log:生誕祭



【目には見えない贈り物・1】
(初出:2017.7.16 よもやま)






今日は、黒崎君の誕生日。
おつき合いをするようになってからは、初めての。

「何か、リクエストある?」

プレゼントについて尋ねたら、黒崎君は「逢う時間さえつくってくれれば、それでいい」としか言わなかった。
だからといって、本当に何もしないというわけにはいかないだろう…と、黒崎君が好みそうな普段使いも出来る小物を用意してみたり。
仕事のシフトを組み直してもらって、少し手間のかかる料理を作たりなどしながら、彼の訪れを待っていた。

そして、夕方遅くに鳴った呼び鈴にドアを開ければ、少し顔が強ばり気味の黒崎君。
おつき合い当初ならともかく、最近ではそんな表情をみせることなどなくなったから、ちょっと訝しく思いながらも笑顔で室内へと招き入れる。

「……お邪魔します」

律儀に挨拶しながら上がり込んだ黒崎君は、いつも通り、真っ先にお兄ちゃんの遺影のへと歩み寄って。
そしてきちんと正座をすると、両手を合わせて目を閉じた。

テーブルの上に料理やケーキを列べながら、静かな横顔を見つめて。
ああ…やっぱり私、この人が大好きだなぁ……なんて、今更ながらに考える。

黒崎君が、席に着いて。
そして始まった、二人きりのささやかなパーティー。
……だけど。
黒崎君は、何故だがずっと上の空だった。
それどころか、時折酷く険しい顔をして、ため息を吐いたりもする。

もしかしたら。

黒崎君は、私にお別れを言いに来たのではないかしら。
だから、プレゼントも要らないと言ったのではないかしら。
黒崎君はとてもとても優しいから、本当は玄関先で帰るつもりが、私がご馳走を作っているのを知って言い出せなくなって。
仕方なしに食べながら、いつ話を切り出そうかタイミングを掴めずに、困っているのではないかしら。

あぁ…そうだ。
きっと今頃、私の知らない素敵な女の子が、黒崎君が来るのを今か今かと待っているのに違いない。


「……黒崎君?」

恐る恐る、声をかける。
すると黒崎君ははっとしたように私の顔を見て、それからバツの悪そうな表情で「悪りぃ…」と小さく呟いた。

「こめん、ちょっと考え事してて…」
「…うん」
「あの、さ…その……」

口を開けたり、閉じたり。
何かを言い掛けては、黙り込む…そんな困り果てた様子の黒崎君の姿に、胸の奥がきゅう…と痛んだ。

黒崎君とお別れするのは、とても辛い。
きっと、何日も…何ヶ月も……下手したら年単位で、立ち直れないかもしれない。
……それでも。
黒崎君が辛く苦しい思いをするのは、もっともっと嫌だから。
笑う。
涙をこらえて。
精一杯の、想いを込めて。

「私なら、大丈夫だよ。だから……黒崎君、早く新しい彼女さんのところに行ってあげて?」
「………へ?」

黒崎君は、ぱちぱちっと幾度か目を瞬かせて。
大きく見開いた目で私の顔を凝視すること数秒、今度は思いっきり吹き出すなり、テーブルに突っ伏して笑い出した。

「な、なんで笑うの~っ?!」
「わ、悪りぃ…! でも……流石は井上、相変わらずとんでもない方向に妄想転がすなぁ…」

ひぃひぃ喉を鳴らしながら、目尻に浮かんだ涙を拭って。
「心変わりなんて死んでもあり得無ぇから、安心しろ」と言って、テーブル越しに手を伸ばし、私の頭をぐしゃぐしゃとかき回す。

「ごめんな。俺に意気地がなくて、なかなか切り出せなかったのがいけねぇんだよな」

私の頭から手を離して。
未だくつくつと喉を鳴らしながら黒崎君は自分の背後に手を伸ばすと、置いてあった鞄を引き寄せて、ごそごそと中を探り始めた。

「プレゼント、要らねぇって言ったのは…さ。金なんかで買えねぇ、もっと凄ぇもんが、欲しかったからだよ」
「お金で、買えない…もの…?」

にっ…と笑いながら、頷いて。
それから黒崎君は、私に向かって一枚の紙を差し出した。

「……これ…って…」

それ以上は、声にならなかった。
横長の用紙の左上に書かれた三つの文字が、あっという間に涙で滲んで読めなくなる。
零れる涙を拭いながら顔を上げれば、琥珀色の綺麗な瞳が、真摯に私を見つめていた。

「形のあるプレゼントなんて、この先一生無くていい」
「黒さ…く……」
「その代わり…この先ずっと隣に並んで歩く権利を、俺にください」








終

いつの日にか。
あちらの世界で生きるときが来たとしても、それでも。
3/8ページ
スキ