眠りの守り人
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あの謎の要求をされた日から、俺はかなりの頻度でルリの部屋を訪れる羽目となった。
原因は言うまでもなく、あの方へ報告したルリの生活環境(と言うより生活力)があまりにも酷すぎた為。あの方からのルリへの任務を伝えることよりも、ルリの生活を支えることの方が優先されてしまったのだ。
その旨を聞いた時、やはりこうなったかと俺は肩を落とした。想像はしていた訳だが。
何度あいつの元へ訪れても際限なく湧いてくる、このどうしようもない苛立ちを、今日はどうぶつけてやろうかと考えながら、厳重なセキュリティをくぐってまた例の"城"にやってきたわけなのだが。
「あ、ジン……」
最後の扉を開ければ、ルリが、何かを咥えている、いや、食べているのが目に入った。
俺と目が合った瞬間、明らかに「やばっ」という顔をしたルリ。
「……おい、それは何だ」
「……インスタントラーメン」
「の?」
「中身……」
「を?」
「そのまま食べてる……」
「……はぁぁ」
毎度の事とはいえ、こいつの生活感の無さにはほとほと呆れる。今までどうやって生きてきたのか、教えて欲しいくらいだ。
一周まわって先程までの怒りは何処かへ行ってしまったらしい、代わりにまた頭痛はするが。
「湯もわかせねぇのかテメェは」
「め、めんどくさくて……」
「そもそも毎日インスタントラーメンはやめろっつったろうが」
「う……」
バツが悪そうに目を逸らすルリから、食べかけのインスタントラーメン(未調理)を引ったくり、俺はキッチンに向かった。
「適当に作るから、その間テメェはそのUSBを何とかしとけ」
「え、わっ」
投げたUSBは床に落ちるギリギリでルリに拾われたようだ。
「……どこの?」
「例の薬物密輸に関わってたでけぇ組織のだ」
「へぇ」
それだけ聞くとルリはあの液晶画面だらけの部屋に向かった。視線だけでそれを見送り、そう言えば最後に食材を補充してやったのはいつだったかと、若干の不安を抱えたまま冷蔵庫を開けた。
刻んだ野菜と調味料をフライパンにぶち込んで炒めていれば、ふと隣から視線を感じた。
「隣にぼうっと立つな、幽霊みたいで気持ち悪ぃ」
「……作り方覚えたくて」
「これくらい誰にでも作れる。それより、もう終わったのか」
「うん、ポケットに入れとくね」
そう言われてすぐ、ズボンの右ポケットに微かな重量を感じた。
こいつの仕事の速さにはいつも舌を巻いている。一度だけあの部屋で仕事をしているのを監視したことがあるが、USBにかけられたトラップを交わし本命のデータだけを掠めとる手腕とその無駄のない速さは尊敬に値する。ハッキングもこいつにかかれば赤子の手をひねるより簡単だろう。
「おいひぃ」
「そうかよ」
「ひんのほはんおいひいはら、ひょうひへふほふはくはふんはよ」
「食うか喋るかどっちかにしろ阿呆が」
しかしあんな能力を持つ人間が、こんな有様なのだから余計に気に食わない。大してでかくもない頬いっぱいに飯を詰め込み、尚話そうとしてくる姿はとても間抜けで、無性に腹が立った。
「食い終わったら寝るぞ」
「今日も、いいの?」
「その為に来てんだろうが」
「うん、ありがと」
「……」
「……何?」
「何でもねぇよ」
あれだけ無表情だったこいつの口角が、ほんの少しだけ上がった気がしたが、気の所為だったらしい。別に興味もなかったが。
相変わらず狭いベッドに、向かい合うように寝転がる。初めての時よりは、赤みが差した顔に、あの方の懸念が少しは無くなったようだと思った。しかし根本的な、そして大きな問題がまだ残っている。
「まだ一人で寝れないのか」
「……うん。ジンに言われて練習したけど……ダメだった。深く眠れたことない」
「そうか……」
あの日以降、添い寝という方法で手を貸しつつも、流石に毎日こいつの元を訪れることはできないからと、ルリ自身に睡眠の為のありとあらゆる手段を試させたのだが。
どうやら道のりは長いらしい。
(原因を取っ払う方が早ぇかもな)
人間の三大欲求のひとつが無くなるなんてこと、何か特別な理由がなければそう起こらないはずだと、前から考えてはいたのだ。改善が見られないのであればもうそこを突き詰めていく他、方法は無いだろうと、目を閉じていたルリに問いかけた。
「こうなった心当たりはねぇのか」
すると意外にも直ぐに答えが返ってきた。
「あるよ」
「ほう?」
「多分、怖いだけ」
「あ? 何がだ」
「……裏切られるのが」
思わず身を起こし、ルリを見下ろした。
相変わらず瞳は閉じたまま、淡々とルリが話し始める。
「私、物心ついた時にはここにいたから、あまり分かってなかったの」
「何を」
「自分が、組織の要だってこと」
「……」
「近づいてくる奴とか利用したがる奴とか、いっぱいいる……から」
ルリの小さな手が、シーツをぎゅっと握っているのが見えた。
「前まではね、私も幹部達が集まるとこで顔を出したりそれなりにコミュニケーションとったりしてたんだけど……
自分の立場とか、背負っている情報の価値とか。わかってから、途端に周りの目が怖くなった。誰も信用出来なくなって、気付いたら自分の城を作って閉じこもってた。
……ここは安全だから」
とんでもない思い違いをしていたのだと、俺はこの時ようやく気づいた。これだけのセキュリティは、機密を外へ出さないための組織がやったものかと思い込んでいた。しかし実際はルリが己を守るために作り上げたシェルターだったという訳らしい。
「……でも、でもね」
紡がれた声は震えを伴っていた。
「どんなに扉を増やして、セキュリティを上げても……怖いの。
眠っている間に誰かが部屋に来るんじゃないかとか、何かされるんじゃないかって……そんな、感じ」
一通り話し終えたのか、ルリは深く息を吐いた。
「……俺は平気なのか」
そう問えば、瑠璃色の瞳がこちらを見つめ、今度こそ微笑んで「ジンは、特別」、と答えた。
「ジンは、あの方の為なら何だってするし、害があるのなら私にだって容赦しないでしょ。それがわかるから、怖くない」
「……そうか」
「あ、でも、嫌なら言ってね」
「……今更だな。それにあの方の為だ…お前が1人でも眠れるようになるまでは、ここにいてやる」
「……うん、ありがと。おやすみなさい」
夢の世界へ旅立ったであろうルリをじっと見つめ、俺ももう一度体をベッドに預けた。
あの方はこいつを「宝石」と呼んだ。それは、あの瞳の色からだけではなく、ルリ自身にそれだけの価値があるから。
それを手に入れようと躍起になり、あの手この手で近付いてくる人間達は、まだ幼かったルリの目にはどう写っただろう。
同情か、哀れみか。はたまた、こいつから向けられた何の裏もない信頼が、悪くないと思えたからか。
気付けば、ルリの目の下の隈を、指の背で消し去るように撫でていた。
「ん……」
擽ったかったのか顔にしわを寄せ唸るルリ。布団をかけてやると、何故かそれを手で避け、代わりの温もりを求めるかのように俺の胸へともぞもぞと移ってくるのがわかりぎょっとする。
どうやらそれでも半分は夢の中だったらしく、その後位置が定まったのか全く動かなくなった。
「ハッ、怖いもの知らずか……面白ぇ」
どうせあの方の為なのだと、改めて自分に言い聞かせつつ、それでもこんな時間も悪くないなどと、俺は思ってしまっていた。
「いいぜ……お前の休息は、俺が守ってやる」
そう呟き、薄い背を撫でれば、腕の中のルリが嬉しそうに笑った気がした。
原因は言うまでもなく、あの方へ報告したルリの生活環境(と言うより生活力)があまりにも酷すぎた為。あの方からのルリへの任務を伝えることよりも、ルリの生活を支えることの方が優先されてしまったのだ。
その旨を聞いた時、やはりこうなったかと俺は肩を落とした。想像はしていた訳だが。
何度あいつの元へ訪れても際限なく湧いてくる、このどうしようもない苛立ちを、今日はどうぶつけてやろうかと考えながら、厳重なセキュリティをくぐってまた例の"城"にやってきたわけなのだが。
「あ、ジン……」
最後の扉を開ければ、ルリが、何かを咥えている、いや、食べているのが目に入った。
俺と目が合った瞬間、明らかに「やばっ」という顔をしたルリ。
「……おい、それは何だ」
「……インスタントラーメン」
「の?」
「中身……」
「を?」
「そのまま食べてる……」
「……はぁぁ」
毎度の事とはいえ、こいつの生活感の無さにはほとほと呆れる。今までどうやって生きてきたのか、教えて欲しいくらいだ。
一周まわって先程までの怒りは何処かへ行ってしまったらしい、代わりにまた頭痛はするが。
「湯もわかせねぇのかテメェは」
「め、めんどくさくて……」
「そもそも毎日インスタントラーメンはやめろっつったろうが」
「う……」
バツが悪そうに目を逸らすルリから、食べかけのインスタントラーメン(未調理)を引ったくり、俺はキッチンに向かった。
「適当に作るから、その間テメェはそのUSBを何とかしとけ」
「え、わっ」
投げたUSBは床に落ちるギリギリでルリに拾われたようだ。
「……どこの?」
「例の薬物密輸に関わってたでけぇ組織のだ」
「へぇ」
それだけ聞くとルリはあの液晶画面だらけの部屋に向かった。視線だけでそれを見送り、そう言えば最後に食材を補充してやったのはいつだったかと、若干の不安を抱えたまま冷蔵庫を開けた。
刻んだ野菜と調味料をフライパンにぶち込んで炒めていれば、ふと隣から視線を感じた。
「隣にぼうっと立つな、幽霊みたいで気持ち悪ぃ」
「……作り方覚えたくて」
「これくらい誰にでも作れる。それより、もう終わったのか」
「うん、ポケットに入れとくね」
そう言われてすぐ、ズボンの右ポケットに微かな重量を感じた。
こいつの仕事の速さにはいつも舌を巻いている。一度だけあの部屋で仕事をしているのを監視したことがあるが、USBにかけられたトラップを交わし本命のデータだけを掠めとる手腕とその無駄のない速さは尊敬に値する。ハッキングもこいつにかかれば赤子の手をひねるより簡単だろう。
「おいひぃ」
「そうかよ」
「ひんのほはんおいひいはら、ひょうひへふほふはくはふんはよ」
「食うか喋るかどっちかにしろ阿呆が」
しかしあんな能力を持つ人間が、こんな有様なのだから余計に気に食わない。大してでかくもない頬いっぱいに飯を詰め込み、尚話そうとしてくる姿はとても間抜けで、無性に腹が立った。
「食い終わったら寝るぞ」
「今日も、いいの?」
「その為に来てんだろうが」
「うん、ありがと」
「……」
「……何?」
「何でもねぇよ」
あれだけ無表情だったこいつの口角が、ほんの少しだけ上がった気がしたが、気の所為だったらしい。別に興味もなかったが。
相変わらず狭いベッドに、向かい合うように寝転がる。初めての時よりは、赤みが差した顔に、あの方の懸念が少しは無くなったようだと思った。しかし根本的な、そして大きな問題がまだ残っている。
「まだ一人で寝れないのか」
「……うん。ジンに言われて練習したけど……ダメだった。深く眠れたことない」
「そうか……」
あの日以降、添い寝という方法で手を貸しつつも、流石に毎日こいつの元を訪れることはできないからと、ルリ自身に睡眠の為のありとあらゆる手段を試させたのだが。
どうやら道のりは長いらしい。
(原因を取っ払う方が早ぇかもな)
人間の三大欲求のひとつが無くなるなんてこと、何か特別な理由がなければそう起こらないはずだと、前から考えてはいたのだ。改善が見られないのであればもうそこを突き詰めていく他、方法は無いだろうと、目を閉じていたルリに問いかけた。
「こうなった心当たりはねぇのか」
すると意外にも直ぐに答えが返ってきた。
「あるよ」
「ほう?」
「多分、怖いだけ」
「あ? 何がだ」
「……裏切られるのが」
思わず身を起こし、ルリを見下ろした。
相変わらず瞳は閉じたまま、淡々とルリが話し始める。
「私、物心ついた時にはここにいたから、あまり分かってなかったの」
「何を」
「自分が、組織の要だってこと」
「……」
「近づいてくる奴とか利用したがる奴とか、いっぱいいる……から」
ルリの小さな手が、シーツをぎゅっと握っているのが見えた。
「前まではね、私も幹部達が集まるとこで顔を出したりそれなりにコミュニケーションとったりしてたんだけど……
自分の立場とか、背負っている情報の価値とか。わかってから、途端に周りの目が怖くなった。誰も信用出来なくなって、気付いたら自分の城を作って閉じこもってた。
……ここは安全だから」
とんでもない思い違いをしていたのだと、俺はこの時ようやく気づいた。これだけのセキュリティは、機密を外へ出さないための組織がやったものかと思い込んでいた。しかし実際はルリが己を守るために作り上げたシェルターだったという訳らしい。
「……でも、でもね」
紡がれた声は震えを伴っていた。
「どんなに扉を増やして、セキュリティを上げても……怖いの。
眠っている間に誰かが部屋に来るんじゃないかとか、何かされるんじゃないかって……そんな、感じ」
一通り話し終えたのか、ルリは深く息を吐いた。
「……俺は平気なのか」
そう問えば、瑠璃色の瞳がこちらを見つめ、今度こそ微笑んで「ジンは、特別」、と答えた。
「ジンは、あの方の為なら何だってするし、害があるのなら私にだって容赦しないでしょ。それがわかるから、怖くない」
「……そうか」
「あ、でも、嫌なら言ってね」
「……今更だな。それにあの方の為だ…お前が1人でも眠れるようになるまでは、ここにいてやる」
「……うん、ありがと。おやすみなさい」
夢の世界へ旅立ったであろうルリをじっと見つめ、俺ももう一度体をベッドに預けた。
あの方はこいつを「宝石」と呼んだ。それは、あの瞳の色からだけではなく、ルリ自身にそれだけの価値があるから。
それを手に入れようと躍起になり、あの手この手で近付いてくる人間達は、まだ幼かったルリの目にはどう写っただろう。
同情か、哀れみか。はたまた、こいつから向けられた何の裏もない信頼が、悪くないと思えたからか。
気付けば、ルリの目の下の隈を、指の背で消し去るように撫でていた。
「ん……」
擽ったかったのか顔にしわを寄せ唸るルリ。布団をかけてやると、何故かそれを手で避け、代わりの温もりを求めるかのように俺の胸へともぞもぞと移ってくるのがわかりぎょっとする。
どうやらそれでも半分は夢の中だったらしく、その後位置が定まったのか全く動かなくなった。
「ハッ、怖いもの知らずか……面白ぇ」
どうせあの方の為なのだと、改めて自分に言い聞かせつつ、それでもこんな時間も悪くないなどと、俺は思ってしまっていた。
「いいぜ……お前の休息は、俺が守ってやる」
そう呟き、薄い背を撫でれば、腕の中のルリが嬉しそうに笑った気がした。
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