移り変わりゆく想い出


私と彼は昔から仲の良い友人であって、それ以上の関係という訳では無い。大切な友達という親しみやら友情の意識は根強いているものの、彼を異性として認識しているかと問われるとそれは定かではない。その関係は不変であると思っていたけど、実際の所その安寧に揺らぎが生じ始めている事に、私は薄らだが気付いてしまっているのだった。

「やぁ、遅くまでお疲れ様」
「……マツバさん、また待っててくれたんですか?」

職場であるコガネ百貨店から退勤した私が一歩足を外に踏み出すと、随分と親しみ慣れた優しい声色が耳に届く。
声が聞こえた方に振り向けばそこには金髪の青年が静かに立っていた。

「今日も残業だったみたいだね」
「ええ、まぁそうですが……。こんなに寒い中待っててくれたんですか?」
「そんなずっとな訳じゃないよ。何となく君が帰る頃を見計らって来たから」

そう話す彼はエンジュシティ、ジムリーダーのマツバさんである。私とマツバさんはミナキさんを通じて知り合った古くからの友人であり、三人共結構長い付き合いなのだが……スイクンを追い求め各地を転々としているミナキさんに比べると、コガネシティに住む私とエンジュシティに住んでいるマツバさんの二人の方が日頃関わっている時間が多いように思えるし、それはあながち間違いではないだろう。

マツバさんは今日のようにこうやって私の帰りを待ち、家まで送り届けてくれるのが最近の二人の日課になっていた。
彼だって修行に加えてジムリーダー業で忙しい筈だ。
だから何度も自分の帰りを待たなくても大丈夫だと伝えても、彼は決まって優しく微笑んでは「自分が好きでしている事だ」なんて返事をする。
今日だってこんなに寒い中、夜遅くまで私の事を待っていてくれたのだ。待たせてしまった事に申し訳なさを覚えていると、ふとマツバさんが口を開いた。

「仕事、相変わらず忙しそうだね」
「そうですね、でもお客様が沢山来て下さるのは接客業をしている身としては嬉しい限りですよ。……それよりも、何度もお伝えした通りマツバさんだってご多忙でしょう?私に使う時間が勿体ないですよ」

これは私の正直な気持ちだった。私如きに大事な時間を使わせるのは勿体ない。だけど、そんな私の言葉にマツバさんは優しい声色で言葉を返していく。

「でもねぇ、幾ら君の家がコガネ百貨店からそんな遠くないとは言え、夜道を女の子一人で歩かせる訳にはいかないよ。それに……こうでもしないと中々君に会える時間も作れないだろ?」

そう言ってふわりと、優しく彼に微笑まれては私は何も言い返す事が出来なくなってしまうのだ。

……マツバさんの穏やかな笑顔に弱い自覚は痛い程にあるが、最近は彼の言葉の節々が何となく心に引っ掛かるように感じてしまう自分もいるのだった。
自分の時間を割いてまで、私と会いたいと思ってくれるマツバさん。それは所謂友人関係としては行き過ぎた感情ではないかな……なんて考えがチラリとでも脳裏をよぎってしまう。
その度に私は人様の親切心にケチを付けるなんて、と己を叱咤するも一度でも生じてしまった思いはなかなか消えること無く私の中で燻り続けてしまう。

勿論、自分が自意識過剰なだけであって、マツバさんとしては本当に心から心配してくれているだけの可能性だって否めない。だけど出会った頃の二人の距離感と今では随分とそれが変わってしまったかのように思えてしまう。
それは歳を重ねた分、仕方がない事なのかも知れないけど、私としてはマツバさんとは昔から変わらずの「大切な友人」でいたいと思っている。
だけど、それは私の独りよがりな感情であって……私がそうだからマツバさんだってそう思っているに違いないと断言は出来ないのが最近の胸の奥底に秘めた自身の本音でもあったりするのだ。

正直……今の私は仕事一筋で誰かと恋愛なんてする気も余裕も無い。ただでそんな訳なのに大切な友人であるマツバさんと色恋沙汰になりたいだなんて考えた事も無い。
だからこのままずっと、何処までも二人は仲の良い大切な友達でいたい。そう強く願うのは……私の我儘なのだろうか。

「……なんか難しそうな考え事してる?」
「え?あ、あはは……ちょっと仕事の事を考えてしまっていて……」
「仕事に励む君の姿も良いけどさ……僕といる時ぐらいは僕の事を考えてくれても良いんじゃないのかな?」

そう言いながらマツバさんは再度、微笑む。
だけど、その笑みには何処か憂いのような感情が滲み出ていたのは、夜の月明かりが見せる幻想の悪戯なのだろうか。

今の私には、それに対する明確な答えは分からない。
だが麗しいはずの友情という名の思い出達が「何か」によって着実に黒く塗りつぶされているような、そんな気がして止まなかった。

マツバさんとはこれからも良き友であり続けたい。
だけど、そんな私の願いはマツバさんには届かないかも知れない。
帰り道の最中、彼の横顔を盗み見ながら私はそんな日が来ないでくれと空虚な祈りを捧げるのだった。


◇

「……やれやれ、中々上手くいかないなぁ」

無事に彼女を家まで送り届けて、自身も帰路に着く最中で思わず溜息と共に己の感情も吐露されてしまう。
今日も彼女は遠慮がちだったけど、君に会う為ならどんな労力だって惜しくはないのにね、なんて何度思った事やら。
彼女と僕とミナキ君は確かに古くからの付き合いだし、それ故互いが互いの事を各々大切に思っている事くらい分かっている。だけど、僕が彼女に抱く感情は決して親しみの情というだけでは無い。
むしろ、わりと早い段階から彼女に対しては友情とは別な感情を抱いていたと思う。単刀直入に言うと、僕は彼女の事は友達ではなく一人の女の子として見ている訳だ。
この感情に似つかわしいのは友情ではなく正しくは「恋心」という名前なのだと思っている。
はっきりと、僕は彼女の事が異性として好きなのだ。
想いを寄せるからこそ声だって聞きたいし、短い時間でも会いたくて仕方が無くなる。だからそれを実行に移しているけど、その度に彼女は申し訳なさそうにするばかりなのだ。
確かに僕だって暇な訳じゃない。
だけどそんな中でも時間を作って会いたいと思える存在が彼女なのだ。そんな強い想いが恋じゃなかったら、一体どんな名前なのかと教えて欲しいと思うくらいには、僕は彼女に恋焦がれている。

今日彼女に告げた言葉だって、嘘偽り無い僕の素直な気持ちなのに、彼女は僕のそんな言葉を聞く度に少し困ったように微笑むだけだった。
その度に僕の胸の内は切なさともどかしさに強く締め付けられていく。

「本気で好きなんだけど、まだまだ届きはしないのか」

彼女にとって僕とミナキ君は良い友達。
あくまで友人の一人にしか過ぎないという事実が自身の心に暗い影を落としていく。
……僕だって何も気付いていない訳じゃないさ。
彼女が僕との関係は友人として続けたいという事にね、僕だってそのくらい分かっているよ。
だけど、残念ながら僕の方はそうはいかないんだよね。
僕は友人ではなく君の恋人になりたいんだよ。
今直ぐにでも君を僕だけの存在にしたいんだ。これを人は独占欲と言うのだろうか。そんな欲が着実に僕を蝕んでいく。
今の関係から一歩踏み出して欲しいと願う僕と、それを躊躇う彼女……今の二人はきっとそんな少し歪な関係なんだと思う。
もう両者の思いが食い違っている事で、唯の友人という関係は破綻していると僕は思うんだけどね?でも長年過ごしてきた時間という敵には、流石の僕も難儀しているよ。
今までが楽しく無かった訳ではない。むしろ美しい思い出だと言える。だけど、そんな心地よい関係を紡ぐのもそろそろ終わりにしようじゃないか。だって、もう僕の方は既に色々と限界なんだからさ。君の事が好きで好きで、大好きで仕方がないのに、君は未だに在りし日の過去の僕達から目を背けようとしないのだ。

僕はもう、存分に待ったよ。
だけど……そろそろこの恋心に答えを求めても良いんじゃないかな?

君にとってそれは望んでない事かも知れないけど、僕の想いはこの先も変わる事は無い。
きっと僕は明日も彼女の帰り待つだろう、その時に手ぐらいは繋げないかな?そんて事を思いながら今宵もまた、僕は己の恋心に身を焦がすのだった。









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