貴方は可愛いオオカミさん


私の恋人であるマツバさんはとても穏やかで優しい人だ。
そんな素敵な人とお付き合いしているなんて、未だに現実味が湧かない所がある。だけど、友人関係から恋人関係に至ってからマツバさんの今まで知らなかった一面も見えてくる機会が増えたと思うのだった。

友人同士の頃のマツバさんはとにかく人柄も良くて優しくて非の打ち所もない人だと思っていたけど、より親密な関係になるに連れて様々な部分が見えてくる。

「マツバさん、お風呂が沸きましたよ。お先にどうぞ」
「えー?なら君と一緒に入りたいなぁ。ねぇ、そうしようよ」
「……今日で三日目ですよ?一緒に入浴してるの。たまにはお互い一人で入りませんか?」
「やだ」
「却下までがでんこうせっか並のスピードですね。先制を取るのは止めて下さい」
「君と一緒じゃなきゃ入らない」
「そんな……子どもみたいな事言わないで下さい」

上記のやり取りは、これが初めてじゃない。付き合う前は知らなかったが……恋人になってからのマツバさんはとにかく私に甘えてくるし一緒にいたがるのだった。交際を始めてからマツバさんはコガネシティにある私の家で過ごす事が多くなったけど、それは別に構わない。問題なのは、とにかく私にべったりになった事だ。勿論恋人であるマツバさんと共に過ごす時間が嫌な訳じゃない。
……ただ、べったりのレベルが高過ぎると思うのだった。おはようからおやすみまで、ほぼ毎日顔を合わせているけどマツバさんってあまえるを使えたのか?と思うくらいに甘えてくる。それはもう私の攻撃力下がらないくらいに。

マツバさんは修行に励む身なので、朝が早かったり夜が遅かったりする事もあるのでその時は必然的に別行動になる。それに彼はエンジュシティのジムリーダーでもあるし私も仕事をしているのでその時は離れる事になるが、ジムリーダー業務や修行が終わればとにかくマツバさんの甘えるスイッチが入るようだった。

「……マツバさん。私は入浴中色々やる事があるので、どうしても長風呂になってしまうんですよ」
「うん、それが何か?僕も付き合うよ」
「……マツバさんと一緒にお風呂に入ると、必ずちょっかい出してきますよね?」
「だって君が可愛いからさ」

私が言ってもマツバさんはそう返すばかり。
……ちょっかいという言葉で濁したが、マツバさんとお風呂に入ると十中八九……そういう事をしてしまう流れになってしまうのだ。マツバさんは色んな意味でスッキリするのかも知れないけど、受ける側の私はヘトヘトになる上に、マツバさんはそれだけで終わらない。お風呂で致していても、結局夜もそういう流れになるのだ。
それはこの三日間でこの身をもって証明済みである。
いや、付き合って初体験を終えた後から薄々は気付いていたけども……。

今日も一緒にお風呂に入ったらきっとそこで一回はしちゃうんだろうし、その後もすんなりと「おやすみなさい」とはならないだろうし、もう既に未来予知が出来ているのだ。

マツバさんの事は大好きだけど、あまりにも頻度が多過ぎるのでは無いかと疑問に思う事もある。他のカップルもそんなものなのかな……なんて軽々しく聞けないので悶々とするばかり。

とにかく、今日は絶対にお風呂は一人で入る。
そう決めたのでいくらマツバさんのお願いでも心を鬼にする事にした。

「……今日は私は一人でゆっくり入りたいんです。なので早くお風呂に入ってくださいよ、マツバさん」
「……どうしても駄目なの?」
「今日は駄目です……そんな可愛い顔しても駄目なものは駄目ですからね」
「……分かったよ。じゃあ今日は一人で入る、それで良いだろ?」
「初めからそうして下さい」
「君に背中を流して欲しかったんだけどなぁ……でも髪の毛は乾かしてくれるよね?」
「そのくらいなら良いですよ」

そんなやり取りを経て、何とか私は一人の入浴タイムを勝ち取った訳だが、マツバさんが「お風呂の分今日は回数増やすよ」と言い残して洗面所に向かったので、私は今晩、覚悟しなくてはならないようだ。

◇

「お風呂上がったよ~。約束通り髪の毛乾かしてくれる?」
「はいはい、とりあえず抱きつく前に大人しく座って下さい」

暫くしてお風呂上がりのホカホカなマツバさんが私に抱き着いてくる。まるでそれは大型犬が飼い主に甘えるような動作だった。大きいわんちゃんみたいだな、と思っていると私を抱き締めながら話を始めた。

「君のシャンプーを使わせて貰ったから、これで君と同じ香りがするね」
「気に入って下さってるなら良かったです」

マツバさんはシャンプー類にはどうやら拘りが無いようだった。とりあえず私の使っているシャンプーやコンディショナーを使いたがるのでそうして貰っている。そんなマツバさんは私と出会う前はどうやら石鹸で髪の毛というか全身を洗っていたらしく、それに衝撃を受けたと同時に石鹸だけなのに髪の毛が傷んでないのは天性の恵なんだと羨ましく思ったものだ。

「とりあえず髪の毛を乾かしましょう、座って下さい」

そんな事を考えながらマツバさんに座るように促しても、彼は中々私から離れようとしてくれない。
お風呂上がりの温もりを纏っているマツバさんに抱き着かれていると、なんだかこちらもぽかぽかしてきてしまう。

「あー……なんか一度くっついたら離れたくないな」
「何を仰ってるんですか、ほら早く髪の毛を乾かさないと私がお風呂に入れませんよ……って、変な所を触るのは止めてください」
「変な所じゃないよ。柔らかいなと思ったら手が勝手に動いてしまっただけ」

私を抱き締めているマツバさんの手が、太腿に伸びた。
……なんだか嫌な予感がする。ただ闇雲に触ってるだけじゃなくて、随分と際どい部分のギリギリをなぞっているし、ついでにお尻を普通に揉まれてるんですが……。

「マツバさん、いやらしい事しないで下さい」
「いやらしいだなんて……ただ触ってるだけだよ?もしかして期待しちゃったの?」
「何を仰るんですか。……ほら、いい加減にソファーに座って下さい」
「……分かったよ」

私の言葉にマツバさんは渋々といった様子で私を離して先にソファーに腰掛ける。ようやくドライヤーが出来ると思いながら私も隣に座ろうとした瞬間、マツバさんは私の手を掴んでそのまま思い切り引っ張った。

「きゃっ!?」

そんな小さな驚きの声を上げながら、私はマツバさんの腕の中に誘い込まれるように倒れてしまった。

「……マツバさん?」

マツバさんに馬乗りになっているような状態の私の腰に腕を回して、彼はニコニコと笑いながら口を開く。

「……いやぁ、なんか気分が良くなってしまってね……」
「……この体制じゃドライヤー出来ませんよ?」
「うん、そうだね。……でも、もうドライヤーは良いや」

そう言いながらマツバさんは私の目を真っ直ぐに見つめた後に軽く微笑んだ。
……お風呂上がりだから頬が上気しているだけだと思いたいが、その瞳はどこか甘く蕩けながらも爛々と妖しく輝いている。

「あの……マツバ……さん?」
「うーん、一緒にお風呂に入れなかったから何だか消化不良なんだよね。だからくっついてたら……そういう気分になっちゃったかも」

マツバさんの様子を目にして「あ、これはまずいな」と瞬時に脳が判定を下す。こんな風になっちゃったマツバさんは甘えるモードから別なスイッチが入った状態なのである。

「マツバさん……。せめてベッドまで我慢出来ませんか?あと私お風呂に入ってないから……」
「我慢出来ないよ。それに僕が入ったから大丈夫だよ」
「何も大丈夫じゃないんですが……あ、こら!マツバさん!服の中に手を入れるのは……駄目ですったら!言う事を聞いて下さい!」
「どうせ夜にするのが少し早まっただけって事で……。終わったら僕が洗ってあげるから……ね?いいでしょ?」
「よ、良くないです~!あ、本当に……もう!マツバさんたら……!」

……先程までマツバさんの事を大きなわんちゃんだと例えたがそれは訂正しよう。彼は立派な狼なのでした。

「君がメロメロを僕に使ってくるから、僕のせいじゃないよ」
「断じて違います!私が今使うとしたらつるぎのまいですよ~!」
「じゃあ特性がメロメロボディなんだね。ほら、さっき触れたからメロメロ状態にされちゃったよ。……と、言う訳でいただきます」
「……もー!頂かないで下さい!我慢を……!」
「我慢は、出来ない」

……我慢は出来ないじゃなくて、したくないの間違いでは?と思いつつ。
今日は負けちゃったけど……明日は……明日こそは……!
私は絶対にマツバさんを甘やかしたりしない。
むしろ、ちょっぴりお灸を据える必要があるなと思いながら長い夜の始まりを感じ取っていく。

そんな事を考えながら、私は今晩もこの愛くるしい狼さんに食べられてしまうのであった。








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