携帯越しの激情。
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それからまた数日後の夜。
自室のベッドに寝転んで、業務用の携帯を開く。その画面には、間違いなく「ジンさん」の文字と番号があった。はぁー、と長く息を吐く。
烏末さんに言われた時間までは数字2つ分離れている。貰った時間は30分にも満たない時間で、その時刻より早くかけても遅くかけても駄目だとしっかり釘を刺されていた。こちらも怪しい気配しかしないが、折角もらえたチャンスは大切にしようと、もう何度も壁に掛けられた時計を見ている。
心臓はもう何分も前からうるさいままだ。私は緊張を紛らわすように別のことに思考を飛ばした。
「……そういえば、この前の烏末さんはおかしかったな」
数日前の通話を思い出す。奇妙な選択肢に、突然の爆笑。極めつけは、最後に言い残した言葉だった。
『ひとつだけ、君にアドバイスをあげよう』
「アドバイス?」
『先程の質問をよく覚えておくといい……君は近い未来、あの選択肢の前に立たされることになるだろう。その時は、迷ってはいけないよ。どちらを選ぶとしてもね』
――さもないと、どちらも失うことになるだろう
それは、至って普通の声色なのに、底冷えするような恐怖を感じる声だった。
「そ、れってどういう、」
『ではね。いつか君とランチに行ける日が来ることを楽しみにしてるよ』
私の返事を待つことなく、プツリと通話は切れてしまった。
結局、どういう意味だったんだろう。
欲しいものか、今持っている全てか。そんなギリギリの二択になるくらいに、欲しいものなんてあるのだろうか。少なくとも今の自分にはさっぱりな話だった。
カチリ、と大きく針の音が聞こえた。はっとして時計を見ると、約束の夜11時をちょうど迎えたところ。これはまずいと勢いよく体を起こした。
早速かけなければ、でもそういえば電話ってはじめになんてなんて言えばいいんだっけ!?
もたついているうちにもう1分過ぎた。ええいままよ、と腹をくくり通話ボタンに指を乗せた。
無機質なコール音が響く。ぴったり3回目でそれは途切れて、代わりに風の音のようなものが耳に入った。野外にでもいるのだろうか。
「……も、もしもし、悠芽ですけど」
『……』
「あの、ジンさんの携帯で合ってますでしょうk」
『……誰の差し金だ?』
間髪入れずに、地を這うようなド低音が返ってくる。顔が見えない分余計に迫力があったが、今の私にはそんなことどうでも良かった。
「……っ」
――久々の、本当に久々の、まごうことなきジンさんの声だった。それだけで全身の血が沸き立つよう。同時に襲われる様々な感情に思わず息が苦しくなった。
一体、自分はどうしてしまったのだろう。携帯を持っていない手で、胸を押さえる。
『聞いてるのか』
「……へ!?あ、はい」
『もう一度聞く、誰の差し金だ』
「か、烏末さんが教えてくださって……」
『チッ、なるほどな……で、何の用だ』
「あっ……え、と」
そりゃあ電話しているのだ、何か話さなければ意味がない。わかっていても、言葉が詰まった。嬉しさと、緊張と、その他よくわからない感情が腹の底でぐるぐるしていて苦しい。
しかし、電話越しのジンさんがそんな事情を知るよしも無く。
『……用がねぇなら切る』
「や、だめ、待ってください!えっとえーっと……」
『……』
「うーん……あ!お元気ですか!」
まあ、それはまあ明るく健康的な声が出てしまった。どこの小学生の挨拶かというほどの爽やかさに、羞恥心で死にたくなる。
ジンさんはというと、呆れて黙りこくったのかと思ったが、どうやら違うらしかった。
『あれだけ……ッ、考えてひねり出したのがそれか……』
喉奥で笑うような声。どうやら私は最近、電話越しに相手を爆笑させる能力に目覚めたのかもしれない。不快にさせるよりはマシだろうとそれ以上考えるのはやめた。
『丁度いい。どこぞの「烏末さん」のせいで色々と予定が狂って苛立っていたところだ……。何か暇潰しになるようなことを話せ』
「いきなりハードルが高すぎやしないでしょうか……」
良かった、ようやくツッコミを入れられるくらいには調子が戻ってきたように思えたのだが。
『そんなことはねぇだろ』
ジンさんはそれを許さないとでも言うかのように鼻で笑った。
『今のお前なら暇潰し以上の話が出来るはずだ……そうだろう?Kitty……』
「え……」
ドキリと心臓が跳ねた。口から出た掠れた声は聞こえていたかどうか。
ジンさんは、ゆっくりと言い聞かせるように告げた。
『――つかの間の、ひとりきりの日々は楽しかったか?』
「……っ!?」
予想もしなかった言葉に、思わず息を飲む。
「どうして……」
『お前はわかりやすい……ただそれだけだ』
別に何も悪いことはしていないはずなのに、何故か尋問にかけられているような気分になる。少し悔しくて、私は口を尖らせた。こういうところがわかりやすいのかもしれないけれど。
「なら……ジンさんは私が何を思ってたかなんてお見通しなんじゃないですか」
しめた、と思った。きっとこれなら先回りしたジンさんが、私の聞きたいこともなんならその答えも話してくれるかもしれない。
『そうだな……ある程度は予想がつく。が、お前の口から聞いた方が面白そうだ』
――負けた。素直にそう思った。
『俺に口車で勝てると思うなよ』
「そこまで読まないでください……」
『それで?話す気になったか』
「う……」
『あぁ、タイムリミットを忘れたわけじゃねぇよなァ?』
「わ、かりました、話します……」
目を瞑って、自分の本心を引っ張り出す。
覚悟して大きく息を吸ったのに、出せた声は予想以上に震えていた。
「――寂し、かったです」
私はポツポツと話し出した。
「ジンさん達に……ジンさんに会えないのが、寂しかったです」
『……』
「それだけじゃないです。変なんです、最近。ジンさんと最後に会ったあの日から、」
言葉を迷うとその隙すら埋めるように『続けろ』と彼の声が耳に届く。愉しんで急かすような声に、既に熱くてたまらない顔が更に熱を帯び出した。
「――怖いんです、とても。……ううん、最近だけの話じゃなくて、ジンさんに初めて出会ったあの日から、ずっとジンさんのことが怖いんです」
こんなこと言うのは失礼なんじゃ、なんて考えるだけの余裕なんてもう無い。
「なのに、最近は怖いって思わなくなってきて、それが逆に怖くて」
『……』
「こんな感情に悩むくらいならいっそ近付かなければいいのに……そうすれば安心だって分かってるのに……、気付けばジンさんのこと探してるんです。会える日が、待ち遠しくなってるんです。ジンさんのこと、考えるだけで胸が苦しくて、熱くて、たまらなくなって、」
止まらない。一度開いた口は閉じることを忘れてしまった。
そして、吐けば吐くほど、責めるような声になってしまう。
だって、彼のせいだ、こんな風になってしまったのは。
責任転嫁でもしていないと、どうにかなってしまいそうな想いが、私の中にあるのだ。それを知ってしまった今、全てを彼にぶつけるしか無かった。
呆れてしまうような陳腐な言葉で。
「……子猫扱いでも何でもいいから傍にいたい、だなんて訳の分からないことまで考えてたんですよ、私……」
言ってから、自分が発言した全てのことにそうだったんだと納得する。
もう戻れないような所に、私は立っているのだと。
『そうか』
姿は見えないのに、何故かジンさんがほくそ笑んでいるような気がした。きっと、あながち間違いではないのだろう。
「――教えてください、ジンさん」
わたしは、どうすればいいんですか
『――上出来だ』
その声にゾクリと体に震えが走った。
『おい、次ビルに来るのはいつだ』
「あ、明後日です」
『バイトが終わったら、駐車場に来い』
「えっ」
『そこまで言えたんだ、飼い主の顔を見せてやらねぇとな……』
会える。それだけでベッドの上で跳ね飛びたくなる自分に苦笑する。
「あ、でも忙しいって聞きましたけど……」
『あぁ、思わず烏末の野郎を殺りたくなる程にはな……だがもう充分過ぎるほど手は貸してやったんだこれ以上の義理はねぇ』
「えっと、お疲れ様です……?」
冗談のつもりで言っているのかもしれないが、冗談に聞こえないトーンの声だった。相当疲れているのだろう。
『……そうかお前を撫でくりまわせばこの疲れも取れるかもな……』
「わぁお……」
雲行きが怪しい。会えたらとりあえず満足(?)な私と、明らかにそれで終わらせてくれる気がしないジンさん。果たして人間扱いをしていただけるのだろうか。
でも、こんなやりとりすら、楽しい。なんて思う自分を、受け入れてしまえば少しだけ心が軽くなった気がした。まだ、100%受け入れることは難しいけど。
彼がどう答えようと、もう手遅れなのだろう。会えない時間で、自分でも驚くほどの激情を思い知らされてしまったのだから。
自室のベッドに寝転んで、業務用の携帯を開く。その画面には、間違いなく「ジンさん」の文字と番号があった。はぁー、と長く息を吐く。
烏末さんに言われた時間までは数字2つ分離れている。貰った時間は30分にも満たない時間で、その時刻より早くかけても遅くかけても駄目だとしっかり釘を刺されていた。こちらも怪しい気配しかしないが、折角もらえたチャンスは大切にしようと、もう何度も壁に掛けられた時計を見ている。
心臓はもう何分も前からうるさいままだ。私は緊張を紛らわすように別のことに思考を飛ばした。
「……そういえば、この前の烏末さんはおかしかったな」
数日前の通話を思い出す。奇妙な選択肢に、突然の爆笑。極めつけは、最後に言い残した言葉だった。
『ひとつだけ、君にアドバイスをあげよう』
「アドバイス?」
『先程の質問をよく覚えておくといい……君は近い未来、あの選択肢の前に立たされることになるだろう。その時は、迷ってはいけないよ。どちらを選ぶとしてもね』
――さもないと、どちらも失うことになるだろう
それは、至って普通の声色なのに、底冷えするような恐怖を感じる声だった。
「そ、れってどういう、」
『ではね。いつか君とランチに行ける日が来ることを楽しみにしてるよ』
私の返事を待つことなく、プツリと通話は切れてしまった。
結局、どういう意味だったんだろう。
欲しいものか、今持っている全てか。そんなギリギリの二択になるくらいに、欲しいものなんてあるのだろうか。少なくとも今の自分にはさっぱりな話だった。
カチリ、と大きく針の音が聞こえた。はっとして時計を見ると、約束の夜11時をちょうど迎えたところ。これはまずいと勢いよく体を起こした。
早速かけなければ、でもそういえば電話ってはじめになんてなんて言えばいいんだっけ!?
もたついているうちにもう1分過ぎた。ええいままよ、と腹をくくり通話ボタンに指を乗せた。
無機質なコール音が響く。ぴったり3回目でそれは途切れて、代わりに風の音のようなものが耳に入った。野外にでもいるのだろうか。
「……も、もしもし、悠芽ですけど」
『……』
「あの、ジンさんの携帯で合ってますでしょうk」
『……誰の差し金だ?』
間髪入れずに、地を這うようなド低音が返ってくる。顔が見えない分余計に迫力があったが、今の私にはそんなことどうでも良かった。
「……っ」
――久々の、本当に久々の、まごうことなきジンさんの声だった。それだけで全身の血が沸き立つよう。同時に襲われる様々な感情に思わず息が苦しくなった。
一体、自分はどうしてしまったのだろう。携帯を持っていない手で、胸を押さえる。
『聞いてるのか』
「……へ!?あ、はい」
『もう一度聞く、誰の差し金だ』
「か、烏末さんが教えてくださって……」
『チッ、なるほどな……で、何の用だ』
「あっ……え、と」
そりゃあ電話しているのだ、何か話さなければ意味がない。わかっていても、言葉が詰まった。嬉しさと、緊張と、その他よくわからない感情が腹の底でぐるぐるしていて苦しい。
しかし、電話越しのジンさんがそんな事情を知るよしも無く。
『……用がねぇなら切る』
「や、だめ、待ってください!えっとえーっと……」
『……』
「うーん……あ!お元気ですか!」
まあ、それはまあ明るく健康的な声が出てしまった。どこの小学生の挨拶かというほどの爽やかさに、羞恥心で死にたくなる。
ジンさんはというと、呆れて黙りこくったのかと思ったが、どうやら違うらしかった。
『あれだけ……ッ、考えてひねり出したのがそれか……』
喉奥で笑うような声。どうやら私は最近、電話越しに相手を爆笑させる能力に目覚めたのかもしれない。不快にさせるよりはマシだろうとそれ以上考えるのはやめた。
『丁度いい。どこぞの「烏末さん」のせいで色々と予定が狂って苛立っていたところだ……。何か暇潰しになるようなことを話せ』
「いきなりハードルが高すぎやしないでしょうか……」
良かった、ようやくツッコミを入れられるくらいには調子が戻ってきたように思えたのだが。
『そんなことはねぇだろ』
ジンさんはそれを許さないとでも言うかのように鼻で笑った。
『今のお前なら暇潰し以上の話が出来るはずだ……そうだろう?Kitty……』
「え……」
ドキリと心臓が跳ねた。口から出た掠れた声は聞こえていたかどうか。
ジンさんは、ゆっくりと言い聞かせるように告げた。
『――つかの間の、ひとりきりの日々は楽しかったか?』
「……っ!?」
予想もしなかった言葉に、思わず息を飲む。
「どうして……」
『お前はわかりやすい……ただそれだけだ』
別に何も悪いことはしていないはずなのに、何故か尋問にかけられているような気分になる。少し悔しくて、私は口を尖らせた。こういうところがわかりやすいのかもしれないけれど。
「なら……ジンさんは私が何を思ってたかなんてお見通しなんじゃないですか」
しめた、と思った。きっとこれなら先回りしたジンさんが、私の聞きたいこともなんならその答えも話してくれるかもしれない。
『そうだな……ある程度は予想がつく。が、お前の口から聞いた方が面白そうだ』
――負けた。素直にそう思った。
『俺に口車で勝てると思うなよ』
「そこまで読まないでください……」
『それで?話す気になったか』
「う……」
『あぁ、タイムリミットを忘れたわけじゃねぇよなァ?』
「わ、かりました、話します……」
目を瞑って、自分の本心を引っ張り出す。
覚悟して大きく息を吸ったのに、出せた声は予想以上に震えていた。
「――寂し、かったです」
私はポツポツと話し出した。
「ジンさん達に……ジンさんに会えないのが、寂しかったです」
『……』
「それだけじゃないです。変なんです、最近。ジンさんと最後に会ったあの日から、」
言葉を迷うとその隙すら埋めるように『続けろ』と彼の声が耳に届く。愉しんで急かすような声に、既に熱くてたまらない顔が更に熱を帯び出した。
「――怖いんです、とても。……ううん、最近だけの話じゃなくて、ジンさんに初めて出会ったあの日から、ずっとジンさんのことが怖いんです」
こんなこと言うのは失礼なんじゃ、なんて考えるだけの余裕なんてもう無い。
「なのに、最近は怖いって思わなくなってきて、それが逆に怖くて」
『……』
「こんな感情に悩むくらいならいっそ近付かなければいいのに……そうすれば安心だって分かってるのに……、気付けばジンさんのこと探してるんです。会える日が、待ち遠しくなってるんです。ジンさんのこと、考えるだけで胸が苦しくて、熱くて、たまらなくなって、」
止まらない。一度開いた口は閉じることを忘れてしまった。
そして、吐けば吐くほど、責めるような声になってしまう。
だって、彼のせいだ、こんな風になってしまったのは。
責任転嫁でもしていないと、どうにかなってしまいそうな想いが、私の中にあるのだ。それを知ってしまった今、全てを彼にぶつけるしか無かった。
呆れてしまうような陳腐な言葉で。
「……子猫扱いでも何でもいいから傍にいたい、だなんて訳の分からないことまで考えてたんですよ、私……」
言ってから、自分が発言した全てのことにそうだったんだと納得する。
もう戻れないような所に、私は立っているのだと。
『そうか』
姿は見えないのに、何故かジンさんがほくそ笑んでいるような気がした。きっと、あながち間違いではないのだろう。
「――教えてください、ジンさん」
わたしは、どうすればいいんですか
『――上出来だ』
その声にゾクリと体に震えが走った。
『おい、次ビルに来るのはいつだ』
「あ、明後日です」
『バイトが終わったら、駐車場に来い』
「えっ」
『そこまで言えたんだ、飼い主の顔を見せてやらねぇとな……』
会える。それだけでベッドの上で跳ね飛びたくなる自分に苦笑する。
「あ、でも忙しいって聞きましたけど……」
『あぁ、思わず烏末の野郎を殺りたくなる程にはな……だがもう充分過ぎるほど手は貸してやったんだこれ以上の義理はねぇ』
「えっと、お疲れ様です……?」
冗談のつもりで言っているのかもしれないが、冗談に聞こえないトーンの声だった。相当疲れているのだろう。
『……そうかお前を撫でくりまわせばこの疲れも取れるかもな……』
「わぁお……」
雲行きが怪しい。会えたらとりあえず満足(?)な私と、明らかにそれで終わらせてくれる気がしないジンさん。果たして人間扱いをしていただけるのだろうか。
でも、こんなやりとりすら、楽しい。なんて思う自分を、受け入れてしまえば少しだけ心が軽くなった気がした。まだ、100%受け入れることは難しいけど。
彼がどう答えようと、もう手遅れなのだろう。会えない時間で、自分でも驚くほどの激情を思い知らされてしまったのだから。