恋と恐怖は表裏一体(?)
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あの美女ハニトラ事件(と勝手に呼んでいる)の次の日。
間髪入れずに入っていたシフトの為に今日も私はモップの柄を握ることになった。と言っても流石に昨日今日でフロアが酷く汚れることもゴミ箱が溢れることもなく、やることが早々に無くなる事態になってしまった。
さてこれからどうしたものか……と頭を悩ませていた時、ピリリリと胸元の携帯が鳴った。ちなみにこのガラケーは烏末さんからの支給品で、彼との連絡はこれでしか取ってはいけない決まりになっている。
「はい」
『仕事の調子はどうかな?』
思った通りの相手だったと、手を止めて掃除用具を壁に立てかけた。
「おかげさまで、大分慣れました!むしろ慣れてくるとそんなに大変じゃなくて、あれだけの給料貰っておいて何か申し訳ないなと……」
『はは、いいんだよそんなこと。むしろこちらが君みたいな真面目にやってくれる子を探していたんだから、感謝しなければね』
「ありがとうございます……」
『ところで』
ここで烏末さんの声色が変わり、思わず背筋が伸びた。
『つい最近、君の元にブロンドヘアの外国人の女性が来なk「不可抗力です」
おっとしまった、つい食い気味に返事をしてしまった。しかし、このタイミングで烏末さんが電話をしてきた時点で私は気付くべきだったのだ。そうだった、お姉様……じゃない、ベル姉は確かに言っていたのだ、「雇い主には私から言っておくからもっとお話しましょう?」と。
あれは本当に嬉しかった、飛び上がるほど嬉しかったのだが。こう彼が言ってくるということは、本当に烏末さんにベル姉が交渉したのかもしれない。
なら烏末さんからすれば、私と結んだ約束"社員に無闇に話しかけないこと"を破られたようなものだとしても不思議じゃない。嫌な汗が背中を伝っていく。
『いや、あのね』
「不可抗力なんです!!!でも申し訳ありませんでした!!!」
『み、耳が……っ』
やらかしたことには言い訳する前に謝るに限る、と言っていたのは誰だったか。食い気味にさらに大声が出てしまったのはもう仕方がないと、誰もいないロビーで私は正しく平身低頭していた。マナー講師がいたら間違いなく満点をもらえるだろう。
それを諫めるように、電話の向こうで烏末さんが小さく咳払いをしたのが聞こえた。
『それについては大丈夫だ、わかっているよ』
「へ……?」
『君は私の言っていたことを守ろうとしていたと、彼女から報告を受けてるからね。君を責めるようなことはしない』
ほぅと胸を撫で下ろす。これで減給、最悪解雇となったら大変なことになっていた。
ただね、と烏末さんが続ける。
『賢い君ならわかるとは思うけど、ここは普通の会社とは違うからね。気をつけていないと……』
「いないと……?」
ゴクリと喉が鳴る。聞き逃したら私の生命に関わる気がして黙り込んだ。数秒の沈黙。
『………まあ、それはともかく』
「死ぬほど気になるんですけど」
『着実に社員達に認知され始めている君にだから伝えておこう』
「無視……」
『シルバーヘアの長身の男には気をつけなさい』
「へ」
情けない声が漏れる。心当たりしかない。
「それって……いつも真っ黒な格好してて」
『……ああ』
「大抵サングラスしてる、いかつい人と一緒にいて」
『うん』
「腰まで伸びる銀髪が綺麗で」
『うん……ん?』
「通り過ぎる度に煙草に混じって香水の香りがしてそれが脳にダイレクトアタックしてきて」
『んん?』
「フッって笑うだけで私の心臓を止めることができる、かっこいい人ですか?」
『誰それ……』
「え、違うんですか?」
『ああ、いや……まあきっとそうなんだろうけど…その感じはもう接触してしまったのかい……?』
「いえ、私が勝手に一目惚れよろしく毎回会う度に目に焼き付けてただけです」
『正気?』
「え? はい」
はあぁと大きなため息が耳に届いたが、まあ確かに自分でも今言葉にしてみたらやばい奴だなとは思ったから仕方ない。だが、烏末さんのため息の理由は私の奇行のせいでは無いらしい。
『悪いことは言わない。彼……ジンとはできる限り関わらないようにしなさい』
「じん……?」
『彼の名前だ、それは餞別に教えてあげるから、彼のことは諦めなさい。それが君の身のためだ』
「そんなにまずいんですか?あの人と関わるのって」
『まずい、大いにまずい』
またまた〜と流すつもりだった。流せれば良かったのだけど、先程から耳にする不穏なワードと烏末さんの声の真剣さに、浮かれていた脳も流石に冷静になっていく。
バイトを始めてから数ヶ月でこのビルの異常さ恐ろしさには気付いているし、己の身を自ら滅ぼすようなことはしたくないと思うほどには、私も常識人なつもりだった。
一時の癒しと、これから先の平穏。取るなら後者しかないと、唇を噛み締めた。そう、後者しか、ないのだ。
「分かりました…っ、烏末さんが…そこまで…っ言うなら…くぅっ」
『未練たらたらじゃないか』
いいんです……!と言おうと口を開く。
しかし、私は遂に言葉を紡ぐことが出来なかった。
私はこの時の己の一連の行動の軽薄さを一生後悔することになる。
このビルは普通じゃないとわかっていた時点で、もっと周りに気を配るべきだったのだ。
例えば、電話を誰かに聞かれていないか、とか。
カチャという軽い音と共に、顔にふっと影が落ちる。何事かと振り向こうとしたその瞬間、背中に硬い何かを押し付けられた。
恐る恐る見上げてみれば、ぽすっと"誰か"の胸に頭が当たりそれ以上首を動かすことが出来ない。
いつ背後を取られたのか。カチャという音がするまで足音も気配も全くなかった。はずだった。
その"彼"と目が合った。合ってしまった。
灰色がかった緑の双眼が私を見下ろして、愉悦に染まった顔で笑っている。どくりと嫌に心臓が鳴った。
私はゆっくりと顔を正面に戻し、何故か烏末さんに話しかけていた。余程肝が据わっているような行動に見えるかもしれないが、単に頭が働かなかっただけだったと後になって思う。
『……、どうかしたのかい?』
「烏末さん、私、終わったかもしれません」
『ん?あぁ掃除が、かな?』
「いえ、人生が……」
『人生』
しかし私のターンもここまでで、携帯から聞こえる烏末さんの声ももう聞くことは出来なかった。
バクバクと心臓がうるさいほどに鳴って、全身に危険だと信号を送っているのがわかる。意識しないようにすればするほど背中に当たるそれに意識が集中して、嫌でも存在を認識してしまう。黒光りする、映画や漫画くらいでしか見ることの無いアレ。この状況ならそれしかないだろう。銃刀法違反など考えたら負けだった。
そして私を見下ろす彼の瞳が、私を捕らえて離そうとしない。金縛りにあったかのように、私は動けないままはくはくと必死に息を吸おうとしていた。
後ろから耳元で囁かれる。吐息混じりの低音が脳に直で響いて頭が回らなくなる。
「その携帯をこちらに寄越せ」
「あ……ぁ…」
「出来るよなァ、Kitty?」
「ひ……っ」
ぐりと更に押し付けられた銃口に、振り向けないまま携帯を耳から離しゆっくりと後ろへ持っていく。力の入っていない手からいとも簡単に携帯が抜き取られる。
「いい子だ」
わざと背中をなぞるように銃口が降ろされた。半開きの口は悲鳴すらあげることも出来ない。
逃げろ、と本能が叫ぶがもう体はひとつも言うことを聞いてくれない。単純な恐怖に全身の震えが止まらないのだ。今の私に、彼に話しかけられた喜びに浸るほどの余裕などまるで無かった。
思わず座り込みそうになったが、彼はそれを許してくれなかった。
するりと伸びた腕が私の腹にまわり、ぐいと引き寄せられた。引き寄せられた、という表現は正しくないかもしれない。逃がさないように拘束されただけで、そこにこちらを気遣うような優しさなどない。容赦なく締まる腕に、うぐっと声が漏れた。
「そのまま動くなよ……死にたくなければな」
こくりと頷けたかどうか。伝わっていることを願ったが、既に限界だった私の意識はそこでプツリと途切れた。
間髪入れずに入っていたシフトの為に今日も私はモップの柄を握ることになった。と言っても流石に昨日今日でフロアが酷く汚れることもゴミ箱が溢れることもなく、やることが早々に無くなる事態になってしまった。
さてこれからどうしたものか……と頭を悩ませていた時、ピリリリと胸元の携帯が鳴った。ちなみにこのガラケーは烏末さんからの支給品で、彼との連絡はこれでしか取ってはいけない決まりになっている。
「はい」
『仕事の調子はどうかな?』
思った通りの相手だったと、手を止めて掃除用具を壁に立てかけた。
「おかげさまで、大分慣れました!むしろ慣れてくるとそんなに大変じゃなくて、あれだけの給料貰っておいて何か申し訳ないなと……」
『はは、いいんだよそんなこと。むしろこちらが君みたいな真面目にやってくれる子を探していたんだから、感謝しなければね』
「ありがとうございます……」
『ところで』
ここで烏末さんの声色が変わり、思わず背筋が伸びた。
『つい最近、君の元にブロンドヘアの外国人の女性が来なk「不可抗力です」
おっとしまった、つい食い気味に返事をしてしまった。しかし、このタイミングで烏末さんが電話をしてきた時点で私は気付くべきだったのだ。そうだった、お姉様……じゃない、ベル姉は確かに言っていたのだ、「雇い主には私から言っておくからもっとお話しましょう?」と。
あれは本当に嬉しかった、飛び上がるほど嬉しかったのだが。こう彼が言ってくるということは、本当に烏末さんにベル姉が交渉したのかもしれない。
なら烏末さんからすれば、私と結んだ約束"社員に無闇に話しかけないこと"を破られたようなものだとしても不思議じゃない。嫌な汗が背中を伝っていく。
『いや、あのね』
「不可抗力なんです!!!でも申し訳ありませんでした!!!」
『み、耳が……っ』
やらかしたことには言い訳する前に謝るに限る、と言っていたのは誰だったか。食い気味にさらに大声が出てしまったのはもう仕方がないと、誰もいないロビーで私は正しく平身低頭していた。マナー講師がいたら間違いなく満点をもらえるだろう。
それを諫めるように、電話の向こうで烏末さんが小さく咳払いをしたのが聞こえた。
『それについては大丈夫だ、わかっているよ』
「へ……?」
『君は私の言っていたことを守ろうとしていたと、彼女から報告を受けてるからね。君を責めるようなことはしない』
ほぅと胸を撫で下ろす。これで減給、最悪解雇となったら大変なことになっていた。
ただね、と烏末さんが続ける。
『賢い君ならわかるとは思うけど、ここは普通の会社とは違うからね。気をつけていないと……』
「いないと……?」
ゴクリと喉が鳴る。聞き逃したら私の生命に関わる気がして黙り込んだ。数秒の沈黙。
『………まあ、それはともかく』
「死ぬほど気になるんですけど」
『着実に社員達に認知され始めている君にだから伝えておこう』
「無視……」
『シルバーヘアの長身の男には気をつけなさい』
「へ」
情けない声が漏れる。心当たりしかない。
「それって……いつも真っ黒な格好してて」
『……ああ』
「大抵サングラスしてる、いかつい人と一緒にいて」
『うん』
「腰まで伸びる銀髪が綺麗で」
『うん……ん?』
「通り過ぎる度に煙草に混じって香水の香りがしてそれが脳にダイレクトアタックしてきて」
『んん?』
「フッって笑うだけで私の心臓を止めることができる、かっこいい人ですか?」
『誰それ……』
「え、違うんですか?」
『ああ、いや……まあきっとそうなんだろうけど…その感じはもう接触してしまったのかい……?』
「いえ、私が勝手に一目惚れよろしく毎回会う度に目に焼き付けてただけです」
『正気?』
「え? はい」
はあぁと大きなため息が耳に届いたが、まあ確かに自分でも今言葉にしてみたらやばい奴だなとは思ったから仕方ない。だが、烏末さんのため息の理由は私の奇行のせいでは無いらしい。
『悪いことは言わない。彼……ジンとはできる限り関わらないようにしなさい』
「じん……?」
『彼の名前だ、それは餞別に教えてあげるから、彼のことは諦めなさい。それが君の身のためだ』
「そんなにまずいんですか?あの人と関わるのって」
『まずい、大いにまずい』
またまた〜と流すつもりだった。流せれば良かったのだけど、先程から耳にする不穏なワードと烏末さんの声の真剣さに、浮かれていた脳も流石に冷静になっていく。
バイトを始めてから数ヶ月でこのビルの異常さ恐ろしさには気付いているし、己の身を自ら滅ぼすようなことはしたくないと思うほどには、私も常識人なつもりだった。
一時の癒しと、これから先の平穏。取るなら後者しかないと、唇を噛み締めた。そう、後者しか、ないのだ。
「分かりました…っ、烏末さんが…そこまで…っ言うなら…くぅっ」
『未練たらたらじゃないか』
いいんです……!と言おうと口を開く。
しかし、私は遂に言葉を紡ぐことが出来なかった。
私はこの時の己の一連の行動の軽薄さを一生後悔することになる。
このビルは普通じゃないとわかっていた時点で、もっと周りに気を配るべきだったのだ。
例えば、電話を誰かに聞かれていないか、とか。
カチャという軽い音と共に、顔にふっと影が落ちる。何事かと振り向こうとしたその瞬間、背中に硬い何かを押し付けられた。
恐る恐る見上げてみれば、ぽすっと"誰か"の胸に頭が当たりそれ以上首を動かすことが出来ない。
いつ背後を取られたのか。カチャという音がするまで足音も気配も全くなかった。はずだった。
その"彼"と目が合った。合ってしまった。
灰色がかった緑の双眼が私を見下ろして、愉悦に染まった顔で笑っている。どくりと嫌に心臓が鳴った。
私はゆっくりと顔を正面に戻し、何故か烏末さんに話しかけていた。余程肝が据わっているような行動に見えるかもしれないが、単に頭が働かなかっただけだったと後になって思う。
『……、どうかしたのかい?』
「烏末さん、私、終わったかもしれません」
『ん?あぁ掃除が、かな?』
「いえ、人生が……」
『人生』
しかし私のターンもここまでで、携帯から聞こえる烏末さんの声ももう聞くことは出来なかった。
バクバクと心臓がうるさいほどに鳴って、全身に危険だと信号を送っているのがわかる。意識しないようにすればするほど背中に当たるそれに意識が集中して、嫌でも存在を認識してしまう。黒光りする、映画や漫画くらいでしか見ることの無いアレ。この状況ならそれしかないだろう。銃刀法違反など考えたら負けだった。
そして私を見下ろす彼の瞳が、私を捕らえて離そうとしない。金縛りにあったかのように、私は動けないままはくはくと必死に息を吸おうとしていた。
後ろから耳元で囁かれる。吐息混じりの低音が脳に直で響いて頭が回らなくなる。
「その携帯をこちらに寄越せ」
「あ……ぁ…」
「出来るよなァ、Kitty?」
「ひ……っ」
ぐりと更に押し付けられた銃口に、振り向けないまま携帯を耳から離しゆっくりと後ろへ持っていく。力の入っていない手からいとも簡単に携帯が抜き取られる。
「いい子だ」
わざと背中をなぞるように銃口が降ろされた。半開きの口は悲鳴すらあげることも出来ない。
逃げろ、と本能が叫ぶがもう体はひとつも言うことを聞いてくれない。単純な恐怖に全身の震えが止まらないのだ。今の私に、彼に話しかけられた喜びに浸るほどの余裕などまるで無かった。
思わず座り込みそうになったが、彼はそれを許してくれなかった。
するりと伸びた腕が私の腹にまわり、ぐいと引き寄せられた。引き寄せられた、という表現は正しくないかもしれない。逃がさないように拘束されただけで、そこにこちらを気遣うような優しさなどない。容赦なく締まる腕に、うぐっと声が漏れた。
「そのまま動くなよ……死にたくなければな」
こくりと頷けたかどうか。伝わっていることを願ったが、既に限界だった私の意識はそこでプツリと途切れた。