眠りの守り人
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何重にもかけられたセキュリティ。
何枚も連なる威圧感を放つ鉄の扉。
その先へ初めて足を踏み入れた俺が見たものは、壁を埋め尽くす無数の液晶画面と、
「あなたが、ジン?」
まだ年端もいかぬたった一人の少女だった。
--------------------
あの方の指令というのは、いつも唐突だ。
コードネームを頂いてから、俺が幹部にまでのし上がった直後に、俺はあの方に呼び出された。
『私の宝石が、お城の奥深くに閉じ込もって出てきてくれなくてね。観察して報告するのと私からの伝言役を頼むよ』
曰く、アジトのひとつ、どこかのビルの誰も知らない扉の、そのまた奥の奥に、組織の最重要機密が"いる"らしい。
その存在を組織で知っているものはほんのひと握りで、これから先も誰にも明かすなと強く言われた。
俺に任されたのは、そいつの様子を見に行ってはどうだったかをあの方に逐一報告することと、そのついでにあの方から預かった言葉を伝えること。
どんな奴が眠っていることやら。女というのは聞いていたが、それ以外の情報はあの方が面白がって教えてはくれなかった。
しかしいざ会ってみればその警戒も虚しく、随分と拍子抜けしたのをよく覚えている。
(……ただのガキじゃねぇか)
とにかく細っこくて小さい、とても健康優良児とは言えない見た目。ついさっきまでこんな弱々しい奴に警戒をしていたのかと思うと自分が馬鹿らしくなってしまった。
「……わたしは、ルリってあの方に呼ばれてる。でも好きに呼んで。……よろしく」
そう名乗ったこの娘の瞳は、確かに宝石のような色をしていたが、その輝きはどこにも無く、それが何故か深く心に残った。
--------------------
「……、だそうだ。次の任務についてはまた俺が連絡をしに来る」
「……わかった」
そう簡素な返事をしたルリは、一切俺の方を見ずにキーボードを叩き続けている。
こんなやり取りも、数ヶ月繰り返せばもう慣れたものだ。
初めてこいつに会った時は、話を聞いているのかいないのか分からない態度に苛ついたりもしたが、咎めるだけ時間の無駄だと学んだ。基本的にこいつは無口で余計な会話はしないし、感情を顔に出すこともなかなかないのだ。
「それと、あの方からもうひとつ伝言だ」
そう言うと、ようやくルリが手を止め、しかし目だけでこちらを見てきた。
「……何?」
「褒美は何がいい、だそうだ」
「……ほうび」
聞こえるギリギリの声で反芻するルリを見下ろす。表情はほとんど変わらないが、少し下がった眉とどことなく泳ぐ瞳に、これは困惑しているということか、と理解した。
「お前、いつも"いらない"の一点張りらしいな」
「だって欲しいもの、ない」
「……とにかく何でもいいから言え」
「う……」
黙り込んだルリに、つい舌打ちを漏らす。
苛立つ自分に気付いたのか気付いてないのか。間もなくぽそりとルリが呟いた。
「それ、して欲しいことでもいいの」
「……言ってみろ」
「添い寝」
一瞬、俺の中で時が止まった。
「は?」
「だから、添い寝」
「………あの方にか?」
「ううん、ジンにして欲しい」
文字通りの絶句。
人に何かを言われて、本当に言葉を失うことがあるとは思わなかった。
俺に、添い寝、して欲しい、だと?
「それが、褒美か……?」
「うん。だめ?」
「……少し待ってろ」
無表情で首を傾げる目の前のこいつが、何を企んでいるのか全く分からない。いや、何だかんだで何も考えていないというオチもある。
とりあえず思考回路があらぬ方向へ持っていかれた感覚に、とにかく頭が痛くなった。
回らない頭でそれでも何とかスマホを取りだし、ある番号を押した。勿論あの方へ報告する為だ。
しかし無情にも、返ってきた返事は「お前が叶えてやれることなら何でもやってやりなさい」と言うもの。
……頭痛が更に酷くなってきた。
「いいって?」
「……ああ」
「……心配しなくても、何もしないよ?」
「言われなくてもわかってんだよ…くそ、あの方の命令じゃなけりゃこんなこと……」
「あ、ベッドこっち」
「……チッ!」
話は聞かない、空気は読まない、あくまで己のペースで生きるこいつを、今すぐ首根っこ掴んで放り投げてやりたい。そんな気分だ。あの方のお気に入りじゃなきゃ張り倒すくらいはしていたかもしれない。
こちらに背を向けて部屋を歩くルリに続く。途中見えたリビングやキッチンは、目立ちもしないごく普通の家庭のようなもの。常に薄暗いこと以外は、何も特筆すべきな点はない。
しかし、足を踏み入れた寝室だけは妙だった。いやに綺麗な、シワひとつ無いベッドがぽつんと置かれている。あまりの生活感のなさに内心首を傾げた。
(綺麗と言うよりかは、全く使われていないのか)
寝室だけは、リビングなどよりも毎日使う場所であるはずなのに、何故こんなにも使われた形跡がないのか。
「お前、普段どこで寝ている」
返ってきた返事に俺は目を見開いた。
「寝てないよ」
「は?」
「いつもは、寝てない」
「……一日中任務がある訳でもないだろ」
「うん、でも、寝てない」
「あの方に報告するぞ」
「……いいけど、何で?」
「そういう命令だからな」
これは、どうやら俺が思った以上に深刻な問題だったらしい。
こいつに関することで重要だと思ったことはあの方への報告義務がある為、俺はしまったばかりのスマホをもう一度取りだしメール作成画面を開いた。簡潔に状況をまとめた文を送り、目の前の彼女に目を向ける。
「早くベッドに行け。とっとと済ませるぞ」
「うん」
ルリがベッドに身体を投げると、その衝撃で埃が舞うのが見える。ルリが咳き込む中、俺はこの一張羅を汚したくはないと脱いで一番掃除が行き届いていそうな方へ放り、ベッドの端に寝転んだ。
このベッドの小ささでは、俺が仰向けで寝るのすら厳しいのではないかと思う。
「狭ぇ」
「シングルだから」
「揚げ足を取るんじゃねぇよ」
「ごめん」
「……」
俺と向かい合うようにして目を閉じたルリ。
その顔をじっと見つめてみれば、かなり状態が酷いことが窺えた。
(やつれ、死人のような顔色、目の下の隈……もう少し見ておくべきだったか)
気は全く、1ミリたりとも乗らないが、それでもこの任務を任せられたのはあの方に信頼されているからに他ならない。
ならば、手を抜くわけにはいかないのだ。次来る時までに対策を練るかと内心で決意した。
「……寝たか」
「まだ」
「……何故添い寝なんだ」
ずっと抱えていた疑問を投げれば、ルリは目を閉じたまま答えていった。
「何となく……?眠れる気がして」
「俺で良かったのか」
「うん。ジンじゃなきゃ、こんなこと……頼まない……」
即答したルリに、思わず鼻で笑ってしまう。
「おめでたい奴だ……俺が何かする可能性だってあ」
「すー……すぅ……」
「何なんだ……」
聞こえ始めた一定間隔での小さな音に、俺はため息をついた。
今日はとんだ厄日になってしまったようだ。
何はともあれ眠りについてくれたのだ、ならもう俺がここにいる意味もないだろうと体を起こせば、インナーの端をくんっと引っ張られる感覚がした。見ればぱっちりと目を開けたルリがいて、俺は思わず顔を歪ませる。
「一時間でいいから、いて。お願い」
「くそ、わかった、わかったから手ぇ離せ……」
「……すぅ」
どうやら脳内に、眠りの浅さに注意、という項目を付け足さなければならないようだ。
落ちかけていたタオルケットを手繰り寄せ、ルリにかけてやった。
(寝顔は更にガキだな)
穏やかな寝息を立てて眠るルリを横目に、どうせもう任務もないしいいかと警戒もせず俺も目を閉じたのは、怒涛の展開に心身共に疲れていたからだということにした。
何枚も連なる威圧感を放つ鉄の扉。
その先へ初めて足を踏み入れた俺が見たものは、壁を埋め尽くす無数の液晶画面と、
「あなたが、ジン?」
まだ年端もいかぬたった一人の少女だった。
--------------------
あの方の指令というのは、いつも唐突だ。
コードネームを頂いてから、俺が幹部にまでのし上がった直後に、俺はあの方に呼び出された。
『私の宝石が、お城の奥深くに閉じ込もって出てきてくれなくてね。観察して報告するのと私からの伝言役を頼むよ』
曰く、アジトのひとつ、どこかのビルの誰も知らない扉の、そのまた奥の奥に、組織の最重要機密が"いる"らしい。
その存在を組織で知っているものはほんのひと握りで、これから先も誰にも明かすなと強く言われた。
俺に任されたのは、そいつの様子を見に行ってはどうだったかをあの方に逐一報告することと、そのついでにあの方から預かった言葉を伝えること。
どんな奴が眠っていることやら。女というのは聞いていたが、それ以外の情報はあの方が面白がって教えてはくれなかった。
しかしいざ会ってみればその警戒も虚しく、随分と拍子抜けしたのをよく覚えている。
(……ただのガキじゃねぇか)
とにかく細っこくて小さい、とても健康優良児とは言えない見た目。ついさっきまでこんな弱々しい奴に警戒をしていたのかと思うと自分が馬鹿らしくなってしまった。
「……わたしは、ルリってあの方に呼ばれてる。でも好きに呼んで。……よろしく」
そう名乗ったこの娘の瞳は、確かに宝石のような色をしていたが、その輝きはどこにも無く、それが何故か深く心に残った。
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「……、だそうだ。次の任務についてはまた俺が連絡をしに来る」
「……わかった」
そう簡素な返事をしたルリは、一切俺の方を見ずにキーボードを叩き続けている。
こんなやり取りも、数ヶ月繰り返せばもう慣れたものだ。
初めてこいつに会った時は、話を聞いているのかいないのか分からない態度に苛ついたりもしたが、咎めるだけ時間の無駄だと学んだ。基本的にこいつは無口で余計な会話はしないし、感情を顔に出すこともなかなかないのだ。
「それと、あの方からもうひとつ伝言だ」
そう言うと、ようやくルリが手を止め、しかし目だけでこちらを見てきた。
「……何?」
「褒美は何がいい、だそうだ」
「……ほうび」
聞こえるギリギリの声で反芻するルリを見下ろす。表情はほとんど変わらないが、少し下がった眉とどことなく泳ぐ瞳に、これは困惑しているということか、と理解した。
「お前、いつも"いらない"の一点張りらしいな」
「だって欲しいもの、ない」
「……とにかく何でもいいから言え」
「う……」
黙り込んだルリに、つい舌打ちを漏らす。
苛立つ自分に気付いたのか気付いてないのか。間もなくぽそりとルリが呟いた。
「それ、して欲しいことでもいいの」
「……言ってみろ」
「添い寝」
一瞬、俺の中で時が止まった。
「は?」
「だから、添い寝」
「………あの方にか?」
「ううん、ジンにして欲しい」
文字通りの絶句。
人に何かを言われて、本当に言葉を失うことがあるとは思わなかった。
俺に、添い寝、して欲しい、だと?
「それが、褒美か……?」
「うん。だめ?」
「……少し待ってろ」
無表情で首を傾げる目の前のこいつが、何を企んでいるのか全く分からない。いや、何だかんだで何も考えていないというオチもある。
とりあえず思考回路があらぬ方向へ持っていかれた感覚に、とにかく頭が痛くなった。
回らない頭でそれでも何とかスマホを取りだし、ある番号を押した。勿論あの方へ報告する為だ。
しかし無情にも、返ってきた返事は「お前が叶えてやれることなら何でもやってやりなさい」と言うもの。
……頭痛が更に酷くなってきた。
「いいって?」
「……ああ」
「……心配しなくても、何もしないよ?」
「言われなくてもわかってんだよ…くそ、あの方の命令じゃなけりゃこんなこと……」
「あ、ベッドこっち」
「……チッ!」
話は聞かない、空気は読まない、あくまで己のペースで生きるこいつを、今すぐ首根っこ掴んで放り投げてやりたい。そんな気分だ。あの方のお気に入りじゃなきゃ張り倒すくらいはしていたかもしれない。
こちらに背を向けて部屋を歩くルリに続く。途中見えたリビングやキッチンは、目立ちもしないごく普通の家庭のようなもの。常に薄暗いこと以外は、何も特筆すべきな点はない。
しかし、足を踏み入れた寝室だけは妙だった。いやに綺麗な、シワひとつ無いベッドがぽつんと置かれている。あまりの生活感のなさに内心首を傾げた。
(綺麗と言うよりかは、全く使われていないのか)
寝室だけは、リビングなどよりも毎日使う場所であるはずなのに、何故こんなにも使われた形跡がないのか。
「お前、普段どこで寝ている」
返ってきた返事に俺は目を見開いた。
「寝てないよ」
「は?」
「いつもは、寝てない」
「……一日中任務がある訳でもないだろ」
「うん、でも、寝てない」
「あの方に報告するぞ」
「……いいけど、何で?」
「そういう命令だからな」
これは、どうやら俺が思った以上に深刻な問題だったらしい。
こいつに関することで重要だと思ったことはあの方への報告義務がある為、俺はしまったばかりのスマホをもう一度取りだしメール作成画面を開いた。簡潔に状況をまとめた文を送り、目の前の彼女に目を向ける。
「早くベッドに行け。とっとと済ませるぞ」
「うん」
ルリがベッドに身体を投げると、その衝撃で埃が舞うのが見える。ルリが咳き込む中、俺はこの一張羅を汚したくはないと脱いで一番掃除が行き届いていそうな方へ放り、ベッドの端に寝転んだ。
このベッドの小ささでは、俺が仰向けで寝るのすら厳しいのではないかと思う。
「狭ぇ」
「シングルだから」
「揚げ足を取るんじゃねぇよ」
「ごめん」
「……」
俺と向かい合うようにして目を閉じたルリ。
その顔をじっと見つめてみれば、かなり状態が酷いことが窺えた。
(やつれ、死人のような顔色、目の下の隈……もう少し見ておくべきだったか)
気は全く、1ミリたりとも乗らないが、それでもこの任務を任せられたのはあの方に信頼されているからに他ならない。
ならば、手を抜くわけにはいかないのだ。次来る時までに対策を練るかと内心で決意した。
「……寝たか」
「まだ」
「……何故添い寝なんだ」
ずっと抱えていた疑問を投げれば、ルリは目を閉じたまま答えていった。
「何となく……?眠れる気がして」
「俺で良かったのか」
「うん。ジンじゃなきゃ、こんなこと……頼まない……」
即答したルリに、思わず鼻で笑ってしまう。
「おめでたい奴だ……俺が何かする可能性だってあ」
「すー……すぅ……」
「何なんだ……」
聞こえ始めた一定間隔での小さな音に、俺はため息をついた。
今日はとんだ厄日になってしまったようだ。
何はともあれ眠りについてくれたのだ、ならもう俺がここにいる意味もないだろうと体を起こせば、インナーの端をくんっと引っ張られる感覚がした。見ればぱっちりと目を開けたルリがいて、俺は思わず顔を歪ませる。
「一時間でいいから、いて。お願い」
「くそ、わかった、わかったから手ぇ離せ……」
「……すぅ」
どうやら脳内に、眠りの浅さに注意、という項目を付け足さなければならないようだ。
落ちかけていたタオルケットを手繰り寄せ、ルリにかけてやった。
(寝顔は更にガキだな)
穏やかな寝息を立てて眠るルリを横目に、どうせもう任務もないしいいかと警戒もせず俺も目を閉じたのは、怒涛の展開に心身共に疲れていたからだということにした。
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