レプリカの噂


「マツバ様……!一目見た時からお慕いしておりました!どうか私と付き合って下さい!」

彼と約束した待ち合わせ場所に到着した時に限って、どうやらタイミングよくの熱烈な愛の告白の場面に遭遇してしまったようだった。告白してきた女性は頬を赤く染めながら情熱を宿下瞳で対面に立つ男性を見つめている。対してそんな熱を込められた瞳に映し続けられている男性は、彼女の熱意に流される事は無くいつものように涼しげな瞳を浮かべているのであった。

とりあえず私は二人の中に割って入ることは無く、近くの建物の影に隠れてこの告白の行く末を見守る事にする。いや、流石にそのぐらいの空気は読めます……、大人だし。そんな事を思いながらも何処かこの場面に少しだけワクワクするような自分がいるのも確かであった。何せ告白されている男性は私の知り合い……というか幼馴染であるマツバさん、その人なのだからであった。私とマツバさんは付き合いこそ長いものの、あくまで良き友人といった関係である。しかもマツバさんとは所謂「恋愛」の話なんてした事が無い。まぁ、彼は修験者でもあるしそんな色恋という事に興味が薄いのかも知れないが……。

なので敢えてそういった話題を二人で話す事は無いに等しかった。でも、実際に仲の良い友人の告白場面なんて目にしてしまったら、彼がどんな返事をするのか……、ここでカップルが成立してしまうのかも……と思ったら沸き立つ好奇心も大人しく留まってはくれない。告白してきた子は可愛い子だし、多分雰囲気からしてオカルトマニアだと感じられるからマツバさんと話も合うんじゃないかな?遠目から見ても二人が並ぶと中々お似合いの二人にも見える。さぁ、マツバさん。貴方はこの思いにどんな答えを出すんですか?

案外、OKしちゃったりして……。それはそれで友人が好い人を見つけてくれた証なので、私は全力でお祝いしよう。そんな事を考えていたら、マツバさんは涼しげな表情を崩さずに、思いを告げた女性にへと改めて向き直り、ゆっくりと口を開いた。

「……君の気持ちは十分に伝わったよ。……でも、ごめんね。僕はその思いに応える事は出来ない」

優しく、でもはっきりとお断りの返事を口にしたマツバさんを見つめながら、対面の女性は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「そんな……!どうして!私じゃダメなんですか!?……やっぱりあの噂は本当なんですか!?」

彼女が苦々しげに口にした噂という単語に気掛かりを覚える。
マツバさんの周囲でそんなに噂になるような事があったかな?なんて日々を回想していると、女性が噂の内容をぶちまけるように捲し立てる。

「……マツバ様には結婚を前提とした彼女がいるって!そんなの噂だって信じていたのに……!」

……え、そんな噂が流れていたんだ。そんな噂、私は聞いた事が無いけど……一体どこから生じたのだろうか。そもそも、マツバさんにいつ彼女が出来たんだろう。もし本当の話ならあんなに一緒に過ごして来たんだし私にも紹介して欲しかったな。
でも、私もこれでも女だから、彼女さんサイドからすると彼氏に異性の友達を紹介されるってあんまり気乗りはしないのかな。だから黙ってたんだなと思うと、マツバさんは相当私ですら知らないその彼女の事が大好きなんだなぁ、と感じてはなんだかほっこりしてしまう。

そんな若干和みつつある私とは裏腹に、マツバさんに思いを告げた女性の吐露は止まらない様子だった。

「マツバ様に限ってそんな事あるなんて信じたく無かった!でも……否定してくれないって事はこの噂は事実なんですよね!?」
「……まぁ、そうだね。事実だと捉えてもらっても問題ないよ」
「そんな……!そんなにその人が良いんですか!?……確かにタマムシの令嬢で、貴方の幼馴染ですけど!私の方がマツバ様の事を思っています!その気持ちだけは負けないのに……!」

……今、何だか聴き逃してはいけない地名と単語が飛び交ったような気がした。私の出身もタマムシシティであり、マツバさんの幼馴染だけど……まさか……ね?うん、きっと私の知らない所で私と同じ土地出身の女性と幼馴染だったのかも知れないよね?
でも……マツバさんの幼馴染ってミナキさんと私の他にいたのかな?もうこれは後でミナキさんに聞いた方が早いのでは?

突然耳に入ってきた情報を脳内で冷静に処理しようとしているが、オカルトマニアの女性の言葉は留まる事を知らなかった。

「その噂の彼女がコガネ百貨店で働いてるからって……!毎朝その人の為にお弁当を作ったり、仕事帰りに合わせて迎えに行ったり……!私ならそんな面倒な事を貴方に頼みません!それでもあの人が良いんですか?!」
「……君は誤解しているよ。全ては僕が彼女にしてあげたくてやっている事なんだ。強制されている訳じゃないし、あの子の為なら苦になるどころか尽くせて嬉しいとすら思えるよ」
「っ!」
「……君の思いに応えてあげれなくて、申し訳ないとは思っているよ。だけど……僕が本気で愛しているのは、彼女だけなんだ」
「そんな……!マツバ様……!」

二人がそんなやり取りを交わしたあと、女性の方は半泣きになりながらその場を足早に立ち去ったが、私の方は二人の会話内容があまりにも情報過多過ぎて思考がオーバーヒートしそうだった。噂の内容を纏めると、マツバさんの彼女はタマムシシティ出身で彼の幼馴染であり、現在コガネ百貨店で働いている女性……。
……それに該当する人物に心当たりはある。というか、あの……それってもしかして私だったりしますかね?今日は休みだけど、私もコガネ百貨店で勤務しているし、毎日お昼ご飯のお弁当を作って貰ってるし、仕事終わりにマツバさんが迎えに来てくれているんですが……え、この噂の人物ってもしかして私の事だったりする?もしかして私のみがわりで作った分身の話だったりする?……それかドッペルゲンガーとか……?うん、みがわりかドッペルゲンガーだな、きっと!じゃないと色々と可笑しい。

脳内の中でパニックに近い症状を引き起こすくらいに私は今、相当に混乱している。何故なら何度も言うように私とマツバさんは幼馴染でもあるが、それ以上でもそれ以下でも無い関係であったからだと認識しているからだ。結婚を前提とした彼女だなんて、とんでもない!誤解です!誤解!

……確かにお弁当を褒められた事があり「マツバさんの手作りなんですよ」って言った時は何だか一瞬その場の雰囲気が意味深なものに変わったように感じたし、私の事を迎えに来ているマツバさんを見かけた同僚に「大事にされてるね~」なんてニヤニヤされた事もあったけど……皆、この噂話を真実だと思っているからの言動や反応だったのだろうか?

そう思ったら、何だか頭が痛くなってきた。この噂がどこまで流れているか分からないが、一刻も早く訂正しなくてはならない。クラクラと目眩を覚えている中、ふと近くで私の耳に声が響いた。

「……話は終わったよ。待たせて悪かったね」
「ひえっ……!マツバさん……、いつの間に……」
「君が頭を抱えてる時にはもう近付いてたけどね。どうしたの?具合でも悪いのかい?」
「……ええ、頭が痛いというか、ちょっと情報の爆撃にあって脳が処理に追いつかなくてですね……」
「何かそんなに混乱する事でもあった?」
「大ありなんですけど……」

いつも通り、穏やかな面持ちで現れたマツバさんとは裏腹に未だに狼狽を隠せない私。何とも精神的に両極端な二人だ。

「……君も物好きだなぁ。僕のあんな場面を見てワクワクしていたんだろ?」
「うっ……、気付いていたんですか?」
「当然さ。君の気配を僕が見落とす訳ないからね……でも、断ってくれて良かったと思ってくれた?」
「!……マツバさん!そもそもそんな噂が流れているなんて私、知らなかったですよ!なんで誤解だと訂正してくれないんですか!?」
「嫌だなぁ……誤解じゃないからだよ。……それに僕の想いも君の耳にようやく届いてくれたようで何よりだよ」

噂の内容ばかりに気を取られていたけど、そう言えばマツバさんはなんて言葉を返したんだっけ……。彼の返答を思い返していく度にじわじわと頬が熱を帯びていく。確か、聞き間違いじゃなければ……マツバさんは、私の事を……。

「……ようやく言えたよ。ほら、これから君も噂が真実だって胸を張って答えれるね」
「ううう……マツバさん……一体、いつから私の事を……そんな風に思っていてくれたんですか……?」
「うーん……。随分と昔からだから忘れちゃったなぁ。でも僕の初恋は間違いなく君だよ」
「……わ、私、全然気付かなくて……そもそも噂も知らなかったし……」
「うん、君は聡明だけどある意味鈍い所があると知っていたからね。そういう所も可愛いけど……でも僕の言葉に嘘偽りは無いよ。……改めて言わせて貰おうか。……結婚しよう」
「待ってください、色々と待って、マツバさん。私だけを置き去りにしながら暴走するのはお止め下さい」
「そうだねぇ。先ずは君の両親に挨拶に伺わなきゃね?手土産は何が良いかな?」
「マツバさん、特性かそくで素早さを上げて私を振り落とすのは止めて下さい。状況に追いつけないです……?マツバさんはヤンヤンマだった……?」

矢継ぎ早に与えられる情報過多に私はマツバさんからの甘い言葉の海で溺れそうになっていく。そんな砂糖漬けのシロップのような甘さに胸焼けしそうな私を見つめながら、彼はにこやかに笑うのであった。

「一体、私はこれからどうすれば良いんでしょうか……?頭がスパークしてる上にオーバーヒートが治まりません」
「そんな君の未来を千里眼で視てあげよう。……うんうん、エンジュシティで僕の妻となって幸せに暮らしているようだよ」
「……展開が早い……!そもそも私とマツバさんってそういう関係じゃないですよね……?」
「今からでも直ぐにそういう関係になろうよ。大丈夫、遅くないから」

この日を境に、今までは結婚前提の彼女がいるという内容が今度は「エンジュシティのジムリーダーのマツバの嫁はコガネ百貨店の店員」というものに新たに塗り替えられた事を、この時点での私はまだ知る由は無かった。



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