口癖

「いつも思うんだけど、君ってとても可愛いよね」
「……マツバさん。会う度にそんなお世辞を言わなくても良いんですよ?」
「やだなぁ、お世辞なんかじゃないよ」
「はいはい、どうもありがとうございます」

いつものこんな会話のやり取りを繰り返しては、今日が始まっていく。

私の幼馴染でもあるマツバさんの口癖は「可愛い」だと思っている自分がいる。何故そう思うかと言われれば、彼は事ある毎にその言葉を口にしているのだ。
メイクをいつものものと変えたら「いつものものも良いけど、今日は目元が特段キラキラしていて可愛いね」とか休みの日に一緒にカフェに行った時は「今日の洋服、似合ってるよ。凄く可愛い」とか。
とりあえず彼は私に一日で何回も「可愛い」という言葉を浴びせてくるのだった。

自分で言うのもなんだが、私はどちらかと言うと可愛げのあるタイプではないと思っている。
よく人には「クールですね」と言われるような感じの性格だと思っているし、「あんまり笑わないですね」とも言われた事のあるような雰囲気なのだ。
そんな私に対して面と向かって「可愛い」というような言葉を伝えてくるのはマツバさんぐらいだと思っている訳であり。
彼と顔を合わせる度にそんな言葉を伝えてくるので、私はマツバさんの口癖は恐らく「可愛い」なんだろうなと結論づけるに至ったのだ。
きっと家で手持ちのポケモン達に「可愛い」を惜しみなく告げているいるんだろうな。それが口癖となり私にもうっかり言ってしまうのだろうなと、予測している。

「一体、私の何処が可愛いのでしょうか?毎回疑問に思います」
「えー、それは全部だよって答えたら……君はどうする?」
「その回答は思考を放棄したのだと判断しますね」
「……つれないなぁ、そんな反応も君らしいけどね」

私的に可愛いと言われてパッと思い浮かぶ人物は、コガネシティのジムリーダーのアカネちゃんや、アサギシティのジムリーダーのミカンちゃんだと思う。
二人はタイプは違えど、それこそ「可愛い」という言葉が当てはまる人物だなと個人的に感じたものだ。
なのでその二人に対して贈る言葉となら分かるものの彼女達からの話を聞く限り、マツバさんから別にそういった事は言われてないと口を揃えて言われた。
まぁ、軽々しくそんな言葉を連発してたらセクハラと捉えられかねないご時世でもあるもんな……、さすがマツバさん。そこら辺は抜かりがない。
だけど、幼馴染であり気心を許しているであろう私に対してはそんな警戒心も緩むのかな。そんな事を思いながら今日も私はマツバさんから只管に「可愛い」という言葉を浴びせられるのだった。

◇

幼馴染である彼女は、実に聡明な女性であると思う。
だけど、本人の気質のせいか……人の気持ちには鈍い一面があると感じる事が多々ある。だがそれは他者への思いやりが欠けているという訳でな無い。むしろ彼女は心優しい女性であるのだ。
じゃあ、何が鈍いのか?と問われたら……それは主に異性からの好意に対しての反応だと僕は強く感じている。
僕は出会った頃から彼女の事が好きだった。それは友情からの好きでは無くて……一人の女としてその存在を愛しているのだ。
その想いに気付いたのは、もうずっと前の話である。

……しかし彼女は、僕のこの長年の想いに中々気付こうとはしてくれない。
それは先述した通り、彼女が鈍いからであると僕は痛感している。
はっきり言うと、彼女は色恋沙汰には興味が薄くて、それはもう例えるならヤドン並に鈍感なのだと思っている。
だから僕ははっきりと分かりやすく彼女に好意を伝えているのに、あの子はそれをお世辞だと受け流してしまう悪癖があるので、それが僕を悩ませて仕方がない。大きな悩みの種である。

彼女から「マツバさんの口癖って可愛いですよね?」と言われた際には思わず脳内の自分は頭を抱えてしまったぐらいだ。確
かに彼女に対しては僕はその言葉を惜しみなく使っているけど、口癖という訳じゃない。
この言葉は僕の溢れんばかりの好意の現れなのだが、彼女はそれを中々本気にしてはくれないのだ。

どうやら僕が感じるに彼女は自分の事を可愛げのないタイプだと思っているが自分はそうは思わない。惚れた弱みという一面を加味しなくても……彼女はとても可愛いのだ。
それは何処が?と聞かれたら外見から内面の全て……が即答出来るのに、彼女には届いてくれないのが歯痒くて堪らない。

実際の所、彼女は可愛いし……そして美しくもある。
確かに静かな性格であり、夜空に浮かぶ月のような外見は幽玄さを感じさせつつあるも、そんな彼女が時たま見せる幼い頃の面影を残した笑顔が、実に愛らしくて仕方がないのだ。
しかも、冷静でありながらも何気に何処か抜けている一面もあって、長年の付き合いだからこそ分かる彼女のそのギャップに、僕は何度も心を奪われて止まない。

だってさ?普段は仕事もバリバリこなしてポケモンバトルの腕前も確かな存在である彼女が、道端に破棄され風に吹かれて飛ばされているビニール袋を見て「マツバさん、あれはきっと新種のポケモンですよ」って追いかけようとする姿を僕の前では見せるような子だよ?

……どう考えても可愛いに決まっているだろう。

あぁ、もう。彼女の全てが本気で可愛いくて、愛しくてどうしようもないくらいに好きだ。そんな強い想いが僕の胸を何度も焦がすように恋情は絶えず燃え盛っていく。

……確かに彼女の言う通り。
僕の口癖は「可愛い」という言葉なのかも知れない。だけど、それは彼女限定の口癖なのだ。
そんな気もないのに、他者に僕は不用意にそんな言葉を口にしない意味に早く気付いて欲しいな、と思いつつ……。

今日は僕も彼女にお決まりの言葉を愛を込めて告げるのだった。

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