きょうのジンさん
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『……前線の影響により、各地で雷を伴った激しい雨が降るでしょう……』
何となく垂れ流していたテレビの中で、アナウンサーが淡々と天気予報を告げていく。青と黄で埋め尽くされた画面から、視線を逸らさないまま私は隣に座る彼に声をかけた。
「ジンさん、雨だそうですよ」
「あぁ」
「あぁ、って……。いいんですか?」
「いいも何も、雨ならとっくに降りだしてただろう」
「それはそうですけど……」
特に興味なさそうにソファーの背もたれに体重をかけ直し、くつろぎモードに入っているジンさん。それでいいんですかと突っ込みたくなるのを何とか抑え、私は窓の外に目を向けた。まだ日は落ちてない時間なのに、外は薄暗く不気味さすら覚えてしまう。
少し前から静かに降り始めた雨は、今やうるさいほどの音を携えて地面を容赦なく叩きつけている。台風ではないとわかっていても、この降り方はまさしくそれと同じものだった。しかも、予報ではこれより更に酷くなるらしい。車で私の家に来ているジンさんだ、それこそ道が通行止めにでもなったら――。良くない考えがみるみるうちに浮かんで、慌てて頭を振った。
「あの、やっぱり、今のうちに帰った方が……」
「……」
私の言わんとしたことを察したのか、ジンさんは窓へと視線を投げた。
「……いいのか?」
「勿論です! お仕事に支障でも出たらそれこそ……」
「いや、そうじゃねぇ」
はて、何が言いたいのだろう。首を傾げた私を見て、ジンさんはそれはまあ意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「本当に、帰っても、いいのか?」
「……ん?」
わざとらしくジンさんが言った瞬間、まばゆい光がリビング中を青白く照らした。
─────────
それはいつものように、私の家でジンさんと過ごしていた日のこと。
ジンさんはソファーでぼうっとテレビを見ていて、私はテーブルで残った仕事の処理を淡々とこなしていた。
緩い時間が流れる中、突然雷鳴が聞こえた。
「……ひぇっ」
ソファーの方からの視線を感じたが、気にしない気にしない。敢えて無かったことにして私はタイピングを続ける。
またドーン、と轟音が響いた。
「おわっ」
チラ、とまた視線を感じた。変な声がした? 何のことやら。私は平静を装ってパソコンの画面だけを見つめていた。
今度は稲光がはっきりと見えた。うん、これなら事前にわかっているし、大丈夫だろう。それから数秒後。
――ドオォン、ゴロゴロゴロ……!
「ひょっ!」
「……オイ」
見事撃沈。跳ねた肩も、口から飛び出てしまう悲鳴もごまかせそうにない。窺うようにジンさんの方を見れば、その顔にはばっちり『正気か?』と書いてあった。
「雷、苦手なのか」
ハイ、苦手です。この世の何より苦手です。即答してしまいたい気持ちに駆られるが、本気かコイツ……うわぁ……と顔に書いてあるジンさんの前でそれを認める気にはどうしてもなれなかった。
「べっ、別に音にびっくりするだけで、に、苦手なわけでは……ぴえっ⁉」
今鳴る必要は無かったのではないか、雷よ。耳を塞ぎ机に突っ伏す私を見て、ジンさんは溜め息を吐くと、それっきり何も言ってこなかった。
しかし、それから十分後。
「……うひゃっ」
「ッチ、いい加減に慣れろ、鬱陶しい!」
「そ、そんなこと言われても……!」
しばらく無視し続けていたジンさんも、流石に限界が来てしまったらしい。雷に負けないくらい立派な舌打ちもいただいてしまった。
私だってどうにか出来るものならどうにかしたい。タイミングの読めない雷鳴にいちいち驚いていたらこちらとて心臓が持たないのだ。何か策はないのだろうか。耳を塞ぐのは、既に意味が無いことを自身で証明してしまった。なら、イヤホンはどうだろう。爆音で音楽を聴けたら、気分も良くなって一石二鳥だ。でも、ジンさんのいる前でそれをするのは失礼な気がしてしまう。
うーん、と唸りながら、まだ不機嫌そうなジンさんを盗み見る。彼の仕事着である真っ黒なコートは、前が緩く開かれいつもは見えないインナーを今日はしっかり認識できた。
――コート? 私は一度視界から外しかけたそれを二度見した。そうだ、これだ!
妙案を思いついた私は、意気揚々とジンさんの方へ歩いていった――ちなみに雷が鳴り出した時点で仕事への集中力は消え去っている。ソファーに座るジンさんに向かい合うように立つと、彼は訝しげに私を見た。
「何だ」
「ジンさん」
「あ?」
「失礼しますッ!」
ガバリと頭を下げると、私はジンさんのコートの前を勢いよく開けた。突然の奇行にジンさんが呆気にとられている隙に、私は彼の膝の間に正座のような形で座る。そして、掴んでいたコートの端を自分を隠すように頭にかぶせたら任務完了だ。
言うなれば、小さい頃雷が鳴った時布団をかぶり押し入れに隠れて耐えていた、あの感覚だ。黒くて厚いコートのおかげで視界が真っ暗で、どこかジンさんに守られている気がして。耳も塞いでいるから雷も聞こえない。うん、我ながらいい考えだ。
――先程から落とされているジンさんからの雷すらも、まあ、聞こえないし。それでも問答無用で引き剥がされることがないってことは、許可が出たってことでいいのだろうか。
ならば、とジンさんの胸に寄りかかるように顔を押しつけた。わかっていたけれどすごく固い。クッションほどの心地よさはないけれど、その代わりに聞こえてくる一定の心音と、温もりに酷く安心した。
どうしよう、このまま眠ってしまうかもしれない。流石にここで寝てはジンさんに迷惑がかかってしまう。それでもこの絶妙な安心感に、重くなっていく瞼には逆らえず。
意識が落ちる寸前、あの大きな手で背中を撫でられたような気がしたけれど、どうだったか。ともかく、その日の私の記憶はそこまでしか残っていなかった。
─────────
「……あ」
稲光りのすぐ後に鳴り響いた雷鳴にうずくまっていた私は、一気に蘇った記憶に思わず声を漏らした。同時に冷や汗が伝う。あれ、これはもしかしなくてもまずいのでは。
「前はあんな様子だったからな、雨が止むまでここにいてやろうかとも思っていたんだが……いらねぇ心配だったようだな?」
わざわざしゃがみ込み、私に目線を合わせてジンさんは言った。悪魔のような笑みを浮かべて。
「いや、決して平気とかではなく、」
「俺のことを思って言ってくれたんだ、ならそれに甘えさせてもらうのが道理ってもんだろ」
「あの、そうじゃなくて、」
真っ青になる私を見て、満足げに立ち上がるジンさん。どう見ても楽しんでいる。すたすたとリビングを後にし玄関に向かったジンさんを、私はなりふり構わず追いかけた。
「じゃあな?」
「いや、無理です、待って、帰らないでジンさん! プリーズカムバーック!」
こんな時に一人にされたらたまったものじゃない。私は声の限り叫んだ。
――再び鳴った雷に驚いて、ジンさんの背に飛びつくまであと五秒。
何となく垂れ流していたテレビの中で、アナウンサーが淡々と天気予報を告げていく。青と黄で埋め尽くされた画面から、視線を逸らさないまま私は隣に座る彼に声をかけた。
「ジンさん、雨だそうですよ」
「あぁ」
「あぁ、って……。いいんですか?」
「いいも何も、雨ならとっくに降りだしてただろう」
「それはそうですけど……」
特に興味なさそうにソファーの背もたれに体重をかけ直し、くつろぎモードに入っているジンさん。それでいいんですかと突っ込みたくなるのを何とか抑え、私は窓の外に目を向けた。まだ日は落ちてない時間なのに、外は薄暗く不気味さすら覚えてしまう。
少し前から静かに降り始めた雨は、今やうるさいほどの音を携えて地面を容赦なく叩きつけている。台風ではないとわかっていても、この降り方はまさしくそれと同じものだった。しかも、予報ではこれより更に酷くなるらしい。車で私の家に来ているジンさんだ、それこそ道が通行止めにでもなったら――。良くない考えがみるみるうちに浮かんで、慌てて頭を振った。
「あの、やっぱり、今のうちに帰った方が……」
「……」
私の言わんとしたことを察したのか、ジンさんは窓へと視線を投げた。
「……いいのか?」
「勿論です! お仕事に支障でも出たらそれこそ……」
「いや、そうじゃねぇ」
はて、何が言いたいのだろう。首を傾げた私を見て、ジンさんはそれはまあ意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「本当に、帰っても、いいのか?」
「……ん?」
わざとらしくジンさんが言った瞬間、まばゆい光がリビング中を青白く照らした。
─────────
それはいつものように、私の家でジンさんと過ごしていた日のこと。
ジンさんはソファーでぼうっとテレビを見ていて、私はテーブルで残った仕事の処理を淡々とこなしていた。
緩い時間が流れる中、突然雷鳴が聞こえた。
「……ひぇっ」
ソファーの方からの視線を感じたが、気にしない気にしない。敢えて無かったことにして私はタイピングを続ける。
またドーン、と轟音が響いた。
「おわっ」
チラ、とまた視線を感じた。変な声がした? 何のことやら。私は平静を装ってパソコンの画面だけを見つめていた。
今度は稲光がはっきりと見えた。うん、これなら事前にわかっているし、大丈夫だろう。それから数秒後。
――ドオォン、ゴロゴロゴロ……!
「ひょっ!」
「……オイ」
見事撃沈。跳ねた肩も、口から飛び出てしまう悲鳴もごまかせそうにない。窺うようにジンさんの方を見れば、その顔にはばっちり『正気か?』と書いてあった。
「雷、苦手なのか」
ハイ、苦手です。この世の何より苦手です。即答してしまいたい気持ちに駆られるが、本気かコイツ……うわぁ……と顔に書いてあるジンさんの前でそれを認める気にはどうしてもなれなかった。
「べっ、別に音にびっくりするだけで、に、苦手なわけでは……ぴえっ⁉」
今鳴る必要は無かったのではないか、雷よ。耳を塞ぎ机に突っ伏す私を見て、ジンさんは溜め息を吐くと、それっきり何も言ってこなかった。
しかし、それから十分後。
「……うひゃっ」
「ッチ、いい加減に慣れろ、鬱陶しい!」
「そ、そんなこと言われても……!」
しばらく無視し続けていたジンさんも、流石に限界が来てしまったらしい。雷に負けないくらい立派な舌打ちもいただいてしまった。
私だってどうにか出来るものならどうにかしたい。タイミングの読めない雷鳴にいちいち驚いていたらこちらとて心臓が持たないのだ。何か策はないのだろうか。耳を塞ぐのは、既に意味が無いことを自身で証明してしまった。なら、イヤホンはどうだろう。爆音で音楽を聴けたら、気分も良くなって一石二鳥だ。でも、ジンさんのいる前でそれをするのは失礼な気がしてしまう。
うーん、と唸りながら、まだ不機嫌そうなジンさんを盗み見る。彼の仕事着である真っ黒なコートは、前が緩く開かれいつもは見えないインナーを今日はしっかり認識できた。
――コート? 私は一度視界から外しかけたそれを二度見した。そうだ、これだ!
妙案を思いついた私は、意気揚々とジンさんの方へ歩いていった――ちなみに雷が鳴り出した時点で仕事への集中力は消え去っている。ソファーに座るジンさんに向かい合うように立つと、彼は訝しげに私を見た。
「何だ」
「ジンさん」
「あ?」
「失礼しますッ!」
ガバリと頭を下げると、私はジンさんのコートの前を勢いよく開けた。突然の奇行にジンさんが呆気にとられている隙に、私は彼の膝の間に正座のような形で座る。そして、掴んでいたコートの端を自分を隠すように頭にかぶせたら任務完了だ。
言うなれば、小さい頃雷が鳴った時布団をかぶり押し入れに隠れて耐えていた、あの感覚だ。黒くて厚いコートのおかげで視界が真っ暗で、どこかジンさんに守られている気がして。耳も塞いでいるから雷も聞こえない。うん、我ながらいい考えだ。
――先程から落とされているジンさんからの雷すらも、まあ、聞こえないし。それでも問答無用で引き剥がされることがないってことは、許可が出たってことでいいのだろうか。
ならば、とジンさんの胸に寄りかかるように顔を押しつけた。わかっていたけれどすごく固い。クッションほどの心地よさはないけれど、その代わりに聞こえてくる一定の心音と、温もりに酷く安心した。
どうしよう、このまま眠ってしまうかもしれない。流石にここで寝てはジンさんに迷惑がかかってしまう。それでもこの絶妙な安心感に、重くなっていく瞼には逆らえず。
意識が落ちる寸前、あの大きな手で背中を撫でられたような気がしたけれど、どうだったか。ともかく、その日の私の記憶はそこまでしか残っていなかった。
─────────
「……あ」
稲光りのすぐ後に鳴り響いた雷鳴にうずくまっていた私は、一気に蘇った記憶に思わず声を漏らした。同時に冷や汗が伝う。あれ、これはもしかしなくてもまずいのでは。
「前はあんな様子だったからな、雨が止むまでここにいてやろうかとも思っていたんだが……いらねぇ心配だったようだな?」
わざわざしゃがみ込み、私に目線を合わせてジンさんは言った。悪魔のような笑みを浮かべて。
「いや、決して平気とかではなく、」
「俺のことを思って言ってくれたんだ、ならそれに甘えさせてもらうのが道理ってもんだろ」
「あの、そうじゃなくて、」
真っ青になる私を見て、満足げに立ち上がるジンさん。どう見ても楽しんでいる。すたすたとリビングを後にし玄関に向かったジンさんを、私はなりふり構わず追いかけた。
「じゃあな?」
「いや、無理です、待って、帰らないでジンさん! プリーズカムバーック!」
こんな時に一人にされたらたまったものじゃない。私は声の限り叫んだ。
――再び鳴った雷に驚いて、ジンさんの背に飛びつくまであと五秒。
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