一生飼われる覚悟。
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「やあ久しぶりだね。調子はどうかな?」
病室の扉を開けた人物は、ベッドの側の椅子に腰掛けながらそう言った。私は体を起こすと、軽く会釈をした。
「お久しぶりです、烏末さん。えと……、思ったより元気にしてます」
「それは何よりだ。けど、まだ大人しくしているんだよ。運ばれたときは油断ならない状態だったと聞いているからね。とにかく無事でよかった」
「はは……」
思わず乾いた笑いがでてしまった。無事で良かったと誰よりも思っているのは私自身だった。
――数日前、真っ白な部屋のベッドで目を覚ました私は、訪れた看護師に「ここがあの世ですか?」と聞いてしまったことで看護師達を大いに驚かせてしまった。何せ絶対に死んだと思っていたのだから仕方ないことだと主張したい。
しばらく目を覚まさなかった私が、起きるなりそんな発言をぶちかましたため、追加の検査やらなんやらで一時大慌てになったが、結果としてはあちこちに軽い火傷や打撲などの外傷はあるものの、一酸化炭素中毒による脳への影響はなかったらしい。お医者さんのその話を聞いて、私はようやく、生きていることをちゃんと実感し、同時に心の底から神様に感謝をした。
驚いたのはその後だった。どう助かったのか、そもそも誰が病院まで運んで色々と手配してくれたのか。気になった私が看護師さんに聞くと、ああ、と答えた。
「黒ずくめで……確か銀髪の男の人だったかしら。あなたを預けた後、うちの院長先生と話してるのを見たわ。知り合いみたいよ」
どうやら私はあの後ジンさんに助けられたようだ。その事実が嬉しかった。もう少し頑張って、意識を保っていれば良かったなんて思うくらいには。
ならば、入院中にジンさんに会えるかもしれない。そんな期待を抱いていたが、それよりも先に顔を見せたのは烏末さんの方だった。実は初めて会った時以来の対面だったため、こちらも驚いたが。
「すまないね、こんな厄介事に巻き込んでしまって……こちらの不手際のせいで危ない目に遭わせてしまった」
「いえいえ、この通りピンピンしてますし大丈夫です!ただその……不手際って?」
疑問に思ったことをふと口に出すと、烏末さんはその言葉を待ってましたと言わんばかりにずいと体を乗り出してきた。
「そうなんだよ聞いてくれるかい!?全く、うちのむの……ウンンッ馬鹿な部下共がねぇ……」
(無能って言いたかったのかなぁ……)
烏末さんの大分本音が混じったマシンガントークから何とか聞き取れたことをまとめると、あのビルの爆発は会社に恨みを持った烏末さんの元部下達が腹いせに起こしたことらしい。何やら聞こえちゃいけないようなワードが多々あったがそこは聞かなかったことにした。
――いや、そうしたかったが出来なかった。知らないふりをするには遅すぎたから。
あの時の、全てを飲み込まんと燃える炎がフラッシュバックする。烏末さんの口から語られる、まるでドラマか何かのような言葉の羅列も、全て真実なのだと改めて思い知る。
「……怖かったかい」
「えっ?」
急に話を止めた烏末さんの視線の先には、私の両手があった。気付かないうちに手元のシーツを強く握っていたようで、大きくシワがついていた。
「無理もない。あんな危険な状況、普通に生きてれば経験なんてしないだろう」
「……」
「――だけど、君は逃げなかった」
はっと烏末さんを見る。先程までの緩い雰囲気が嘘かのように、彼は真剣な表情をしていた。
「消防や警察に助けてもらうことも、自力で脱出することも君には出来た。なのに、君はそれから逃げるようにわざわざ危険な方へ向かった。一体何故?」
烏末さんはあたかもその場で見ていたかのように、その時の私の行動を口にした。そのことに疑問と若干の恐怖を抱きながらも、彼の鋭い視線にそれを問うことは出来なかった。
だけど、それに対する答えは確かにあった。ひどく幼稚で単純な答えだけど、入院中どれだけ考えてもこれ以外の言葉は見つからなかった。ただ、それを素直に口にだしてもいいものか。
言葉に詰まった私に、烏末さんはふっと表情を緩めた。
「いや、口に出す必要はないよ。君の中で明確な答えがあるならね」
にこやかにしていても、その目の奥には底冷えするような何かがある。全てを見透かしたような言葉に私は、『奴以上に気を付けるべきはない』というジンさんの言葉を思い出していた。
「……馬鹿ですよね、私」
「そうだね。それを私に聞いてしまうあたりも、ね」
「うっ」
「だからこそ」
そう言うと、烏末さんはぽんと私の頭に手を乗せてきた。
「だからこそ、可愛がりたくなるのさ。我々のような人間はね」
何を言っているのかわからず目をパチクリしてしまったが、そのうちに烏末さんは何かを思い出したのかおっと、と声を上げた。
「そうだ、君に話したいことがあったのを忘れていたよ」
「話、ですか」
「うん。”お願い”、と言った方がいいか。君もわかっているとは思うけど、もうあのビルは使えないからね…元々そろそろ移転しようと思っていたところだから、爆発もタイミングとしてはちょうど良かったわけなのだけれど」
「チョウドヨカッタ……」
あの爆発をちょうど良かったと言える目の前の人物はやはりすごい人なのだろう。悪い意味で。
「その移転先で、ぜひ君にやって欲しいことがあってね」
「えっ、私も新しいところに行っていいんですか?」
「もちろんだよ。むしろ連れていかない方が、後々多方面で面倒なことになりそうだからね。……はい、これに目を通してくれ」
そう言いながら、烏末さんは1枚の書類を私に手渡した。その中身を軽く読んだ私は、思わず彼の顔を凝視してしまった。私の驚きを察したのか、彼は悪戯を思いついた子供のようににやっと笑った。
「君にはまだ、"みんなのKitty"でいて欲しくてね」
――――――――――――
「……はい、確かに。じゃあ、これは預かるね」
たった今サインをし終えた、突っ込みどころ満載の契約書が烏末さんの黒いかばんに吸い込まれていく。勢いでサインをしたが、後からじわじわと不安が募ってしまった。
「その、私に務まりますかね……」
「ぶっちゃけてしまえば、その場にいるだけでもいいんだけどねぇ」
「いや、さすがそれは」
「だろう? なら、ここら辺がいい落とし所なのさ」
「頑張ります……」
期待しているよ、と言って烏末さんが席を立つ。病室を出て行こうとする背中に、私は慌てて声をかけた。これだけは、今聞かなくてはならない気がする。
「あの、ジンさんって今どうしてますか」
「そうか言い忘れていたね。彼なら、今誰よりも忙しくしているはずだが……おや」
烏末さんはおもむろに自分の携帯を取り出し画面を見ると、フッと笑みをこぼした。
「近いうちに会えるはずだよ。そうだな……次に目が覚めたら、目の前にいたりしてね」
「はは、ありがとうございます」
私は笑いつつ今度こそ帰っていく烏末さんを見送った。
ジンさんに助けてくれたお礼を言いたかったが仕方ない。近いうちに会えそうなら、その時に言おう。
それにしても、目が覚めたら目の前に、なんて。烏末さんなりの冗談だろうけど、本当にそうならいいのに。そう思いながら、私は静かになった病室で大きく息を吐き、ベッドに身を預けた。
病室の扉を開けた人物は、ベッドの側の椅子に腰掛けながらそう言った。私は体を起こすと、軽く会釈をした。
「お久しぶりです、烏末さん。えと……、思ったより元気にしてます」
「それは何よりだ。けど、まだ大人しくしているんだよ。運ばれたときは油断ならない状態だったと聞いているからね。とにかく無事でよかった」
「はは……」
思わず乾いた笑いがでてしまった。無事で良かったと誰よりも思っているのは私自身だった。
――数日前、真っ白な部屋のベッドで目を覚ました私は、訪れた看護師に「ここがあの世ですか?」と聞いてしまったことで看護師達を大いに驚かせてしまった。何せ絶対に死んだと思っていたのだから仕方ないことだと主張したい。
しばらく目を覚まさなかった私が、起きるなりそんな発言をぶちかましたため、追加の検査やらなんやらで一時大慌てになったが、結果としてはあちこちに軽い火傷や打撲などの外傷はあるものの、一酸化炭素中毒による脳への影響はなかったらしい。お医者さんのその話を聞いて、私はようやく、生きていることをちゃんと実感し、同時に心の底から神様に感謝をした。
驚いたのはその後だった。どう助かったのか、そもそも誰が病院まで運んで色々と手配してくれたのか。気になった私が看護師さんに聞くと、ああ、と答えた。
「黒ずくめで……確か銀髪の男の人だったかしら。あなたを預けた後、うちの院長先生と話してるのを見たわ。知り合いみたいよ」
どうやら私はあの後ジンさんに助けられたようだ。その事実が嬉しかった。もう少し頑張って、意識を保っていれば良かったなんて思うくらいには。
ならば、入院中にジンさんに会えるかもしれない。そんな期待を抱いていたが、それよりも先に顔を見せたのは烏末さんの方だった。実は初めて会った時以来の対面だったため、こちらも驚いたが。
「すまないね、こんな厄介事に巻き込んでしまって……こちらの不手際のせいで危ない目に遭わせてしまった」
「いえいえ、この通りピンピンしてますし大丈夫です!ただその……不手際って?」
疑問に思ったことをふと口に出すと、烏末さんはその言葉を待ってましたと言わんばかりにずいと体を乗り出してきた。
「そうなんだよ聞いてくれるかい!?全く、うちのむの……ウンンッ馬鹿な部下共がねぇ……」
(無能って言いたかったのかなぁ……)
烏末さんの大分本音が混じったマシンガントークから何とか聞き取れたことをまとめると、あのビルの爆発は会社に恨みを持った烏末さんの元部下達が腹いせに起こしたことらしい。何やら聞こえちゃいけないようなワードが多々あったがそこは聞かなかったことにした。
――いや、そうしたかったが出来なかった。知らないふりをするには遅すぎたから。
あの時の、全てを飲み込まんと燃える炎がフラッシュバックする。烏末さんの口から語られる、まるでドラマか何かのような言葉の羅列も、全て真実なのだと改めて思い知る。
「……怖かったかい」
「えっ?」
急に話を止めた烏末さんの視線の先には、私の両手があった。気付かないうちに手元のシーツを強く握っていたようで、大きくシワがついていた。
「無理もない。あんな危険な状況、普通に生きてれば経験なんてしないだろう」
「……」
「――だけど、君は逃げなかった」
はっと烏末さんを見る。先程までの緩い雰囲気が嘘かのように、彼は真剣な表情をしていた。
「消防や警察に助けてもらうことも、自力で脱出することも君には出来た。なのに、君はそれから逃げるようにわざわざ危険な方へ向かった。一体何故?」
烏末さんはあたかもその場で見ていたかのように、その時の私の行動を口にした。そのことに疑問と若干の恐怖を抱きながらも、彼の鋭い視線にそれを問うことは出来なかった。
だけど、それに対する答えは確かにあった。ひどく幼稚で単純な答えだけど、入院中どれだけ考えてもこれ以外の言葉は見つからなかった。ただ、それを素直に口にだしてもいいものか。
言葉に詰まった私に、烏末さんはふっと表情を緩めた。
「いや、口に出す必要はないよ。君の中で明確な答えがあるならね」
にこやかにしていても、その目の奥には底冷えするような何かがある。全てを見透かしたような言葉に私は、『奴以上に気を付けるべきはない』というジンさんの言葉を思い出していた。
「……馬鹿ですよね、私」
「そうだね。それを私に聞いてしまうあたりも、ね」
「うっ」
「だからこそ」
そう言うと、烏末さんはぽんと私の頭に手を乗せてきた。
「だからこそ、可愛がりたくなるのさ。我々のような人間はね」
何を言っているのかわからず目をパチクリしてしまったが、そのうちに烏末さんは何かを思い出したのかおっと、と声を上げた。
「そうだ、君に話したいことがあったのを忘れていたよ」
「話、ですか」
「うん。”お願い”、と言った方がいいか。君もわかっているとは思うけど、もうあのビルは使えないからね…元々そろそろ移転しようと思っていたところだから、爆発もタイミングとしてはちょうど良かったわけなのだけれど」
「チョウドヨカッタ……」
あの爆発をちょうど良かったと言える目の前の人物はやはりすごい人なのだろう。悪い意味で。
「その移転先で、ぜひ君にやって欲しいことがあってね」
「えっ、私も新しいところに行っていいんですか?」
「もちろんだよ。むしろ連れていかない方が、後々多方面で面倒なことになりそうだからね。……はい、これに目を通してくれ」
そう言いながら、烏末さんは1枚の書類を私に手渡した。その中身を軽く読んだ私は、思わず彼の顔を凝視してしまった。私の驚きを察したのか、彼は悪戯を思いついた子供のようににやっと笑った。
「君にはまだ、"みんなのKitty"でいて欲しくてね」
――――――――――――
「……はい、確かに。じゃあ、これは預かるね」
たった今サインをし終えた、突っ込みどころ満載の契約書が烏末さんの黒いかばんに吸い込まれていく。勢いでサインをしたが、後からじわじわと不安が募ってしまった。
「その、私に務まりますかね……」
「ぶっちゃけてしまえば、その場にいるだけでもいいんだけどねぇ」
「いや、さすがそれは」
「だろう? なら、ここら辺がいい落とし所なのさ」
「頑張ります……」
期待しているよ、と言って烏末さんが席を立つ。病室を出て行こうとする背中に、私は慌てて声をかけた。これだけは、今聞かなくてはならない気がする。
「あの、ジンさんって今どうしてますか」
「そうか言い忘れていたね。彼なら、今誰よりも忙しくしているはずだが……おや」
烏末さんはおもむろに自分の携帯を取り出し画面を見ると、フッと笑みをこぼした。
「近いうちに会えるはずだよ。そうだな……次に目が覚めたら、目の前にいたりしてね」
「はは、ありがとうございます」
私は笑いつつ今度こそ帰っていく烏末さんを見送った。
ジンさんに助けてくれたお礼を言いたかったが仕方ない。近いうちに会えそうなら、その時に言おう。
それにしても、目が覚めたら目の前に、なんて。烏末さんなりの冗談だろうけど、本当にそうならいいのに。そう思いながら、私は静かになった病室で大きく息を吐き、ベッドに身を預けた。