BARにて、2人。
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人通りもまばらになる、辺りが闇で覆われていく時間帯。
扉を開ければ、チリンチリンとベルが鳴った。
如何にもな雰囲気を作り出す音楽。年季の入った上質な内装。
何度来てもここの空気は落ち着くものだと、ジンは思った。
真っ直ぐカウンター席に向かえば、こちらに気付いて顔をほころばせる女が一人いた。
「いらっしゃいま……、あ、陣さん!こんばんは」
「ああ」
軽く返事をし、いつもの、と注文をする。
この常套句を使えるくらいには、ジンはこのBARの常連客となっていた。
数分と経たずに、コトリとジンのロックが差し出される。静かに口をつけ、小さく息をついた。
入り組んだ路地の奥、普段人が通らないような場所にあるこの店を見つけられたのは、もはや奇跡に過ぎなかった。
仕事終わり、興味本位で入ってみれば、雰囲気から酒の味、そして彼女の接待、全てが自分の好みを掴んでいた。
そして、気付けば任務の合間を縫ってかなりの頻度で来てしまっている。立派な常連客の出来上がりだった。
カウンターの向こうには、グラスを丁寧に拭いている彼女が見える。
ジンの視線に気付いたのか、手を止めて口を開いた。
「お仕事だったんですか?」
「まあな、でけぇヤマが片付いたとこだ」
「そうなんですね」
じゃあ、これおまけですと頼んでもいないツマミを出してくる。これもまた美味いのだ。凝っているようには見えないのに、酒によく合う。
直ぐに皿を空にしたジンに、彼女はふわりとした笑顔を見せた。
彼女の好ましい所はこういったささやかな気遣いも含めてとても多い。
まず、余計な口は聞かない。
一般的な、特に"こちら側"とは関係の無い店では、男女関係なく会話をしようと躍起になる奴が多い。
時にそれは鬱陶しさを生む。ジンはそれを好まなかった。
彼女の作る静かな雰囲気は心地よい。かと言って全く無口な訳では無く、世間話をふることもあれば、こちらの話も静かに聞く。そう誰にでも出来ることでは無い。
次に態度。
ジンは自分の顔付きを含め、見た目が一般人に恐れられることを自負している。だからこそ、初めて店に来た日、自分の姿に物怖じすることも無く、淡々と客としてもてなそうとしたのには素直に驚いた。
そして、外見。
未成年だと言っても通用するくらいの、"女"より"少女"と言う方が合うような顔。程よい肉つきの身体。汚れとは無縁に生きてきたのであろう、そう思えるくらいに、彼女は純粋で紛れもなく"白"だった。
血溜まりの上で生きるジンにとって、手を伸ばすのを躊躇う存在。
しかし、心の底では今すぐ攫って閉じ込めて"黒"に染めてやりたい、なんて欲望が渦巻いている。
だが、それは行動には移さない。彼女を囲い込むことなど造作も無いことだが、それをすれば少なくとも今のような緩やかな時間はもう二度と味わえなくなるだろうから。
それほどまでに、ジンにとってこの空間は、殺伐とした自身の世界の中での唯一の心の安寧を得られる場所だったのだ。
「……陣さん?お疲れですか?」
いつにも増して黙り込んでしまっていたらしい。
心配そうにジンの顔を覗き込む彼女の顔に、毒気を抜かれる。
(気の抜ける顔しやがって)
「ハッ、違ぇよ……お前のことを考えていた」
「へ、わ、私ですか?」
カランとグラスの中の氷が音を立てる。
一口飲んだあと目に入れた彼女は、赤くなったり青くなったりと忙しい。
「なに百面相してやがる」
「いえ……陣さんにそう言われると心臓に悪いと言いますか……」
「は?」
「だって、陣さん本当にかっこいいんですもん。自分の顔の良さくらい知っててください……」
「面白ぇ、そんなことを言うのはお前だけだ」
「それはないと思いますけど……?」
「大抵の奴はビビって逃げていくからな」
「はは、陣さんの格好、明らかに堅気じゃなさそうですもんね……」
そう、ではなく、実際に堅気ではないのだが。こいつが知る必要は無い世界のことだ、寧ろ知らないままでいてくれと柄にもなく思っている自分に驚いた。胸が何故かざわついていた。
「もし、本当にそうなら?お前はどうする」
するりと、零れた言葉。
自分は何をしているのか。口に出してから、後悔をした。
どうもここでは気が緩んでいけない。
「と言われましても……」
珍しく口よどむ彼女。別に続きを聞いたところで、何を言われたところできっと意味は無い。何かを期待している訳でもない、はずだった。
冗談だ、と声をかけようとしたその前に、彼女は口を開いた。
「そうですね、私は今目の前にいる陣さんしか知らないので、なんとも思いませんし、何もしないです」
「……あ?」
そう軽やかに告げる彼女に、警戒心などは微塵もみられない。それが何故か癪に障った。
「例えば、今ここで拳銃を突きつけられたとしてもか」
「ふふっ、まぁその時はその時ですね」
花のように笑う彼女。その笑みは柔らかいが、芯はどうやら思ったよりも強いらしい。
「それはともかく、陣さんが来て下さるのは純粋に嬉しいんですよ。ここ、本当に人が来ないので」
「ふっ、さしづめ俺はいい金づるか?」
「もう、違います……!あ、いやそれもなきにしもあらずなんですが……!」
「おい」
「好きなんですよ」
思わず揺れた手に、ジンのなくなったグラスの中で氷がガラリと音を立てる。それが、やけに大きく聞こえた。
「……は?」
「え?えっと、陣さんと過ごすこの時間が、好きなんです」
「……はぁぁ」
「えっ、ダメでしたか!?溜息つくほど!?」
先程までの静かな雰囲気は何処へやら。ワタワタとしている彼女を横目にもう一度息を吐く。ここは落ち着く場所だと思ったばかりだというのに、どうも落ち着かない。
(なんだ、この感覚は)
今までにそれなりの数、ジンは女を抱いてきた。性欲処理、またはハニトラにかかったと見せかけ情報を盗むため。
そのうちの何人かは、本当に自分に愛されてるとでも思ったのか「好きなの」だの「愛してる」だのと、とち狂った言葉を口にしていた気がする。どんな顔をしていたのか記憶にも残らないような、その程度のもの。それなのに。
――好きなんです
「……ククッ」
「あ、あの……?」
「ああ、気にするな。ただ……」
「お前に翻弄されるのも、悪くないと思っただけだ」
ジンはおもむろに立ち上がると、カウンター越しに彼女の耳元でそう囁き、白い頬へ口付けた。
ぽかん、とマヌケな顔をしたまま動かなくなった彼女。鼻で笑い飛ばし、代金よりは多いであろう金を置いて扉に手をかける。
少し振り向けば、口をはくはくと動かし頬を手でおさえ真っ赤になった彼女がいた。
自然と唇がつり上がる。いいザマだ、とジンは思った。
「また来る……じゃあな、悠芽」
扉を開ければ、チリンチリンとベルが鳴った。
如何にもな雰囲気を作り出す音楽。年季の入った上質な内装。
何度来てもここの空気は落ち着くものだと、ジンは思った。
真っ直ぐカウンター席に向かえば、こちらに気付いて顔をほころばせる女が一人いた。
「いらっしゃいま……、あ、陣さん!こんばんは」
「ああ」
軽く返事をし、いつもの、と注文をする。
この常套句を使えるくらいには、ジンはこのBARの常連客となっていた。
数分と経たずに、コトリとジンのロックが差し出される。静かに口をつけ、小さく息をついた。
入り組んだ路地の奥、普段人が通らないような場所にあるこの店を見つけられたのは、もはや奇跡に過ぎなかった。
仕事終わり、興味本位で入ってみれば、雰囲気から酒の味、そして彼女の接待、全てが自分の好みを掴んでいた。
そして、気付けば任務の合間を縫ってかなりの頻度で来てしまっている。立派な常連客の出来上がりだった。
カウンターの向こうには、グラスを丁寧に拭いている彼女が見える。
ジンの視線に気付いたのか、手を止めて口を開いた。
「お仕事だったんですか?」
「まあな、でけぇヤマが片付いたとこだ」
「そうなんですね」
じゃあ、これおまけですと頼んでもいないツマミを出してくる。これもまた美味いのだ。凝っているようには見えないのに、酒によく合う。
直ぐに皿を空にしたジンに、彼女はふわりとした笑顔を見せた。
彼女の好ましい所はこういったささやかな気遣いも含めてとても多い。
まず、余計な口は聞かない。
一般的な、特に"こちら側"とは関係の無い店では、男女関係なく会話をしようと躍起になる奴が多い。
時にそれは鬱陶しさを生む。ジンはそれを好まなかった。
彼女の作る静かな雰囲気は心地よい。かと言って全く無口な訳では無く、世間話をふることもあれば、こちらの話も静かに聞く。そう誰にでも出来ることでは無い。
次に態度。
ジンは自分の顔付きを含め、見た目が一般人に恐れられることを自負している。だからこそ、初めて店に来た日、自分の姿に物怖じすることも無く、淡々と客としてもてなそうとしたのには素直に驚いた。
そして、外見。
未成年だと言っても通用するくらいの、"女"より"少女"と言う方が合うような顔。程よい肉つきの身体。汚れとは無縁に生きてきたのであろう、そう思えるくらいに、彼女は純粋で紛れもなく"白"だった。
血溜まりの上で生きるジンにとって、手を伸ばすのを躊躇う存在。
しかし、心の底では今すぐ攫って閉じ込めて"黒"に染めてやりたい、なんて欲望が渦巻いている。
だが、それは行動には移さない。彼女を囲い込むことなど造作も無いことだが、それをすれば少なくとも今のような緩やかな時間はもう二度と味わえなくなるだろうから。
それほどまでに、ジンにとってこの空間は、殺伐とした自身の世界の中での唯一の心の安寧を得られる場所だったのだ。
「……陣さん?お疲れですか?」
いつにも増して黙り込んでしまっていたらしい。
心配そうにジンの顔を覗き込む彼女の顔に、毒気を抜かれる。
(気の抜ける顔しやがって)
「ハッ、違ぇよ……お前のことを考えていた」
「へ、わ、私ですか?」
カランとグラスの中の氷が音を立てる。
一口飲んだあと目に入れた彼女は、赤くなったり青くなったりと忙しい。
「なに百面相してやがる」
「いえ……陣さんにそう言われると心臓に悪いと言いますか……」
「は?」
「だって、陣さん本当にかっこいいんですもん。自分の顔の良さくらい知っててください……」
「面白ぇ、そんなことを言うのはお前だけだ」
「それはないと思いますけど……?」
「大抵の奴はビビって逃げていくからな」
「はは、陣さんの格好、明らかに堅気じゃなさそうですもんね……」
そう、ではなく、実際に堅気ではないのだが。こいつが知る必要は無い世界のことだ、寧ろ知らないままでいてくれと柄にもなく思っている自分に驚いた。胸が何故かざわついていた。
「もし、本当にそうなら?お前はどうする」
するりと、零れた言葉。
自分は何をしているのか。口に出してから、後悔をした。
どうもここでは気が緩んでいけない。
「と言われましても……」
珍しく口よどむ彼女。別に続きを聞いたところで、何を言われたところできっと意味は無い。何かを期待している訳でもない、はずだった。
冗談だ、と声をかけようとしたその前に、彼女は口を開いた。
「そうですね、私は今目の前にいる陣さんしか知らないので、なんとも思いませんし、何もしないです」
「……あ?」
そう軽やかに告げる彼女に、警戒心などは微塵もみられない。それが何故か癪に障った。
「例えば、今ここで拳銃を突きつけられたとしてもか」
「ふふっ、まぁその時はその時ですね」
花のように笑う彼女。その笑みは柔らかいが、芯はどうやら思ったよりも強いらしい。
「それはともかく、陣さんが来て下さるのは純粋に嬉しいんですよ。ここ、本当に人が来ないので」
「ふっ、さしづめ俺はいい金づるか?」
「もう、違います……!あ、いやそれもなきにしもあらずなんですが……!」
「おい」
「好きなんですよ」
思わず揺れた手に、ジンのなくなったグラスの中で氷がガラリと音を立てる。それが、やけに大きく聞こえた。
「……は?」
「え?えっと、陣さんと過ごすこの時間が、好きなんです」
「……はぁぁ」
「えっ、ダメでしたか!?溜息つくほど!?」
先程までの静かな雰囲気は何処へやら。ワタワタとしている彼女を横目にもう一度息を吐く。ここは落ち着く場所だと思ったばかりだというのに、どうも落ち着かない。
(なんだ、この感覚は)
今までにそれなりの数、ジンは女を抱いてきた。性欲処理、またはハニトラにかかったと見せかけ情報を盗むため。
そのうちの何人かは、本当に自分に愛されてるとでも思ったのか「好きなの」だの「愛してる」だのと、とち狂った言葉を口にしていた気がする。どんな顔をしていたのか記憶にも残らないような、その程度のもの。それなのに。
――好きなんです
「……ククッ」
「あ、あの……?」
「ああ、気にするな。ただ……」
「お前に翻弄されるのも、悪くないと思っただけだ」
ジンはおもむろに立ち上がると、カウンター越しに彼女の耳元でそう囁き、白い頬へ口付けた。
ぽかん、とマヌケな顔をしたまま動かなくなった彼女。鼻で笑い飛ばし、代金よりは多いであろう金を置いて扉に手をかける。
少し振り向けば、口をはくはくと動かし頬を手でおさえ真っ赤になった彼女がいた。
自然と唇がつり上がる。いいザマだ、とジンは思った。
「また来る……じゃあな、悠芽」
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