電波に乗せて


彼女と共に紡いできた今までの時間。それは実に心地良くて大切なものだったとハッキリと断言出来る。だからこそ、僕はこの穏やかな関係が壊れる事を誰よりも恐れている。だが、二人の間に引かれている境界線を踏み越えなければ、僕の望んだものは手に入らない。そのジレンマに僕は今日も心を焼かれていくのだった。

ミナキ君に紹介されて、初めて君と出会った時、僕の心はなんとも言い知れぬ衝撃を受け、心は戸惑いを覚えた事は今でも覚えている。何処か閉鎖的な空間で、周囲は大人ばかりの環境に慣れていた僕は初めのうちはそんな揺らぐ心も「同い年に慣れていないだけ」だと思っていた。しかし、日々彼女とのやり取りを重ねていく中で、それが「慣れ」うんぬんの問題では無いと流石の僕も気付いていく。当時カントー地方のタマムシシティに住んでいた彼女とは主に文通をしていたが、彼女からの便りが来るのを今か今かと心待ちにし、いざ文が届くと己の胸は激しい高鳴りと喜びを感じ取ったものだった。

この時点で僕は彼女に対してある感情を明確に抱いていたと思う。それが恋心と呼ばれるものだと知るまでに早々に時間は掛からなかった。最初は自分がたった一人の女の子にここまで執心を抱く事を修行が足りていないのでは無いかと、恥じる気持ちもあった。だけど、加速する恋心は誰にも止められなかった。
僕ははっきり言って周囲とは浮いていただろう。不気味だと忌み嫌う人も居たかも知れない。憶測だが少なくとも同年代の子達はそう思っていただろう。そんな僕と初めて友達になってくれたのがミナキ君だった。ミナキ君は僕と同じで伝説のポケモンに憧れを抱く人だった。だけど、伝説のポケモンを待ち侘びる僕とは違い、彼は伝説を追い求めている、何にも縛られない自由な存在であった。そんなミナキ君をほんの少し羨ましいなと思う気持ちも確かに存在していた。ミナキ君はまるで太陽のような男である。そんな彼の事が僕は時たま眩しくて仕方が無くなる事もあった。だけど、その光は網膜を焦がすような苛烈なものではなく、彼の人柄のように優しいものだった。
そのミナキ君が「友達をマツバに紹介したい」と言い出した時、僕はその友達が同性であり、またミナキ君のような子なんじゃないかと想像する。そんなイメージだったので、初めて彼女と会った時は想像とは全然違う存在との邂逅に内心では驚きを隠せなかったのだった。

ミナキ君が紹介してくれたのが、同い歳ではありつつも女の子であり、それもミナキ君のような太陽の性質とは真逆の静かな夜を照らす月のように嫋やかな子だったなんて、誰が予想出来たのだろうか。

予想が外れた僕は、凄くぎこちない挨拶をした記憶があるもののそんな僕に対して彼女もまた緊張気味にしながらも実に麗しい笑みを浮かべながら挨拶を返してくれたのだった。
その笑顔に、心が今までに無い反応を示した事を今でも僕は鮮明に覚えている。

その時点で、恋に落ちていたのかも知れないな、と恋心を自覚してからはそう思う事もある。つまりは、彼女は僕の初恋の相手なのだ。そんな相手に出会わせてくれたミナキ君にはとても感謝している。

そんな訳で僕は彼女に長年、恋心を抱き続けているのだが、そう簡単にこの想いは成就してはくれなかった。
僕の方はいつだって幼馴染という関係から恋人同士になる事を望んでいるのに、肝心の彼女の方は僕の事を異性としての認識が薄いのか中々一人の男としては見てくれないのが現状だった。
それは幼馴染という距離感の代償なのだろうと、僕は思う。
近くて実に心地良い距離にいたのに、手を伸ばしても彼女はきっと戸惑うだけで僕の手を握りしめてはくれないだろう。
それがなんとも歯痒くて仕方がなかった。

僕は彼女に「可愛い」とか「好きだな」って言葉を告げる事が多い。それは己の素直な感想でもあり、恋慕の感情からでもある。だけど僕がそう言う度に彼女は少し眉を下げて苦笑するのだった。 どうやら、僕の口癖がこれなんだと思ってる節があるようで、「私はともかく他の人には誤解される恐れがあるから程々に」なんて言われたのは流石に心外だった。

僕は他の人にはこんな言葉を言わない。相手が君だからこそ溢れんばかりの想いを告げているというのに……君にはその想いの一欠片も届いてはいないなんて、あぁ、悲しいな。

悲しいのに、涙すら出そうに無いよ。

僕がこれだけ激しい恋情を抱いているにも関わらず、君は一向に気付いてはくれない。その事にずっと前から憤りすらも感じ始めている。どうやって彼女に僕のこの恋心を伝えるべきか、そして二人がどうしたら結ばれるかをずっと考えている。

そんな中で周囲には僕達が既に良い仲だと思っている人も一定数いる事を知る。
あくまで噂にしか過ぎないけど、その噂はエンジュシティどころかジョウト中に広まりつつある訳で、僕はそんな噂を利用させて貰う事に決めた。
とにかく周囲の目がある中でも、僕は彼女を特別扱いするし、彼女が不在の時にでも話題に上がったら彼女を褒めるなどして好意を隠さなかった。

すると、あくまで噂であった話がまるで本当の事のように人々は受け止め始めた。この前コガネシティのジムリーダーのアカネちゃんに会った時も「二人はジョウトで噂のラブラブカップルやんね!」と言われたぐらいだ。勿論それは厳密に言うと事実では無いんだけど、僕は否定もせずにただ笑顔を浮かべるのみに留めた。

彼女本人だけが知らないうちに、どんどん外堀は固まっていく。それで良い、もっともっと噂が広まっていけばいつかは彼女の耳にもこの事が届くだろうし、その頃にはもう何処にも逃げ場なんて無いんだから。
どれだけ彼女が否定しても、僕という呪縛からは彼女な逃れられなくなる。その日が来る事が今から待ち遠しくて仕方がないよ。

……そう言えば今度ラジオの収録があったっけ。普段ならあまり乗り気じゃないんだけど、今は違う。
収録の最中にきっとこの噂話が話題に上がるだろうと予測できる。
勿論、僕はその噂を利用させて貰うつもりだ。
きっとあの子もラジオを聞くだろうし、本来なら告白は二人きりの時が雰囲気もあって良いかなー?とも思うんだけど、証人達がいる中で逃げられないように雁字搦めにするのもまた一つの手段かな?なんて思うのであった。

◇

「マ、マツバさん!!昨日のラジオ聴きましたけど、あんな言い方しちゃったら周囲の人達に誤解されるじゃないですか!?」

後日、件のラジオを聴いてであろう彼女から連絡が来た。
普段の落ち着いた彼女らしくなく、声が大変上擦っていたのでどうやら相当戸惑っている様子なのが電話越しにも確認できた。 ラジオについてだが、ゴーストタイプの魅力について尋ねられた後にやはりと言うべきか、僕を取り巻く噂についても触れられた。なので、僕は高鳴る心を何とか落ち着かせ、柔らかな声を意識しながら噂について言及したまでだ。そんな変な事を言ったつもりは無いが、彼女にとっては想像の遥か彼方の発言だったのだろう。

「そもそも先ず前提がおかしいんですよ!ジョ、ジョウトで噂のラブラブカップルって……!私、こんな噂全然知らなかったですよ!」
「そうなの?僕との仲を聞かれたりしてると思ったけど」
「た、確かにマツバさんと仲良しだね~とは数多く言われて来ましたけど!だけど、ラブラブカップルだなんて……そんな関係じゃないのに……マツバさんだって変な噂が流れたら困りませんか!?」

息荒くして電話越しに訴える彼女に、僕は薄らと口角を上げて言葉を告げた。

「……僕は全然困らないけどね」
「え!?……だって、私とマツバさんは、そういう関係じゃないのに……」
「むしろ噂の通りになっても良いと思ってるよ僕は。……ずっと君の事が好きだったからね」
「えっ……えぇっ!?」
「本当は直接言いたかったけど、良い機会だし噂を真実に変えるのも悪くないと思うけど?」

ここまで言った後、彼女からの応答は無かった。
どうやら思考がキャパシティを超えてオーバーヒートしてしまい何も言葉が浮かんで来ないんだと僕は予想する。
未だに呆然と立ち尽くすであろう彼女に、僕は言う。

「今度会う時に、君の返事を聞かせて欲しいな」と。

きっと電話越しの彼女は頬を真っ赤に染めてコイキングのように口をパクパクしているんだろうな。そんな想像の表情すらも愛しくて堪らない。

次、彼女と会う時が楽しみだ。返事は「はい」又は「YES」しか受け付けてないし、今更噂からは逃れる事は出来ないと思っている。彼女の返事は実質一択という訳だ。長年恋焦がれた想いがようやく実ると思うと、僕の心は激しい喜びに震えるのだった。
……例え始まりが偽りだとしても、嘘を本当にしてしまえば真実の愛が生まれるのだと、僕はそう信じて止まない。

今までは幼馴染だったけど、次会う時はもう既に僕達は恋人同士なんだ。しかもジョウト中が認める二人なんだ。

そう思ったら大変に愉悦で、僕は月を見上げながら思わずくすりと微笑を浮かべては、愛しい彼女の事をまた深く想うのであった。




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