ジンさんに甘やかされるだけ。
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人は悲しい時に涙を流す、って当たり前の事を、私は生まれて初めて嘘だと思った。
だって今、私の両目からは、何も流れてこないから。
悲しくて、苦しくて、胸がいっぱいで。
とっくのとうに溢れ出しそうなのに、吐き出して楽になりたいのに、それが見えない何かに塞き止められてて、また苦しくなるのだ。
いつものように夜遅く会社を出たはずだけど、どうやってここまで帰ってきたのか、正直よく思い出せない。
気付いたら目の前によく見慣れた自分の家の扉があって。
鍵を使って開けたら、誰かの気配がした。でも、回らない頭では「ああ、いるんだっけ」くらいしか分からない。
いつもなら言える「ただいま」も、言おうとして口を噤んでしまう。体も鉛みたいに重くて、全然動いてくれない。靴を脱ぐのさえ億劫だ。
玄関で突っ立ったまま、時間だけが流れていく。
突然自分の体が地面から離れる感覚がした。どうやら持ち上げられたらしい。
銀と黒とふたつの灰緑が目に入った。
あ、ジンさんだ。そういえば確かに今日はジンさんが来る日だった。こんな大事なこと忘れてたなんて、私らしくない。
「……重症だな」
ジンさんが、持ち上げた私の顔を覗き込んでそう言った。眉をひそめてるけど、声色からは怒りは感じられない。どちらかと言うと呆れたような声だった。
体勢が体勢だから、何だか親に抱き上げられた赤ちゃんみたいだ。もしくは持ち上げられてびよーんって伸びてる猫。
この高さだとジンさんの瞳がよく見えた。
相変わらず、綺麗。ぼーっとジンさんを見つめ返してたら、なんでだかジンさんが深く息を吐いた。
宙ぶらりんだった私を、今度は片手で抱え直して、ジンさんはどこかに向かって歩き出した。
どうしよう、まだ靴とか脱いでないのに。なんて後ろを振り返ったけど、いつの間にか靴も、かばんも無くなっててびっくりした。
片腕しか支えがないからか、ジンさんが歩く度に上半身がぐらぐらする。
ジンさんが私を落とすことは無いって分かってても、この体勢はちょっと怖い。
ついジンさんの首にしがみついてしまった。今度こそ怒られないか少し心配になったけれど。
「ああ……、そのままでいろ」
どこか満足そうに言われたから、遠慮なくジンさんに体を預けた。
数秒の後、着いたのはお風呂場。
服脱がなきゃ。そう思いながらも、やっぱり気力は湧かない。もう服着たまま入っちゃダメかな、なんて人としての尊厳をかなぐり捨てた考えをしていたら、ジンさんが私を抱き上げたまま、シャワーの栓をひねったのでぎょっとした。
まだ服を着てるのに…と自分とジンさんの服を見ようとして、またぎょっとした。
あれ?ジンさんいつの間にか裸になってる?あれ?私もだ。
いつ着替えさせたんだろう。ぼーっとはしてたけど、でもそんな時間かかってなかったような。そもそも降ろされた記憶なんてない。
ぐるぐると考えている間にも、私の体は確実に洗われていく。体をなぞるジンさんの指は、泡をまとってくすぐったい。けれど、"そういう時"みたいな厭らしさとかはまったく無くて。
ジンさんの方を見たら、ふいと目を逸らされた。言いたいことは伝わっていたらしい。
「……今のお前を抱きたいと思うほど、俺は節操なしなつもりはねぇよ」
スポンジを当てる力がちょっと強くなって、地味に痛かった。
丁寧だけど無駄のない速さで全身が洗われていって、シャワーでしっかり泡を落とされる。ジンさんはいいのかなと思ったけど、どうやらもう終わってたらしい。
また抱き上げられて、狭い湯船に一緒に入った。流石に2人分の重さはかなりのものだったのか、勢いよくお湯が溢れていく。
ジンさんの胸に耳をつけて、横向きに寝るような体勢になり、私は体の力を抜いて目を閉じた。
あったかい。まさに極楽。
冷え切ってた足の指先にまで血が通っていくのがわかる。
心に出来た悲しさを塞き止める壁が、じわりじわりと溶けていくような感覚がする。
でも、それが逆に怖いのはどうしてなんだろう。
目の奥がツンとするのに、わざと引っ込めてしまった。
ちゃぷちゃぷと、顔の近くで音が聞こえて目を開ける。見ると、ジンさんが私のむき出しの肩に、お湯を掬っては、そっとかけてくれてた。優しい。
まあまあな時間、ゆったり浸かってから上がった。
また始まった、ジンさんによる私の早着替え。今度こそちゃんと見ていようと思ってたのに、やっぱりいつの間にかタオルで全身拭かれてて、下着もパジャマも着せられた。まさしく早業。
ジンさん、こんな技術どこで身につけたんだろう。いつか聞いてみようかな。
「……余計な事考えるんじゃねぇぞ」
またバレた。何で分かったのかな?
すごいなぁ、ジンさん私が何も喋らなくても分かるんだね。エスパーみたい。
わしゃわしゃとタオルで髪を拭かれながら、私の後ろにいるジンさんの顔を見ようとしたら、ぐっと手に力を入れてきて顔を前に固定されてしまった。残念。
また抱き上げられて、運ばれた先はリビング。真っ直ぐソファーの前まで来て、私を抱えたままジンさんがしゃがんだ。
降りろ、ってことかな。
…でも、今は離れたくない。
ぎゅっとしがみつき、首元に顔を埋めて、ささやかな抵抗を試みる。ふわりとシャンプーとジンさんの匂いがした。
頭の上からため息が聞こえたと思ったら、ぐんと重力に逆らって体が持ち上がる感覚。
「火を使うからな、あまり動くなよ」
そう言われて、キッチンに連れていかれる。ジンさんの手には牛乳パックがあって、今からジンさんが何をするのか分かってしまった。
そっか、だから降りて欲しかったのか。ごめんね、わがまま通しちゃって。
謝罪も込めて、両手が塞がってるジンさんの代わりに、手を伸ばして冷蔵庫のドアを閉めたら、ジンさんが頬を擦り寄せてぐりぐりってしてくれた。
褒められたのかな?ちょっとくすぐったいけど、私もぐりぐりして返した。
はちみつ入れたいなって思ってたら、もう既にジンさんの手にはちみつの瓶が。
覚えててくれたんだ。「ホットミルクには、はちみつ!これ絶対なんだから!」って言ったの。どうでも良さそうな返事してたくせにな。
ソファーでジンさんを背もたれにして座り、はちみつ入りホットミルクを飲む。
うん、おいしい。ほうっと息を吐いた。
何と、マグカップはジンさんが持っている。数分前、受け取ろうと手を伸ばしたら、「今のお前に渡して落とされでもしたら適わねぇ」と一蹴されてしまった。
というわけで、私のための即席自動飲ませ機(私命名)が出来上がったのだ。でも私がちょっとでも呆けていると、問答無用でカップの縁を当ててくるので、使い勝手がいいとは言えない。
でも、体の中がぽかぽかして、背中はジンさんの温もりでまたぽかぽかして。
張り詰めていた糸が、少しずつほつれていく感じがして。
喉まで来る何かをぐっと押し込めてると、ジンさんが呆れたようにフッと笑ったのが聞こえた気がした。
気付けばもう深夜。
ジンさんにベッドに放り投げられ……はしなくて、壊れ物を扱うかのようにそっと降ろされた。
向かい合うように、ジンさんが隣に寝転ぶ。
結局今の今まで、ジンさんは何も聞いてこなかった。今も無言で布団の上からぽんぽん、と一定のリズムであやす様に叩いてくれている。
どれだけ甘やしてくれたら気が済むんだろう。私はこんなにもダメダメなのに。
堪らなくなって、見上げてみたら、どこまでも優しいジンさんの瞳とぶつかって。
プツリと糸の切れる音がした。
「う……、ふぅっ、ゔぅ〜っ……」
「……やっとか」
ぽろぽろと、自分の瞳から涙がこぼれ落ちていく。一度流れ出したらもう止まらなくて、変な唸り声をあげながら泣いてしまう。
ほっとしたような声をあげたジンさんが、目尻に何度も何度もキスを落としてくれた。その優しい仕草にまた涙が溢れてくる。見られたくなくて両手で顔を隠そうとしたけれど、ジンさんに手首を取られて、それは叶わなかった。
その腕にもどんどん涙が伝っていく。
「ハッ、干からびる気か?」
「ちが、っうぅ、とま、んないの…っ」
「いい……泣いとけ」
「うぅぅ……っ」
背中にジンさんの腕が回されて、ぐっと引き寄せられる。無骨な手が背中を撫でていくのがわかって、さらに心が解れていく。
知らずのうちに、途切れ途切れに吐き出していた。
「役、立たずって……いらないって……言わ、れて」
背中を行き来していた手が止まった。
「……誰に言われた」
「じょ、上司……、でも他の同僚の人も、みんな、味方するように、同じこと、言ってきて」
「……成程な」
舌打ちが聞こえた気がしたけど、自分の嗚咽でよくわかんなかった。
泣きながら話したからか、咳き込んでしまったのを、ジンさんが背中をさすって落ち着かせてくれた。
応えるように胸に飛び込んで、今度はジンさんの背中に、私が手を回した。
「私……頑張ってきたのに……ダメだったのかなぁ……っ」
あんなに、頑張ったのに。
あんなに、仲良くできてると思ったのに。
今までの努力を思い出して、また涙が溢れてくる。でも、これじゃジンさんの服が濡れちゃうと、一度離れようとしたのを、背中の手に制された。
「……お前の価値は、お前がいなくなって初めて分かるもんだ……ここでお前が消えれば、そのクズ共は手のひら返して"行かないでくれ"と言ってくるだろうさ」
「そ、なの……かな……」
ジンさんの声がじんわりと胸に広がってく。ジンさんは嘘をついたりしないって分かっているから、その言葉がストレートに響いて、荒みきった心を癒してくれる。
今日のジンさんはとにかく私を甘やかしすぎだ。本当にずるい。
「……ま、後で泣いて喚いたとしても、もう遅いがな……」
ドスの効いた声でボソリと呟かれた言葉に、何だか身震いしてしまった。顔が見えない分余計に怖い。気の所為かな…?
「ジンさん……?」
「……寝とけ、お前は何も考えなくていい」
打って変わって優しい声で頭を撫でられ、その手で目を覆われてしまった。
元々、常夜灯の微かな光しか無かった部屋で、更に目を覆われたらもうそこには闇しかなくて。でもその暗闇が、今は酷く心地よかった。
体がどんどんベッドに沈んでいく。
「ん……ジンさん……」
「どうした」
「ありがと……」
「……ああ、ゆっくり休め」
おやすみ、と頬にキスが落とされて、私は深い黒に身を投げ出した。
後日、私の会社が文字通り消えることになったのだけれど、それはまた別のお話。
だって今、私の両目からは、何も流れてこないから。
悲しくて、苦しくて、胸がいっぱいで。
とっくのとうに溢れ出しそうなのに、吐き出して楽になりたいのに、それが見えない何かに塞き止められてて、また苦しくなるのだ。
いつものように夜遅く会社を出たはずだけど、どうやってここまで帰ってきたのか、正直よく思い出せない。
気付いたら目の前によく見慣れた自分の家の扉があって。
鍵を使って開けたら、誰かの気配がした。でも、回らない頭では「ああ、いるんだっけ」くらいしか分からない。
いつもなら言える「ただいま」も、言おうとして口を噤んでしまう。体も鉛みたいに重くて、全然動いてくれない。靴を脱ぐのさえ億劫だ。
玄関で突っ立ったまま、時間だけが流れていく。
突然自分の体が地面から離れる感覚がした。どうやら持ち上げられたらしい。
銀と黒とふたつの灰緑が目に入った。
あ、ジンさんだ。そういえば確かに今日はジンさんが来る日だった。こんな大事なこと忘れてたなんて、私らしくない。
「……重症だな」
ジンさんが、持ち上げた私の顔を覗き込んでそう言った。眉をひそめてるけど、声色からは怒りは感じられない。どちらかと言うと呆れたような声だった。
体勢が体勢だから、何だか親に抱き上げられた赤ちゃんみたいだ。もしくは持ち上げられてびよーんって伸びてる猫。
この高さだとジンさんの瞳がよく見えた。
相変わらず、綺麗。ぼーっとジンさんを見つめ返してたら、なんでだかジンさんが深く息を吐いた。
宙ぶらりんだった私を、今度は片手で抱え直して、ジンさんはどこかに向かって歩き出した。
どうしよう、まだ靴とか脱いでないのに。なんて後ろを振り返ったけど、いつの間にか靴も、かばんも無くなっててびっくりした。
片腕しか支えがないからか、ジンさんが歩く度に上半身がぐらぐらする。
ジンさんが私を落とすことは無いって分かってても、この体勢はちょっと怖い。
ついジンさんの首にしがみついてしまった。今度こそ怒られないか少し心配になったけれど。
「ああ……、そのままでいろ」
どこか満足そうに言われたから、遠慮なくジンさんに体を預けた。
数秒の後、着いたのはお風呂場。
服脱がなきゃ。そう思いながらも、やっぱり気力は湧かない。もう服着たまま入っちゃダメかな、なんて人としての尊厳をかなぐり捨てた考えをしていたら、ジンさんが私を抱き上げたまま、シャワーの栓をひねったのでぎょっとした。
まだ服を着てるのに…と自分とジンさんの服を見ようとして、またぎょっとした。
あれ?ジンさんいつの間にか裸になってる?あれ?私もだ。
いつ着替えさせたんだろう。ぼーっとはしてたけど、でもそんな時間かかってなかったような。そもそも降ろされた記憶なんてない。
ぐるぐると考えている間にも、私の体は確実に洗われていく。体をなぞるジンさんの指は、泡をまとってくすぐったい。けれど、"そういう時"みたいな厭らしさとかはまったく無くて。
ジンさんの方を見たら、ふいと目を逸らされた。言いたいことは伝わっていたらしい。
「……今のお前を抱きたいと思うほど、俺は節操なしなつもりはねぇよ」
スポンジを当てる力がちょっと強くなって、地味に痛かった。
丁寧だけど無駄のない速さで全身が洗われていって、シャワーでしっかり泡を落とされる。ジンさんはいいのかなと思ったけど、どうやらもう終わってたらしい。
また抱き上げられて、狭い湯船に一緒に入った。流石に2人分の重さはかなりのものだったのか、勢いよくお湯が溢れていく。
ジンさんの胸に耳をつけて、横向きに寝るような体勢になり、私は体の力を抜いて目を閉じた。
あったかい。まさに極楽。
冷え切ってた足の指先にまで血が通っていくのがわかる。
心に出来た悲しさを塞き止める壁が、じわりじわりと溶けていくような感覚がする。
でも、それが逆に怖いのはどうしてなんだろう。
目の奥がツンとするのに、わざと引っ込めてしまった。
ちゃぷちゃぷと、顔の近くで音が聞こえて目を開ける。見ると、ジンさんが私のむき出しの肩に、お湯を掬っては、そっとかけてくれてた。優しい。
まあまあな時間、ゆったり浸かってから上がった。
また始まった、ジンさんによる私の早着替え。今度こそちゃんと見ていようと思ってたのに、やっぱりいつの間にかタオルで全身拭かれてて、下着もパジャマも着せられた。まさしく早業。
ジンさん、こんな技術どこで身につけたんだろう。いつか聞いてみようかな。
「……余計な事考えるんじゃねぇぞ」
またバレた。何で分かったのかな?
すごいなぁ、ジンさん私が何も喋らなくても分かるんだね。エスパーみたい。
わしゃわしゃとタオルで髪を拭かれながら、私の後ろにいるジンさんの顔を見ようとしたら、ぐっと手に力を入れてきて顔を前に固定されてしまった。残念。
また抱き上げられて、運ばれた先はリビング。真っ直ぐソファーの前まで来て、私を抱えたままジンさんがしゃがんだ。
降りろ、ってことかな。
…でも、今は離れたくない。
ぎゅっとしがみつき、首元に顔を埋めて、ささやかな抵抗を試みる。ふわりとシャンプーとジンさんの匂いがした。
頭の上からため息が聞こえたと思ったら、ぐんと重力に逆らって体が持ち上がる感覚。
「火を使うからな、あまり動くなよ」
そう言われて、キッチンに連れていかれる。ジンさんの手には牛乳パックがあって、今からジンさんが何をするのか分かってしまった。
そっか、だから降りて欲しかったのか。ごめんね、わがまま通しちゃって。
謝罪も込めて、両手が塞がってるジンさんの代わりに、手を伸ばして冷蔵庫のドアを閉めたら、ジンさんが頬を擦り寄せてぐりぐりってしてくれた。
褒められたのかな?ちょっとくすぐったいけど、私もぐりぐりして返した。
はちみつ入れたいなって思ってたら、もう既にジンさんの手にはちみつの瓶が。
覚えててくれたんだ。「ホットミルクには、はちみつ!これ絶対なんだから!」って言ったの。どうでも良さそうな返事してたくせにな。
ソファーでジンさんを背もたれにして座り、はちみつ入りホットミルクを飲む。
うん、おいしい。ほうっと息を吐いた。
何と、マグカップはジンさんが持っている。数分前、受け取ろうと手を伸ばしたら、「今のお前に渡して落とされでもしたら適わねぇ」と一蹴されてしまった。
というわけで、私のための即席自動飲ませ機(私命名)が出来上がったのだ。でも私がちょっとでも呆けていると、問答無用でカップの縁を当ててくるので、使い勝手がいいとは言えない。
でも、体の中がぽかぽかして、背中はジンさんの温もりでまたぽかぽかして。
張り詰めていた糸が、少しずつほつれていく感じがして。
喉まで来る何かをぐっと押し込めてると、ジンさんが呆れたようにフッと笑ったのが聞こえた気がした。
気付けばもう深夜。
ジンさんにベッドに放り投げられ……はしなくて、壊れ物を扱うかのようにそっと降ろされた。
向かい合うように、ジンさんが隣に寝転ぶ。
結局今の今まで、ジンさんは何も聞いてこなかった。今も無言で布団の上からぽんぽん、と一定のリズムであやす様に叩いてくれている。
どれだけ甘やしてくれたら気が済むんだろう。私はこんなにもダメダメなのに。
堪らなくなって、見上げてみたら、どこまでも優しいジンさんの瞳とぶつかって。
プツリと糸の切れる音がした。
「う……、ふぅっ、ゔぅ〜っ……」
「……やっとか」
ぽろぽろと、自分の瞳から涙がこぼれ落ちていく。一度流れ出したらもう止まらなくて、変な唸り声をあげながら泣いてしまう。
ほっとしたような声をあげたジンさんが、目尻に何度も何度もキスを落としてくれた。その優しい仕草にまた涙が溢れてくる。見られたくなくて両手で顔を隠そうとしたけれど、ジンさんに手首を取られて、それは叶わなかった。
その腕にもどんどん涙が伝っていく。
「ハッ、干からびる気か?」
「ちが、っうぅ、とま、んないの…っ」
「いい……泣いとけ」
「うぅぅ……っ」
背中にジンさんの腕が回されて、ぐっと引き寄せられる。無骨な手が背中を撫でていくのがわかって、さらに心が解れていく。
知らずのうちに、途切れ途切れに吐き出していた。
「役、立たずって……いらないって……言わ、れて」
背中を行き来していた手が止まった。
「……誰に言われた」
「じょ、上司……、でも他の同僚の人も、みんな、味方するように、同じこと、言ってきて」
「……成程な」
舌打ちが聞こえた気がしたけど、自分の嗚咽でよくわかんなかった。
泣きながら話したからか、咳き込んでしまったのを、ジンさんが背中をさすって落ち着かせてくれた。
応えるように胸に飛び込んで、今度はジンさんの背中に、私が手を回した。
「私……頑張ってきたのに……ダメだったのかなぁ……っ」
あんなに、頑張ったのに。
あんなに、仲良くできてると思ったのに。
今までの努力を思い出して、また涙が溢れてくる。でも、これじゃジンさんの服が濡れちゃうと、一度離れようとしたのを、背中の手に制された。
「……お前の価値は、お前がいなくなって初めて分かるもんだ……ここでお前が消えれば、そのクズ共は手のひら返して"行かないでくれ"と言ってくるだろうさ」
「そ、なの……かな……」
ジンさんの声がじんわりと胸に広がってく。ジンさんは嘘をついたりしないって分かっているから、その言葉がストレートに響いて、荒みきった心を癒してくれる。
今日のジンさんはとにかく私を甘やかしすぎだ。本当にずるい。
「……ま、後で泣いて喚いたとしても、もう遅いがな……」
ドスの効いた声でボソリと呟かれた言葉に、何だか身震いしてしまった。顔が見えない分余計に怖い。気の所為かな…?
「ジンさん……?」
「……寝とけ、お前は何も考えなくていい」
打って変わって優しい声で頭を撫でられ、その手で目を覆われてしまった。
元々、常夜灯の微かな光しか無かった部屋で、更に目を覆われたらもうそこには闇しかなくて。でもその暗闇が、今は酷く心地よかった。
体がどんどんベッドに沈んでいく。
「ん……ジンさん……」
「どうした」
「ありがと……」
「……ああ、ゆっくり休め」
おやすみ、と頬にキスが落とされて、私は深い黒に身を投げ出した。
後日、私の会社が文字通り消えることになったのだけれど、それはまた別のお話。
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