5月

「ねぇ、シラス君。わたくし以外の女性に優しくしないでね?」
 焼き菓子を食べていたリゼットが言った。
「は?」
 紅茶を口に運んだシラスが固まる。
「あ、母上様とばあやとアンヌは大丈夫なのですわ」
「ええと……リゼット様?」
 唐突な話に、シラスは首を傾げた。
「騎士団長様が、ご令嬢方にちょっと親切にしたら誤解されてしてしまいますわ」
 リゼットの言葉にシラスは考える。思い当たるのは、宮中で扇子を落とした令嬢がいて、拾って手渡したことくらいだ。どこの誰かは知らないし、すぐにリゼットを迎えに行った。
「それですわ!」
「何も言ってませんが」
 シラスに構わず、リゼットは話を続ける。
「扇子を拾ってもらった侯爵令嬢は頬を染めて……あれは好意を持ったお顔なのですわ」
「怯えてた、の間違いではないのですか?」
 普段は仮面で顔の上半分を隠している。長身で威圧感もあるはずだ。自分に好意を持つ変わり者はリゼットくらいだろう、とシラスは思っている。
「えーそれはないと思いますわ」
「……まあ、好意でも悪意でも僕には関わりのないことです」
 シラスは手を伸ばし、リゼットの口の横についてるクリームを取った。
「僕が優しくしたいと思うのはリゼット様だけですから、ご安心を」
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