どうか、忘れないで
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
息を上手く吸えない。吸おうとする度に、鉛のように重くなった体を感じざるを得なかった。
数分前に撃ち抜かれた脇腹からは止めどなく血が流れている。それは、悠芽の歩んできた道を赤く染めていった。
(もう、限界ね……)
行く手を阻むコンテナ達は、今の悠芽にとって到底越えられそうにない壁に見えた。
どうせこの先は、海しかない。もう逃げきることは出来ないだろう。
わかればもう足は動かなかった。悠芽はすぐ側のコンテナに背をつけると、ずるずると座り込んだ。
コツコツとゆったりとした足音が近づいてくるのが聞こえる。聞き覚えのある音に、悠芽は虚ろな目をしたままその顔を上げた。
ひとりの男が視界に映った。望んでいたようで、望んでいなかった彼の姿。だが、体は正直に、再会に心臓を高鳴らせている。
真っ黒な、"らしい"風貌に思わず笑みを零した。
「そう……私の、死神は……、貴方なのね」
──ジン
ジンは、眉一つ動かさずじっと悠芽を見つめていた。
灰緑の双眼から温度は感じられない。それがどこか寂しくもあり、どこか嬉しい。
ごぽりと口にせりあがってきた血が嫌な音を立てる。もう残された時間は少ないようだった。
長い沈黙の後、ジンは口を開いた。
「苦しまないよう、一瞬で終わらせてやるのが慈悲ってもんだ……感謝するんだな」
ベレッタのスライドを引く音が、誰もいない空間にやけに大きく響いた。
淀みの無い動作で向けられた銃口に、特に恐怖はない。しかし、それを大人しく受け入れる気にはならなかった。
「ふふ、悪いけど……お断りするわ……」
いつしか、彼が言っていたこと。そちらの方が、余程恐ろしい。
それくらいなら、と今までずっと手放すことの出来なかった拳銃に力を込め、自らのこめかみにそれを突きつけた。
ジンの目が大きく見開かれたのが見えた気がした。いい気味だ。
普段滅多に感情を表情に出さない男の、動揺した顔。冥土の土産には十分すぎる。
「だって、貴方……殺した、相手の名前……、忘れちゃうんでしょう……?」
──そんなの、嫌だもの
己の命を刈りにきた死神よりも早く、
悠芽は躊躇いなくその引き金を引いた。
ひとつふたつと落ち始めた水滴は、いつの間にか耳障りな音を立て辺りを濡らしていった。
ようやく銃を降ろしたジンは、たった今命を散らした女の顔を、ただじっと見つめていた。
相当な傷を負い、しばらく苦しみの中にいたはずの彼女の死に顔は、この殺伐とした場に全くそぐわない安らかなものだった。
地面に吸われず溜まっていく雨水が、女の"生の証"だった赤色をゆらゆらと絡め取り薄めていく。
やがてそれが透明になった時、初めてジンは酷い喪失感を覚えた。
『ねぇ、ジン』
女の声が、笑顔が、名前が。
頭にこびりついて離れない。
「……余計なことを」
舌打ちがひとつ、雨音に掻き消されていった。
数分前に撃ち抜かれた脇腹からは止めどなく血が流れている。それは、悠芽の歩んできた道を赤く染めていった。
(もう、限界ね……)
行く手を阻むコンテナ達は、今の悠芽にとって到底越えられそうにない壁に見えた。
どうせこの先は、海しかない。もう逃げきることは出来ないだろう。
わかればもう足は動かなかった。悠芽はすぐ側のコンテナに背をつけると、ずるずると座り込んだ。
コツコツとゆったりとした足音が近づいてくるのが聞こえる。聞き覚えのある音に、悠芽は虚ろな目をしたままその顔を上げた。
ひとりの男が視界に映った。望んでいたようで、望んでいなかった彼の姿。だが、体は正直に、再会に心臓を高鳴らせている。
真っ黒な、"らしい"風貌に思わず笑みを零した。
「そう……私の、死神は……、貴方なのね」
──ジン
ジンは、眉一つ動かさずじっと悠芽を見つめていた。
灰緑の双眼から温度は感じられない。それがどこか寂しくもあり、どこか嬉しい。
ごぽりと口にせりあがってきた血が嫌な音を立てる。もう残された時間は少ないようだった。
長い沈黙の後、ジンは口を開いた。
「苦しまないよう、一瞬で終わらせてやるのが慈悲ってもんだ……感謝するんだな」
ベレッタのスライドを引く音が、誰もいない空間にやけに大きく響いた。
淀みの無い動作で向けられた銃口に、特に恐怖はない。しかし、それを大人しく受け入れる気にはならなかった。
「ふふ、悪いけど……お断りするわ……」
いつしか、彼が言っていたこと。そちらの方が、余程恐ろしい。
それくらいなら、と今までずっと手放すことの出来なかった拳銃に力を込め、自らのこめかみにそれを突きつけた。
ジンの目が大きく見開かれたのが見えた気がした。いい気味だ。
普段滅多に感情を表情に出さない男の、動揺した顔。冥土の土産には十分すぎる。
「だって、貴方……殺した、相手の名前……、忘れちゃうんでしょう……?」
──そんなの、嫌だもの
己の命を刈りにきた死神よりも早く、
悠芽は躊躇いなくその引き金を引いた。
ひとつふたつと落ち始めた水滴は、いつの間にか耳障りな音を立て辺りを濡らしていった。
ようやく銃を降ろしたジンは、たった今命を散らした女の顔を、ただじっと見つめていた。
相当な傷を負い、しばらく苦しみの中にいたはずの彼女の死に顔は、この殺伐とした場に全くそぐわない安らかなものだった。
地面に吸われず溜まっていく雨水が、女の"生の証"だった赤色をゆらゆらと絡め取り薄めていく。
やがてそれが透明になった時、初めてジンは酷い喪失感を覚えた。
『ねぇ、ジン』
女の声が、笑顔が、名前が。
頭にこびりついて離れない。
「……余計なことを」
舌打ちがひとつ、雨音に掻き消されていった。
1/1ページ