出来心だったんです
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「風呂、借りるぞ」
「どうぞ~」
そう言って迷いなく風呂場の方へ向かっていったジンさんを見ていると、まるでこの家の主は本当は彼なのではないかという錯覚に陥る。そのくらい頻繁に私の家に来てくれているのは嬉しい限りだが、いつも予告なしに突然来るので困ってしまうのも事実。内心で苦笑いしつつ、その間に少し片付けでも……と思ったところで目に入ったもの。それに手を伸ばしてしまったのが間違いだったのだと、今となっては思う。
誰かに見られているわけでもないのに、それを持って自室へと移動する間、自然と忍び足になってしまった。静かにドアを開け、滑り込むように中に入り息をつく。ようやく胸に抱いていたお目当てのそれを手に取りばっと広げてみると、想像以上の大きさにおぉ、と感嘆の声が漏れた。
「これが、ジンさんのコート……」
真っ黒で、予想通り結構重い。着ているのは今までに何度も見ているが、自分で手に取ってみたのは初めてだった。
本当はずっと着てみたかった、なんて言ったらジンさんに呆れられてしまうだろうか。何はともあれ、今は私にとってまたとない機会なのだ。お借りします、とお風呂中のジンさんに念を飛ばしておき、私はそのコートの袖に腕を差し込んだ。いつも彼がやっているように前でベルトを結び襟から髪を出し、これでよし、と鏡を見たのだが。
「んふふ……っ、ぶかぶか……」
袖は余りまくり、肩も気をつけていないとずり落ちてしまいそう。普通なら体格差に照れたりきゅんとしたりする場面なのだろうけど、鏡に映る自分の姿があまりにも面白くて笑いがこらえきれない。
――どうしよう、楽しくなってきてしまった。折角なら、この格好をもうちょっと極めたい。そんなくだらないことを考えながら、私はさっきまでとうって変わってドタドタとあちこち走り回った。何せこのミッションのタイムリミットはジンさんがお風呂を上がるまでだ。急がないと、この奇行が彼にバレてしまう。そうなる前に終わらせねばと、必要なものを回収してまた部屋に戻ってきた。
「……うん、これでよし」
持ってきたのは、リビングに置きっぱなしだったジンさんの帽子と、彼がいつ寝泊まりしてもいいように(勝手に)置いていったハイネックの薄紫のインナー。そして、黒光りするベレッタ。勿論モデルガンだ――コートに入っていた本物は慎重に取ってリビングに置いてきた。実は以前私が「ベレッタってかっこいいですよね、いいなぁ」と零した時、彼が眉間にそれはまあ深いシワを寄せた後、「お前はここまでにしておけ」とプレゼントしてくれた特注のモデルガンだったりする。
そんな彼とのあたたかい思い出に浸りかけていたのを何とか自制し、私は最後の仕上げに取りかかった。これまたぶかぶかなインナーを着て、先程と同じようにコートを羽織る。こみ上げてくるワクワクとした気持ちに、まるでハロウィンの仮装をする子供のようだなと思った。あとは帽子を被り、彼に倣って左手で拳銃を持つ。さてどうだろうと振り返り鏡を見れば。
「わ……ふふ、ジンさんだぁ」
これで銀髪なら完璧だった――とまでは行かないが、数分前のあれよりはよっぽどジンさんっぽい。テンションの上がった私は、そのまましばらく鏡の前でポーズをとったり、顔つきを怖くしてみたりとかなり好き勝手していた。
そんな中更なるグレードアップを図るために思いついたのが、「ジンさんが言いそうな台詞を言ってみよう」というもの。子供っぽい発想なのはこの際考えないことにした。ジンさんのことは好きだが、その前に憧れの人でもあるのだ。真似したくなるのもわかって欲しい、と誰に言うでもなく納得するように頷いた。しかし、平凡な私にあんな詩人のような台詞を思いつけというのも難しい。少し思案した後、一番無難でジンさんが言うからこそかっこいい一言が浮かんだ。
んんっ、と咳払いをする。私は鏡をこれでもかと言うほど睨みつけると、拳銃を向け、渾身の演技で呟いた。
「――あばよ、」
引き金を引いた。
カチリというプラスチックが奏でる音は、静寂の中ではやけに大きく聞こえた。そして襲ってくるのはかつてないほどの羞恥心。鏡に映った自分のドヤ顔を直視できず、私はそっと視線を逸らした。
「そ、そろそろやめなきゃ……」
そうだ、ジンさんがお風呂から上がってリビングに向かったら自分のコートがないのを不審に思ってしまう。恥ずかしさで血が上る顔を手で仰ぎながら、私は諸々を脱ごうとして、後ろを向いた。
「……え゙」
――そして、ばっちり認識してしまった。自室のドア辺り、壁に当てた腕に顔を伏せ肩を震わせているジンさんを。手にしていたモデルガンがポロリと手から落ちた。
「な、なっ……、」
「……っくく、お前……っ、何すんのかと思えば……っ」
「い、いつ、いつから」
「十分くらい前か……今日は長風呂する気分じゃなかったからな……っ」
「うああぁ……」
情けない悲鳴と共に膝から崩れ落ちる。こんなの、こんなのあんまりだ。何よりこんなにサイレント爆笑をしているジンさんを見たことない。でもまあ、怒られたり呆れられたりするよりはマシかもしれない。そんなことを暢気に考えていたまでは良かったのだが。顔を覆った手の指の隙間から彼を見た時、その彼が持っていたものに全身の血が引いていった。
「じ、ジンさん」
「何だ」
「その手に持ってる四角いもの、何ですか」
「見たらわかんだろ、スマホだ」
思い当たる最悪の可能性に私は顔を引きつらせた。
「ま、まさか、今の、全部撮って……!」
「撮ってるなんて一言も言ってねぇだろ」
「じゃあ何でまだ構えてるんですか⁉」
「何でだろうなァ?」
止めてくださいと飛びかかっても、当のジンさんはニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべながら躱している。スマホはしっかりと構えたまま。本業はジャーナリストなんじゃないかと言いたくなるほどに、その手を降ろそうとしなかった。
「おら、どうした……やめて欲しいんだろ?」
「ううう、届かないぃ……!」
パニック状態になった私が泣きながらジンさんに掴みかかるまで、攻防戦はしばらく続いた。
「うっ、ううっ」
「オイ……そろそろ泣き止め」
あれからしばらくして、流石にやり過ぎたと思ったのか罰の悪そうな顔でジンさんは私を抱き上げた。現在、ジンさんの胸辺りを腹いせに涙でびしゃびしゃにしているところだ。
「だってっ、声、かけてくれれば良かったのにっ」
「逆に聞くが、声かけて欲しかったのか」
「嫌、でしたけど……っ」
「なら最後まで見届けてやった俺に感謝するんだな」
「理不尽……」
フンと鼻で笑ったジンさんは随分とご機嫌だ。そんなジンさんの歩みに合わせて体が揺れる。落とされないように彼にしがみついたところで、私ははたと気付いた。
「あれ? ジンさん、どこに向かっているんですか?」
「ハッ、決まってんだろ」
そう言うが否や、私の体は文字通り空を飛んだ。放り投げられた先は、まごうことなきベッド。状況を理解しきる前に、狩る側の目をしたジンさんが覆い被さってきてしまった。ここまで来れば、フル稼働をした脳はこの先起こることをあっと言う間に算出してしまう。そして良くないことに私は今、彼の服を身につけたままなのだ。慌てて私は首を横に振った。
「ジンさん、ダメです、シワがついちゃう」
「ほぉ……つまり、それだけ乱れるつもりだったのか」
「なっ!」
舌なめずりをしたジンさんの顔が迫る。全身が本能的な恐怖に震えるのがわかった。
「乱れるのはいいが……汚すなよ?」
唸り声をあげながら枕をぶつける私を、ジンさんはくつくつと笑いながらベッドに縫い付けた。
「どうぞ~」
そう言って迷いなく風呂場の方へ向かっていったジンさんを見ていると、まるでこの家の主は本当は彼なのではないかという錯覚に陥る。そのくらい頻繁に私の家に来てくれているのは嬉しい限りだが、いつも予告なしに突然来るので困ってしまうのも事実。内心で苦笑いしつつ、その間に少し片付けでも……と思ったところで目に入ったもの。それに手を伸ばしてしまったのが間違いだったのだと、今となっては思う。
誰かに見られているわけでもないのに、それを持って自室へと移動する間、自然と忍び足になってしまった。静かにドアを開け、滑り込むように中に入り息をつく。ようやく胸に抱いていたお目当てのそれを手に取りばっと広げてみると、想像以上の大きさにおぉ、と感嘆の声が漏れた。
「これが、ジンさんのコート……」
真っ黒で、予想通り結構重い。着ているのは今までに何度も見ているが、自分で手に取ってみたのは初めてだった。
本当はずっと着てみたかった、なんて言ったらジンさんに呆れられてしまうだろうか。何はともあれ、今は私にとってまたとない機会なのだ。お借りします、とお風呂中のジンさんに念を飛ばしておき、私はそのコートの袖に腕を差し込んだ。いつも彼がやっているように前でベルトを結び襟から髪を出し、これでよし、と鏡を見たのだが。
「んふふ……っ、ぶかぶか……」
袖は余りまくり、肩も気をつけていないとずり落ちてしまいそう。普通なら体格差に照れたりきゅんとしたりする場面なのだろうけど、鏡に映る自分の姿があまりにも面白くて笑いがこらえきれない。
――どうしよう、楽しくなってきてしまった。折角なら、この格好をもうちょっと極めたい。そんなくだらないことを考えながら、私はさっきまでとうって変わってドタドタとあちこち走り回った。何せこのミッションのタイムリミットはジンさんがお風呂を上がるまでだ。急がないと、この奇行が彼にバレてしまう。そうなる前に終わらせねばと、必要なものを回収してまた部屋に戻ってきた。
「……うん、これでよし」
持ってきたのは、リビングに置きっぱなしだったジンさんの帽子と、彼がいつ寝泊まりしてもいいように(勝手に)置いていったハイネックの薄紫のインナー。そして、黒光りするベレッタ。勿論モデルガンだ――コートに入っていた本物は慎重に取ってリビングに置いてきた。実は以前私が「ベレッタってかっこいいですよね、いいなぁ」と零した時、彼が眉間にそれはまあ深いシワを寄せた後、「お前はここまでにしておけ」とプレゼントしてくれた特注のモデルガンだったりする。
そんな彼とのあたたかい思い出に浸りかけていたのを何とか自制し、私は最後の仕上げに取りかかった。これまたぶかぶかなインナーを着て、先程と同じようにコートを羽織る。こみ上げてくるワクワクとした気持ちに、まるでハロウィンの仮装をする子供のようだなと思った。あとは帽子を被り、彼に倣って左手で拳銃を持つ。さてどうだろうと振り返り鏡を見れば。
「わ……ふふ、ジンさんだぁ」
これで銀髪なら完璧だった――とまでは行かないが、数分前のあれよりはよっぽどジンさんっぽい。テンションの上がった私は、そのまましばらく鏡の前でポーズをとったり、顔つきを怖くしてみたりとかなり好き勝手していた。
そんな中更なるグレードアップを図るために思いついたのが、「ジンさんが言いそうな台詞を言ってみよう」というもの。子供っぽい発想なのはこの際考えないことにした。ジンさんのことは好きだが、その前に憧れの人でもあるのだ。真似したくなるのもわかって欲しい、と誰に言うでもなく納得するように頷いた。しかし、平凡な私にあんな詩人のような台詞を思いつけというのも難しい。少し思案した後、一番無難でジンさんが言うからこそかっこいい一言が浮かんだ。
んんっ、と咳払いをする。私は鏡をこれでもかと言うほど睨みつけると、拳銃を向け、渾身の演技で呟いた。
「――あばよ、」
引き金を引いた。
カチリというプラスチックが奏でる音は、静寂の中ではやけに大きく聞こえた。そして襲ってくるのはかつてないほどの羞恥心。鏡に映った自分のドヤ顔を直視できず、私はそっと視線を逸らした。
「そ、そろそろやめなきゃ……」
そうだ、ジンさんがお風呂から上がってリビングに向かったら自分のコートがないのを不審に思ってしまう。恥ずかしさで血が上る顔を手で仰ぎながら、私は諸々を脱ごうとして、後ろを向いた。
「……え゙」
――そして、ばっちり認識してしまった。自室のドア辺り、壁に当てた腕に顔を伏せ肩を震わせているジンさんを。手にしていたモデルガンがポロリと手から落ちた。
「な、なっ……、」
「……っくく、お前……っ、何すんのかと思えば……っ」
「い、いつ、いつから」
「十分くらい前か……今日は長風呂する気分じゃなかったからな……っ」
「うああぁ……」
情けない悲鳴と共に膝から崩れ落ちる。こんなの、こんなのあんまりだ。何よりこんなにサイレント爆笑をしているジンさんを見たことない。でもまあ、怒られたり呆れられたりするよりはマシかもしれない。そんなことを暢気に考えていたまでは良かったのだが。顔を覆った手の指の隙間から彼を見た時、その彼が持っていたものに全身の血が引いていった。
「じ、ジンさん」
「何だ」
「その手に持ってる四角いもの、何ですか」
「見たらわかんだろ、スマホだ」
思い当たる最悪の可能性に私は顔を引きつらせた。
「ま、まさか、今の、全部撮って……!」
「撮ってるなんて一言も言ってねぇだろ」
「じゃあ何でまだ構えてるんですか⁉」
「何でだろうなァ?」
止めてくださいと飛びかかっても、当のジンさんはニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべながら躱している。スマホはしっかりと構えたまま。本業はジャーナリストなんじゃないかと言いたくなるほどに、その手を降ろそうとしなかった。
「おら、どうした……やめて欲しいんだろ?」
「ううう、届かないぃ……!」
パニック状態になった私が泣きながらジンさんに掴みかかるまで、攻防戦はしばらく続いた。
「うっ、ううっ」
「オイ……そろそろ泣き止め」
あれからしばらくして、流石にやり過ぎたと思ったのか罰の悪そうな顔でジンさんは私を抱き上げた。現在、ジンさんの胸辺りを腹いせに涙でびしゃびしゃにしているところだ。
「だってっ、声、かけてくれれば良かったのにっ」
「逆に聞くが、声かけて欲しかったのか」
「嫌、でしたけど……っ」
「なら最後まで見届けてやった俺に感謝するんだな」
「理不尽……」
フンと鼻で笑ったジンさんは随分とご機嫌だ。そんなジンさんの歩みに合わせて体が揺れる。落とされないように彼にしがみついたところで、私ははたと気付いた。
「あれ? ジンさん、どこに向かっているんですか?」
「ハッ、決まってんだろ」
そう言うが否や、私の体は文字通り空を飛んだ。放り投げられた先は、まごうことなきベッド。状況を理解しきる前に、狩る側の目をしたジンさんが覆い被さってきてしまった。ここまで来れば、フル稼働をした脳はこの先起こることをあっと言う間に算出してしまう。そして良くないことに私は今、彼の服を身につけたままなのだ。慌てて私は首を横に振った。
「ジンさん、ダメです、シワがついちゃう」
「ほぉ……つまり、それだけ乱れるつもりだったのか」
「なっ!」
舌なめずりをしたジンさんの顔が迫る。全身が本能的な恐怖に震えるのがわかった。
「乱れるのはいいが……汚すなよ?」
唸り声をあげながら枕をぶつける私を、ジンさんはくつくつと笑いながらベッドに縫い付けた。
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