子猫争奪戦に巻き込まれています。
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『いただきまーす!』
まだ湯気が立つ料理達が目の前に並ぶ。それらはどれも食欲をそそる匂いをさせていて。もうとっくのとうにお腹が空いていた私は、迷わず箸を手に取った。
『もう、そんなに詰め込んじゃって』
お母さんが笑いながら、水の入ったコップを差し出してくれる。
『母さんの料理はおいしいからなぁ』
私と同じように頬いっぱいに詰め込んでお父さんが言う。
そんな両親に釣られるように、にへらと笑う。
笑顔溢れる食卓。
それはありふれた、幸せな生活の1ページだった。
「ん……」
酷く懐かしい夢を見た。
手探りで取ったアラームは、まだ起きる時間より前を表示していて、私は大きく息を吐いた。
両親の夢を見たのはいつ以来だろうか。突然の事故で帰らぬ人になった、大好きだった優しい2人。
「あれ…」
のそりと体を起こすと、自分の頬に涙が伝っていたのに気付いた。
早朝の気温に、濡れた頬が冷たくなっていく。それをぐいと拭い、私は勢いよく布団を蹴飛ばしてベッドから降りた。
私らしくもない。重い空気を消すように、頬を叩き声を出す。
「よし、今日も一日頑張りますか!」
ちょっと、いや、大分早い一日の始まり。
今見るには苦しい夢は見たけど、幸い悪夢じゃないし、爽やかな朝を迎えられたと言っていいはず。鼻歌を携えて、私は顔を洗いに洗面所へと向かった。
この時の私はすっかり忘れていた。先週自分の身に起きたあれやそれを。
思い出したのは、昼過ぎ、バイト用の服をバッグに詰め込んでいた時だった。
--------------------
もう既に帰りたいと、ため息と一緒に呟いた。
朝の陽気さは何処へやら。ここに来るまでの足取りは、今までに経験がないくらいに重かった。あんなに見慣れたはずのビルが、恐ろしく巨大な要塞に見えて、頭を抱える。
(お願いです神様、どうか誰にも会いませんように……!)
そんな願いを込めて、いざ行かん!と自動ドアを潜り抜け……ることはできなかった。
「テメェの出る幕はねぇよ、すっこんでろ」
「先に飼うのを決めたのは私よ?貴方こそ帰ったら?」
このドアが両開きの自動ドアなどではなく、普通のノブ付きのドアだったのなら。私は間違いなく見なかった振りをして、バタムとドアを閉めてこの場を去っていたことだろう。いや自動ドアだとしても、私の存在など構わず、どうぞもう一回閉じて欲しかった。
しかし無情にも、ドアは開いたままである。
(いる……いらっしゃる……しかも何か増えてる…)
死んだ魚の目になってしまっているのは、もうわかっているのだ。けれども許して欲しい。こんな顔にもなってしまうのも、先週辺りの彼と、それより前の彼女とのやり取りを見れば絶対にわかってもらえるはず。
明らかに巻き込まれたら終わりな雰囲気を察知。私は出来る限り己の気配を消して、抜き足差し足忍び足を体現するかのようにゆっくりと移動しようとした。とにかく彼らの視界に入らない場所へ行かなければ。幸い彼らは口論に夢中で私の存在には気付いていないようだった。
(あと少し……っ)
「あら、何処に行くのかしらKitty?」
「挨拶もなしか、お前らしくもない」
ああ、儚い忍者気分だった。
そういや、彼らは普通の人じゃないのだった。
「ジンさん……ベル姉……」
壊れかけのロボットのような動作で振り向けば、不敵な笑みを浮かべた2人がいた。
その目はしっかりと私を捕捉していて、思わず「ひぇ……」と言う声が出た。逃げられそうにない。
「こんにちは……お疲れ様です……」
「ふふ、会いたかったわ私のKitty」
「ぐぇ」
いつの間にか距離を詰めていたベル姉にハグされた。ナイスバディの圧が凄くて、変な声が漏れたのは気にしないでいただきたい。果たしてこれは抱きしめ返しても良いものだろうか。私、訴えられたりしない?
あ、良い香りする……ファビュラス……、っ危ない危ないこれは本当に良くない!
助けを求めて視線をさ迷わせていれば、ゆらりと近づいてくる影が目に入る。
「よぉ……Kitty」
ひゅっと息を飲むと同時に、体が震え出す。
「……Kitty?どうしたの、凄い震えよ」
「ごめんなさい、ちょっとマナーモードに」
「は?」
「おい、そいつから離れろ」
「嫌よ、今ハグしてみたら思った以上に抱き心地いいんだもの……」
褒められているのだろうか。豊満(お腹)とかそう意味だとしたら泣いてしまう。
しかし、明らかに不機嫌そうな舌打ちが聞こえて、慌ててベル姉を押しのけさせてもらった。どうして……?と不満げに口を尖らせるベル姉も可愛いのだけれど、生憎今はそれどころでは無い。
「丁度いい、テメェに分からせてやるよ……」
「何ですって……?」
決して大きくもないはずの低い声が、鼓膜を震わせて鳥肌が立つ。
「なぁKitty……お前の飼い主は誰だ?」
途端に"あの時"の恐怖を思い出し、体が硬直する。ギロリと向けられた目は、間違えれば殺すと暗に告げている。
震え声ながらも私は何とか口を開いた。
「……じ、ジンさん……です」
「よし、いい子だ」
「ひ……っ」
ぐいと抱き寄せられ、その大きな手で頭を撫でられる。変な鳴き声を上げてされるがままの私を見て、ベル姉が呆れた、と零した。
「恐怖で逆らえないだけじゃない……可哀想に……」
既にキャパオーバーを迎えている私に追い討ちをかけるように、ベル姉が耳元で囁く。
「ねぇ、Kitty……?私なら、優しく可愛がってあげるわよ……?」
で、出たーーー!ベル姉お得意のハニトラだーーー!
内心で叫びつつ、妖艶な吐息に腰を抜かしかける。耳を塞ぎたくて堪らないと思っていたら、腕をずらしたジンさんが頭ごと胸に引き寄せてきた。有難いけど苦しい……息が……。でも何か男の人って感じの匂いがする…ああ発言が変態…っ、このままでは社会的に死んでしまう。
「タスケテ……タスケテ……」
「ちょっとジン、離しなさいよ」
「うるせぇ、俺のもんにハニトラ仕掛けてんじゃねえよ、失せろ」
「それはこちらのセリフよ、一体どんな卑劣な手を使ってこの子を懐柔させたのかしら……」
私の必死のSOSも虚しく、頭上では激しい争奪戦が繰り広げられている。
しばらく頭の回らなかった私だったが、人間、受け入れられる容量を超えれば、逆に冷静になるというもので。
(……いや、何で私こんな目にあってるんだ?)
生活の為、稼がねばならないというのに何故こんな所で足止めくらっているのだろうか。今の私に課された使命は、このフロアの掃除であり、よく分からない子猫争奪戦に巻き込まれている場合ではないのだ。
そう認識し直した途端、急に頭がすっきりとし始めた。
「あの!」
私の声に、ピタリと止む罵りあい。
「なあに?」「何だ」
ジンさんの腕が緩んだのをいいことに、何とか抜け出して息を吸う。新鮮な空気がとても美味しい。
「私、稼ぎに!来てるので!とりあえず掃除させてくれませんか!」
目を丸くする2人に、少しいたたまれなくなる。だが、譲るわけにはいかないと勇気をだして2人を睨みつけた。
数秒の後、同じタイミングでベル姉が笑みを見せ、ジンさんはどこか不機嫌そうに本日数度目の舌打ちをした。
「まあいい、時間はたっぷりあるからな……」
正直聞きたくなかった言葉が聞こえた気がした。
「また会いましょ、Kitty」
嬉しいけど嬉しくないです、それ。
諦めてくれたのか、ようやくビルの奥へ消えていく2人の背を見送る。それが見えなくなった瞬間、どっと疲れが全身にのしかかった。
「何でこうなった……?」
一人呟いたが、考えていても仕方ない。出来るだけ早足でロッカーへ向かった。時間をかなりロスした分、ペースを考えねばと、とっくに回らなくなった頭を無理に働かせた。
「っ、あれ……?」
持っていたモップを放しかけて、慌てて手に力を込めた。
異変に気付いたのは、掃除も終わりかけの頃。体が全く言うことを聞いてくれないのだ。頭もズキズキと痛み出していて、正直立っているのもきつい。息も段々荒くなってきている。
体がとんでもなく重いのは、先程の怒涛の展開のせいかと思っていたけど、どうやらそうでは無いらしい。
(これ、帰るまで、もつかな……)
肩で息をしながら、何とか掃除用具を仕舞う。タスクはこなせたのが、不幸中の幸いかもしれない。後はタイムカードを押して、帰るだけだ。でも、歩きで帰る体力はもうない。仕方ない、ここは大通りまでは頑張って、タクシーを頼ろうと決意した。
覚束無い足取りで、ロッカールームに辿り着く。私以外誰も使わないので、中は真っ暗だ。
(よし、ここまで来たらあと少し……)
パチリと電気のスイッチを押した。
視界が明るくなった、その時。
「う……!」
──ぐにゃりと世界が歪み、ひっくり返った。
為す術もないまま、地面に体が叩きつけられる。ドサッと鈍い音が鳴った。かなりの勢いで体を打ちつけたはずなのに、痛みすら感じない。自分が倒れたという事実も、曖昧ですぐには理解が出来なかった。
(あ、どうしよ……っ)
視点が定まらない。助けを求めたくても、携帯は今日に限ってロッカーの鞄の中だし、そもそも体を起こせない。息を吸うのに必死で、声を出すことも叶わない。
(誰か……だれか……)
じわじわと意識が溶けていく。
そういえば、最後に体調を崩したのは、まだ両親がいた頃だったっけ。
今思い出しても仕方の無いものが浮かんで、私は意識を手放した。
まだ湯気が立つ料理達が目の前に並ぶ。それらはどれも食欲をそそる匂いをさせていて。もうとっくのとうにお腹が空いていた私は、迷わず箸を手に取った。
『もう、そんなに詰め込んじゃって』
お母さんが笑いながら、水の入ったコップを差し出してくれる。
『母さんの料理はおいしいからなぁ』
私と同じように頬いっぱいに詰め込んでお父さんが言う。
そんな両親に釣られるように、にへらと笑う。
笑顔溢れる食卓。
それはありふれた、幸せな生活の1ページだった。
「ん……」
酷く懐かしい夢を見た。
手探りで取ったアラームは、まだ起きる時間より前を表示していて、私は大きく息を吐いた。
両親の夢を見たのはいつ以来だろうか。突然の事故で帰らぬ人になった、大好きだった優しい2人。
「あれ…」
のそりと体を起こすと、自分の頬に涙が伝っていたのに気付いた。
早朝の気温に、濡れた頬が冷たくなっていく。それをぐいと拭い、私は勢いよく布団を蹴飛ばしてベッドから降りた。
私らしくもない。重い空気を消すように、頬を叩き声を出す。
「よし、今日も一日頑張りますか!」
ちょっと、いや、大分早い一日の始まり。
今見るには苦しい夢は見たけど、幸い悪夢じゃないし、爽やかな朝を迎えられたと言っていいはず。鼻歌を携えて、私は顔を洗いに洗面所へと向かった。
この時の私はすっかり忘れていた。先週自分の身に起きたあれやそれを。
思い出したのは、昼過ぎ、バイト用の服をバッグに詰め込んでいた時だった。
--------------------
もう既に帰りたいと、ため息と一緒に呟いた。
朝の陽気さは何処へやら。ここに来るまでの足取りは、今までに経験がないくらいに重かった。あんなに見慣れたはずのビルが、恐ろしく巨大な要塞に見えて、頭を抱える。
(お願いです神様、どうか誰にも会いませんように……!)
そんな願いを込めて、いざ行かん!と自動ドアを潜り抜け……ることはできなかった。
「テメェの出る幕はねぇよ、すっこんでろ」
「先に飼うのを決めたのは私よ?貴方こそ帰ったら?」
このドアが両開きの自動ドアなどではなく、普通のノブ付きのドアだったのなら。私は間違いなく見なかった振りをして、バタムとドアを閉めてこの場を去っていたことだろう。いや自動ドアだとしても、私の存在など構わず、どうぞもう一回閉じて欲しかった。
しかし無情にも、ドアは開いたままである。
(いる……いらっしゃる……しかも何か増えてる…)
死んだ魚の目になってしまっているのは、もうわかっているのだ。けれども許して欲しい。こんな顔にもなってしまうのも、先週辺りの彼と、それより前の彼女とのやり取りを見れば絶対にわかってもらえるはず。
明らかに巻き込まれたら終わりな雰囲気を察知。私は出来る限り己の気配を消して、抜き足差し足忍び足を体現するかのようにゆっくりと移動しようとした。とにかく彼らの視界に入らない場所へ行かなければ。幸い彼らは口論に夢中で私の存在には気付いていないようだった。
(あと少し……っ)
「あら、何処に行くのかしらKitty?」
「挨拶もなしか、お前らしくもない」
ああ、儚い忍者気分だった。
そういや、彼らは普通の人じゃないのだった。
「ジンさん……ベル姉……」
壊れかけのロボットのような動作で振り向けば、不敵な笑みを浮かべた2人がいた。
その目はしっかりと私を捕捉していて、思わず「ひぇ……」と言う声が出た。逃げられそうにない。
「こんにちは……お疲れ様です……」
「ふふ、会いたかったわ私のKitty」
「ぐぇ」
いつの間にか距離を詰めていたベル姉にハグされた。ナイスバディの圧が凄くて、変な声が漏れたのは気にしないでいただきたい。果たしてこれは抱きしめ返しても良いものだろうか。私、訴えられたりしない?
あ、良い香りする……ファビュラス……、っ危ない危ないこれは本当に良くない!
助けを求めて視線をさ迷わせていれば、ゆらりと近づいてくる影が目に入る。
「よぉ……Kitty」
ひゅっと息を飲むと同時に、体が震え出す。
「……Kitty?どうしたの、凄い震えよ」
「ごめんなさい、ちょっとマナーモードに」
「は?」
「おい、そいつから離れろ」
「嫌よ、今ハグしてみたら思った以上に抱き心地いいんだもの……」
褒められているのだろうか。豊満(お腹)とかそう意味だとしたら泣いてしまう。
しかし、明らかに不機嫌そうな舌打ちが聞こえて、慌ててベル姉を押しのけさせてもらった。どうして……?と不満げに口を尖らせるベル姉も可愛いのだけれど、生憎今はそれどころでは無い。
「丁度いい、テメェに分からせてやるよ……」
「何ですって……?」
決して大きくもないはずの低い声が、鼓膜を震わせて鳥肌が立つ。
「なぁKitty……お前の飼い主は誰だ?」
途端に"あの時"の恐怖を思い出し、体が硬直する。ギロリと向けられた目は、間違えれば殺すと暗に告げている。
震え声ながらも私は何とか口を開いた。
「……じ、ジンさん……です」
「よし、いい子だ」
「ひ……っ」
ぐいと抱き寄せられ、その大きな手で頭を撫でられる。変な鳴き声を上げてされるがままの私を見て、ベル姉が呆れた、と零した。
「恐怖で逆らえないだけじゃない……可哀想に……」
既にキャパオーバーを迎えている私に追い討ちをかけるように、ベル姉が耳元で囁く。
「ねぇ、Kitty……?私なら、優しく可愛がってあげるわよ……?」
で、出たーーー!ベル姉お得意のハニトラだーーー!
内心で叫びつつ、妖艶な吐息に腰を抜かしかける。耳を塞ぎたくて堪らないと思っていたら、腕をずらしたジンさんが頭ごと胸に引き寄せてきた。有難いけど苦しい……息が……。でも何か男の人って感じの匂いがする…ああ発言が変態…っ、このままでは社会的に死んでしまう。
「タスケテ……タスケテ……」
「ちょっとジン、離しなさいよ」
「うるせぇ、俺のもんにハニトラ仕掛けてんじゃねえよ、失せろ」
「それはこちらのセリフよ、一体どんな卑劣な手を使ってこの子を懐柔させたのかしら……」
私の必死のSOSも虚しく、頭上では激しい争奪戦が繰り広げられている。
しばらく頭の回らなかった私だったが、人間、受け入れられる容量を超えれば、逆に冷静になるというもので。
(……いや、何で私こんな目にあってるんだ?)
生活の為、稼がねばならないというのに何故こんな所で足止めくらっているのだろうか。今の私に課された使命は、このフロアの掃除であり、よく分からない子猫争奪戦に巻き込まれている場合ではないのだ。
そう認識し直した途端、急に頭がすっきりとし始めた。
「あの!」
私の声に、ピタリと止む罵りあい。
「なあに?」「何だ」
ジンさんの腕が緩んだのをいいことに、何とか抜け出して息を吸う。新鮮な空気がとても美味しい。
「私、稼ぎに!来てるので!とりあえず掃除させてくれませんか!」
目を丸くする2人に、少しいたたまれなくなる。だが、譲るわけにはいかないと勇気をだして2人を睨みつけた。
数秒の後、同じタイミングでベル姉が笑みを見せ、ジンさんはどこか不機嫌そうに本日数度目の舌打ちをした。
「まあいい、時間はたっぷりあるからな……」
正直聞きたくなかった言葉が聞こえた気がした。
「また会いましょ、Kitty」
嬉しいけど嬉しくないです、それ。
諦めてくれたのか、ようやくビルの奥へ消えていく2人の背を見送る。それが見えなくなった瞬間、どっと疲れが全身にのしかかった。
「何でこうなった……?」
一人呟いたが、考えていても仕方ない。出来るだけ早足でロッカーへ向かった。時間をかなりロスした分、ペースを考えねばと、とっくに回らなくなった頭を無理に働かせた。
「っ、あれ……?」
持っていたモップを放しかけて、慌てて手に力を込めた。
異変に気付いたのは、掃除も終わりかけの頃。体が全く言うことを聞いてくれないのだ。頭もズキズキと痛み出していて、正直立っているのもきつい。息も段々荒くなってきている。
体がとんでもなく重いのは、先程の怒涛の展開のせいかと思っていたけど、どうやらそうでは無いらしい。
(これ、帰るまで、もつかな……)
肩で息をしながら、何とか掃除用具を仕舞う。タスクはこなせたのが、不幸中の幸いかもしれない。後はタイムカードを押して、帰るだけだ。でも、歩きで帰る体力はもうない。仕方ない、ここは大通りまでは頑張って、タクシーを頼ろうと決意した。
覚束無い足取りで、ロッカールームに辿り着く。私以外誰も使わないので、中は真っ暗だ。
(よし、ここまで来たらあと少し……)
パチリと電気のスイッチを押した。
視界が明るくなった、その時。
「う……!」
──ぐにゃりと世界が歪み、ひっくり返った。
為す術もないまま、地面に体が叩きつけられる。ドサッと鈍い音が鳴った。かなりの勢いで体を打ちつけたはずなのに、痛みすら感じない。自分が倒れたという事実も、曖昧ですぐには理解が出来なかった。
(あ、どうしよ……っ)
視点が定まらない。助けを求めたくても、携帯は今日に限ってロッカーの鞄の中だし、そもそも体を起こせない。息を吸うのに必死で、声を出すことも叶わない。
(誰か……だれか……)
じわじわと意識が溶けていく。
そういえば、最後に体調を崩したのは、まだ両親がいた頃だったっけ。
今思い出しても仕方の無いものが浮かんで、私は意識を手放した。