君恋し故の激情


一度でも僕を愛したのならば、二度とその愛に背くような真似はしてはいけない。それも全ては君を愛してるからなんだよ。
君は僕を愛している、そして僕もまた君の愛を上回る程の想いを抱えている訳だ。自他ともに認める、相思相愛。
それは不変のものであり、こんな風に愛し合う二人の間を邪魔するような存在は排除に値されるべきだ。

例え、相手に他意が無くても。彼女に僕以外の男が近付くだけで吐き気がする。だから僕は、僕の愛する人から男を出来るだけ遠ざけるのだった。

「……ねぇ、今日の昼食の時、男とご飯食べて無かった?」
「えっ?……確かに今日は同僚数人でご飯を食べましたが……千里眼でわざわざ視ていたんですか?」
「君の事を常日頃から見つめているだけだよ。……ねぇ、僕が居るのにわざわざ君は男と昼食を取ったんだね」
「……マツバさん。そんなに怖い顔しないで下さいよ。確かに男性も含まれるグループで昼食を取りましたが、私に気がある人じゃないですよ」
「……そんなの、分からないでしょ?」
「分かりますよ、同僚ですし」

君はそう言いながら少しだけ困ったように微笑んだ。いつもなら彼女からの笑みは愛しくて堪らないものだけど、今日は少しだけ違う。じっとりとした湿り気のある独占欲やら嫉妬心やらが静かに胸の中を這いずり回っていく。

「……心配性なんですよ、マツバさんは。私は貴方以外に心を奪われる事なんて有り得ませんから」
「……分かってるよ、そんなこと」

彼女が誰よりも僕の事を愛してくれている事は、僕にだって分かっている。だけど、彼女の澄み切った一途な愛はたまに僕には眩しく感じてしまう事もある。彼女の言葉を、彼女の事を信じていない訳じゃない。……そうじゃないのに、何故僕はこうも疑り深いのだろうか。

誰かに想いを寄せる経験は、彼女が初めてだった。
僕は出会った頃から、彼女に好意を抱いていたけどそれが恋心であると気付いたのは知り合ってから割と直ぐにだったと思う。初恋であり、長年の片思いが現在……実を結んだ時は僕の心は激しい高鳴りと歓喜に震えたものだった。やっと、やっと……!彼女が僕のものになったんだ!僕だけの存在になってくれたんだ!それを感じ取る度に心は潤沢な幸福に満たされていった。

彼女と過ごして来た日々は、今までも幸せだったよ。そしてこれからも、いや……今後は僕が彼女を世界で一番幸せな存続にしてあげるんだ。それは僕にしか出来ない事……このマツバの使命でもあるのだ。胸に強く宿した誓いは、必ずや叶えてみせる。

そう誓った僕達の未来は確かに明るい。そこには一切の負の感情が交えない、純粋な優しさと愛情が満ち溢れて、僕も彼女も二人共微笑み合っている……。そんな未来が待ち受けている筈だったのに。

そんな夢見た生活とは裏腹に僕の中の感情の行く末は、あろう事か道を違えたようだった。

……昔から自分でも彼女の事になると、嫉妬深く面倒な男になってしまう一面があると自認はしていた。しかし、それは付き合う前の話であり、この想いが成就したらそんなネガティブな感情も薄れていくと思っていた。だけど……そんな僕の予想は外れてしまったようだった。

僕は彼女を手に入れた。その事実に初めのうちはそれだけで満足出来ていたが、次第に湧き上がる人間の欲というものは末恐ろしいものだ。彼女から愛されているという実感を噛み締めながらも、欲深い怪物がそれでも尚足りないと駄々をこねる。
付き合う前からもそうだったが、付き合っている今も僕は暇があれば彼女の事を千里眼で監視するかのように、見つめ続けているのだった。

四六時中、彼女の事を視ている訳だが……どうやら僕は彼女が僕以外の男と接触するだけで、その事を面白く無いという憤りを強く感じてしまうようになっていた。愛する女が他の男に愛想を振りまいている事を、快く思う男なんて居ないだろう。
しかし、彼女は男なら誰にでも媚びを売るような性格では無いし、相手にも誤解をさせる事の無いような一線引いた態度を取るような子なのだ。なのであくまでビジネスライクや、知人として異性と接しているのだ。

……そんな事、僕だってとうの昔に分かっている。何なら昔から付き合いの深い僕が知らない訳あるまい。彼女が僕を裏切るような真似をしない。そんな風に真っ直ぐで一途な子だと知っているし、彼女の事を信頼しているのも確かだ。

そう思っているのに、どうして僕のジメジメとした仄暗い嫉妬心は留まる事を知らないのだろうか。
君が僕の事を信じてくれているように、僕だって彼女の事をこの世の誰よりも愛しているのに。どうやら僕と彼女の愛は何だか少しだけど形が違うようだった。
例えるなら彼女の愛が穢れのない澄み切った透明な純愛であるのならば……僕の抱く愛とは随分と似ても似つかないものだろうと思う。

僕の胸を割いたら、きっと中身は君への想いが溢れ出すだろう。欲望やら独占欲やらが真なる愛とドロドロに混ざりあっている様は彼女の愛とはかけ離れた存在のようにも思えるが、これも愛なのは確かである。

……こんなに君の事が好きなのに、どうして視界に僕以外の男を映すんだ?
どうして僕以外と会話なんて交わすんだい?
あぁ……やめてくれ、そんな見ず知らずの男に微笑むなんて……今すぐにでも、やめろ。

こんな感情が……ずっと僕の胸の中を支配して止まないのだ。
彼女が他の男と接する時に下心が無い事なんて……分かりきっているのに、この有様だ。それを踏まえると僕はなんて身勝手な思いを抱いているのだろうかと思うが、今でも加速するこの激しい恋情は止まらない。
はっきり言って僕は自他ともに認める束縛の激しい彼氏なのだ。否定の仕様が無い。

だから、僕がそうするように彼女にも僕をガチガチに束縛して欲しいものだが……生憎彼女はそういうタイプの女の子では無い。

「マツバさんなら……大丈夫。だって私、信じていますから」

以前、僕が半ば本気で「浮気の心配とかしないの?」と彼女に尋ねたら彼女は麗しく嫋やかな笑顔を浮かべて、一言だけこう返した。その時の彼女があまりにも眩くて、仕方がなかった記憶は今でも忘れる事が出来ないでいる。
あぁ、この子は本気で僕の事を信じてくれているんだな……。それを嬉しく思う強い気持ちが生まれた反面、まるで僕の愛し方とは正反対だなと感じて、何だか想い合っている筈なのに、すれ違っているような感覚すら覚えてしまった。

僕は確かに彼女の事を間違いなく愛している。
愛しているからこそ、独り占めしたいし誰にも、彼女の一欠片も与えたくない。だけど、彼女は僕が他の女の子と話していても、関わっても平気そうな顔をしている。

……別にわざと妬かせたい訳じゃないけど、少しくらいヤキモチを妬いてくれても良いじゃないか。妬いてくれないとバランスが取れないと言うか、まるで僕だけが彼女の事を愛しているような錯覚を感じてしまうのは……恐らくは僕の被害妄想だろう。
いや、被害妄想であって欲しいと願ってすらいる。

彼女は十分、僕に寄り添ってくれている。勿論、君から愛されている自覚はある。なら、もっと……愛してくれよ。

今日も孤独な怪物は、歪な愛という名の猛毒を巻き散らかしながら、眩しい未来に焦がれつつも彼女を見つめ続けるのだった。







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