きょうのジンさん
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布団にはやっぱり、人を飲み込んで離さない魔力のようなものがあると思う。まさに今アラームに叩き起こされたにも関わらず、ぬっくぬくの布団に囚われたままの私が言うのだから間違いない。この素晴らしき多幸感に身を任せて、私はもう一度夢の世界に旅立とうとしていた。
「オイ、起きろ……いつまで寝てやがる」
しまった、枕元に置いてあるそれよりよっぽど威力のあるアラームに目を付けられてしまった。こうなってしまったら快適な目覚めは諦めた方がいい。痺れを切らした彼に物理的に叩き起こされる前に起きた方が身のためだ……と、わかってはいるのだが。
「あと……五分……」
今日の私の体は、恐怖より目の前の幸福を選んだらしい。だって眠いんだもの。何かお小言を食らう前に、もぞもぞとシェルターの中に潜り込んだ。
「いい度胸じゃねぇか……」
シェルターの壁(羽毛製)を突き抜ける地を這うような声。本能で危険を察知した私は頭が回らないなりに抵抗を試みた。だが、それも虚しく、あっと言う間に温もりごと防御は剥がされてしまった。それだけじゃない、下手に布団を掴んでしまっていたせいで、強制的に起き上がることにもなってしまったではないか。無力、圧倒的無力である。
「うぅ、さむい……わたしのふとん……」
「引きちぎられなかっただけマシと思え」
「やだ、ねむい……まだねる」
「テメェ……」
どうも今日の睡魔はしぶとい。頭は流石に冴え始めてはいるのだが、瞼がまあ重くて重くて。その証拠に、まだ一度もジンさんの顔を見ていない。まあ、きっとベッドの脇で鬼の形相をしているのだろうけど。
やめておけばいいのに、人間という生き物はピンチな時ほどあり得ない方向に思考が行くもので。ちょっとした悪戯心のようなものがむくりと湧き上がってしまい、気付けばぽそりと言葉が口から零れていた。
「……ちゅー」
「あ?」
「ちゅーしてくれたら、おきる」
まあどうせキレるか呆れるかのどちらかだろう、そう思っていたのにやけに沈黙が長い。不思議に思ってそおっと片目を開けたのだが、眼前に迫っていたのはジンさんの端正な顔。驚いてようやく体の全細胞が覚醒した。まさか、本気にしたのだろうか。
「目、閉じろ」
こうなれば言ってしまったこっちが恥ずかしい。もうなるようになれと、私は大人しく目を閉じた。そうして、唇に軽い感触が――というレベルを遥かに越えた勢いで、ジンさんは私の唇にかぶりついた。
「んむっ……⁉」
呆気に取られ開いた口から、容赦なく彼の舌が入ってきた。戯れのように私の舌をなぞったとと思えば、捕食者のように絡め取り音を立てて吸われる。嫌でも耳に届く水音に背中にゾクゾクとした感覚が走る。寝起きの体にはあまりにも刺激が強すぎるそれに、慌ててジンさんの胸を叩いた。
「ぷはっ……、わかりました! 起きます、起きますから!」
涙目になって訴えたが、唇を釣り上げてこちらを見る彼の目は一切笑っていなかった。
「遠慮するな……もっと寝たかったんだろ……?」
「ひっ」
「なら、本当に起きられなくなるまでシてやるよ」
ゲームオーバーのSEをセルフで脳内に流す。私は為す術なくベッドに沈められたのだった。
─────────
結局、あの日の朝は本当に立ち上がることが出来ないくらいにめちゃくちゃにされて、一日中ベッドとお友達になってたんだっけな……と思い出しながら、私は死んだ目でフライパンの上に卵を落とした。あの日以来、恐怖が体に染みついてでもいるのか、私はアラームなしでも起きることが出来るようになってしまった。嬉しいが嬉しくない特技だ。
その時私の腰を使い物にならなくさせた当の本人は、今日はまだ寝室にいる。どうやら任務とその後処理に時間がかかり、合わせて五徹したらしく。そりゃあいくらジンさんでも限界は来るだろう。せめてオフの日くらいはゆっくり休んで欲しい、そう思って朝は起こさないでいようと決め、私は一人で朝食を食べきった。
「……それにしても遅いな」
しばらく自由に過ごした後。時計を見れば、二つの針はもうすぐ真上を指してしまいそうだった。疲れていたにしても、元々ショートスリーパーの彼がここまで寝るだろうか。途端に心配になって、早足で彼の寝室に向かったのだが、
「入りますよ~……って、え?」
そこで目に入ったのは全く予想外の光景だった。
ベッドの縁に腰掛けているジンさんは、起きているように見える。しかし、覚醒しきっていないのか、私が近付いて顔の前で手を振っても何の反応も示さない。いつもの全身に警戒センサーを張り巡らせているあのジンさんがどこにもいない。
「じ、ジンさん……?」
「……」
「起きてますかー……?」
「……ん」
「ん゙っ」
どこから出てきたのか分からない声が出てしまい、慌てて口を押さえた。
ん、って! あのジンさんがん、って! 脳内が突然の破壊力全開な情報に荒れ狂っている。恐らく今のジンさんをウォッカさんが見たら卒倒するだろう、それくらい普段の彼からは想像も出来ないような返事だった。
――これは、ぜひともこの激レアジンさんを写真かビデオに収めたい。例え命と引き換えにしてでも。しょうもない決意に突き動かされるままに、彼に背を向け足を踏み出したのだが、何かが腹に食い込み思わず呻き声を上げた。腹に巻き付いているのはジンさんの腕だ。まさか考えてたことがバレたのかと、心臓が跳ね上がった。
「あ、起きてたんですねジンさん、おはようございます! わ、私は別に、今のジンさんの写真をウォッカさんに見せようなんて、ですね……?」
慌てて早口でまくしたて弁明するが、返ってくるのは寝息だけ。大きく息を吐いた。いよいよ私は夢でも見ているのかも知れないと思い始めた。こんな寝ぼけまくっているジンさんなんて見たことがない。やはり余程疲れていたのかもしれない。しかし、それなら尚更これ以上寝かせるのも体に悪いだろう。本当はもう少し見ていたかったという気持ちに蓋をし、私はこの腕を振りほどき起こそうとした。
「ジンさーん、もう昼なんで……む……?」
体が動かない。もう一度、ふんっと体に力を入れてみる。が、一向に腕が外れる気配がない。むしろ、どんどん締めつけられているような気すらする。これはまずい、と私は身をよじりながら構わず大声を上げた。
「お、起きてくださいジンさん! ってか離して⁉」
するとようやく拘束が緩み、背後でのそりとジンさんが動いた気配がした。良かった、これで終わる、とほっとしたのも束の間。
「――うるせぇ」
「うわっ⁉」
本当に寝起きなのかと疑うくらいの力で引っ張られ、気付けば私はジンさんに後ろから抱きしめられている状態で強制的に寝かされてしまった。
「まさかまだ寝る気ですか⁉ 流石にまずいですよ!」
「うるせぇって言ってんだろうが……」
寝起き、加えて不機嫌さMAXな掠れ気味の低音が耳元で投下される。いつの間にか腕だけでなく足まで私の体をホールドするように巻き付いている。吐息に近い声も、触れ合っているところから伝わる熱も。色々な意味で心臓に悪い。振り向いて抗議したくてもとにかく動けない。私は心の中で白旗を揚げることしか出来なかった。またしても、またしても私は無力だった。
「ジンさぁん、お願いだから起きてくださいよぉ……ぐえっ」
「抱き枕が動くんじゃねぇよ……」
「ワタシ抱き枕ジャナイ……」
「……」
「……ん?」
少しの静寂の後、聞こえてきたのはあまりにも規則正しい寝息。
「嘘でしょ」
迫り来る絶望感に頭を抱えたくても、腕を動かすことも叶わない。乾いた笑いを飛ばし、私は彼の専属抱き枕としての責務を果たすべく、強ばらせていた体から力を抜いたのだった。
「オイ、起きろ……いつまで寝てやがる」
しまった、枕元に置いてあるそれよりよっぽど威力のあるアラームに目を付けられてしまった。こうなってしまったら快適な目覚めは諦めた方がいい。痺れを切らした彼に物理的に叩き起こされる前に起きた方が身のためだ……と、わかってはいるのだが。
「あと……五分……」
今日の私の体は、恐怖より目の前の幸福を選んだらしい。だって眠いんだもの。何かお小言を食らう前に、もぞもぞとシェルターの中に潜り込んだ。
「いい度胸じゃねぇか……」
シェルターの壁(羽毛製)を突き抜ける地を這うような声。本能で危険を察知した私は頭が回らないなりに抵抗を試みた。だが、それも虚しく、あっと言う間に温もりごと防御は剥がされてしまった。それだけじゃない、下手に布団を掴んでしまっていたせいで、強制的に起き上がることにもなってしまったではないか。無力、圧倒的無力である。
「うぅ、さむい……わたしのふとん……」
「引きちぎられなかっただけマシと思え」
「やだ、ねむい……まだねる」
「テメェ……」
どうも今日の睡魔はしぶとい。頭は流石に冴え始めてはいるのだが、瞼がまあ重くて重くて。その証拠に、まだ一度もジンさんの顔を見ていない。まあ、きっとベッドの脇で鬼の形相をしているのだろうけど。
やめておけばいいのに、人間という生き物はピンチな時ほどあり得ない方向に思考が行くもので。ちょっとした悪戯心のようなものがむくりと湧き上がってしまい、気付けばぽそりと言葉が口から零れていた。
「……ちゅー」
「あ?」
「ちゅーしてくれたら、おきる」
まあどうせキレるか呆れるかのどちらかだろう、そう思っていたのにやけに沈黙が長い。不思議に思ってそおっと片目を開けたのだが、眼前に迫っていたのはジンさんの端正な顔。驚いてようやく体の全細胞が覚醒した。まさか、本気にしたのだろうか。
「目、閉じろ」
こうなれば言ってしまったこっちが恥ずかしい。もうなるようになれと、私は大人しく目を閉じた。そうして、唇に軽い感触が――というレベルを遥かに越えた勢いで、ジンさんは私の唇にかぶりついた。
「んむっ……⁉」
呆気に取られ開いた口から、容赦なく彼の舌が入ってきた。戯れのように私の舌をなぞったとと思えば、捕食者のように絡め取り音を立てて吸われる。嫌でも耳に届く水音に背中にゾクゾクとした感覚が走る。寝起きの体にはあまりにも刺激が強すぎるそれに、慌ててジンさんの胸を叩いた。
「ぷはっ……、わかりました! 起きます、起きますから!」
涙目になって訴えたが、唇を釣り上げてこちらを見る彼の目は一切笑っていなかった。
「遠慮するな……もっと寝たかったんだろ……?」
「ひっ」
「なら、本当に起きられなくなるまでシてやるよ」
ゲームオーバーのSEをセルフで脳内に流す。私は為す術なくベッドに沈められたのだった。
─────────
結局、あの日の朝は本当に立ち上がることが出来ないくらいにめちゃくちゃにされて、一日中ベッドとお友達になってたんだっけな……と思い出しながら、私は死んだ目でフライパンの上に卵を落とした。あの日以来、恐怖が体に染みついてでもいるのか、私はアラームなしでも起きることが出来るようになってしまった。嬉しいが嬉しくない特技だ。
その時私の腰を使い物にならなくさせた当の本人は、今日はまだ寝室にいる。どうやら任務とその後処理に時間がかかり、合わせて五徹したらしく。そりゃあいくらジンさんでも限界は来るだろう。せめてオフの日くらいはゆっくり休んで欲しい、そう思って朝は起こさないでいようと決め、私は一人で朝食を食べきった。
「……それにしても遅いな」
しばらく自由に過ごした後。時計を見れば、二つの針はもうすぐ真上を指してしまいそうだった。疲れていたにしても、元々ショートスリーパーの彼がここまで寝るだろうか。途端に心配になって、早足で彼の寝室に向かったのだが、
「入りますよ~……って、え?」
そこで目に入ったのは全く予想外の光景だった。
ベッドの縁に腰掛けているジンさんは、起きているように見える。しかし、覚醒しきっていないのか、私が近付いて顔の前で手を振っても何の反応も示さない。いつもの全身に警戒センサーを張り巡らせているあのジンさんがどこにもいない。
「じ、ジンさん……?」
「……」
「起きてますかー……?」
「……ん」
「ん゙っ」
どこから出てきたのか分からない声が出てしまい、慌てて口を押さえた。
ん、って! あのジンさんがん、って! 脳内が突然の破壊力全開な情報に荒れ狂っている。恐らく今のジンさんをウォッカさんが見たら卒倒するだろう、それくらい普段の彼からは想像も出来ないような返事だった。
――これは、ぜひともこの激レアジンさんを写真かビデオに収めたい。例え命と引き換えにしてでも。しょうもない決意に突き動かされるままに、彼に背を向け足を踏み出したのだが、何かが腹に食い込み思わず呻き声を上げた。腹に巻き付いているのはジンさんの腕だ。まさか考えてたことがバレたのかと、心臓が跳ね上がった。
「あ、起きてたんですねジンさん、おはようございます! わ、私は別に、今のジンさんの写真をウォッカさんに見せようなんて、ですね……?」
慌てて早口でまくしたて弁明するが、返ってくるのは寝息だけ。大きく息を吐いた。いよいよ私は夢でも見ているのかも知れないと思い始めた。こんな寝ぼけまくっているジンさんなんて見たことがない。やはり余程疲れていたのかもしれない。しかし、それなら尚更これ以上寝かせるのも体に悪いだろう。本当はもう少し見ていたかったという気持ちに蓋をし、私はこの腕を振りほどき起こそうとした。
「ジンさーん、もう昼なんで……む……?」
体が動かない。もう一度、ふんっと体に力を入れてみる。が、一向に腕が外れる気配がない。むしろ、どんどん締めつけられているような気すらする。これはまずい、と私は身をよじりながら構わず大声を上げた。
「お、起きてくださいジンさん! ってか離して⁉」
するとようやく拘束が緩み、背後でのそりとジンさんが動いた気配がした。良かった、これで終わる、とほっとしたのも束の間。
「――うるせぇ」
「うわっ⁉」
本当に寝起きなのかと疑うくらいの力で引っ張られ、気付けば私はジンさんに後ろから抱きしめられている状態で強制的に寝かされてしまった。
「まさかまだ寝る気ですか⁉ 流石にまずいですよ!」
「うるせぇって言ってんだろうが……」
寝起き、加えて不機嫌さMAXな掠れ気味の低音が耳元で投下される。いつの間にか腕だけでなく足まで私の体をホールドするように巻き付いている。吐息に近い声も、触れ合っているところから伝わる熱も。色々な意味で心臓に悪い。振り向いて抗議したくてもとにかく動けない。私は心の中で白旗を揚げることしか出来なかった。またしても、またしても私は無力だった。
「ジンさぁん、お願いだから起きてくださいよぉ……ぐえっ」
「抱き枕が動くんじゃねぇよ……」
「ワタシ抱き枕ジャナイ……」
「……」
「……ん?」
少しの静寂の後、聞こえてきたのはあまりにも規則正しい寝息。
「嘘でしょ」
迫り来る絶望感に頭を抱えたくても、腕を動かすことも叶わない。乾いた笑いを飛ばし、私は彼の専属抱き枕としての責務を果たすべく、強ばらせていた体から力を抜いたのだった。