一生飼われる覚悟。
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目が覚めたらジンさんが目の前にいたらいいのに。私は確かにそう思っていた。
思っていた、のだが。
「へぁ……?」
実際にそうなると、私は変な声しかあげられないようになるらしい。
心地よい鳥のさえずりで目を覚ました私の視界に入ったのは、あれほど待ち焦がれた人のご尊顔だった。しかも、寝顔。
「なんで……?」
あげそうになった悲鳴は頑張って飲み込んだ。残念ながら喜びは二の次だった。とにかく状況を理解しようと体を起こしたのだが、むしろさらに混乱してしまった。
明らかに病室じゃない部屋。だけど見覚えがある、いやありすぎる部屋はどう見ても、私の家の自室だった。机やクローゼットの配置、置いてある物、全てそのまま。もちろん退院した記憶も、連れてこられた記憶もない。
何がどうなっているんだ、と斜め下を見れば、やはり片腕を枕に目を閉じたままのジンさんがいて。
ああなんだ、夢か。きっとそうに違いない。現実の私はまだ病院で寝ているはずだし。
そう思って私はもう一度ベッドに仰向けになった。そのまま横を向いて、これがチャンスとばかりにジンさんの寝顔をまじまじと見る。顔の整った人は寝顔まで整っているらしく、比喩無しに目が焼けそう。
なんて都合のいい夢なのだろう。触れられる距離に彼がいるなんて。
私はなるべく音を立てずに彼の胸元まで近付いた。起きませんようにと、自分の夢の中だというのに願いながら力を入れないように静かに抱きつく。肌から伝わる温もりに、涙が込み上げてくるのを瞼をぎゅっと閉じて何とか堪えた。
「……夢じゃなきゃいいのにな」
「なら、確かめてみるか?」
すぐ側で聞こえた低い声。驚いて、反射的に彼の体から離れると、ばっちりとモスグリーンの瞳と目が合った。
「あ、お、起きっ」
「端っから寝てねぇ」
「ってか、ゆ、夢」
「まだ寝惚けてんのか」
綺麗に放たれた舌打ちに、ああジンさんだ……と感傷に浸っていたのを遮るように頬に激痛が走る。ジンさんが私の頬をつねったのだ。
「いったぁ!?……え」
確かに鈍い痛みが残っている。ということは夢ではないのだろうか。頬を押さえ、とりあえず距離を取ろうとした私の足に、逃がさないとばかりに彼の足が巻きついた。
「あっ……」
「あとは、テメェで思い知るんだな」
ジンさんはそう言うと、指をくいと曲げ私を招く。
「……来い、Kitty」
弾かれるようにその胸に飛び込んだ。
少し前に抱きついた時と違って、強く強く抱きしめ返される。しっかりと感じる体温と匂いと、心臓の鼓動。五感全てが、彼がここにいることを、現実だということを伝えてくる。
今度こそ涙はとめどなく溢れて、嗚咽の中で何度もジンさん、と名前を呼んだ。そんな私に何を言うでもなく、彼は私の背中を撫でてくれた。
やがて少しずつ涙が止まり始めた頃、ジンさんは人差し指で私の顎を掬い、視線を合わせてきた。泣き腫らしてぐちゃぐちゃな私の顔を見て、彼は喉奥で笑っていた。
「イイ子でいた褒美だ」
そう言ったジンさんの声は、今まで聞いた事ないくらいに優しいのに、その表情は酷く愉しげで。呆気に取られているうちに、私は唇を奪われていた。
紛うことなきファーストキスは、かなりしょっぱかった。
それからの私はされるがままだった。
喉元をずっと擽られたり、体勢を変えて後ろから抱き枕よろしく抱きしめられたり。若干遊ばれているようにも思えたけど、私も何故か頭が上手く回らなかったので、ジンさんあったかいな……位のことしか考えていなかった。
ただ、体勢を変えたおかげか部屋の様子がしっかりと視界に入るようになっていた。私が寝てる間に家に連れてきてくれたのかな、なんて思ったのだが。
「……ん?」
はて、この部屋は、こんなに大きかっただろうか。
そもそも私のベットは、ジンさんのような大きな男の人が寝転がって余裕があるほど広くはなかったはず。
小さな違和感も、集まると確信となっていった。
「ジンさん」
「何だ」
「ここ、私の部屋ですよね」
「あぁ」
「それにしては、すごく広く見えるんですよ」
「……お前の家じゃないからな」
「……????」
会話というのはこんなにも難解なものだったのか。
首を傾げた私に、ジンさんはひとつ舌打ちをすると、のそりと起き上がってすぐ側のカーテンを勢いよく開けた。同じく体を起こそうとした私を待っていられないと言わんばかりに片手で抱き上げると、さえぎるものが無くなった窓の前に立つ。
そして眼前に広がった光景に、私は思わず絶句してしまった。そこには、私が慣れ親しんだ街の風景など欠片もなかった。
「あそこに見えるビル……あれが新しい拠点だ」
「……………はい??」
「そしてここは俺の根城の一つだ。お前にもここに住んでもらう」
理解させる気がそもそもないと言われた方がまだ納得できるくらいではないだろうか。1ミリも受け入れられずにはてなマークを飛ばしまくる私に、ジンさんは若干苛立った様子だった。何故理解できないんだコイツは、そう言いたげな目である。理不尽では?
「烏末の野郎から聞いてねぇのか?」
「あのビルがダメになったから移転するってことは聞きましたけど……」
「その移転先が今見えてるビルだ。お前の実家からは距離があったからな、近場のこの家にお前を住まわせることになった」
そう説明すると、ジンさんは私を抱えたまま家の中をまわりだした。私の同意はどこへ、というか降ろして欲しい。だが、「あのとりあえずおろ」まで発音したところで投げられた鋭い眼光に、私はきゅっと口を結び彼の首に慎重に腕を回すことになった。理不尽続きである。
そのままジンさんの部屋から浴室、玄関と案内をされその度に軽い説明を受ける。実家とは全く間取りも違うが、広さとしては同じくらいの綺麗な家という印象だった。もうこの状況に関して考える元気すらなくなった私は、これが不動産屋にアパートを紹介される人の気持ちかぁなどと考えることでなんとか正気を保っていた。
しかし、ぼーっとしていた頭はある部屋に入った瞬間に、覚めることになる。
「ここがリビングだ」
ジンさんが扉を開けた時から圧倒的な既視感に襲われた。
見覚えのあるテーブルやソファー、テレビ。それらの配置。部屋の雰囲気。
その全てが。
「私の家……」
はっとジンさんを見上げると、得意げに鼻を鳴らしていた。
「お気に召したか?Kitty」
「これ、ジンさんが……?」
「お前が入院している間にな……ここと自室の方もあの家にあった物をそのまま持ってきただけだ。元々何もない部屋だったからな」
まさか、入院中ジンさんが一切顔を見せなかったのはこのためだったのだろうか。そういえば私の部屋だと言っていた所も、実家での自室そのままだった。たった数日でここまでするのは、絶対に大変だったはず。その行動の意図が見えず、押し黙った私をジンさんはソファーに降ろした。
「どうして、ここまで……」
「ハッ……お前は自分が言ったことも忘れたのか?」
後ろから聞こえた声に、いつの間にかジンさんが背もたれの向こう、自分の真後ろに
立っていたことに気付いた。そのまま後ろから伸ばされた無骨な手が首元に触れて、思わずぎゅっと目を瞑る。すると、小さな圧迫感が首にまわった。目の前のテレビの黒い画面に反射した姿を見ると、どうやらチョーカーらしきものをつけられたようだった。
――それはまるで、首輪のような。
「『飼い主なら、責任もって』……だったか?」
「ほあ゙ッ!!??!?」
絶叫に近い声をあげる。今まですっかり忘れていた、倒れる直前の恨み言。聞かれてた?というか口に出してた?
どうやら、雲行きは非常に怪しいみたいだ。
「地下への扉を開けておいたのは俺だ。その場でお前を待っていたが、出てくるなり倒れたお前を助け起こそうとしたところであの台詞だ、忘れられるワケねぇだろ?」
「いやぁ、あれはですね、その、」
「俺なりに手は尽くしてきたつもりだったんだがなぁ……まさかああ言わせてしまうとは」
「あの、決してジンさんを貶めようとかそういったつもりは」
「別にお前を責めちゃいねぇよ……ただ、もう二度と同じような台詞を吐く気も失せるよう、わからせてやるだけだ」
ジンさんに責任があるかのような口ぶりなのに、何故こうも私の逃げ道が塞がれていく感覚が拭えないのだろうか。
彼の長く冷たい指が、チョーカーもとい首輪を掠める。
「俺のものである証だ。ああ、外してくれるなよ......例えお前がいなくなってもそれがあれば見つけ出せるからな」
目印、って意味ですよね。中心にある宝石のような手触りのそこに何かが埋め込まれてたりしないですよね。なんて聞きたかったが言えるはずもなかった。
「ところでKitty、お前はこうも言ったな」
首輪をいじっていたはずのジンさんの両手が私の頬に触れる。そのままぐいと上を向かされると、覗き込んできたジンさんの瞳に囚われた。途端に、呼吸すらも許されないくらいの威圧感と恐ろしさに襲われ、体が固まる。
「『最後まで』、責任もって飼え……だったか」
ああもう本当に、なんてことを口にしていたのだろうか、あの時の私は。
けれど、どこかで歓喜している自分がいる。彼の次の言葉を、今か今かと待ちわびる自分がいる。
ジンさんの瞳の奥に見えるどろりとした執着心が私の幻覚ではないのなら、炎と暗闇の中走った私の判断はきっと正しい。そう思えるから。
言葉を発するためジンさんの唇が開かれるのを、少しも見逃すまいと私はひたすらに彼を見つめ返していた。
「――一生、飼われる覚悟はあるか?」
どくりと心臓が脈打つ。
ずっと考えていた。恋と呼ぶには濁っていて、恐怖と呼ぶには甘すぎる。離れてしまうとすぐに、置いていかれないかと不安になる。この感情が一体何なのか。
もう認めるべきなんだろう。ヒトだろうがネコだろうが、何だろうが。ジンさんが、交わることのない危険な世界の住人だろうが。それら全てをかなぐり捨ててでも、共にいたい。隣にいさせて欲しい。
覚悟はとっくに決まっていた。それでも、何となく、ただ「はい」って答えるのは嫌で。
頬に当てられた手に被せるように、自分の両手を持っていく。
そして、口を開いた。
「――一生、飼ってくれるんですか?」
ジンさんの目が見開かれたように見えたのも束の間。狂気すら感じるほどの深い笑みを浮かべたジンさんに、気付けば私は横抱きにされていた。
向かった先は目が覚めたときにもいた部屋。ベッドに放られると、悲鳴を上げる間もなく、噛みつくようなキスの嵐が待っていた。差し込まれた熱い舌が口内を蹂躙してくる。先程のキスがいかに手加減されていたか。この身で思い知ることになった。
「忘れるなよ、Kitty」
耳に直接吹き込まれる低音に、くらりとする。
「飼い主は、俺だけだ……お前を雇った野郎でも、あの女でもねぇ」
多幸感からか、それとも疲労感からか意識がだんだんと曖昧になってくる。それをなんとか保とうと、必死に目の前の服を掴もうとして、その手をジンさんに絡め取られた。
「あとは、お前の行動で示すんだな……ああ、この先一度でも間違えれば……」
瞼が勝手に閉じていく。触れられる手も、遠くなっていく彼の声も、もう怖さなんてどこにもなくて、ただただ温かかった。
一番大事であろうところを聞けないまま、すっと意識が途切れる。
でも、間違えようもないと思う。きっと。
だって私は、もうとっくにジンさんなしでは生きていけないくらい、深く深く染まってしまったのだから。
思っていた、のだが。
「へぁ……?」
実際にそうなると、私は変な声しかあげられないようになるらしい。
心地よい鳥のさえずりで目を覚ました私の視界に入ったのは、あれほど待ち焦がれた人のご尊顔だった。しかも、寝顔。
「なんで……?」
あげそうになった悲鳴は頑張って飲み込んだ。残念ながら喜びは二の次だった。とにかく状況を理解しようと体を起こしたのだが、むしろさらに混乱してしまった。
明らかに病室じゃない部屋。だけど見覚えがある、いやありすぎる部屋はどう見ても、私の家の自室だった。机やクローゼットの配置、置いてある物、全てそのまま。もちろん退院した記憶も、連れてこられた記憶もない。
何がどうなっているんだ、と斜め下を見れば、やはり片腕を枕に目を閉じたままのジンさんがいて。
ああなんだ、夢か。きっとそうに違いない。現実の私はまだ病院で寝ているはずだし。
そう思って私はもう一度ベッドに仰向けになった。そのまま横を向いて、これがチャンスとばかりにジンさんの寝顔をまじまじと見る。顔の整った人は寝顔まで整っているらしく、比喩無しに目が焼けそう。
なんて都合のいい夢なのだろう。触れられる距離に彼がいるなんて。
私はなるべく音を立てずに彼の胸元まで近付いた。起きませんようにと、自分の夢の中だというのに願いながら力を入れないように静かに抱きつく。肌から伝わる温もりに、涙が込み上げてくるのを瞼をぎゅっと閉じて何とか堪えた。
「……夢じゃなきゃいいのにな」
「なら、確かめてみるか?」
すぐ側で聞こえた低い声。驚いて、反射的に彼の体から離れると、ばっちりとモスグリーンの瞳と目が合った。
「あ、お、起きっ」
「端っから寝てねぇ」
「ってか、ゆ、夢」
「まだ寝惚けてんのか」
綺麗に放たれた舌打ちに、ああジンさんだ……と感傷に浸っていたのを遮るように頬に激痛が走る。ジンさんが私の頬をつねったのだ。
「いったぁ!?……え」
確かに鈍い痛みが残っている。ということは夢ではないのだろうか。頬を押さえ、とりあえず距離を取ろうとした私の足に、逃がさないとばかりに彼の足が巻きついた。
「あっ……」
「あとは、テメェで思い知るんだな」
ジンさんはそう言うと、指をくいと曲げ私を招く。
「……来い、Kitty」
弾かれるようにその胸に飛び込んだ。
少し前に抱きついた時と違って、強く強く抱きしめ返される。しっかりと感じる体温と匂いと、心臓の鼓動。五感全てが、彼がここにいることを、現実だということを伝えてくる。
今度こそ涙はとめどなく溢れて、嗚咽の中で何度もジンさん、と名前を呼んだ。そんな私に何を言うでもなく、彼は私の背中を撫でてくれた。
やがて少しずつ涙が止まり始めた頃、ジンさんは人差し指で私の顎を掬い、視線を合わせてきた。泣き腫らしてぐちゃぐちゃな私の顔を見て、彼は喉奥で笑っていた。
「イイ子でいた褒美だ」
そう言ったジンさんの声は、今まで聞いた事ないくらいに優しいのに、その表情は酷く愉しげで。呆気に取られているうちに、私は唇を奪われていた。
紛うことなきファーストキスは、かなりしょっぱかった。
それからの私はされるがままだった。
喉元をずっと擽られたり、体勢を変えて後ろから抱き枕よろしく抱きしめられたり。若干遊ばれているようにも思えたけど、私も何故か頭が上手く回らなかったので、ジンさんあったかいな……位のことしか考えていなかった。
ただ、体勢を変えたおかげか部屋の様子がしっかりと視界に入るようになっていた。私が寝てる間に家に連れてきてくれたのかな、なんて思ったのだが。
「……ん?」
はて、この部屋は、こんなに大きかっただろうか。
そもそも私のベットは、ジンさんのような大きな男の人が寝転がって余裕があるほど広くはなかったはず。
小さな違和感も、集まると確信となっていった。
「ジンさん」
「何だ」
「ここ、私の部屋ですよね」
「あぁ」
「それにしては、すごく広く見えるんですよ」
「……お前の家じゃないからな」
「……????」
会話というのはこんなにも難解なものだったのか。
首を傾げた私に、ジンさんはひとつ舌打ちをすると、のそりと起き上がってすぐ側のカーテンを勢いよく開けた。同じく体を起こそうとした私を待っていられないと言わんばかりに片手で抱き上げると、さえぎるものが無くなった窓の前に立つ。
そして眼前に広がった光景に、私は思わず絶句してしまった。そこには、私が慣れ親しんだ街の風景など欠片もなかった。
「あそこに見えるビル……あれが新しい拠点だ」
「……………はい??」
「そしてここは俺の根城の一つだ。お前にもここに住んでもらう」
理解させる気がそもそもないと言われた方がまだ納得できるくらいではないだろうか。1ミリも受け入れられずにはてなマークを飛ばしまくる私に、ジンさんは若干苛立った様子だった。何故理解できないんだコイツは、そう言いたげな目である。理不尽では?
「烏末の野郎から聞いてねぇのか?」
「あのビルがダメになったから移転するってことは聞きましたけど……」
「その移転先が今見えてるビルだ。お前の実家からは距離があったからな、近場のこの家にお前を住まわせることになった」
そう説明すると、ジンさんは私を抱えたまま家の中をまわりだした。私の同意はどこへ、というか降ろして欲しい。だが、「あのとりあえずおろ」まで発音したところで投げられた鋭い眼光に、私はきゅっと口を結び彼の首に慎重に腕を回すことになった。理不尽続きである。
そのままジンさんの部屋から浴室、玄関と案内をされその度に軽い説明を受ける。実家とは全く間取りも違うが、広さとしては同じくらいの綺麗な家という印象だった。もうこの状況に関して考える元気すらなくなった私は、これが不動産屋にアパートを紹介される人の気持ちかぁなどと考えることでなんとか正気を保っていた。
しかし、ぼーっとしていた頭はある部屋に入った瞬間に、覚めることになる。
「ここがリビングだ」
ジンさんが扉を開けた時から圧倒的な既視感に襲われた。
見覚えのあるテーブルやソファー、テレビ。それらの配置。部屋の雰囲気。
その全てが。
「私の家……」
はっとジンさんを見上げると、得意げに鼻を鳴らしていた。
「お気に召したか?Kitty」
「これ、ジンさんが……?」
「お前が入院している間にな……ここと自室の方もあの家にあった物をそのまま持ってきただけだ。元々何もない部屋だったからな」
まさか、入院中ジンさんが一切顔を見せなかったのはこのためだったのだろうか。そういえば私の部屋だと言っていた所も、実家での自室そのままだった。たった数日でここまでするのは、絶対に大変だったはず。その行動の意図が見えず、押し黙った私をジンさんはソファーに降ろした。
「どうして、ここまで……」
「ハッ……お前は自分が言ったことも忘れたのか?」
後ろから聞こえた声に、いつの間にかジンさんが背もたれの向こう、自分の真後ろに
立っていたことに気付いた。そのまま後ろから伸ばされた無骨な手が首元に触れて、思わずぎゅっと目を瞑る。すると、小さな圧迫感が首にまわった。目の前のテレビの黒い画面に反射した姿を見ると、どうやらチョーカーらしきものをつけられたようだった。
――それはまるで、首輪のような。
「『飼い主なら、責任もって』……だったか?」
「ほあ゙ッ!!??!?」
絶叫に近い声をあげる。今まですっかり忘れていた、倒れる直前の恨み言。聞かれてた?というか口に出してた?
どうやら、雲行きは非常に怪しいみたいだ。
「地下への扉を開けておいたのは俺だ。その場でお前を待っていたが、出てくるなり倒れたお前を助け起こそうとしたところであの台詞だ、忘れられるワケねぇだろ?」
「いやぁ、あれはですね、その、」
「俺なりに手は尽くしてきたつもりだったんだがなぁ……まさかああ言わせてしまうとは」
「あの、決してジンさんを貶めようとかそういったつもりは」
「別にお前を責めちゃいねぇよ……ただ、もう二度と同じような台詞を吐く気も失せるよう、わからせてやるだけだ」
ジンさんに責任があるかのような口ぶりなのに、何故こうも私の逃げ道が塞がれていく感覚が拭えないのだろうか。
彼の長く冷たい指が、チョーカーもとい首輪を掠める。
「俺のものである証だ。ああ、外してくれるなよ......例えお前がいなくなってもそれがあれば見つけ出せるからな」
目印、って意味ですよね。中心にある宝石のような手触りのそこに何かが埋め込まれてたりしないですよね。なんて聞きたかったが言えるはずもなかった。
「ところでKitty、お前はこうも言ったな」
首輪をいじっていたはずのジンさんの両手が私の頬に触れる。そのままぐいと上を向かされると、覗き込んできたジンさんの瞳に囚われた。途端に、呼吸すらも許されないくらいの威圧感と恐ろしさに襲われ、体が固まる。
「『最後まで』、責任もって飼え……だったか」
ああもう本当に、なんてことを口にしていたのだろうか、あの時の私は。
けれど、どこかで歓喜している自分がいる。彼の次の言葉を、今か今かと待ちわびる自分がいる。
ジンさんの瞳の奥に見えるどろりとした執着心が私の幻覚ではないのなら、炎と暗闇の中走った私の判断はきっと正しい。そう思えるから。
言葉を発するためジンさんの唇が開かれるのを、少しも見逃すまいと私はひたすらに彼を見つめ返していた。
「――一生、飼われる覚悟はあるか?」
どくりと心臓が脈打つ。
ずっと考えていた。恋と呼ぶには濁っていて、恐怖と呼ぶには甘すぎる。離れてしまうとすぐに、置いていかれないかと不安になる。この感情が一体何なのか。
もう認めるべきなんだろう。ヒトだろうがネコだろうが、何だろうが。ジンさんが、交わることのない危険な世界の住人だろうが。それら全てをかなぐり捨ててでも、共にいたい。隣にいさせて欲しい。
覚悟はとっくに決まっていた。それでも、何となく、ただ「はい」って答えるのは嫌で。
頬に当てられた手に被せるように、自分の両手を持っていく。
そして、口を開いた。
「――一生、飼ってくれるんですか?」
ジンさんの目が見開かれたように見えたのも束の間。狂気すら感じるほどの深い笑みを浮かべたジンさんに、気付けば私は横抱きにされていた。
向かった先は目が覚めたときにもいた部屋。ベッドに放られると、悲鳴を上げる間もなく、噛みつくようなキスの嵐が待っていた。差し込まれた熱い舌が口内を蹂躙してくる。先程のキスがいかに手加減されていたか。この身で思い知ることになった。
「忘れるなよ、Kitty」
耳に直接吹き込まれる低音に、くらりとする。
「飼い主は、俺だけだ……お前を雇った野郎でも、あの女でもねぇ」
多幸感からか、それとも疲労感からか意識がだんだんと曖昧になってくる。それをなんとか保とうと、必死に目の前の服を掴もうとして、その手をジンさんに絡め取られた。
「あとは、お前の行動で示すんだな……ああ、この先一度でも間違えれば……」
瞼が勝手に閉じていく。触れられる手も、遠くなっていく彼の声も、もう怖さなんてどこにもなくて、ただただ温かかった。
一番大事であろうところを聞けないまま、すっと意識が途切れる。
でも、間違えようもないと思う。きっと。
だって私は、もうとっくにジンさんなしでは生きていけないくらい、深く深く染まってしまったのだから。