貴方に贈る歌
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
それは、冬の始まりの少し肌寒い日のことだった。
まだ俺が、組織の末端の構成員でしか無かった頃。
(あんのクソ古狸共…いつか殺す…)
コツコツと革靴の音を大きく響かせながら歩く。
幹部らの任務の後始末を終え、というよりかは体良く押し付けられ、扱き使われた体は疲れで悲鳴をあげていた。
しかし帰ろうにも、車が停めてあるところはさっきの任務中サツに見つからないようにとわざと遠くにしてあるため、ここからまだ歩かなければならない。面倒なことをしてしまった自分に更に苛立つ。
八つ当たりのようにすれ違った人間を睨みつければ間抜けな悲鳴をあげて逃げていった。しかし気は晴れない。徹夜続きで頭も回らない。
とにかくどこかに座って休みたい、それだけを考えて歩いていると、人気のない寂れた公園が目に入った。見ればベンチや自販機も置いてあるではないか。
丁度いい、ここで少しだけ休むか、と公園へと足を進ませる。最後の理性で出来るだけ人目につかなそうなベンチを選び向かった。
横たわり目を閉じた後は本当に一瞬だった。
「〜~♪」
どれだけの時間が経っていたのか。
控えめな歌声と弦楽器の音に、俺は目を覚ました。
音のする方に視線だけ向ければ、公園の入口近くのベンチに中学生くらいの女がアコースティックギターを奏でながら歌声を乗せている。表情はここからでは窺えないが、その声色はどこか軽やかで楽しげだ。
決して素晴らしい演奏とは言えない。所々甘さの見える、まあ素人にしては上手い、という表現がぴったりなものでしかない。
(だが、やけに心地いい)
気配に気付かれないようにそっと体を起こして、ベンチに座り直す。
まるで空気に色がついたみたいだなどと、自分には似つかわしくない表現が頭に浮かんで、鼻で笑い飛ばした。
どうせもう用事もない。しばらくこの平和な時間に身を委ねていようと、俺は目を閉じた。
やがて音が止んだ。
今度こそ俺は立ち上がり帰路に着こうとした。少女の方を見れば、少女はギターを抱えたままぼうっと空を見上げている。びゅうと冷たい風が吹き、手を擦るのが見えた。まだ俺の存在には気付いていないようだ。
何となくだが、そのままこの場を離れるのは己の美学に反する気がして、足が自然と自販機の方へ向かっていた。
「おい」
「ひぇっ!??」
いきなり声をかけられた少女の顔は、驚きに満ちていて、目一杯開かれた目に自分が映っていることが、気分を良くさせた。
目の前の少女に手に持っていた缶のコーンポタージュを投げてやると、慌てて両手で受け取っていた。
「えっ、あの」
「投げ銭代わりだ、受け取っておけ」
そう言ってやれば、少女は分かりやすく顔を綻ばせ礼を口にした。
「あ、ありがとうございますっ…!」
歌っていた時とはまた違う軽やかな声を背に、俺はその場を後にした。
--------------------
『では次のコーナーです。今週は音楽特集、今を駆け抜ける新人シンガーソングライターに来ていただいています!』
『──です、本日はよろしくお願いします!』
『では早速ですが、じゃんじゃん質問していきますよ~……』
「兄貴、裏取れましたぜ」
携帯を片手に車に乗り込んできたウォッカが、今回の取引相手についての調査結果を報告してくるのを、俺は何処か意識の遠くの方で聞いていた。
話が途切れ、ステレオから聞こえてくる声にウォッカが首を傾げる。
「珍しい……、ラジオですかい?」
返事はせずに煙草に火を付け、息を吐き出す。黙り込んだ俺に、ウォッカは怪訝な顔をしたままアクセルを踏んだ。
『……ですね。さて、今日は新曲を披露してくれるそうで! 紹介をどうぞ!』
『はい。少し話は逸れますが……えー先程も少し触れたんですけど……私がここまで来れたのは、とある人のおかげなんです』
『私が公園で1人練習を重ねていた時に出会って……その人私に「投げ銭代わりだ」って言って自販機のコンポタをくれたんです。知らない人に歌を聴いてもらったの初めてで……私本当に嬉しくて……』
わあ、と番組のDJが期待に満ちた声を出した。
『それから何回かその公園でその人に会ったんです。いつも演奏聞いてくれて、しかもある時は「もっと大勢が聞くところでやってみろ、経験を積めばもっと輝く」ってアドバイスまでくれて……。今の私がいるのは間違いなくあの人のおかげなんです……とても感謝してるんです!……でも』
『でも?』
『突然、その人が公園に来なくなったんです。時間が合わなくなったのか、引越しでもしたのか、或いは私の歌を聞くのに飽きたのか……とにかくそれから一度も会えなかった』
だから、と彼女は続けた。
『考えたんです。私がもっと経験を重ねて、有名になって、こういう風にラジオとかテレビとかに出させてもらえるくらいになったら、その人がどこにいても私の歌を聞いてもらえるんじゃないかって』
『わあ……素敵な考えですね』
『あはは……その人が聞いてくれる保証なんて何処にもないんですけどね。でもどうしても届いて欲しくて…。私がここにいるのはあなたのおかげなんだって』
『きっと、聞いてくれますよ!私達も全力でこのラジオを宣伝してますから!』
『ありがとうございます……。えー、では。……CDデビューしてから1年、まだまだ拙いことには変わりないとは思いますが。願いを込めてこの曲を歌います』
『同じ世界のどこかにいる貴方に、どうか、この歌が届きますように』
『聞いてください、』
──The song for you
流れ始めた旋律に、ウォッカがこちらを見た。
「止めやすかい?兄貴」
「いや…このままでいい」
あの頃よりも幾段も良くなった、それでいて懐かしい、耳障りのいい歌声に、酔いしれるように瞳を閉じる。
『ありがとうございますっ……!』
嬉しそうにコンポタを受け取った、あの日の少女の笑顔が瞼の裏に浮かんで、俺はウォッカに悟られないよう静かに口の端を上げた。
まだ俺が、組織の末端の構成員でしか無かった頃。
(あんのクソ古狸共…いつか殺す…)
コツコツと革靴の音を大きく響かせながら歩く。
幹部らの任務の後始末を終え、というよりかは体良く押し付けられ、扱き使われた体は疲れで悲鳴をあげていた。
しかし帰ろうにも、車が停めてあるところはさっきの任務中サツに見つからないようにとわざと遠くにしてあるため、ここからまだ歩かなければならない。面倒なことをしてしまった自分に更に苛立つ。
八つ当たりのようにすれ違った人間を睨みつければ間抜けな悲鳴をあげて逃げていった。しかし気は晴れない。徹夜続きで頭も回らない。
とにかくどこかに座って休みたい、それだけを考えて歩いていると、人気のない寂れた公園が目に入った。見ればベンチや自販機も置いてあるではないか。
丁度いい、ここで少しだけ休むか、と公園へと足を進ませる。最後の理性で出来るだけ人目につかなそうなベンチを選び向かった。
横たわり目を閉じた後は本当に一瞬だった。
「〜~♪」
どれだけの時間が経っていたのか。
控えめな歌声と弦楽器の音に、俺は目を覚ました。
音のする方に視線だけ向ければ、公園の入口近くのベンチに中学生くらいの女がアコースティックギターを奏でながら歌声を乗せている。表情はここからでは窺えないが、その声色はどこか軽やかで楽しげだ。
決して素晴らしい演奏とは言えない。所々甘さの見える、まあ素人にしては上手い、という表現がぴったりなものでしかない。
(だが、やけに心地いい)
気配に気付かれないようにそっと体を起こして、ベンチに座り直す。
まるで空気に色がついたみたいだなどと、自分には似つかわしくない表現が頭に浮かんで、鼻で笑い飛ばした。
どうせもう用事もない。しばらくこの平和な時間に身を委ねていようと、俺は目を閉じた。
やがて音が止んだ。
今度こそ俺は立ち上がり帰路に着こうとした。少女の方を見れば、少女はギターを抱えたままぼうっと空を見上げている。びゅうと冷たい風が吹き、手を擦るのが見えた。まだ俺の存在には気付いていないようだ。
何となくだが、そのままこの場を離れるのは己の美学に反する気がして、足が自然と自販機の方へ向かっていた。
「おい」
「ひぇっ!??」
いきなり声をかけられた少女の顔は、驚きに満ちていて、目一杯開かれた目に自分が映っていることが、気分を良くさせた。
目の前の少女に手に持っていた缶のコーンポタージュを投げてやると、慌てて両手で受け取っていた。
「えっ、あの」
「投げ銭代わりだ、受け取っておけ」
そう言ってやれば、少女は分かりやすく顔を綻ばせ礼を口にした。
「あ、ありがとうございますっ…!」
歌っていた時とはまた違う軽やかな声を背に、俺はその場を後にした。
--------------------
『では次のコーナーです。今週は音楽特集、今を駆け抜ける新人シンガーソングライターに来ていただいています!』
『──です、本日はよろしくお願いします!』
『では早速ですが、じゃんじゃん質問していきますよ~……』
「兄貴、裏取れましたぜ」
携帯を片手に車に乗り込んできたウォッカが、今回の取引相手についての調査結果を報告してくるのを、俺は何処か意識の遠くの方で聞いていた。
話が途切れ、ステレオから聞こえてくる声にウォッカが首を傾げる。
「珍しい……、ラジオですかい?」
返事はせずに煙草に火を付け、息を吐き出す。黙り込んだ俺に、ウォッカは怪訝な顔をしたままアクセルを踏んだ。
『……ですね。さて、今日は新曲を披露してくれるそうで! 紹介をどうぞ!』
『はい。少し話は逸れますが……えー先程も少し触れたんですけど……私がここまで来れたのは、とある人のおかげなんです』
『私が公園で1人練習を重ねていた時に出会って……その人私に「投げ銭代わりだ」って言って自販機のコンポタをくれたんです。知らない人に歌を聴いてもらったの初めてで……私本当に嬉しくて……』
わあ、と番組のDJが期待に満ちた声を出した。
『それから何回かその公園でその人に会ったんです。いつも演奏聞いてくれて、しかもある時は「もっと大勢が聞くところでやってみろ、経験を積めばもっと輝く」ってアドバイスまでくれて……。今の私がいるのは間違いなくあの人のおかげなんです……とても感謝してるんです!……でも』
『でも?』
『突然、その人が公園に来なくなったんです。時間が合わなくなったのか、引越しでもしたのか、或いは私の歌を聞くのに飽きたのか……とにかくそれから一度も会えなかった』
だから、と彼女は続けた。
『考えたんです。私がもっと経験を重ねて、有名になって、こういう風にラジオとかテレビとかに出させてもらえるくらいになったら、その人がどこにいても私の歌を聞いてもらえるんじゃないかって』
『わあ……素敵な考えですね』
『あはは……その人が聞いてくれる保証なんて何処にもないんですけどね。でもどうしても届いて欲しくて…。私がここにいるのはあなたのおかげなんだって』
『きっと、聞いてくれますよ!私達も全力でこのラジオを宣伝してますから!』
『ありがとうございます……。えー、では。……CDデビューしてから1年、まだまだ拙いことには変わりないとは思いますが。願いを込めてこの曲を歌います』
『同じ世界のどこかにいる貴方に、どうか、この歌が届きますように』
『聞いてください、』
──The song for you
流れ始めた旋律に、ウォッカがこちらを見た。
「止めやすかい?兄貴」
「いや…このままでいい」
あの頃よりも幾段も良くなった、それでいて懐かしい、耳障りのいい歌声に、酔いしれるように瞳を閉じる。
『ありがとうございますっ……!』
嬉しそうにコンポタを受け取った、あの日の少女の笑顔が瞼の裏に浮かんで、俺はウォッカに悟られないよう静かに口の端を上げた。
1/1ページ