死してなお


「ねえ、冥婚って知ってる?」

突然マツバさんが口にした言葉は、日常生活ではあまり聞き慣れないものだった。

「……めいこん……?」
「あは、その様子だと知らないようだね。まあ話のネタにでも聞いてくれよ」

マツバさんはそう言って先程口にした言葉の説明を始めていく。めいこんは、漢字で表すと「冥婚」と書くらしい。一部では「陰婚」やら「幽婚」とか「鬼婚」とも表すとの事だ。習俗としては、結婚と死生観に関わるものとして古くから存在している儀式だとマツバさんは説明してくれた。

「……とりあえずこの話では冥婚と呼ばせて貰うけど、主に亡くなった人を弔う際にその魂がこの世にまだあるうちに、見立てた異性と婚礼を挙げた後……あの世にへと送り出すものなんだ」
「へぇー。そんな風習があるんですね……。私、知りませんでした」
「独身のままで亡くなった人が、あの世で孤独にならないように……という残された遺族の切ない思いや愛情が込められたものなんだよ」
「そうなんですね……。確かに、来世に生まれ変わるまで……一人ぼっちは寂しいですもんね」
「廃れた古臭い風習だと言う人もいるかもしれないけど、僕はそうは思わないんだ。例えこの世で結ばれなくても……あの世で幸せになれるのならって思うとね、供養でもあり救済だと僕は考えているよ」

マツバさんはここまで話し終えて私を見つめては、紫水晶のような瞳を細めた。こんな風にマツバさんは私によく儀式やら風習の話をしてくれる事が多々ある。彼の穏やかな口調で語られる話は自分の知らない世界が広がるようで、聞いていて楽しいものだった。今日の冥婚の話も、若くして旅立ってしまった誰かの来世での幸せを願う……そんな弔いだと考えるとなんだか私は切なさを覚えてしまった。胸を軽く締め付けるそんな感情に思いを馳せていると、ふとマツバさんが言葉を続けていく。

「……ちなみに、主な対象者は未婚の人物だけど……死者同士の結婚も冥婚の一種でもあるんだ」
「え、そうなんですか……?」
「最も過激な形としては結婚相手に選ばれた片方が、命を奪われて同じように命を失った者同士……夫婦として埋葬される、なんてパターンもあるにはあるみたいだよ」
「ひぇっ……、急におっかない話になりましたね……」
「……あとはね、これとは別な話になるんだけど未婚の方を弔う際に禁忌があるとも言われているね」
「……それは一体、何なんでしょうか?」

マツバさんに怖々尋ねると、彼は穏やかな瞳のままその禁忌を答えた。

「それはね、異性を見立てる際に…生きている人を相手に選んじゃ駄目だって事かな。架空の人物じゃなきゃいけないとされている」
「……それって、つまり……」
「あはは、相変わらず君は勘が良いなぁ。君の予想通り、生きている人間を見立ててしまうと、亡くなった方がその人をあの世に連れて行ってしまうとの言い伝えがあるんだ」

マツバさんはそう言って笑ったけど、私は突然の温度差のある話にどこか引き攣ったような笑みを浮かべていたのかも知れない。私的に思うに冥婚とは、未婚のまま亡くなった方が生まれ変わるまでの時間、あの世で寂しくないように……そんな何処か亡き人の幸せを願うものだと感じていた。
しかし、マツバさんの話を聞いて、私のそんな考えに何処か薄暗い翳りのようなものが滲んでしまったのも確かだった。

「……この世では結ばれなかった男女が、あの世でようやく夫婦になる……僕はね、この風習は廃れて欲しくないと思うよ」

瞳を静かに、だが何かに陶酔するかのように輝かせて微笑んだマツバさんをこの目に映した瞬間……何故か一瞬だけこの身に悪寒が走ったのは私の気の所為だろうか。

……そうであって欲しいなと、心の奥底で私は願うのであった。

◇

「冥婚……かぁ」

あまり考えたくない話だけど、もしも僕の愛するあの子がこの世を去ったら……僕は君を弔うだろう。
その際に架空の人物なんて君にはあてがわない。何故なら君の夫になるのは僕だけだからだ。……誤解のないように言わせて貰うけど勿論、彼女には生きていて欲しいよ?共に現世を生きて、この世で結ばれたいと切に願っている。

だけど、彼女は中々僕の想いに……この溢れんばかりの愛に気付こうとしてはくれない。そんな焦れったい恋心が進捗しない現状に僕は結構ヤキモキしてしまう事があるんだよね。

そんな時、たまにふと思ってしまうのだ。
この世で中々叶わないなら、あの世で一緒になれば良いんじゃないかと……ね。

彼女じゃなくて、仮に僕が先に現世から旅立った際にも……冥婚は行われる予定だ。勿論、その際に見立てるのは彼女だと既に僕を取り巻く環境の中でその事は内密に約束されている事柄なのであった。

それに……もしも彼女が道を間違えて、僕以外の男を選んでしまった場合には……死者同士の冥婚も考えている。
そうなったら、僕が責任をもって自らの手で、最後まで実行してあげるからさ?出来るだけ苦しまずに、君を葬った後に僕も君を見失う前に直ぐに同じ道を辿れるように後を追うって約束するよ。

だから……ねぇ?君は安心して僕に全てを委ねるべきなんだ。

「出来れば生きて一緒になりたいけど……。現世で想いが通わないなら彼岸で君を娶るのも悪くないな。ねぇ、みちづれを覚える君達もそう思わないかい?」

例え彼女に道連れにされるのならば、僕は恐れなんか抱かない。むしろその時はこの心は歓喜に震えるだろう。
だから、僕が君を迎えに来た際にも、伸ばした手を振りほどかないでしっかりと握って、共にあの世にへと旅立って欲しいよ。

僕は君を誰にも譲らない。君だけは誰にも渡さない。
生きていても死んでいても、この世でもあの世でも君は僕だけのものなんだ。

そんな風にを今宵も彼女に愛を募らせなが、僕は軽く口元に弧を描いては、傍に居たゲンガー達を優しく撫でるのであった。

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