log:生誕祭



【想いを、纏う】
(初出:2019.8.17 やまやま)








「うわ……」

思わず感嘆の声を漏らしたきり、俺は言葉を失った。

織姫から渡された、誕生日プレゼント。
細長くて、ちょっと大きめの包みから姿を現したのは、男物の浴衣だった。
遠目には無地に見えるであろう生地は、間近でみると非常に細かい筋模様が入っていて。まるでいぶし銀のようなその渋さは、素直に「あ、良いな」と思えるものだった。

そっと手に取り、広げてみる。
それが市販のミシン仕立ての品でないことは、素人目にもすぐに気がついた。
縫い目は細かく美しい等間隔で、それを見ただけでも、丁寧で心のこもった仕事ぶりがわかる。

「……一護、くん…?」

躊躇いがちな呼びかけに、はっ…と引き戻される意識。
慌てて浴衣に落としていた視線を上げれば、不安そうに揺れる薄茶の瞳とぶつかった。

「その……気に入らなかった、かな…?」
「んなわけ、ねぇだろ!」

消え入りそうな声に被せるように、強い語調で否定する。
織姫は一瞬目を見張って身体を強ばらせたものの、すぐにゆるりと肩の力を抜きながら、柔らかな微笑みを浮かべてくれた。

「……縫ってくれたのか?」
「うん!」

こくり…と頷く織姫の頬に赤みが増し、笑みが一層深くなる。

「結婚して初めての誕生日だから、頑張っちゃった!」
「……大変だったろ?」
「うーん…ちょっとだけ、ね。
反物を断つのはお店のサービスでやってもらっちゃったし、仕立ては朽木家の専属お針子頭さんに手取り足取り教えていただいたし……随分と楽をしたんだよ」 

肩を竦めてはにかみながら、打ち明け話をする織姫。
そのどこか幼い仕草と表情に、胸の奥がきゅう…と甘く痛んだ。
本人が言うほど楽ではなかったことくらい、ボタン付けが精一杯な俺にだって容易に想像がつく。
それでも決して「大変だった」とは口にしない織姫の人となりが、どうしようもなく愛しかった。

「羽織ってみても?」
「勿論!」

慣れぬ手つきで浴衣を扱う俺を、背後に回った織姫がさりげなく手伝ってくれる。
死覆装は死神化すれば勝手に纏わりついているものだから、いざ自分で和服を着ようとすると、その所作はかなりぎこちない。俺はなんとなく情けない気持ちになりながら襟元を合わせ、織姫から手渡された畳まれた帯を、そのまま腰のあたりに当ててみた。
きちんと着付けたわけではないが、身丈や裄丈に長短の問題は無さそうだ。
そして腕などの素肌に触れた布地の感触はさらりとして心地良く、張りと柔らかさの加減も絶妙で、驚くほど違和感無く自分の身体に馴染んだ。

少し距離をとって前に回り込んだ織姫の視線が、俺の頭の先から足先までをゆっくりと辿っていく。
気恥ずかしさに視線を床へと落とせば、「………かっこいい」とつぶやく声が耳に届いて。前髪の隙間からそろり…と様子を伺えば、胸の前で両の手を組み合わせた織姫が、頬を上気させ、瞳を潤ませながら、陶然と俺を見ていた。
途端に火でも着いたかのように熱を持つ、俺の身体。
口下手で不器用な俺にとって、織姫のストレートさには羨望を覚える一方、対応に苦慮することもままあって。このときも呆れたような口調で、「莫迦、何言ってんだ」と憎まれ口を叩くのが精一杯だった。

『…水色だったら、もっと気の効いた返しができるのだろうけど……』

軽く自己嫌悪に陥っていると、すぐ側まで寄ってきた織姫が「サイズは問題無いみたいね…」と安堵のため息を吐き出した。
そう言えば、採寸された覚えは一切無い。にも関わらず、ここまでしっくり身体に馴染むのはどうしてだろう…?

「リルカちゃんには、改めてお礼を言わないと」

続くの織姫の言葉に、俺はすぐさま合点がいった。
結婚に際し、リルカは「ブライダルブランド立ち上げのための、試作」と言う理由で、俺たち二人の婚礼衣装を無料で誂えてくれたのだ。
おそらく織姫はそのときの採寸データを、リルカから教えて貰ったのに違いない。

俺が脳内で勝手に推理を働かせている間も、織姫は俺の身体の前後左右に回り込んでは、あれこれと出来映えや着姿のチェックを続けていた。
その顔に浮かぶ表情はまるで、陽光を燦々と浴びて咲く花のように、喜びに満ち溢れていて。
まるで、プレゼントを貰う側のようなご機嫌ぶりだな……と、そんなことを思った直後だった。



……これで、あんたも少しは理解ったでしょ。
考えすぎて、身動きがとれなくなることもあるってこと。



脳裏を過ぎったのは、去年の八月に竜貴に言われた言葉。
その幻聴に、俺は思わず息を飲んだ。

「…わっ?! い、いいいいい一護君、どうしたの?!」

急に俺に肩を抱き寄せられたせいで、わたわたと慌てふためく織姫。
俺を押し退けようとする手をかわしつつ持っていた帯をテーブルに置き、改めて両腕で細い身体を抱きしめ直せば、織姫は観念したのか大人しく俺の胸元に頬を寄せ、ゆっくりと体重を預けてきた。
それに応えように一層腕の力を強め、胡桃色の柔らかな髪に自分の頬を押し当てる。
そして静かに目を閉じ、自分自身のふがいなさを嫌悪しながら、きつく唇を噛みしめた。



………ずっと、淋しく思っていたんだ…実は。
竜貴やルキア、妹たちの誕生日には、何かしらの手製のプレゼントを欠かさない井上が、俺に対する贈り物だけは、頑なまでに既製品のみであることに。

俺は別に、手作り至上主義ってわけじゃない。
たとえ既製品だろうと、その対価を払うべく担った労働、節約のために我慢したかもしれないあれやこれや、贈り物を選ぶために悩み費やした時間…全ては、手仕事に等しく尊いものだと思っている。
それは、鰻屋でバイトをしていて学んだこと。
裁縫や手芸が苦手だったり、仕事が忙しくて自作する時間を割けない保護者が、子供の鞄や衣服の作成代行を依頼することがあって。そんなとき育美さんは、自分を責める親たちに、子供の好きなキャラクターのプリント布を探すことも、デザインを考えることも、全ては愛情があるからこそ出来ることだ…と声をかけていた。
育美さんの言葉に顔を上げ、照れながらも晴れやかに笑った保護者たちの顔を、俺は今でもはっきりと覚えている。
そして織姫からのプレゼントはいつだって、俺の好みのど真ん中な品だったり、そのときに最も興味を持っているもの、必要としているものばかりだった。
そこに込められた想いの深さを、いくら鈍い俺だって、全く察せなかったわけじゃない。

……だがしかし、である。

織姫は、手芸や裁縫を得意とする人間だ。
そして石田やチャド、果ては恋次に対してだって、メインではないにしろ、贈り物には手製の小物を添えて渡している姿を、俺は何年も彼女の近くで見続けてきたのだ。

今思い返しても、当時の俺に「凹むな」と言うほうが、無理だと思う。
だけど……。

去年の、八月。
冬に告白して互いに気持ちは通じあったものの、俺の就活やらなにやらへの影響を織姫が酷く気にしたこともあり、依然として「良き仲間」という関係に留まり続けていた…あの頃。
俺は「心変わりなどしない」という意味も込めて、織姫の誕生日に指環を贈ろうかどうしようか悩んでいた。
恋人未満の相手に贈るには、流石に込める気持ちが重すぎる気がしたからだ。
……加えて。
彼女から俺への誕生日プレゼントが相変わらず既製品オンリーだったことも、まるでのどに刺さった鰯の小骨のように、心の片隅にひっかかっていた。
そんな心情、を。
同窓会と暑気払いを兼ねた酒宴の席で、俺はぽつり…と竜貴にこぼして。
そのときに返ってきた答えが、先程の幻聴として耳に蘇った言葉だったというわけだ。

あのときは単に、俺のヘタレっぷりを指摘しただけなのだと思っていた。
でも…多分それは、違ったんだ……。






「……本当に、ありがとな…織姫」
「うん……!」

少し身体を離し、乱れた前髪を撫でつけてやりながら礼を言えば、柔らかく笑み崩れる織姫。
その笑顔に引き寄せられるようにそっと額に、頬に、唇に…と口づけを落としていけば、それこそ苺のように真っ赤になってはにかんだ。


……やべ、可愛すぎる。


「あ、あああああのね! 帯は、ルキアちゃんと恋次君からのプレゼントなの! 後でお礼を言ってくれる?」
「おう」
「角帯を結ぶのはちょっと難しいだろうから、兵児帯にした…って、恋次君が」
「……ふぅん」

事実なのだから仕方がないと思いつつ、ドヤ顔で腕組みをしている恋次の姿が脳裏に思い浮かび、なんとなくムッとする俺。
そのとき織姫が、うつむき加減にそっと浴衣の袖を引いた。

「………どした?」
「うん……あの、ね? 来週の花火大会にいくとき、これ、着てもらえる……かな?」
「…勿論…てか、そんなの当たり前じゃねぇか!」
「よかった……!」

嬉しい…と呟きながら、織姫は微笑んで。
次に軽くガッツポーズをしながら、「私も、着付けと帯結びをおさらいしておかなくちゃ」とおどけたような口調で意気込んでみせた。

「あの簪、着けようと思ってて」
「……おう」

俺が思わず赤くなってしまったのは、「あの簪」というのが、去年の織姫の誕生日に俺が贈ったものだったからだ。
結局、ドン引かれることの不安から、指環を贈る勇気を出せなくて。当て所なく歩いていたショッピングモールの片隅で、俺はその簪を手に取った。
去年の花火大会でも織姫は浴衣を着ていて、その清楚な佇まいがいつまでも脳裏に焼き付いて離れず、つい、似合いそうだと感じたそれに決めてしまった……の、だが。
考えてみたら織姫の誕生日は9月で、9月といえば浴衣を着て出かけるイベントなど終わった後で、他の季節に着けるには簪のデザインがあまりに夏っぽ過ぎて……要するに十ヶ月近くも使い道の無いものを、俺は贈ってしまったというわけである。
織姫には素直に喜んでもらえたけれど、彼女の居ないところで竜貴には蹴りを入れられ、ルキアにはでかい雷を落とされ、恋次には「お前は莫迦か」と呟かれ、石田には無言で深いため息を吐かれたものだ。

「ふふ…楽しみだなぁ……はやく来週にならないかなぁ……!」
「ホントだな」

小さな子供のように目を輝かせて指を折る織姫の姿に、知らず緩んでいく眉間皺。
俺はもう一度腕を広げると、そっと織姫の身体を引き寄せ、その痩躯を優しく抱き締めた。










終
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