log:生誕祭



【ひとひらの花弁】
初出:2019.9.3






結婚して初めての、織姫の誕生日。
昨年散々悩んだ挙句に諦めてしまった指環を、晴れて夫婦になった今年こそは…と、少し前から気になっていたジュエリーショップへと向かった。

店舗に近づくにつれて重くなる足を心の中で叱咤しながら、ダークブラウンの扉に手をかける。
事前に電話をしておいたので、俺が名乗るとすぐさま店員は俺を椅子にかけさせ、いくつかの指環をトレイに乗せて、目の前のテーブルに置いてくれた。

「9月生まれということですので、とりあえず誕生石のサファイアを数点、ご用意してみました」
「……青、だけじゃないんですね」
「はい。赤以外のコランダムは、全てサファイアと呼ばれます。ちなみに、赤のコランダムはルビーのことなんですよ」
「はぁ……」

店員の説明に曖昧に頷きながら、目の前に並んだ指環を眺める。
定番のブルーから、イエロー、グリーン…そしてピンクとオレンジを混ぜたような不思議な色合いのものまで、色もデザインも様々な指環のなかで、ふ…と俺の目を引いたのは、薄氷色の石の嵌った、至極シンプルなものだった。
特に心惹かれたのは、その形。
まるで、六花の花弁のようで…。

「……そちら、気になりまして?」
「あ、はい…その、妻の大切にしているヘアピンの飾りに、よく似ている色と形なもので…….」
「ああ、そうなんですね! でしたらそちらは、かなりお勧めかもしれません。手持ちの服やアクセサリーと相性が良いものは、身につける機会も自然と増えますよ」

にっこりと微笑む店員の顔と、照明の光を弾いて涼やかに輝く石とを二度ほど見比べて。
こくり…と一つ唾をのみ下すと、「これで、お願いします」と店員に指環を差し出した。

正直、就職一年目の薄給の身には、懐に少々痛い買い物だ。
だけどつい数日前、織姫の身体に新たな命が宿ったことがわかったこともあり、こんな贅沢なプレゼントはそれこそ、今回を逃せば、次は何年後に贈れるかわからない。
だから、少しばかり無理や背伸びをしてでも…なんて、気張ってしまいたくなるのだ。
これまで彼女から、貰うばかりの俺だったから。

もちろん、モノやカネが想いに勝るなどと思っては居ない。
織姫自身が、然程高価なアクセサリーなどに興味がないこともわかっている。
それでも…今回は、何かカタチに残るものを手渡したかったんだ……。



綺麗に包装され、小さな手提げ袋に入った指環を受け取り、店を出る。
帰宅時間を告げる電話をかければ、やわらかさと穏やかさはそのままに、いつもよりも張りを失った声が電波の向こう側から届いた。

織姫には既に、悪阻の症状が出始めているのだ。

無理せず寝ているように告げて通話を切り、雑踏の中を駅へと急ぐ。
手提げ袋を握る手に、もう一度力を込め直して。

昊さんが織姫を護り育ててきたように、俺も彼女を…そして彼女に宿った命を護りたい。
護り続けたい。

そんな願いと、決意を込めて。
今宵彼女に、この小さな薄氷色の指環と生誕の言祝ぎを。
ありったけの、想いを込めて……。









終
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