5月

「──十二年前に行方不明になった公爵が生きているらしい」
 シラスが王家の棟に向かう回廊を歩いていると、いかにも古い宮廷貴族といった初老の男ふたりが話をしていた。
「しかも、王太女殿下の婚約者候補にあがっているそうだ」 
「身分や血縁を考えれば、最有力ではあるが……」
「どこで何をしてきたのかわからない者を殿下の配偶になど大丈夫なのか?」
「ああ、王族でなかった時間が長すぎるだろうに」 
 確かに公爵という立場からすればこの年月は失われた時間になるのかもしれない、とシラスが思った時だ。
「国王陛下の選ばれた方に、そのような心配は無用です」
 可憐だが、凛とした声が響いた。
「王太女殿下」
 ひとりで歩いてきたリゼットに、シラスが駆け寄る。王太女に騎士団長まで現れ、男ふたりは挨拶をすると急いで去っていった。
「……事情も知らないのにべらべらと。どこで何をって、この国を守る騎士団長様に失礼よね」
「はあ……え?」
 リゼットにはまだ伝えていない、正体不明の婚約者。仮面で隠れてはいるが驚いているシラスに、リゼットは悪戯っぽく微笑んだ。
「うふふ、大体わかってしまいましたわ」
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