一生飼われる覚悟。
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
清掃アルバイトにおしゃれは必要ない。
掃除をすればどう気をつけていても服は汚れてしまうからだ。だから、私もいつも通り、動きやすく汚れてもいい服に着替えたところだった。
だと言うのに、もう用はないはずのクローゼットの前から私は動けずにいる。
静かに開けると一番に目に入るのは、貯めていたお金で買ったいつもよりは少しだけおしゃれな服。普段は身につけないような、色や柄のブラウスとスカートだった。
私はそれらをじっと見つめると、
「……いやいやいや」
3秒で扉を閉めた。
なぜこんなものを買ってしまったのだろう。もちろん理由なんて一つしかなく、調子に乗っている自分がとにかく恥ずかしい。まだ何もしていないのに顔が火照ってきた気がした。
(久しぶりにジンさんに会えるからって、いくらなんでも……!)
軽率にも程があるが、この行動を「まあ普通だよ」とか「いや、それはちょっと」とか、評価してくれる人間は悲しいかな周りにはいない。
でも、このままタンスの肥やしになるのももったいない。自分が着たくて買ったんだから着なきゃダメでしょう。そんな拙い言い訳を思い浮かべて、服を引っ掴みバッグの中に詰め込んだ。いささか乱暴な形になったので流石にシワができたかもしれない。
そうこうしているうちに家を出る時間になっていた。玄関に向かおうとした足がピタリと止まる。そういえばテレビが付けっぱなしだった。
慌てて戻ると案の定、それは薄暗いリビングの中で煌々と光を放っていた。電源ボタンを押す直前に聞こえてきた言葉に、私は思わずテレビへと顔を向ける。
『 ――このように、捨てられたペット達を救おうと、日々ボランティア活動が行われ…』
ああ、最近よく見るニュースだ。私は眉をひそめた。画面から聞こえてくる動物たちの鳴き声は悲しみを直に訴えていて、胸が痛んだ。
『飼い主になったのであれば、最期の時まで責任ある行動をお願いしたいと――』
その通り、捨てるならはじめから飼わなければいいんだ、と大きく頷いたところで、しかしテレビを消した。これ以上は遅刻してしまう。
駆け足で玄関に向かい、誰もいない家の中へ行ってきますと言ってドアを開けた。外は快晴。高く上がった太陽が眩しくて、乾いた風が心地いい。
一瞬感じた胸騒ぎも、この爽やかな日差しにすぐにかき消えていった。
――――――――――――
掃除用具の入ったバケツがガラガラと音を立てる。その反響が大きく聞こえるほどに、ビルの中は静寂に包まれていた。いつもビルを出入りするいかついお方々の姿は、結局今日もなくて少し寂しい。
仕事用のガラケーで時計を確認すると、画面には指定された終了時間よりもまだ早い時間が表示されていた。けれど、もうロビーの床は鏡のように磨かれ、ゴミ1つ見えない。普通ならありえない掃除の速さに、本当に浮かれてしまっているんだなとわかって笑ってしまった。
(どうしよう、もうやることないし着替えて……早いけど地下の駐車場で待ってようかな)
なんて思考を飛ばしながら歩いていたからか、
「うわっ」
何かにぶつかって、尻もちをついてしまった。地味に痛い。持っていた掃除用具も見事に四方に飛んでいってしまっている。バケツに水が入ってなかったのがせめてもの救いだった。
「邪魔だクソが!」
「ご、ごめんなさ……っ」
頭上から降ってきた怒号に、私はぶつかったのが人だということに気付いた。恐る恐る見上げれば、全身真っ黒で明らかに『あちら側』な雰囲気を纏った男の人が2人。このビルを使っている人だということくらいは何となく分かるが、一人一人の顔まで覚えてる訳では無いので判別はできなかった。
だが、どちらも目は血走っていて息が荒い。これはまずいのではなかろうか。
「チッ……おい、人はいねぇんじゃなかったのかよ」
「どうする、やるか?」
男の一人が、胸ポケットに手を突っ込んで言った。ドラマでよく見るその動作に、バクバクと心臓が音を立てる。いかにもな格好の彼らが言うと、その「やる」はあの「殺る」にしか聞こえない。
すみません、わざとぶつかったんじゃないんです、と弁解したかったが、言葉を発することすら出来なくて、ボケっとしていた1分前の自分を呪った。
「いや……ここでやろうとやらまいと変わらねぇだろ……ずらかるぞ!」
しかし、彼らは互いに目を合わせ頷くと、意外にも腰を抜かしている私に何かをするでもなくバタバタと外へと走っていった。
「はぁー……」
去った嵐に深く息を吐く。こんなに緊張したのは久々だった。まだ心臓がうるさく鳴っている。
立ち上がって、散らばった掃除用具を集めようとしたところで、何か鼻につく臭いがして思わず顔を歪めた。
(煙の匂い? 花火みたいな……なんだろこれ)
さっきの人達とぶつかった胸あたりからする臭い。消臭スプレーが欲しくなるくらいに残って欲しくない臭いだ。あの人たちといいこれといい、どうやら本当についてない日なのかもしれない。
まあおかげで少し時間が潰れたし、あの服を着るだけの真っ当な理由もできた。ポジティブに捉えてしまおう。
そう気持ちを切り替え、今度こそロッカーのある方へ足を向けた、
そんな時だった。
耳を劈く轟音と、立っていられないほどの振動。
私の意識は、ここで一度途切れた。
掃除をすればどう気をつけていても服は汚れてしまうからだ。だから、私もいつも通り、動きやすく汚れてもいい服に着替えたところだった。
だと言うのに、もう用はないはずのクローゼットの前から私は動けずにいる。
静かに開けると一番に目に入るのは、貯めていたお金で買ったいつもよりは少しだけおしゃれな服。普段は身につけないような、色や柄のブラウスとスカートだった。
私はそれらをじっと見つめると、
「……いやいやいや」
3秒で扉を閉めた。
なぜこんなものを買ってしまったのだろう。もちろん理由なんて一つしかなく、調子に乗っている自分がとにかく恥ずかしい。まだ何もしていないのに顔が火照ってきた気がした。
(久しぶりにジンさんに会えるからって、いくらなんでも……!)
軽率にも程があるが、この行動を「まあ普通だよ」とか「いや、それはちょっと」とか、評価してくれる人間は悲しいかな周りにはいない。
でも、このままタンスの肥やしになるのももったいない。自分が着たくて買ったんだから着なきゃダメでしょう。そんな拙い言い訳を思い浮かべて、服を引っ掴みバッグの中に詰め込んだ。いささか乱暴な形になったので流石にシワができたかもしれない。
そうこうしているうちに家を出る時間になっていた。玄関に向かおうとした足がピタリと止まる。そういえばテレビが付けっぱなしだった。
慌てて戻ると案の定、それは薄暗いリビングの中で煌々と光を放っていた。電源ボタンを押す直前に聞こえてきた言葉に、私は思わずテレビへと顔を向ける。
『 ――このように、捨てられたペット達を救おうと、日々ボランティア活動が行われ…』
ああ、最近よく見るニュースだ。私は眉をひそめた。画面から聞こえてくる動物たちの鳴き声は悲しみを直に訴えていて、胸が痛んだ。
『飼い主になったのであれば、最期の時まで責任ある行動をお願いしたいと――』
その通り、捨てるならはじめから飼わなければいいんだ、と大きく頷いたところで、しかしテレビを消した。これ以上は遅刻してしまう。
駆け足で玄関に向かい、誰もいない家の中へ行ってきますと言ってドアを開けた。外は快晴。高く上がった太陽が眩しくて、乾いた風が心地いい。
一瞬感じた胸騒ぎも、この爽やかな日差しにすぐにかき消えていった。
――――――――――――
掃除用具の入ったバケツがガラガラと音を立てる。その反響が大きく聞こえるほどに、ビルの中は静寂に包まれていた。いつもビルを出入りするいかついお方々の姿は、結局今日もなくて少し寂しい。
仕事用のガラケーで時計を確認すると、画面には指定された終了時間よりもまだ早い時間が表示されていた。けれど、もうロビーの床は鏡のように磨かれ、ゴミ1つ見えない。普通ならありえない掃除の速さに、本当に浮かれてしまっているんだなとわかって笑ってしまった。
(どうしよう、もうやることないし着替えて……早いけど地下の駐車場で待ってようかな)
なんて思考を飛ばしながら歩いていたからか、
「うわっ」
何かにぶつかって、尻もちをついてしまった。地味に痛い。持っていた掃除用具も見事に四方に飛んでいってしまっている。バケツに水が入ってなかったのがせめてもの救いだった。
「邪魔だクソが!」
「ご、ごめんなさ……っ」
頭上から降ってきた怒号に、私はぶつかったのが人だということに気付いた。恐る恐る見上げれば、全身真っ黒で明らかに『あちら側』な雰囲気を纏った男の人が2人。このビルを使っている人だということくらいは何となく分かるが、一人一人の顔まで覚えてる訳では無いので判別はできなかった。
だが、どちらも目は血走っていて息が荒い。これはまずいのではなかろうか。
「チッ……おい、人はいねぇんじゃなかったのかよ」
「どうする、やるか?」
男の一人が、胸ポケットに手を突っ込んで言った。ドラマでよく見るその動作に、バクバクと心臓が音を立てる。いかにもな格好の彼らが言うと、その「やる」はあの「殺る」にしか聞こえない。
すみません、わざとぶつかったんじゃないんです、と弁解したかったが、言葉を発することすら出来なくて、ボケっとしていた1分前の自分を呪った。
「いや……ここでやろうとやらまいと変わらねぇだろ……ずらかるぞ!」
しかし、彼らは互いに目を合わせ頷くと、意外にも腰を抜かしている私に何かをするでもなくバタバタと外へと走っていった。
「はぁー……」
去った嵐に深く息を吐く。こんなに緊張したのは久々だった。まだ心臓がうるさく鳴っている。
立ち上がって、散らばった掃除用具を集めようとしたところで、何か鼻につく臭いがして思わず顔を歪めた。
(煙の匂い? 花火みたいな……なんだろこれ)
さっきの人達とぶつかった胸あたりからする臭い。消臭スプレーが欲しくなるくらいに残って欲しくない臭いだ。あの人たちといいこれといい、どうやら本当についてない日なのかもしれない。
まあおかげで少し時間が潰れたし、あの服を着るだけの真っ当な理由もできた。ポジティブに捉えてしまおう。
そう気持ちを切り替え、今度こそロッカーのある方へ足を向けた、
そんな時だった。
耳を劈く轟音と、立っていられないほどの振動。
私の意識は、ここで一度途切れた。