きょうのジンさん
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「さっさと飲め」
「……や」
「飲めっつってんだろ」
「やっ」
「テメェ……」
ジンさんが引きつった笑みを浮かべているのが目に入る。その表情がガチギレ寸前の合図だとわかっていても、私はこの態度を変える訳にはいかなかった。先程からジンさんが押しつけようとしているそれは、私を絶望へと陥れるものだから。ぷいと顔を背ければ、ついにジンさんは手に持っていた小さな袋を思い切り握りつぶした。
「ガキかテメェは!」
「嫌なものは嫌なんですー!」
ベッドの上、体を起こしていた私は自分の体調も忘れて叫んだ。そう、例えガキだ何だと罵られようと嫌なものは嫌なのだ。彼が持つ、その薬を飲むことは。
一ヶ月くらい前のことだったか。お風呂上がりにテレビを見ていたのだが、ぼーっとしてしまって内容が頭に入ってこない、そんな日があった。疲れたのかなと思っていた時、隣から伸びてきた手が私の額に当てられた。するとすぐに顔を顰めたジンさんは、そのまま頬や首にも確かめるように触れ、こう言った。
「熱か」
「へっ?」
「明日病院に行け、いいな」
「いや、でもそこまでじゃ、」
「い い な」
「あい」
有無を言わさないジンさんの圧に、逆らえないままにかかりつけの病院に来た私。まさか~、と思っていたら本当に夏風邪の診断をもらってしまった。そこまでは、ごくごく普通の流れだろう。
しかし、問題は「これは長引くよ」という医者の言葉を舐めていたことだった。その予言の通り見事拗らせた私は、気付けばすっかりベッドの住人に成り果ててしまっていた。熱と倦怠感に苦しめられる日々。そして改善されなければ、当然医者も薬を変えてくる。そうして三度目の正直よろしくついに貰ってしまったのが、漢方薬――私がこの世で最も嫌っている薬だったのだ。
「……医者は?」
「それ飲めば、大概は治るって……」
「なら、飲むしかねぇだろうが」
「だって! 不味いし飲みづらいし、いつの間にか歯に引っかかっててある時にポロッと舌の上に出てきて爆弾落とすんだもん! カルボナーラの胡椒みたいなものだよ!」
「知るかんなもん!」
鬼の形相のジンさんが持っているグラスが、ピシリと音を立てた気がした。そろそろ腹をくくらないと、私の家の貴重なグラスが木っ端微塵にされてしまうかもしれない。それでもまだ渋り続ける私に、少しだけ怒気を抑えた声でジンさんが言った。
「そんなに風邪引いたままでいたいのか」
「……そうじゃ、ないけど」
「なら、他にあるのか。飲みたくねぇ理由が」
ぐっと言葉を飲み込む。頷くことも首を横に振ることも出来ない。ワケを言ったら確実に呆れられてしまうだろうから。
嫌な沈黙が降りてきて、少しして大きな溜め息が聞こえた。
「オイ、今すぐ選べ。大人しくコイツを飲むか、俺に捨てられるか」
冗談みたいな選択肢をさらりと言ってのけたジンさんだったが、その張本人の顔に冗談の色は全く見えない。だが、ここまで大事にした私が言うのも何だが、たかが薬と自分を同列に並べることに抵抗はないのだろうか彼は。
「お、大人げない……」
「くだらねぇことで散々駄々をこねやがったテメェにだけは言われたくねぇ」
「う……」
ド正論で返されてしまっては、もう何も言えない。あんな一見くだらないような選択肢も、私にはよく効く。彼もわかって言ってるのだと思う。ジンさんに捨てられてしまう未来なんて恐ろしすぎて考えたくもない。ならばもう腹を括るしかない。
おずおずと伸ばした手で薬の入った袋を受け取る。ああは言っても、苦味なんて一瞬だし、終わってしまえばどうってことないのは分かっている。
封を切った。ふわりと届いた独特な香りに思わず眉を寄せる。グラスを受け取って、あとは飲むだけ。
だと言うのに。手はどうしても動いてくれなかった。
「……だって、治っちゃったら」
――あんな風に、ずっと傍にはいてくれなくなるでしょ……?
ここ最近のジンさんとの日々を思い出す。言葉にこそしないが心配はしてくれていたのか、ジンさんは時間があれば私の傍にいてくれた。悪態をつきながらも体に良い料理を作ってくれたり、眠くなるまでついててくれたり。普段は忙しくてここまで頻繁に会いに来られないとわかっていたからこそ、それが心がむずがゆくなるくらい嬉しかった。こんな時間がいつまでも続けばいいのになんて、子供じみた願いを持ってしまうには十分すぎる時間を、私は過ごしてしまっていたらしい。
「……お前」
心の中で呟いたつもりだったけど、その後聞こえたジンさんの言葉で、声に出してしまっていたことを知った。静まり返ってしまった空気に耐えられなくて、薬を口に入れて水で一気に流し込んだ。
やっぱり、不味い。ざらざらしたものが喉の奥に引っかかっている気がして、グラスが空になるまで何度も水を飲んだ。それでも残る苦味に目尻に涙が浮かんで、それを誤魔化すようにジンさんにグラスを押し付ける。何か言われる前に寝てしまおうと、布団に手をかけた時だった。
「上、向け」
えっ、と声を出す暇もなく顎を持ち上げられ、私は唇を奪われていた。
「んぅ……あ、ふ……っ、」
突然のことに思考停止しているうちに、いつの間にか差し入れられた舌が口内を削ぐように暴れ回る。捕らえられた舌から伝わる熱に、頭がくらりとした。
「……は、確かに不味いな」
長いようで短い交わりの後、ジンさんは小さく言った。一方、私は上がった息を整えながら目を白黒させている。何だったのだろう、今のキスは。ジンさんの思考が読めないのなんて日常茶飯事だが、それにしたって意味がわからない。改めて彼の様子を窺おうとしたが、その前にジンさんによって肩を押され、力の入ってない体はいとも簡単にベッドに倒された。
ぎょっとしているうちに、当たり前のようにベッドに入ってきたジンさんと目が合う。険しい目つきは「場所を空けろ」ということらしい。素直に脇の方へ寄ると、予想通りジンさんが私の隣に寝転がった。
「……あの、ジンさん」
「寝ろ」
私の言葉を遮るように布団がかけられ、その上から片手で抱き寄せられた。それが嬉しいのに、自分の情けなさを再認識させられるようで。ジンさんに気を遣わせてしまう自分がたまらなく嫌だった。
ジンさんの腕の中で、こくりと頷いて目を閉じる。眠気を塗りつぶすように込み上げる涙を押し込めて、縋り付くように彼の服を掴んだ。
「――治ったら」
しばらくして、聞こえた声に目を開ける。
「治ったらしたいことを、考えておけ」
彼らしくない、随分と小さな呟くような声だった。それが彼なりの優しさなのだと気付いた時、暖かいものがじわりと胸に広がっていった。なかなか単純だなと、さっきまでの情けない自分ごと内心で笑い飛ばした。
一体どんな顔で言ってくれているのか、見てみたくて布団から顔を出そうとしたけれど、思いの外強い力でジンさんの腕に阻止されてしまった。きっと彼も自分でらしくないことを言ったことに気付いているのだろう。
ならばと返事の代わりにジンさんの大きな背中に手を回す。苦味の代わりに残ったのは、思わず破顔してしまうほどの甘さだった。
「……や」
「飲めっつってんだろ」
「やっ」
「テメェ……」
ジンさんが引きつった笑みを浮かべているのが目に入る。その表情がガチギレ寸前の合図だとわかっていても、私はこの態度を変える訳にはいかなかった。先程からジンさんが押しつけようとしているそれは、私を絶望へと陥れるものだから。ぷいと顔を背ければ、ついにジンさんは手に持っていた小さな袋を思い切り握りつぶした。
「ガキかテメェは!」
「嫌なものは嫌なんですー!」
ベッドの上、体を起こしていた私は自分の体調も忘れて叫んだ。そう、例えガキだ何だと罵られようと嫌なものは嫌なのだ。彼が持つ、その薬を飲むことは。
一ヶ月くらい前のことだったか。お風呂上がりにテレビを見ていたのだが、ぼーっとしてしまって内容が頭に入ってこない、そんな日があった。疲れたのかなと思っていた時、隣から伸びてきた手が私の額に当てられた。するとすぐに顔を顰めたジンさんは、そのまま頬や首にも確かめるように触れ、こう言った。
「熱か」
「へっ?」
「明日病院に行け、いいな」
「いや、でもそこまでじゃ、」
「い い な」
「あい」
有無を言わさないジンさんの圧に、逆らえないままにかかりつけの病院に来た私。まさか~、と思っていたら本当に夏風邪の診断をもらってしまった。そこまでは、ごくごく普通の流れだろう。
しかし、問題は「これは長引くよ」という医者の言葉を舐めていたことだった。その予言の通り見事拗らせた私は、気付けばすっかりベッドの住人に成り果ててしまっていた。熱と倦怠感に苦しめられる日々。そして改善されなければ、当然医者も薬を変えてくる。そうして三度目の正直よろしくついに貰ってしまったのが、漢方薬――私がこの世で最も嫌っている薬だったのだ。
「……医者は?」
「それ飲めば、大概は治るって……」
「なら、飲むしかねぇだろうが」
「だって! 不味いし飲みづらいし、いつの間にか歯に引っかかっててある時にポロッと舌の上に出てきて爆弾落とすんだもん! カルボナーラの胡椒みたいなものだよ!」
「知るかんなもん!」
鬼の形相のジンさんが持っているグラスが、ピシリと音を立てた気がした。そろそろ腹をくくらないと、私の家の貴重なグラスが木っ端微塵にされてしまうかもしれない。それでもまだ渋り続ける私に、少しだけ怒気を抑えた声でジンさんが言った。
「そんなに風邪引いたままでいたいのか」
「……そうじゃ、ないけど」
「なら、他にあるのか。飲みたくねぇ理由が」
ぐっと言葉を飲み込む。頷くことも首を横に振ることも出来ない。ワケを言ったら確実に呆れられてしまうだろうから。
嫌な沈黙が降りてきて、少しして大きな溜め息が聞こえた。
「オイ、今すぐ選べ。大人しくコイツを飲むか、俺に捨てられるか」
冗談みたいな選択肢をさらりと言ってのけたジンさんだったが、その張本人の顔に冗談の色は全く見えない。だが、ここまで大事にした私が言うのも何だが、たかが薬と自分を同列に並べることに抵抗はないのだろうか彼は。
「お、大人げない……」
「くだらねぇことで散々駄々をこねやがったテメェにだけは言われたくねぇ」
「う……」
ド正論で返されてしまっては、もう何も言えない。あんな一見くだらないような選択肢も、私にはよく効く。彼もわかって言ってるのだと思う。ジンさんに捨てられてしまう未来なんて恐ろしすぎて考えたくもない。ならばもう腹を括るしかない。
おずおずと伸ばした手で薬の入った袋を受け取る。ああは言っても、苦味なんて一瞬だし、終わってしまえばどうってことないのは分かっている。
封を切った。ふわりと届いた独特な香りに思わず眉を寄せる。グラスを受け取って、あとは飲むだけ。
だと言うのに。手はどうしても動いてくれなかった。
「……だって、治っちゃったら」
――あんな風に、ずっと傍にはいてくれなくなるでしょ……?
ここ最近のジンさんとの日々を思い出す。言葉にこそしないが心配はしてくれていたのか、ジンさんは時間があれば私の傍にいてくれた。悪態をつきながらも体に良い料理を作ってくれたり、眠くなるまでついててくれたり。普段は忙しくてここまで頻繁に会いに来られないとわかっていたからこそ、それが心がむずがゆくなるくらい嬉しかった。こんな時間がいつまでも続けばいいのになんて、子供じみた願いを持ってしまうには十分すぎる時間を、私は過ごしてしまっていたらしい。
「……お前」
心の中で呟いたつもりだったけど、その後聞こえたジンさんの言葉で、声に出してしまっていたことを知った。静まり返ってしまった空気に耐えられなくて、薬を口に入れて水で一気に流し込んだ。
やっぱり、不味い。ざらざらしたものが喉の奥に引っかかっている気がして、グラスが空になるまで何度も水を飲んだ。それでも残る苦味に目尻に涙が浮かんで、それを誤魔化すようにジンさんにグラスを押し付ける。何か言われる前に寝てしまおうと、布団に手をかけた時だった。
「上、向け」
えっ、と声を出す暇もなく顎を持ち上げられ、私は唇を奪われていた。
「んぅ……あ、ふ……っ、」
突然のことに思考停止しているうちに、いつの間にか差し入れられた舌が口内を削ぐように暴れ回る。捕らえられた舌から伝わる熱に、頭がくらりとした。
「……は、確かに不味いな」
長いようで短い交わりの後、ジンさんは小さく言った。一方、私は上がった息を整えながら目を白黒させている。何だったのだろう、今のキスは。ジンさんの思考が読めないのなんて日常茶飯事だが、それにしたって意味がわからない。改めて彼の様子を窺おうとしたが、その前にジンさんによって肩を押され、力の入ってない体はいとも簡単にベッドに倒された。
ぎょっとしているうちに、当たり前のようにベッドに入ってきたジンさんと目が合う。険しい目つきは「場所を空けろ」ということらしい。素直に脇の方へ寄ると、予想通りジンさんが私の隣に寝転がった。
「……あの、ジンさん」
「寝ろ」
私の言葉を遮るように布団がかけられ、その上から片手で抱き寄せられた。それが嬉しいのに、自分の情けなさを再認識させられるようで。ジンさんに気を遣わせてしまう自分がたまらなく嫌だった。
ジンさんの腕の中で、こくりと頷いて目を閉じる。眠気を塗りつぶすように込み上げる涙を押し込めて、縋り付くように彼の服を掴んだ。
「――治ったら」
しばらくして、聞こえた声に目を開ける。
「治ったらしたいことを、考えておけ」
彼らしくない、随分と小さな呟くような声だった。それが彼なりの優しさなのだと気付いた時、暖かいものがじわりと胸に広がっていった。なかなか単純だなと、さっきまでの情けない自分ごと内心で笑い飛ばした。
一体どんな顔で言ってくれているのか、見てみたくて布団から顔を出そうとしたけれど、思いの外強い力でジンさんの腕に阻止されてしまった。きっと彼も自分でらしくないことを言ったことに気付いているのだろう。
ならばと返事の代わりにジンさんの大きな背中に手を回す。苦味の代わりに残ったのは、思わず破顔してしまうほどの甘さだった。