不可抗力、ってことにしてください
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明らかに怪しい匂いしかしないバイトを始めてはや3ヶ月。
不定期の楽しみである銀髪の彼を眺める日を活力に、毎日汗水を……たらすほどの仕事ではないが、精を出している。
この仕事をするにあたっての条件「出入りする社員には無闇やたらに話しかけないこと」をしっかりと守りつつ、今日も私はモップを担ぎ清掃場所に向かう……
はずだったのだが。
「Hi, Kitty?」
いる。
私が日々お姉様と心の中で呼んでいるお方が、何故かそこにいた。
私の方を見て妖艶に笑うその姿に目眩がした。思考が鈍る前に、なんとか言葉を絞り出す。
「あの…キティって…」
「あら、貴女以外に誰がいるのかしら?」
「ひぇ…美の暴力…」
「え?」
「ごめんなさいなんでもないです」
「そう?まあいいわ。私貴女とずっと話をしたかったの」
思考停止。イマナント。
綺麗なお顔でとんでもない爆弾を投げなかったかこの人。
「私と……ですか?」
「ええそうよ」
「な、なにゆえ……」
「まあ理由はなんでもいいじゃない?」
私にとっては全く良くないのですが。
という言葉を飲み込み、一度何とか冷静になって今の状況を考えてみる。
遠くから見つめて、せいぜい挨拶くらいしか出来なかった、でもずっとお近づきになりたかった存在が目の前にいるのだ。これは私にとっては至高の時でしかない。
が、しかし。
(これって、違反になるのだろうか……)
頭をよぎるあの時の烏末さんの笑顔に、思わず身震いをする。あれは本当に怖かった。
でも、話しかけてきたのはお姉様の方だし、不可抗力ってことでダメでしょうか烏末さん。
そもそもお姉様はなぜ私に話しかけてきたのだろうか。単純な興味なのか、それとも。
──出入りする社員の風貌からして、きっとここは「普通」じゃない
最悪消されるな……と死んだ目になったのも仕方ないと思う。さよなら私の平穏()な日々…。
「Kitty?」
「あの、お話したいのは私の切実な願いでもあるのですが、実は雇い主の人からあまり社員と話すなと言われていまして……」
「雇い主……、ねぇそれって誰のこと?」
「それも話すなと……」
「ふぅん、随分と用意周到だこと。貴女も厄介な人に好かれたものね可哀想に」
なんかすごく不穏なことを言われた気もしなくもないような。聞かなかったことにしたい。とりあえず愛想笑いで何とか誤魔化した。
「仕方ないわね、また機会を改めるわ」
嫌ですもっとお話させてください、あぁもう恨みますよ烏末さん……!
先程まで烏末さんを恐れてたとは思えない手のひら返しっぷりで、口にはせずに彼に怨念を飛ばしてやった。美女との時間には変えられないものがあるんです。
「で、でも私も貴女とずっとお話してみたかったので!本当に嬉しかったんです!」
このままお別れは嫌だったので本心を半ば叫ぶように言う。この際自分がどう見られてるかなんてどうでもいい。せめて、ちょろっとでも記憶に残ってくれればこれ以上願うことは無いのだ。
「ふふ、知っていたわ。来る度に熱い視線を送ってくれてたものね?」
あー、ほら、もう手遅れみたいです。
送ってましたよそりゃもう熱烈なやつを。
「気付いてましたか……」
「あれだけ分かりやすければ、すぐ気付くわ」
「すみません不躾に……!」
「いいのよ、私も悪い気はしなかったもの。それに……」
急に距離を詰められ、人差し指でするりと唇をなぞられる。
「こんなに可愛くていじらしい子猫ちゃんに見つめられたら、手を出さずにはいられないでしょう……?」
「ひゃ……」
やっぱり。これハニトラだ。俗に言うハニトラだ。だってもう頭働かないもん。無理。これはダメだって。ワタシワルクナイ。
昨日の銀髪の彼といい、揃いも揃って私を殺しに来てる。きっとそうだ。私の平穏なバイト生活を崩しに来てるんだ。それか私を怪しんで試しているんだ。ちゃんとしないと全部持ってかれる。ちゃんとしろ私、仕事を全うしないと収入無くなるぞ!
「お姉様……」
ナンテコッタ。それはあかん。
目の前でお美しい顔が驚愕の色を浮かべてる。明らかに「は?」って顔してる。
後悔先に立たず。口から出た言葉にザァッと血の気が引いていく感覚。私は両手で顔を隠して俯いた。いやこれはダメだ恥ずかしすぎる痛すぎるいっそ殺して欲しい。
しかし数秒後、静かな笑いが上から降ってきた。
「ふふ、あははっ、貴女、気に入ったわ……んふふっ」
美女は腹を抱えて笑っても絵になるのかと働かない頭でぼんやりと思った。
お姉様の中で私の印象が「ヤバい子」とか「面白い子」とか定まってしまった感が否めないがもう知らない。どんな印象でも覚えててくれればいいやもう、と小さく頭を振った。
「はー、笑ったわ。ねぇKitty、私やっぱり貴女とお話したいわ。雇い主には私から言っておくから、今度もっとお話しましょ?」
「え、あ、いいんですか……?」
「いいわよ、それに自慢にもなるしね……」
「自慢?」
「いいえ、こっちの話。それとお姉様と呼ばれるのも悪くないけど、出来たら"ベル姉"って呼んでくれない?」
「いいんですか!!!???」
「えぇ、いいわよ。むしろそうしてちょうだい」
なんとこんなタイミングで、名前(あだ名?)をゲットしてしまった。どうしよう、幸福感でどうにかなってしまいそうだ。先程までの虚無感が吹き飛んで脳内が綺麗なお花畑で埋まっていく。ちょろいなと自分でも思うが日頃頑張っているご褒美だと思って有難く受け取ろう。
──じゃあね、Kitty
そう言って颯爽と去っていく背中を手を振って見送る。心臓止まるかと思った。疲労感が尋常じゃない。でも幸せなのでもうなぜこうなったかは考えないことにした。
「――やば、掃除全然してない」
慌ててモップを握り直し、時間内に清掃を終わらせるべく気合をいれた。
不定期の楽しみである銀髪の彼を眺める日を活力に、毎日汗水を……たらすほどの仕事ではないが、精を出している。
この仕事をするにあたっての条件「出入りする社員には無闇やたらに話しかけないこと」をしっかりと守りつつ、今日も私はモップを担ぎ清掃場所に向かう……
はずだったのだが。
「Hi, Kitty?」
いる。
私が日々お姉様と心の中で呼んでいるお方が、何故かそこにいた。
私の方を見て妖艶に笑うその姿に目眩がした。思考が鈍る前に、なんとか言葉を絞り出す。
「あの…キティって…」
「あら、貴女以外に誰がいるのかしら?」
「ひぇ…美の暴力…」
「え?」
「ごめんなさいなんでもないです」
「そう?まあいいわ。私貴女とずっと話をしたかったの」
思考停止。イマナント。
綺麗なお顔でとんでもない爆弾を投げなかったかこの人。
「私と……ですか?」
「ええそうよ」
「な、なにゆえ……」
「まあ理由はなんでもいいじゃない?」
私にとっては全く良くないのですが。
という言葉を飲み込み、一度何とか冷静になって今の状況を考えてみる。
遠くから見つめて、せいぜい挨拶くらいしか出来なかった、でもずっとお近づきになりたかった存在が目の前にいるのだ。これは私にとっては至高の時でしかない。
が、しかし。
(これって、違反になるのだろうか……)
頭をよぎるあの時の烏末さんの笑顔に、思わず身震いをする。あれは本当に怖かった。
でも、話しかけてきたのはお姉様の方だし、不可抗力ってことでダメでしょうか烏末さん。
そもそもお姉様はなぜ私に話しかけてきたのだろうか。単純な興味なのか、それとも。
──出入りする社員の風貌からして、きっとここは「普通」じゃない
最悪消されるな……と死んだ目になったのも仕方ないと思う。さよなら私の平穏()な日々…。
「Kitty?」
「あの、お話したいのは私の切実な願いでもあるのですが、実は雇い主の人からあまり社員と話すなと言われていまして……」
「雇い主……、ねぇそれって誰のこと?」
「それも話すなと……」
「ふぅん、随分と用意周到だこと。貴女も厄介な人に好かれたものね可哀想に」
なんかすごく不穏なことを言われた気もしなくもないような。聞かなかったことにしたい。とりあえず愛想笑いで何とか誤魔化した。
「仕方ないわね、また機会を改めるわ」
嫌ですもっとお話させてください、あぁもう恨みますよ烏末さん……!
先程まで烏末さんを恐れてたとは思えない手のひら返しっぷりで、口にはせずに彼に怨念を飛ばしてやった。美女との時間には変えられないものがあるんです。
「で、でも私も貴女とずっとお話してみたかったので!本当に嬉しかったんです!」
このままお別れは嫌だったので本心を半ば叫ぶように言う。この際自分がどう見られてるかなんてどうでもいい。せめて、ちょろっとでも記憶に残ってくれればこれ以上願うことは無いのだ。
「ふふ、知っていたわ。来る度に熱い視線を送ってくれてたものね?」
あー、ほら、もう手遅れみたいです。
送ってましたよそりゃもう熱烈なやつを。
「気付いてましたか……」
「あれだけ分かりやすければ、すぐ気付くわ」
「すみません不躾に……!」
「いいのよ、私も悪い気はしなかったもの。それに……」
急に距離を詰められ、人差し指でするりと唇をなぞられる。
「こんなに可愛くていじらしい子猫ちゃんに見つめられたら、手を出さずにはいられないでしょう……?」
「ひゃ……」
やっぱり。これハニトラだ。俗に言うハニトラだ。だってもう頭働かないもん。無理。これはダメだって。ワタシワルクナイ。
昨日の銀髪の彼といい、揃いも揃って私を殺しに来てる。きっとそうだ。私の平穏なバイト生活を崩しに来てるんだ。それか私を怪しんで試しているんだ。ちゃんとしないと全部持ってかれる。ちゃんとしろ私、仕事を全うしないと収入無くなるぞ!
「お姉様……」
ナンテコッタ。それはあかん。
目の前でお美しい顔が驚愕の色を浮かべてる。明らかに「は?」って顔してる。
後悔先に立たず。口から出た言葉にザァッと血の気が引いていく感覚。私は両手で顔を隠して俯いた。いやこれはダメだ恥ずかしすぎる痛すぎるいっそ殺して欲しい。
しかし数秒後、静かな笑いが上から降ってきた。
「ふふ、あははっ、貴女、気に入ったわ……んふふっ」
美女は腹を抱えて笑っても絵になるのかと働かない頭でぼんやりと思った。
お姉様の中で私の印象が「ヤバい子」とか「面白い子」とか定まってしまった感が否めないがもう知らない。どんな印象でも覚えててくれればいいやもう、と小さく頭を振った。
「はー、笑ったわ。ねぇKitty、私やっぱり貴女とお話したいわ。雇い主には私から言っておくから、今度もっとお話しましょ?」
「え、あ、いいんですか……?」
「いいわよ、それに自慢にもなるしね……」
「自慢?」
「いいえ、こっちの話。それとお姉様と呼ばれるのも悪くないけど、出来たら"ベル姉"って呼んでくれない?」
「いいんですか!!!???」
「えぇ、いいわよ。むしろそうしてちょうだい」
なんとこんなタイミングで、名前(あだ名?)をゲットしてしまった。どうしよう、幸福感でどうにかなってしまいそうだ。先程までの虚無感が吹き飛んで脳内が綺麗なお花畑で埋まっていく。ちょろいなと自分でも思うが日頃頑張っているご褒美だと思って有難く受け取ろう。
──じゃあね、Kitty
そう言って颯爽と去っていく背中を手を振って見送る。心臓止まるかと思った。疲労感が尋常じゃない。でも幸せなのでもうなぜこうなったかは考えないことにした。
「――やば、掃除全然してない」
慌ててモップを握り直し、時間内に清掃を終わらせるべく気合をいれた。