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何の変哲もなさげな、どこにでもあるような見た目をしたビルの最上階。
そこには幹部以外立ち入ることが禁止されている部屋がある。作戦会議の時や、任務までの暇潰しの場として、幹部は普段からここに集まることが多い。
今日も数人の幹部がそこで思い思いのくつろぎ方をしている。酒を飲む者、仮眠を取る者、煙草を吸う者……。切羽詰まった任務が無いために、真っ黒な組織とは思えないほどの緩い時間が流れていた。
幹部の一人、ジンは愛銃の手入れをすることでその光景から目を逸らしている。この緩みきった空気は気に食わないが、任務続きだったために疲れ切った体が、この場で喝を入れようだなんて面倒なことは避けたいと言っていた。
「……ええ、悪いようにはしません、では」
ピピッという小気味良い電子音と共にドアが開いた。カツカツとヒールの音を響かせながら入ってきた女は、スマホをしまいこちらの姿を認識すると、笑みを浮かべて近づいてきた。気色の悪い笑みだ。思わず舌打ちをする。
「いきなり舌打ちなんて酷いんじゃない? ジン」
「……ラムと何を話していた」
「あら、よく相手がラムだってわかったわね」
「てめぇが敬語で話す相手なんざ、ラムかあの方くらいしかねぇだろうが」
「よく見てるじゃない」
「質問に答えろ、何を話していた」
秘密主義の魔女と、同じくなかなか人前に姿を表そうとしないラム。この2人が話す内容に、禄なものがあるはずが無い。動向は小さくても知るに越したことはない。
どうせ今回も秘密だと言われるだろうと半分は諦めたままでいたのだが。
「ふふ、了承を取ってたのよ。ラムに好かれちゃった可哀想なKittyに、もっと構ってもいいかって」
「……あの娘か」
「やっぱり貴方も興味があるのね」
何も返さない自分に構うことなく、ベルモットは続けた。
「来たばかりの頃はあんなにビクビクしてたのに、少しずつ少しずつ警戒心を解いて、今じゃあんなに構ってほしそうな目でこちらを見てるんだもの。まさにKitty……子猫って感じじゃない?」
この女の言葉をそのまま使うのは気に食わないが、まさにそうだった。
煙草に火をつけ、ゆっくりと息を吐き出しここ数ヶ月のことを思い返す。
--------------------
──バイトの清掃員を雇った
──このビルのカモフラージュのための一般人なので、絶対に手を出すな
ラムからの連絡は各幹部と構成員に直ぐに回った。
しかしあのラムが引き込んできた奴だ、組織と無関係などという情報を信じられるはずもない。自らの目で確かめる他ないと、ジンはわざとその一般人とやらの業務時間内にビルを訪れるようにしていた。少しでも妙な気配を見せれば、例えラムの選んだ奴だろうが消せるように。
「……あ…っ」
初めてジンを視界に入れた娘の顔は、恐怖で染まっていた。本能で畏怖の念を抱いたのだろう、逃げることもせずに目をぎゅっと閉じ、ジンが背を向け歩き出しても尚震えていた。
(なるほどな)
あれに、こちらの世界で生きていけるほどの力はないだろう、とジンの中で一つ懸念事項が消えた。念の為独自で調べた娘の経歴も、両親をつい最近に亡くしていることと高校を中退していることくらいしか特筆すべきことはなく、その両親ですら組織と何ら関係の無いただの一般市民でしかない。無害な存在だと認識して間違いはないだろう。身内がいないならラムが利用しやすいのも頷けた。ここでその娘への興味関心は無くなる…はずだったのだが。
顔を合わせる度にビクつき、恐れを全身に纏わせる姿はどう見ても。
(拾われたばかりの子猫……か)
決してジンに小動物を愛でる趣味がある訳ではない。ないのだが、何故か愉快な気持ちになるのだ。加虐心というのだろうか。それが絶妙に擽られるのを認めざるを得なかった。
しかしこの娘、こちらを恐れはするが、余計な行動をとりこちらの機嫌を損ねるようなことは全くなかった。なかなか頭の回転は早い方なのだろう。
そんなことを考え、この少女がいることが普通になり始めてから1ヶ月ほどたった頃。
(今日はいるのか)
いつものように立ち止まることなく横目で娘の姿を確認し、通り過ぎたのだが。
「あ、……っ」
振り向かずともわかる気配。それは、娘がこちらに声をかけようとして口を噤んだ気配だった。
あれだけこちらに干渉しないようにしていたのに、何故なのか。何を言う気なのか。
その答えは、とある任務の作戦会議の合間にふとキャンティが零した言葉にあった。
「そういえば、あの猫ちゃん、最近挨拶してくれるようになったよ」
「俺も、された」
「へぇ、Kittyが? そんなことあるのね」
「ぎこちなかったけど、悪い気はしないもんだね!顔を合わせる組織の連中みんなに律儀にしてるらしいよ」
「新鮮、びっくり」
「それなら、私も楽しみにしていようかしら。声を早く聞きたいもの」
「なかなか不思議な奴みたいでっせ、兄貴」
「……」
余程肝が据わっているらしい。あれだけ恐れていた相手に(今でも恐れていることに変わりはないのだろうが)、律儀に挨拶だと?己の立場を理解していない訳では無いだろうに。
「……ククッ」
今日のあの不思議な行動は、恐らく自分にも同じことをしようとしたのだと思えば納得が行く。
煩わしいとも思わないことに驚くが、悪い気はしない。
いつか来るであろう日、こちらに話しかけようと励む娘の姿を思い浮かべて、込み上げる激情に自然と口角が上がった。
「お前の方から動くのか、Kitty……面白ぇ」
「あ、兄貴?」
期待していた日は、予想以上に早く訪れた。次の任務の作戦会議が終わり、セーフハウスへの帰路につこうとした時だった。
「あ、の……!お、お疲れ様です!」
初めて聞いた"鳴き声"に、ジンはいつものように立ち止まらないままその姿を一瞥した。
目に映ったのは、「やっと言えた……!」とモップを握りしめて顔を綻ばせるKitty。そこに穢れた欲望の色は見えない。あるのはただの達成感による純粋な嬉しさと……
『ねぇジン、私貴方が気に入っちゃったわ』
『今日の夜、どう……?』
任務中に会った奴や組織内で、こちらに恋情なんぞを抱いたとほざく女がジンは嫌いだった。
ある者は薄汚い欲をその目に宿し、体を押し付け。
ある者はハニートラップで落とそうなどと馬鹿なことを考えて。
そんな女ばかり見てきたからだろうか。
(そんな目で俺を見る女もいたのか)
喉から込み上げてくる笑いに気付かれないうちにその場を後にする。
不思議と気分がいい。
次にこのビルを訪れるのはいつだったかと考えを巡らせている自分に気付いてはまた笑った。
そしてまた会えたその時には。
──どう遊んでやろうか。なぁ、Kitty?
そこには幹部以外立ち入ることが禁止されている部屋がある。作戦会議の時や、任務までの暇潰しの場として、幹部は普段からここに集まることが多い。
今日も数人の幹部がそこで思い思いのくつろぎ方をしている。酒を飲む者、仮眠を取る者、煙草を吸う者……。切羽詰まった任務が無いために、真っ黒な組織とは思えないほどの緩い時間が流れていた。
幹部の一人、ジンは愛銃の手入れをすることでその光景から目を逸らしている。この緩みきった空気は気に食わないが、任務続きだったために疲れ切った体が、この場で喝を入れようだなんて面倒なことは避けたいと言っていた。
「……ええ、悪いようにはしません、では」
ピピッという小気味良い電子音と共にドアが開いた。カツカツとヒールの音を響かせながら入ってきた女は、スマホをしまいこちらの姿を認識すると、笑みを浮かべて近づいてきた。気色の悪い笑みだ。思わず舌打ちをする。
「いきなり舌打ちなんて酷いんじゃない? ジン」
「……ラムと何を話していた」
「あら、よく相手がラムだってわかったわね」
「てめぇが敬語で話す相手なんざ、ラムかあの方くらいしかねぇだろうが」
「よく見てるじゃない」
「質問に答えろ、何を話していた」
秘密主義の魔女と、同じくなかなか人前に姿を表そうとしないラム。この2人が話す内容に、禄なものがあるはずが無い。動向は小さくても知るに越したことはない。
どうせ今回も秘密だと言われるだろうと半分は諦めたままでいたのだが。
「ふふ、了承を取ってたのよ。ラムに好かれちゃった可哀想なKittyに、もっと構ってもいいかって」
「……あの娘か」
「やっぱり貴方も興味があるのね」
何も返さない自分に構うことなく、ベルモットは続けた。
「来たばかりの頃はあんなにビクビクしてたのに、少しずつ少しずつ警戒心を解いて、今じゃあんなに構ってほしそうな目でこちらを見てるんだもの。まさにKitty……子猫って感じじゃない?」
この女の言葉をそのまま使うのは気に食わないが、まさにそうだった。
煙草に火をつけ、ゆっくりと息を吐き出しここ数ヶ月のことを思い返す。
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──バイトの清掃員を雇った
──このビルのカモフラージュのための一般人なので、絶対に手を出すな
ラムからの連絡は各幹部と構成員に直ぐに回った。
しかしあのラムが引き込んできた奴だ、組織と無関係などという情報を信じられるはずもない。自らの目で確かめる他ないと、ジンはわざとその一般人とやらの業務時間内にビルを訪れるようにしていた。少しでも妙な気配を見せれば、例えラムの選んだ奴だろうが消せるように。
「……あ…っ」
初めてジンを視界に入れた娘の顔は、恐怖で染まっていた。本能で畏怖の念を抱いたのだろう、逃げることもせずに目をぎゅっと閉じ、ジンが背を向け歩き出しても尚震えていた。
(なるほどな)
あれに、こちらの世界で生きていけるほどの力はないだろう、とジンの中で一つ懸念事項が消えた。念の為独自で調べた娘の経歴も、両親をつい最近に亡くしていることと高校を中退していることくらいしか特筆すべきことはなく、その両親ですら組織と何ら関係の無いただの一般市民でしかない。無害な存在だと認識して間違いはないだろう。身内がいないならラムが利用しやすいのも頷けた。ここでその娘への興味関心は無くなる…はずだったのだが。
顔を合わせる度にビクつき、恐れを全身に纏わせる姿はどう見ても。
(拾われたばかりの子猫……か)
決してジンに小動物を愛でる趣味がある訳ではない。ないのだが、何故か愉快な気持ちになるのだ。加虐心というのだろうか。それが絶妙に擽られるのを認めざるを得なかった。
しかしこの娘、こちらを恐れはするが、余計な行動をとりこちらの機嫌を損ねるようなことは全くなかった。なかなか頭の回転は早い方なのだろう。
そんなことを考え、この少女がいることが普通になり始めてから1ヶ月ほどたった頃。
(今日はいるのか)
いつものように立ち止まることなく横目で娘の姿を確認し、通り過ぎたのだが。
「あ、……っ」
振り向かずともわかる気配。それは、娘がこちらに声をかけようとして口を噤んだ気配だった。
あれだけこちらに干渉しないようにしていたのに、何故なのか。何を言う気なのか。
その答えは、とある任務の作戦会議の合間にふとキャンティが零した言葉にあった。
「そういえば、あの猫ちゃん、最近挨拶してくれるようになったよ」
「俺も、された」
「へぇ、Kittyが? そんなことあるのね」
「ぎこちなかったけど、悪い気はしないもんだね!顔を合わせる組織の連中みんなに律儀にしてるらしいよ」
「新鮮、びっくり」
「それなら、私も楽しみにしていようかしら。声を早く聞きたいもの」
「なかなか不思議な奴みたいでっせ、兄貴」
「……」
余程肝が据わっているらしい。あれだけ恐れていた相手に(今でも恐れていることに変わりはないのだろうが)、律儀に挨拶だと?己の立場を理解していない訳では無いだろうに。
「……ククッ」
今日のあの不思議な行動は、恐らく自分にも同じことをしようとしたのだと思えば納得が行く。
煩わしいとも思わないことに驚くが、悪い気はしない。
いつか来るであろう日、こちらに話しかけようと励む娘の姿を思い浮かべて、込み上げる激情に自然と口角が上がった。
「お前の方から動くのか、Kitty……面白ぇ」
「あ、兄貴?」
期待していた日は、予想以上に早く訪れた。次の任務の作戦会議が終わり、セーフハウスへの帰路につこうとした時だった。
「あ、の……!お、お疲れ様です!」
初めて聞いた"鳴き声"に、ジンはいつものように立ち止まらないままその姿を一瞥した。
目に映ったのは、「やっと言えた……!」とモップを握りしめて顔を綻ばせるKitty。そこに穢れた欲望の色は見えない。あるのはただの達成感による純粋な嬉しさと……
『ねぇジン、私貴方が気に入っちゃったわ』
『今日の夜、どう……?』
任務中に会った奴や組織内で、こちらに恋情なんぞを抱いたとほざく女がジンは嫌いだった。
ある者は薄汚い欲をその目に宿し、体を押し付け。
ある者はハニートラップで落とそうなどと馬鹿なことを考えて。
そんな女ばかり見てきたからだろうか。
(そんな目で俺を見る女もいたのか)
喉から込み上げてくる笑いに気付かれないうちにその場を後にする。
不思議と気分がいい。
次にこのビルを訪れるのはいつだったかと考えを巡らせている自分に気付いてはまた笑った。
そしてまた会えたその時には。
──どう遊んでやろうか。なぁ、Kitty?