御守りをどうぞ


「これ、あげる」

そう言いながらマツバさんが私に渡して来たのは、なんの変哲もない御守りだった。

「これは……御守りですね」
「そうだよ。君の幸せを願って僕が念を込めておいたから」
「マツバさん、そんな事も出来るんです?修験者って凄いですね」
「あはは、神社の御守りって訳じゃないけど、それでも身に付けてくれたら嬉しいな」
「ありがとうございます……。早速付けますね」

私は手渡された御守りを早速、通勤に使っている鞄に付ける。
マツバさんはそんな私の様子を目を細めて眺めていた。

「僕の手作りの御守りは、きっと君の手助けになってくれるだろう」
「マツバさんが常に見守ってくれていると思うと、心強いですね。ありがとうございます」

そう言いながら私も微笑むと、彼もまたそんな私を見つめては静かに笑うのであった。

◇

「あの……ちょっと良いですか?」

仕事も一段落したので一息ついていた所に、ふと誰かから声を掛けられる。私に話しかけてきた声の主は普段から親しくしている同僚の男性だった。その表情はどことなく、蒼白であったのが気掛かりだが、私はその事には触れずに彼からの言葉に応える。

「はい、なんでしょう?」
「……あのー、気を悪くしたら申し訳ないんだけど……」

淡々としている私とは裏腹に、彼はなんだかとても言いづらそうにモゴモゴと口ごもっていた。……普段の彼は気さくでハキハキとした性格なので、今私の目の前に立つその人はまるでいつもの彼とは別人のように思えてしまった。

「……いやー、ごめん……上手く言えなくて……」
「どうしたんですか?私達同期ですし……今更そんなによそよそしい事でもあります?」
「うん、そうなんだけど……いや、うん。……あのさ……、なんか最近変な場所とか行ったりした?」
「……変な場所とは?」
「それは、その……心霊スポットとか、そういう系……」
「……え?」

口ごもっていた彼が私に意を決したように尋ねたのは、全然身に覚えのない話だった。勿論、心霊スポットなんて行っていない。むしろ自宅と勤務先であるコガネ百貨店への往復しかしていない私にそんな場所へ行く余裕など無い。突然の予想外の質問にポカンとしている私を見つめながら、同僚は話を続けた。

「……信じてくれなくても良いんだけ、俺さ……実は霊感ってヤツ?が少しあるみたいなんだ。だから、その……所謂そういうものの気配とか感じやすいってか、なんか、こう……分かるんだよね……」
「……そうなんですか」
「それで……先に言っておくけど……今から話す内容のせいで怖がらせたらごめん。……それに俺は多少霊感がある、ぐらいだから信じてくれなくても良いんだけど……最近になって君の周りからそういう気配を強く感じるようになったんだ。だからもしかして心霊スポットにでも行って持って帰って来ちゃったのかな?とか思ってさ……」

そう話す彼の表情は、一切の笑みすら見せずに強ばっていた。
同僚だから分かるが、彼は普段は明るく場のムードメーカーのような存在でもある人だ。そんな彼がこんな風に真剣な面持ちで話しているって事は、きっとおちゃらけた話しとか嘘をついているとかでは無いだろうと察する。

「……貴方の話は信じます。だけど私……心霊スポットなんて行ってませんよ……?」
「うん、聞いといてなんだけど……君はそういう所に面白半分で行くような子じゃないとは思ってた。……だからこそ、怖いんだよ……」

そう言って同僚は私を見つめながら怯えたような表情を浮かべる。

「……考えてみてくれよ?俺なんて若干霊感があるぐらいなのに。そんな俺にでもハッキリと分かってしまう程の「何か」が君に取り憑いているのかもしれないんだ」
「……その気配って、どういう感じのものなんですか……?」
「……俺も霊能力者とかじゃないから、詳しくは分からない。だけど、君と話す度にこちら側に向けて刺すような氷のような冷たい視線を向けてくる……男が確かに君の傍にいるんだよ」
「お、男の人……?」
「うん、それだけははっきり分かる。あとその男の気配は……例えるならしんぴのベールのように君を包み込んでいるんだ。そこに君に対しての憎しみやらといった感情は感じられない。だけど……」
「だけど?」
「……その男は、君にだいぶ激しく執着しているように思う。今だってそうだ、君と話す俺の事を暗く深い闇の果てから睨むように見つめている……君に近付く男に明確な敵意を持っているんだよ」

彼はそこまで言うと、視線を私から自らの足元へと逸らす。
直視する事すらも……恐怖なのだろう。

「……ごめん、怯えさせるつもりは無いんだ。だけど……一旦、お祓いとかも考えた方が良いんじゃないかなと思うよ。それぐらい……そいつは君に執着している。今はまだ君に対して好意的だけど……もしも君に牙を剥くような事態があったらと思うと……心配なんだ」
「……助言ありがとうございます……考えてみます」
「いや、なんだか暗い話をして悪かったね……それじゃ、また後で」

私に霊が取り憑いている……かもしれない。
自分自身には一切、何の霊障と呼ばれるものは起きてないものの……霊感のある人があんな風に怯えるくらいには、私の身に何かが憑いてるのかも知れないと思うと、その得体のしれなさに背筋が冷たくなっていく。
こういう時、真っ先に頭に浮かんだのはマツバさんの事だった。彼に相談してみても……良いのかな。

そう思っていると、ふとマツバさんから先日頂いた御守りの存在を思い出す。御守りといえば、無病息災とか恋愛成就とかそれぞれに効果があるように色んなものがあるイメージだけど……マツバさんがくれたあの御守りには一体どんな想いが込められているのだろうか。今度会ったら相談がてらか聞いてみよう。
それまで……何事もなく無事に日常を過ごせれば良いなと心の底から思った。

◇

「……ふふっ、どうやら効いてるみたいだね。嬉しいなぁ」

千里眼で彼女の様子を見つめているだけでも、彼女に渡した御守りが思う存分に効果を発揮しているのが分かって、僕は上機嫌を抑えきれなかった。効いて貰わないと困るからねー、あれだけの念を込めて一から僕が作ったんだからさ。
彼女に下心を持って近付こうとする良からぬ輩達から、君を護るのも僕の役目なんだしね。だから、僕からの愛という名の念をたっぷりと注いだ御守りには頑張って貰わないと。

「……厄除けをね」

純粋無垢な彼女が、穢れてしまわぬように。君を護るの未来の夫となる僕の務めであるのだ。彼女と僕は出会った時点で……、いや、彼女が生まれた時から既に二人は結ばれる運命だったんだと思っている。今はそうで無くとも、この未来は不変だと僕は信じているし、その未来が変わる事は有り得ない。

……残念な事に僕達はまだ正式に恋人としては付き合ってないけど、君は奥ゆかしい子だからね?ガツガツ来ないそういう大和撫子的な一面も僕を魅了して止まないよ。それに恋人期間が無くても、僕達の縁は古くから紡がれているのだ。明日から夫婦になったとしても僕は無問題だし、君だってそうだろ?ねぇ?
君もそう思ってくれていると、僕は嬉しいなぁ。

「……今日君に話し掛けていた男も、あの御守りのお陰で君への好意を諦めるだろう。どうやら効果は抜群のようだ。頑張って作ってみて良かったなぁ」

君をどんな時も、何があっても僕が護ってあげるから。
安心して早くエンジュシティに嫁いで来れば良いよ。
君は最初のうちは戸惑うかもしれないけど、ここまで仲良くやってきた僕達なら大丈夫だよ。お似合いの二人だと思うんだけどなー?そうだ、今度はそういう話を話を振ってみようかな?
でも、彼女は僕の話を聞いてもまた少し困ったように眉を下げては「冗談はやめて下さいよ」なんて苦笑を浮かべるのだろう。

僕はいつだって本気なんだと、たまに虚しくなるけど。ここまで長い時間を待ったんだ。僕ぐらいだよ?こんなに待てる男は。でもそろそろ限界というか……君は生まれた時から僕のものなんだけど、それを名実共に白日の元に曝け出したくなってしまうな。だから、厄除けは徹底に行わないとね?君に、僕以外の男が近付かないようにと……。

「……さて、今度は恋愛成就の御守りを作ってみようかな。勿論、これ以上無いくらいの君への愛を再度たっぷりと込めてね」

どうせ近々君は僕に会いくるだろう。
その時に僕は新しい御守りを渡そうと思うのであった。










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