡したら、嬉しそうな顔を浮かべてくれた。
あぁ……何度、この笑顔に心を溶かされて来たのだろうか。
普段は物静かで何処かクールな印象を持ちうる彼女は例えるなら静かな夜みたいな子だと多々感じる。
だけど、時たま見せるこの笑顔は幼かった頃の面影を残しながらも、彼女が美しく成長した証なのだ。
そんな笑みを見せられたらこっちだって呼吸が乱れて胸が苦しくなるくらいに、君の事が好きなんだなって自覚してしまうよ。

早くこの笑顔を……いや、それだけじゃ満足出来ない。
彼女の全てを僕だけのものにしてしまいたい。

「お土産ありがとうございます。……でも、」

そんな事を彼女には悟られぬように考えていると、ふと彼女が口を開く。
先程まで浮かべていた可憐な笑みは消失し、その代わりに少しばかり気まずそうな表情をしながら彼女は何かを言いたげそうにしていたので、何となく言いたい事を察したが僕は敢えて柔らかく微笑みを浮かべるだけに留めておくことにした。
そんな僕に向かって彼女はポツポツと小さな声色で、話す。

「……その、最近……皆さんに誤解とか……されてませんかね?私達……」

……彼女の話す誤解とやらが、何の事を示しているのかは直ぐに分かった。ジムリーダー達とも面識のある彼女の事だ、二人の噂話なんていやでも耳に届くだろう。
恐らくその事について彼女は僕に問いたいのだ。
確かに僕が二人の仲はただの友人だと話して回れば、直ぐにでもこの噂は鎮静されるだろう。なんなら彼女はここで、僕に面と向かって否定されたいのかも知れない。

だけど、お生憎様……僕は君の願いは何でも叶えてあげたいけど、こればっかりは聞いてあげられないや。

「……誤解って何の事?」

自分でも白々しいと思いつつもあくまでシラを切ると、彼女は何とも言えない顔で少しだけ押し黙った後に一言「……なんでもないです」とだけ零す。

ごめんね?君が欲しい言葉を捧げなくて。
でも、僕だっては引く訳にはいかないんだ。

むしろ君が噂通りになってくれたら、今まで溜め込んでいた沢山の愛の言葉を紡ぐから、それで許してね?なんて思ったり。
僕の言動は彼女の思いを無視しているような事だ、何とも酷な事をしているかも知れないけど、君だって僕の長年の想いに気付いてくれていないし、痛み分けって事にしておいて貰えると助かるな。

彼女とは真の意味ではまだまだ分かり合えないのかも知れない。誰よりも近くて、ある意味誰よりも遠い存在が彼女なのだとこの時をを持って改めて認識‪するに至る。

だけど、この作り話を儚く彩っていっそ終焉にしてしまえば良い。そうすれば、きっと君も僕もとても幸せになれると思うんだ。いや、誰よりも君を幸せにするよ。それが出来るのは、この世でたった一人僕だけだと強く思っているし、僕を幸せに出来るのも君だけなんだからさ?

だから、早く君も唆されてよ。
この一途な、愛の話に。





























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