3月

 普段、シラスは顔の上半分を隠す仮面を着けている。
 素顔を知る者は少なく、きっと醜いのだろうと陰口を叩く者もいる。長身で寡黙、若くして騎士団長となった人並外れた強さゆえに、宮廷人からは“野獣”と噂されている。
「あのおっさんたち、自分の姿を鏡で見てから言えってのですわ。肥満と禿げ」
 例の噂を耳にしたリゼットは、自室に入るなり言い放った。
「お口が悪くなっておりますよ」
 当の本人は全く気にしておらず、王太女をやんわりと窘める。
「えーと、ふくよかな方と御髪が薄くなられた方?」
 熊のぬいぐるみを抱え、ソファに沈むリゼット。
「──そこは言い直さなくて良いです……ふふっ」
 横に座ったシラスが珍しく笑い声を上げ、仮面を外した。至近距離でシラスの素顔を見たリゼットの胸が高鳴る。
 右目と左頬に痛々しい傷痕があるが、類稀なる美貌。
「……いつ見ても綺麗なお顔ね」
 神話に出てくる美青年はこんなだろうかと、リゼットは思った。
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