log:生誕祭
【目には見えない贈り物・2】
(初出:2017.9.3 よもやま & pixiv)
午前10時きっかりに、ドアホンが鳴った。
小走りで玄関へと向かい、扉を開く。
「……はよ」
いつもよりも声のトーンが僅かに高くて、響きも硬質と感じるのは、緊張しているせいなのかな…?
でも…この後の予定を考えたら、それは無理もないこと。
私自身、目覚めた瞬間からどきどきそわそわが止まらなくて、壁の時計を幾度も見上げていたのだもの。
でも……だからこそ。
おはよう…と、努めて平静に、いつもどおりの笑顔を返す。
すると黒崎君は、ぐ…と何かを喉に詰まらせたような顔をしたあと、決まり悪げに頭を掻きながら宙に視線を泳がせた。
「えっと……その、なんだ…」
ごにょごにょとつぶやきながら、ゆっくりと私へと視線を戻す黒崎君。
蜂蜜色の綺麗な瞳に、彼を見上げる私の姿が映り込む。
「…先ずは、誕生日おめでとう。いの…じゃなくて、その………」
すう、と微かに息を吸い込む音。
……そして。
「…………織姫」
思わず腕を広げ、彼の首にぶら下がるようにして飛びついてしまった。
うわ、と小さく悲鳴を上げ、後ろに一歩よろけながらも私をしっかりと抱き留めてくれた黒崎君は、私をぶら下げたまま玄関に入ると、後ろ手に静かにドアを締めた。
ぱたん……という音を耳にながら顔を上げれば、視線の先には、ちょっと困った風に眉尻を下げた黒崎君の顔。
「………怒った?」
「何でだよ?」
困り顔が、苦笑に代わって。
静かに持ち上がった黒崎君の右手が、優しく私の額と頬にかかった髪の毛を払う。
くっついていた身体をより一層引き寄せられて、吐息が重なる、その間際。
「好き、だ……」と聞こえた微かな声は、きっと空耳なんかじゃない……。
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「用紙、持ってるか?」
「うん」
「戸籍謄本も?」
「うん、ちゃんとあるよ……ほら!」
鞄の口を広く開け、クリアフォルダーに収まったそれらを見せる。
間違いなく私が持っていることを確認すると、黒崎君は、よし!…と小さく呟き、車のエンジンをかけた。
「じゃあ…行くか!」
滑るように、走り出す車。
そしてマンションの陰から出たところで、黒崎君が酷く眩しそうにくしゃりと顔を歪めた。
「…悪ぃ、そこのボックスからサングラス取ってくんね?」
「あ……は、はい!」
慌ててダッシュボード備え付けの物入れの中を探り、赤信号で停車したタイミングで差し出す。
「サンキュ、な」
私にお礼を言いながらサングラスをかけた黒崎君は、青に変わった信号に、再び車を走らせた。
その運転する横顔を眺めながら思い出すのは、半月前……私の勤め先の、ちょっと遅めの夏休みに、伯母さんの家へと出かけたときのこと。
黒崎君の誕生日にプロポーズされて、出来れば私の誕生日に入籍したい…と言われ、戸籍謄本を入手かたがた伯母さんに二人で挨拶に行ったのだ。
私たちの到着を待ちきれずに門の外に出ていた伯母さんは、車から降りた黒崎君の姿を見た瞬間、さぁ…と音が聞こえそうな勢いで青冷めた。
……無理もないと思う。
スーツにサングラス、しかも髪の色は橙…という黒崎君の姿は、その長身とも相まって、一見「や」の付く世界に属しているように見えなくもない。
伯母さんの誤解は、礼儀正しく誠意のこもった黒崎くんの言動は勿論、彼の学生証や一心先生の名刺をみせたこともあって、短時間のうちに割とすんなり解けた。
それでも…帰り際、伯母さんは私にこっそりと耳打ちしたものだ。
「最初はかなり、びっくりしちゃった。まるで、ハンターさんみたい……って!」
某バラエティ番組の、黒服黒眼鏡の捕獲者に例える伯母さんの言葉に、私はただ苦笑するしかなかった。
確かに彼は、捕獲者でもあるのだから。
身につける衣服はスーツではなく、死覇装と呼ばれる和服だけれど……。
「……何、じっと見てんだよ?」
黒崎君の声に、はっ…と我に返った。
「頬に何か、付いてるか?」
「う、ううん! 何も付いてないよ!」
慌てて首を振る私に対し、尚も疑わしげに横目を向ける黒崎君。
「ほ、ほほ本当だよ! その…じっと見ちゃってたのはね、やっぱりサングラスかけてる黒崎君て見慣れなくて……それに…」
「それに…?」
「…………………か…かっこいいなぁ…って」
かぁっ…と、顔に熱が集まる。
俯いて顔を手で覆ってしまえば、こつ…と至極軽く頭に衝撃。
「何言ってんだ、莫迦」
耳に届いたぶっきらぼうな呟き声と、それに続く小さなため息。
付き合い始めの頃だったら、怒らせたのかと不安になったり怯えただろう。
でも……今なら、理解る。
本当は、照れているだけだ…ってこと。
指の隙間から、そっと黒崎君の様子を伺えば。
案の定その仏頂面とは裏腹に、眼鏡のフレームが当たっている付近の肌は、うっすらと紅色に染まっていた。
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無事に婚姻届を提出したあとは、お昼を食べながらぐるっと市内を回りつつ、お義母様とお兄ちゃんのお墓参り。
提案してくれたのは黒崎君で、彼のこういった面を、たまらなく好きだと思う。
「やさしいね」と評したならば、怪訝そうな顔をして「普通だろ」って首を傾げるだろう……そんなところも、含めて。
お兄ちゃんの墓前で、私以上に長い時間かけて祈ってくれた真摯な横顔。
真咲さんのお墓に向かう途中の坂道を、私の歩調に合わせてゆっくりと登ってくれる優しさ。
疲れたか?…と差し出してくれた、その手のぬくもり。
……ねぇ、黒崎君。
全部全部、大好きだよ……。
「………だから、さ。お前ももう、『黒崎』なんですけど」
「あ゛」
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くろさ…じゃなくて、一護君が呼び鈴を鳴らすと、バタバタと元気な足音が聞こえてきた。
かちゃりと鍵を外す音、そして開いたドアからひょこりと顔を覗かせたのは、一護君に似た夏梨ちゃん。
「お帰り、一兄!」
「おう、ただいま」
「それと……お帰りなさい、姫姉! あと、誕生日おめでとう!!」
夏梨ちゃんの言葉に、大きく目を見開いた。
昨日まで彼女は、私を「織姫ちゃん」と呼んでいたのに。
「お……なんだか凄ぇいい匂いするな」
「でしょー? 遊子がそりゃもう張り切って、朝から色々作ったからね! ほら、姫姉も早く入って入って!!」
「う、うん……」
夏梨ちゃんに背を押されるようにして玄関に入り、靴を脱いで上がり込む。
何度もお邪魔している筈なのに、酷く緊張して…まるで雲の上を歩いているようなおぼつかなさで、一護君に続いてリビングの入り口を潜った。
目に入ったダイニングテーブルの上には、所狭しと料理の乗った皿が並べられている。
「あ、帰ってきた!」
キッチンから出てきた遊子ちゃんが、一護君の姿を見留めて嬉しそうに笑った。
それから私へと視線を移し、更に目を細めて笑み崩れる。
「お帰りなさい、お姉ちゃん! また後でちゃんと乾杯するけど…取りあえず、お誕生日おめでとう!!」
その言葉、に。
ついに私の涙腺は、崩壊してしまった。
私の大好きな人の妹さん達が、私を姉と呼んでくれる。
そして、お誕生日のお祝いの言葉よりも先に、「お帰りなさい」と言葉をかけてくれる。
ここは、『私の家』。
ここに居るのは、『私の家族』。
ああ…なんて、幸せなんだろう……!
指環も何も、無くてごめん……プロポーズのあと、一護君はすまなそうにそう言ったけど。
一護君はいつだって、私にたくさんの大切なものを与えてくれる。
顔を上げ、胸を張って歩いていく勇気。
私の命、そのもの。
六花の能力。
隣で、共に戦うこと。
隣で、生きていくこと。
そして、今日は。
かけがえのない、愛すべき家族を……。
「お! 織姫ちゃん、お帰り……って…おい、一護! お前、なに俺の大切な愛娘を哀しませてんだ、この莫迦者めが?!」
「な…っ?! 俺がそんなことするわけねぇだろ!
だいたい、何が『俺の愛娘』だ!! 手前ぇの娘である以前に、井上は俺のヨメなんだからなっ!!!」
「………一兄、その大事な奥さんを名字呼びしてたら駄目じゃんよ」
「う、…っ?!」
賑やかに過ぎてゆく、初秋の夜。
この日の出来事を、幸せな気持ちを、私はこの先死ぬまで忘れない。
ううん、あっちの世界に行ったとしても、きっと憶えているだろう。
いつまでも、ずっと………。
終
「一護、一護……! ちょっと、こっち来い!」
「何だよ、親父?」
「食事終わったらな、お前さんたち二人は隣市の駅前のホテルに行って泊まって来い!」
「……へ?」
「一番良い部屋、押さえておいたからな! なぁに金なら心配要らん、俺からの結婚祝いだ。心して受け取れよ!!」
「……………有り難く受け取らせてもらうけど、その生温い微笑み向けるの、やめてくれ…」